【第3章】暖かい食事
【第3章】暖かい食事
「お前さん、これから何か当てはあるんかね?」
お爺さんが俺に聞いた。
「いや〜まったく……」
俺はこめかみを掻きながら答えた。
「良かったら、うちで夕飯でもどうだ?」
きっと、俺が金も帰る場所もない事を察しているのだろう。
しかし、見ず知らずの人にそこまでされるのは申し訳ない。
「いや、それは…」
そう言いかけた時、グゥゥゥッ………と腹がなった。
「大丈夫だ、若いもんがウチに遊びに来てくれれば孫も喜ぶ」
そう言うとお爺さんはまた俺の肩をポンポンっと優しく叩いてくれた。
お爺さんから見れば俺はまだ若造なのだろうか…。
——「ただいま」お爺さんがそう言いながら家のドアを開けた途端。
「おかえり〜」
そう言って、男の子と女の子がお爺さんに勢いよく抱きついて来た。
そして、後ろの俺に気付いた子ども達は、お爺さんの顔色を伺った。
「大丈夫、私の友人だ。ご挨拶しなさい」
「エリィです」3歳くらいの女の子がお爺さんの陰に少し隠れながら言った。
「モーリスです、よろしくお願いします」
続けて、6歳くらいの男の子が笑顔で言ってくれた。
「桐生 一心といいます、よろしくお願いします」
気のせいかもしれないが、俺がそう言った後、子ども達とお爺さんは一瞬、顔を見合わせたようだった。
だが、その後すぐ——。
「……そうか、そういえばまだ私の名前も言ってなかったね」
「私はこの街で行商人やっている、パトリック ジャンという」
その夜、俺の初めての異世界料理は、トマトのスープにパンとチーズ。
そして、ワインだった。
子どもたちはワインの代わりに牛乳を飲んでいた。
濃厚なスープはパンに浸して食べると最高に美味しかった。
こうやって誰かと話しながら、暖かい食事を食べるのっていつぶりだろう…。
テレビもラジオもスマホも無い。
ただ、ゆっくりとした時間が流れる。
たまに聞こえる暖炉のパチっという音が何とも心地が良い。
俺のいつもの食事は、常に仕事をしながら、なんでもいいから口に詰め込んでいた。
お酒も寝酒に飲む程度で、こんなにゆっくり味わって飲んだことなんて、今まで無かったかもしれない。
——お爺さんはワインを一口飲んで、ゆっくりグラスをテーブルに置いた。
「そういえば、一心さんよ」
「お前さん仕事は何をしてたんだい?」
「俺は、漫画家……」
そこまで言ってから、俺は思い直した。
そういえば、漫画家にはなってないんだった。
かと言って、漫画家のアシスタントなんて言っても伝わらないだろう。
そう思った俺は、こう言う事にした。
「えっと、絵を描いて暮らしてました」
「ほぉ〜絵描きかい」
「えっお兄ちゃん絵描けるの?」
少し離れた所で遊んでいたエリィとモーリスが目を輝かせながら近付いてきた。
「いや、絵描きって程の腕前でもないんで」
「どのくらいやっとったんだ?」
「17年くらいですかね」
「ほぉ〜、17年もそれだけで食えたんなら大したもんじゃないか」
「ハハハ、そうですかねぇ」
17年も続けられた。
ネガティブな俺には無い発想だった。
そして、ほんの少し嬉しかった。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん絵を描いてよ〜」
エリィとモーリスが俺の手を掴んで懇願している。
断る理由が無かった。
それに…この世界のお金を持ってない俺としては、何かで恩返しがしたいと思った。
「分かった、じゃあー」
俺は、自分の鞄の中からスケッチブックと鉛筆を取り出して3人を描くことにした。
——「凄ぉ〜い!」
「見て見ておじいちゃん!」
エリィがお爺さんに出来上がった絵を見せた。
「おぉ〜コレは大したもんだ」
「まるで絵の中で息してるみたいだね、おじいちゃん」
「本当だ!お兄ちゃん凄い!」
モーリスも喜んでくれた。
人物画なんて学生以来に描いたし、薄暗い中で描いたから自信が無かったけど、どうにか及第点は取れたようだ。
何より、俺の描いた絵が人を笑顔にしたのって子どもの頃以来だな。
この、何ともいえない胸の奥が熱くなる感覚。
ずっと忘れていたように思う。




