【第5章】魔筆箱
【第5章】魔筆箱
あの男だ…俺が似顔絵を描いて役人に突き出したことを逆恨みして来たんだ。
似顔絵の男が俺に少しずつ、余裕満点の顔で近づいてくる。
「へへへ、最近この辺でやたら絵を描いている変な男がいるって噂が立ってたから、お前を見つけるのは簡単だったぜ」
男の顔は笑顔だが、悪意に満ちている。
俺はどう抗う術も無く、立ち尽くしていた。
「一心くん!魔筆箱を使え!」
「魔筆箱……?」
そういえば、昨夜パトリックさんが言っていた——。
「一心くんに見て欲しいものがあるんだよ」
そう言うと、パトリックさんは、古い木の箱を持ってきた。
暖炉の上にいつも飾ってある箱。
その箱には綺麗な装飾と、高そうな宝石が嵌めてあった。
パトリックさんは、ゆっくりとその箱を開けた。
そこには、2種類の筆と万年筆が入っていた。
恐らく魔法道具なのだろう、何となくだが普通の筆記用具ではないオーラを放っていた。
「これは何ですか?」
「これは魔筆箱と言ってな、魔筆という魔法を使う時に使う道具の一種だな」
「へぇ〜どんな事が出来るんですか?」
「それはな…」
そう言うとパトリックさんは鋭い眼光で俺を見た。
「それは…?」
俺は息を呑んだ。
「………分からん」
「え?分からないんですか?」
俺は盛大に肩透かしを喰らった。
「これは、私の先祖が使っていた物でな」
「なんでも、これを空中にかざして絵を描くと物体を具現化できるらしい」
「ただ、私の祖父ですら使った所を見た事がないそうだから…本当の所は、何ともな…」
「昔、祖父の目を盗んでこれで絵を描いてみたが…何にも起きなかった」
「もしかしたら、全く違う用途があるのか、あるいは使う者をこの筆が選んでいるのかもしれんがなぁ」
そういうと、家族写真でも見ているかのようにパトリックさんはその箱を愛おしそうに撫でた。
——そんな事を確かパトリックさんは言っていたが…。
魔法なんか使った事も無い俺が使えるのか?
魔法が本当に使えるって事すらも正直、今だに訝しんでいる俺が…。
しかし、今の俺にはそんな事を悠長に考えている暇は無かった。
走って暖炉の上の魔筆箱を開けた。
何を使っていいのか全く分からなかったが、ここはやはり、ペン先が一番使い慣れたGペンに似ている万年筆を取り出した。
男は、俺が箱から武器を出したと思ったのか、こちらに走ってきた。
時間がない、一体何をすれば良いのか…。
才能なんて無い俺が…いやいや、今はそれどころじゃない!
何でもいいから、描くしか無い!
とりあえず、守らないと!
咄嗟に俺は空中に盾を描いた。
俺のイメージはこうだ。
某ゲームの土管に入る系髭兄弟の話に出てくる、ラスボスのトゲトゲした甲羅みたいな盾だ。
俺が魔筆を走らせると、光の線が空中に描き出された。
俺は、これならちゃんと自分の絵が描けると確信した。
甲羅はより重厚に描き、棘は鋭利さと鉄の硬さ、そしてエッジと陰影を際立たせて描き込んだ。
そして最後の線を描き入れた瞬間、それは本物の盾となって物体化した。
俺は咄嗟にそれを握りしめ、男目掛けて突進した。
「週刊連載のアシスタントの早描きを舐めるなよぉー!」
男は避ける間もなく、巨大な甲羅状の盾に弾き飛ばされ、気絶した。
その後、盾は弾けるように光の粒になって姿を消した。
俺は、極度の緊張状態から解放されたせいか、そのまま崩れ落ちた。
息をするのさえ辛いくらい、呼吸が乱れている。
魔筆を持っている俺の手は激しく震えていた。




