お綺麗に生きてるつもりはねえよ
数日後。
あの特殊詐欺の一件以来、池袋人材サービスからレンとソウシへの連絡は途絶えていた。
表面上だけを見れば、平穏な日々が戻ってきたと言っていい。
「うーん……」
夜。東池袋のアパートで、ソウシはスマートフォンを見ながら口をへの字に曲げていた。
「やっぱり、位置情報とかマイクのアプリ権限は消せないみたいだ」
向かいにいたレンが顔を上げる。
「何の話だ?」
「例の黒いアプリだよ」
ソウシはスマートフォンを置き、今度はパソコンの画面へ向き直った。
特殊詐欺の一件で、自分たちの位置情報があのアプリから把握されていることは分かった。さらに、あまりにも会話の内容を読んでいるような指示が届くこともあった。
だからあれから、できる範囲で調べていたのだ。
「アンインストールしても良いんだけど、向こうの動向が完全に分からなくなるのも怖いし…」
消してしまえば、監視される不安からは少し遠ざかれるかもしれない。
けれど同時に、池袋人材サービスや、その背後にいる【本部】が何をしようとしているのか知る手段も失う。
どちらが安全なのか、ソウシにも判断がつかなかった。
そのときだった。
ブーッ。
レンが手にしていたスマートフォンが振動する。
「………」
ソウシは反射的に自分のスマートフォンを手に取り、黒いアプリを開いた。
何も来ていない。
視線を戻すと、レンがスマートフォンを見つめたまま動きを止めていた。
「……何?」
レンは答えず、画面をソウシへ向けた。
【☆本部よりオススメ案件☆】
『体力に自信のある方向け!』
『夜間の高額荷運び補助!』
『一晩で10万円も!?』
『短時間でしっかり稼ぎたい方におすすめ!』
「…! 本部だって、それに…」
ソウシは画面へ顔を近づけた。
「……なんだこの極限まで軽くて胡散臭い案件は」
あまりにも陽気な文面だった。
だからこそ余計に怖い。
前回は三万円だった。
それでも十分おかしかったのに、今度は一晩で十万円。
しかも仕事内容は『夜間の高額荷運び補助』としか書かれていない。
さらにスマートフォンが唸った。
『出発は明日の21:40です。』
『待ち合わせ場所は豊島区東池袋………』
ソウシは即座に言った。
「……これは行くなよ」
「…? まだ見てもいないぞ」
「あからさまに怪しいだろ!」
レンはようやく自分の手元へスマートフォンを戻し、届いた内容を確認した。
しばらく黙り込む。
その横顔を見たソウシは嫌な予感しかしなかった。
「絶対行くとか言い出すよ…ハァ…」
「そうだな、これは行こう」
「勧めてないけどね!?」
予想通りすぎて頭が痛い。
「なあ、さすがにわかるだろコレは。夜行って荷運び、それにこの金額ってどういうことか」
「だからだ」
レンはスマートフォンを置き、軽く肩を回した。
その表情は以前のように、何も分からないまま高額報酬へ興味を示しているものではなかった。
「先日の任務も、俺には何が問題なのかわからなかった」
「……」
「貴殿が居なければ、俺はあの荷を受け取っていたかもしれない」
ソウシは何も言えなかった。
あの老女の家で、レンは最後まで詐欺の仕組みを理解できていなかった。
もし一人だったなら。
息子を助けるために用意された金だと聞いて、そのまま荷物を受け取っていたかもしれない。
レン自身も、それを分かっている。
「ならば、また事情を知らぬ者が送られるかもしれない」
「いや、だからって…」
「危険な任務ならば、尚更俺が行くべきだろう」
「その発想やめろよ…」
ソウシは力なく椅子へ座り込んだ。
「何故だ」
「普通は危険そうだったら避けるんだよ…」
危険だから行く。
少なくともソウシが知る現代日本では、それは危機管理とは呼ばない。
