俺たちはあのアプリに監視されてる
ワンボックスカーが走り出した。
「どうしよう…! 止めないと」
ソウシは慌てて周囲を見回した。
運転席との間には仕切りがある。窓はすべて目張りされ、外の景色は見えない。ドアも開かない。
完全に閉じ込められている。
隣を見ると、レンは腕を組んだまま深く座席に腰掛けていた。
「……お前、なんでそんな落ち着いてんの」
「この程度なら、いつでも出られる」
「出るなよ!?」
「何故だ」
「走ってるからだよ!! お前、こういう時なんでも力で解決しようとすんなよ?」
ソウシの方向感覚が正しければ、車は首都高へ向かっているはずだった。
今ここでレンがドアでも壊そうものなら、別の意味で大惨事になる。
「安心しろ、今はまだ何もしない」
レンは落ち着いたまま言った。
「行き先も何もわかっていないからな。」
やがて車の周囲から街の喧騒が遠のき、速度も少し上がったように感じられた。
暗闇に目が慣れてくる。
そこでようやく、ソウシは自分たちのほかにも後部座席に三人いることに気づいた。
そのうちの一人が口を開く。
「抵抗しても無駄だよ」
落ち着いた声だった。
ソウシが振り返る。
「俺たち、全部見られてるから」
「全部…?」
「位置情報も音声も。スマホの中身も全部」
ソウシはポケットの中のスマートフォンを意識した。
ヒロナリから渡された、マイクを遮断するための小さなパーツ。
それでも、相手がどこまで情報を抜いているのかは分からない。
「俺、一回無視したんだ」
青年は続けた。
「そしたら実家の住所送られてきた。『次はここ行く』って」
「………」
「もう行くしかないんだよ」
その言葉に、もう少し若そうな声が割り込んだ。
「えっ? 何それ」
「俺、十万もらえるって聞いただけなんすけど」
声が明らかに動揺している。
「荷物運ぶだけじゃないんすか?」
少し間があった。
「……帰りたいんすけど」
「だから帰れねえんだって!」
最初の青年が苛立ったように遮った。
ソウシは三人の顔を闇の中で見比べた。
少なくとも、全員が最初から何か危険なことをするつもりで来ているわけではないらしい。
「君たちも…池袋人材サービスから来たの?」
「おいやめろ!」
一番低い声が、さらに声を落としてソウシをたしなめた。
「…盗聴されてるって言ってるだろ」
「あ…」
ソウシは口を閉じる。
すると先ほどの若い声が、少し戸惑いながら言った。
「池袋…? 俺は違う」
「じゃあ、どこから…」
「SNSでバイト募集見つけて、そこで個人情報送って……変なアプリ入れさせられて」
今度は別の青年が口を開いた。
「俺、新宿の人材派遣会社」
「………」
「そこで何回か荷物運びやって、本部案件ってやつに回された」
「俺たちと一緒だ…」
ソウシは息を呑んだ。
ここも末端だ。
ヒロナリの言葉が頭に蘇る。
『この会社も末端だ』
池袋人材サービスだけではない。
SNS。
新宿の人材派遣会社。
きっと他にもある。
【本部】への入り口は、いくつも存在している。
池袋人材サービスは、そのうちの一つでしかなかった。
「なるほど……」
レンが静かに呟く。
「何?」
「ギルド支部が、他にもあるということだな」
「……そういう理解で今はいいよ」
訂正する気力もなく、ソウシは頷いた。
レンは暗い車内を見回す。
「やはり、進んで罪を犯したい者などいない」
そして確信したように続けた。
「来て正解だったようだな」
「おかげで俺は巻き込まれたけどね…」
ソウシが力なく返した、その直後だった。
ブーッ、ブーッ。
車内で一斉に振動音が鳴る。
一つではない。
二つ、三つ。
五人全員のスマートフォンだった。
「! あのアプリだ…!」
恐る恐る画面を見る。
暗い車内で、五つの黒い画面に白い文字が浮かび上がっていた。
『本部より 作業内容について』
レンがスマートフォンを見た。
「作業内容について…だって」
目張りされた車内の闇の中で、五人分の黒い画面だけが不気味に光っている。
『送迎車で指定された店舗へ向かってください』