けれどレンにとっては違うのだろう。
危険なら、自分より弱い誰かへ押しつけるより、自分が向かう。
それが長く冒険者として生きてきたレンの当たり前なのだ。
「…とにかく、今すぐ返事するな。明日ヒロナリに確認してからにしよう」
レンは少し考え、頷いた。
「わかった。ギルド長殿に確認しよう。」
「…だからギルド長じゃないんだけどね」
その瞬間。
ブーッ。
またレンのスマートフォンが震えた。
「……?」
「どうした?」
レンが画面を見る。
そこには、新しいメッセージが表示されていた。
『この件について、池袋人材サービスへの確認は不要です』
「…!?」
ソウシは椅子から身体を起こした。
今。
自分たちは確かに、明日ヒロナリへ確認しようと話したばかりだ。
「やっぱり、盗聴されてる…?」
ぞわりと背中が寒くなる。
偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。
「これ、ヒロナリにも話すなって意味なんじゃないの…?」
「ほう」
レンは興味深そうに画面を見る。
「ならば、なおさら行かねばならないな」
「…お前さ、天邪鬼って言われない?」
「鬼と言われたことはあるが、それがどうかしたか」
「そういう意味じゃないんだけどな。まあいいや」
ソウシはもう一度、大きくため息をついた。
◇
翌日。
レンとソウシは、数日ぶりに池袋人材サービスのドアを開けた。
「………」
まず目に入ったのは、まだ荒れ果てたままの事務所だった。
レンが前回、話し合いのためと称して滅茶苦茶にした室内は、ほとんど片付いていない。
事務机は一台だけ元の位置へ戻っているが、もう一台は横倒しのまま。レンの指が食い込み、くっきり手形の残った鉄製キャビネットも一応元の位置には戻されていたが、中身の書類は段ボールへ乱雑に突っ込まれている。
ソファに至っては、どうしてそこに置いたのか分からない妙な位置にあった。
床ではヒロナリが、くわえ煙草で散らばった物品を拾っていた。
顔を上げる。
「………」
二人を見る。
しばらく無言。
「……てめえら、よく顔出せたな」
レンは荒れた事務所を見回し、神妙な顔になった。
「先日は迷惑をかけたな…」
「迷惑ってレベルじゃねぇだろうがよ」
ヒロナリは丸い身体を必死に持ち上げ、手についた埃をパンパンと払った。
舌打ちしながら、妙な場所にあるソファの前まで応接テーブルを引きずってくる。
「チッ、まあ座れや。コーヒーでいいか」
「あっ、ヒロナリ、俺ブラックでいいから」
「なんだよ、甘くねぇコーヒーなんて何がうめぇんだよ。カッコつけやがって」
ぶつくさ言いながら奥へ下がっていく。
少なくとも、追い返されることはないらしい。
やがてコーヒーが運ばれてきた。
レンの前に置かれたものには、角砂糖が二個。
さらにミルクが二つ。
以前と同じ、ヒロナリ基準の激甘コーヒーだった。
レンはカップを口へ運び、どこか懐かしむように笑った。
「…やはりギルド長殿の『コーヒー』はうまいな」
「まじかよ…」
ソウシには到底同意できなかった。
「それで、今日は何の用だ」
ヒロナリが煙草に火をつけながら尋ねる。
「ギルド長殿に折り入って相談があってな」
「だからギルド長じゃねぇんだがな…」
レンとソウシは目配せした。
頷く。
レンがスマートフォンを開き、昨夜届いたメッセージをそのままヒロナリへ見せた。
【☆本部よりオススメ案件☆】
そこから始まり、最後の、
『この件について、池袋人材サービスへの確認は不要です』
まで。
「………」
ヒロナリのでかい顔から、いつもの気の抜けた表情が消えた。
何も言わず立ち上がる。
自分の事務机まで行くと、引き出しから小さなパーツを二つ取り出し、戻ってきた。
それをレンとソウシへ一つずつ渡す。
「これ…何だ?」
「いいから差せ。マイク切るやつだ」
「……!」
ソウシはすぐに意味を理解した。
スマートフォンへパーツを差し込む。
レンもその様子を見て、同じように装着した。
「やっぱり…位置情報取ってたんだな。マイクもか」
「そうだ。年中聞いてるわけじゃねぇがな。聞かれてると思っとけ」
ソウシの表情が険しくなる。
昨夜の通知。
あれはやはり偶然ではなかったのかもしれない。
ヒロナリは煙草を指に挟んだまま、続けた。
「本部の仕組みは、俺もよく知らねぇっていうのはこないだ言ったけどよ。ここでは、登録者を集めて、お前らがやったようなテストした後に、本部に情報が送られんだ」
「…レンがここでやった荷運びは?」
「あれはここの仕事だ。全部が全部ヤバいわけじゃねえ」
ソウシは少しだけ息を吐いた。
少なくとも、レンがこれまで日常的にやっていた荷運びすべてが犯罪だったわけではないらしい。
だが安心するには早かった。
「俺らの仕事は、集めた奴の中から使えそうな奴拾って、ある程度仕事させて……本部にその情報を上げるまで、だ」
「上げる?」
「本部案件で使える奴を何人出したかが、こっちの成績になる」
「………」
その言葉の意味を理解するまでに、数秒かかった。
ソウシはレンを見る。
次にヒロナリを見た。
「じゃあお前、最初からレンを本部に流すつもりだったの…?」
「………」
ヒロナリは答えず、煙草の煙を吐き出した。
やがて低い声で言う。
「あいつなら使えると思った。それだけだ」
「………」
レンは少し考えるように顎へ手をやった。
「なるほど、昇格試験のようなものか」
「違うから」
ソウシは即座に訂正した。
人材を上へ推薦する、という部分だけ聞けば似ていなくもない。
だが絶対にそういう前向きな制度ではない。
「本部に行った奴って、その後どうなるの?」
ヒロナリは煙草を吸う。
「知らねぇ」
「知らないって…」
「ホントに知らねぇんだよ。一度あっちに持ってかれたら、こっちには連絡なんて来なくなる」
「………」
ソウシの指がゆっくり握られた。
胸の中にあるのが怒りなのか、恐怖なのか、自分でも分からない。
人を集める。
試す。
使えそうなら上へ送る。
そして、その先で何をさせられるのかは知らない。
その仕組みの一端を担いながら。
「それで、お前は自分が合法なことやってると胸を張って言えるの…?」
絞り出すように訊いた。
ヒロナリは一瞬だけ黙った。
ソウシを見る。
「……そんなにお綺麗に生きていってるつもりはねえよ」
煙草を灰皿へ押しつけた。
言い訳するでもなく、胸を張るでもない。
「まあ、俺が知ってるのはそんなとこだ。それ、やるからよ」
「え?」
「その、マイク切るやつ。持ってけ」
ヒロナリは顎でソウシのスマートフォンを示した。
「あともう帰れ。こっちは誰かさんが荒らしたせいで片付けに追われてんだよ」
「それについては申し訳なく思っている」
レンは真面目な顔で頭を下げる。
「そう思ってんなら手伝……」
ヒロナリは途中まで言って、レンを見る。
次に、横倒しになった机を見る。
手形のついたキャビネットを見る。
「……いや、やっぱ帰れ」
「そうか」
レンは素直に頷いた。
ソウシも立ち上がる。
二人は本部の指示通りに黙っているどころか、しっかり池袋人材サービスへ確認を済ませ、事務所を後にした。
しばらくして。
一人残ったヒロナリは、鉄製キャビネットの前に立っていた。
レンの五本の指が食い込んだ部分を見上げる。
「………」
直そうにも、どう見ても直る状態ではない。
ヒロナリは煙草をくわえたまま、ぼそりと呟いた。
「……これ、どうやってゴミに出すんだ…?」