『安全のため支給したヘルメットを装着して下さい』
『支給された道具で入口を開けてください』
『店内の商品を回収し、支給するバッグへ入れてください』
『作業時間は三分以内です』
『店舗スタッフへの対応は現地担当者の指示に従ってください』
「………は?」
ソウシの声が掠れた。
隣でレンが画面を見たまま尋ねる。
「ソウシ…これは…?」
心臓が太鼓のように鳴っていた。
何度読み返しても意味は変わらない。
「これ……強盗だよ」
「強盗?」
「店の入り口ぶっ壊して、中の商品持っていくなんて、どう言い換えたって強盗だよ」
「……そうか」
レンの表情が変わる。
その後ろでは、若者たちも一斉に声を上げ始めていた。
「いやいや、聞いてないっすよ!」
「俺、荷物運ぶだけって……!」
「無理だよ。こんなの捕まるだろ!」
「だから言っただろ……もう逃げられねえんだよ」
――捕まる。
その言葉で、ソウシははっとした。
そうだ。
自分がレンを追いかけてきた理由。
警察が来た時の対応。
これだけは、絶対に伝えておかなければならない。
「レン…ちょっと」
「なんだ」
ソウシは声を潜めた。
「あの…警察が来た場合なんだけど………」
「うむ」
「警察に身元とか聞かれたら…もう隠さなくていい。異世界から来たとか、もう好きなように正直に話せ。信じてもらえないだろうけど。逃げたり暴れたりするより百倍マシだから…」
「最初からそのつもりだが」
「……案外そのほうがどうしようもなくて早く解放してもらえるかもな」
「?」
レンが首を傾げる。
「…あと、絶対逆らわないこと。警察官に手を触れたり、警察の前で力があることを見せない。わかったか?」
ソウシは念を押した。
「……うむ、心得た。」
少しだけ息を吐く。
これで、とりあえず一番言いたかったことは伝えられた。
だが問題は何一つ解決していない。
後ろでは三人がまだ言い合っている。
ソウシはその姿を見て、ふと気づいた。
「でも待って、俺たち五人いるじゃん」
三人がこちらを見る。
「運転してる奴、一人だし」
「……そうだけど」
「だったら全員でやらないって言えばいいんじゃないか? さすがに一人で五人車から引きずり出すとか無理だよ」
レンも頷いた。
「それが最善だろうな」
「……お前は絶対手出すなよ」
「何故俺を見て言う」
「一番やりそうだからだよ」
レンは納得していない顔をしたが、今はそれどころではない。
だが、先ほど実家を知られていると言っていた青年だけは、暗闇の中で黙り込んでいた。
「……無理だよ」
「なんで?」
ソウシが訊く。
「ここでやらなかったら、報復が…! 何されるかわかんねぇだろ…!」
声が震えている。
本人だけならまだしも、家族の住所まで知られている。
逃げれば終わりではない。
ソウシもすぐに言葉を返せなかった。
その横で、レンが静かに言った。
「なら、貴殿の家族は俺が守ろう」
「……は?」
青年が声を失う。
レンは何でもないことのように続けた。
「方法は後で考えればいい。今はまず、この場を切り抜けることだ。」
ソウシはレンを見る。
本当に、迷いがない。
そんなことができるのか。
どうやって守るのか。
聞きたいことはいくらでもあった。
けれど今は、それより先に全員で決めなければならない。
「とにかく、今日は…」
そのときだった。
ソウシは車体の動きが変わったことに気づいた。
速度が落ちる。
曲がる。
「………」
いつの間にか、首都高を降りている?
そう思った直後、車が停まった。
運転席のドアが開閉する音が聞こえる。
「ちょっと待って、まさか…もう」
ガーッ。
後部座席のドアが開いた。
暗闇だった車内へ、一気に街の明かりが差し込んでくる。
「はい、ついたっすよー! 全員降りて」
眩しさに目を細めながら、ソウシは外を見た。
整った並木道。
明るい街灯。
そしてすぐ後ろ、ガード下の信号に書かれた文字が目に入る。
『銀座八丁目』
ソウシは呆然と呟いた。
「ここ……銀座だ」




