パイセン一生ついてく♡
「いらっしゃいませ」
バイト中、レジに立つソウシの前へ、中年の男性客がやってきた。
男はタバコの棚をちらりと見て、ボソボソと何かを言う。
「…◯◯のメンソール」
「え?」
タバコの銘柄らしいことだけは分かったが、肝心の名前が聞き取れない。
ソウシはもう一度尋ねた。
「お客様、何番か教えていただけますか?」
「は? ◯◯のメンソールだよ!」
急に声が大きくなった。
隣のレジにいるミキちゃんが、こちらを見ている。
普段タバコを吸わないソウシには、聞き慣れない銘柄を一度で聞き取るのは難しい。
「◯◯だって! お前、コンビニ店員のくせにタバコの銘柄も覚えてねーの?」
「す、すみません」
焦って背後の棚へ目を走らせる。
だが、それらしい銘柄を見つけても、今度は種類がいくつもある。箱の色が違うもの、箱ではなく紙包装のもの、長さの違うもの。
どれだ。
ソウシがまごついている間にも、客の苛立ちは増していく。
「だから◯◯の――」
「いや、番号言ってくださいよ!」
突然、横から声が飛んできた。
「三木さ…」
気づけばミキちゃんが、客の前で腕を組んで仁王立ちしていた。
止めようとしたが、もう遅い。
「は?」
「ちゃんと後ろ見てくださいよ! タバコ何種類あると思ってるんすか? 番号書いてるんだから最初から言えばいいんすよ!」
「なんだその態度!」
「でかい声出せばなんでも通るわけじゃないんで」
「この…店長呼べ店長!」
「呼べばいーでしょ?」
売り言葉に買い言葉だった。
ようやく騒ぎに気づいた店長が、バックヤードから慌てて走ってくる。
十分後。
ソウシとミキちゃんは並んで店長の前に立たされていた。
「三木さん、言ってることが正しいのは解るよ? 番号あるから銘柄は覚えなくて良いって指導したし」
店長は疲れたように言った。
「でもね、ここはお店で、接客のお仕事なんだから。言い方考えないと」
「番号言ってくださいって言っただけすよ?」
「いや、その後がね」
「だって番号書いてあるっす」
まったく悪びれていない。
このままでは話が終わらない気がして、ソウシは慌てて口を挟んだ。
「店長…ちゃんと対応できなくて、お客様イライラさせちゃったの俺なんです。三木さん、俺のこと助けようとしてくれただけなんです」
自分のせいでミキちゃんまで怒られ続けるのは申し訳ない。
そう思ったのだが。
「え? 秋山パイセン助けようとした訳じゃないっすよ? ウチがあのオッサンむかついただけなんで」
「………え」
ソウシの肩がガクッと落ちた。
――俺のこと助けてくれたと思ったのに、違うのぉぉ!?
店長のお説教は、あともう少しだけ続いた。
◇
「お疲れ様でしたー」
時間まで勤務を終えたソウシは店を出て、アパートへの道を歩き始めた。
スマートフォンを見ると、レンからDMが届いている。
今日は夕食に、冒険者風の肉の煮込み料理を作ってくれるらしい。
肉なんて結構奮発したな、とは思ったものの、せっかくの好意だ。ありがたく受け取ることにする。
それよりも。
「………」
やっぱり気になるのは、ミキちゃんだった。
ああやって、客に強く出られない自分の代わりに言い返してくれたのは今日が初めてではない。
本人は「あのオッサンがむかついただけ」と言っていた。
でも、店長の前でも結果的には自分を庇うような形になっていた気がする。
もしかすると口ではああ言っていただけで、本当は少しくらい――。
そこまで考えて、自分が咄嗟に気の利いたことひとつ言えなかったのを思い出す。
情けない。
そんなことを考えながらスマートフォンを手に歩いていると、通知音が鳴った。
「……ミキちゃんだ」
急いで画面を開く。
『パイセン、帰っちゃったすか?(涙)』
『おねがいがあったっす』
「………」
帰っちゃったすか?
涙までついている。
――………かわいい。
「うわあああ、ごめんミキちゃん!」
ソウシは思わず来た道を戻ろうとした。
その瞬間、次の通知音が鳴る。
『明日のシフト、かわってもらえないっすか』
「………」
足が止まった。
また肩すかしだった。
「シフト代わってってさ、多いよなミキちゃん。何やってんだよ。俺だっていつも暇な訳じゃ…」
ぶつぶつ言いながら、指はすでに動いている。
『いいよ』
「………」
送信済みの文字を見て、ソウシは顔をしかめた。
「あぁ…また自習が遅れる…」
間髪入れずに返信が来た。
『やったー♪』
そして、もう一件。
『パイセン一生ついてく♡』
「…………」
ソウシの歩みが止まった。
画面を見る。
『パイセン一生ついてく♡』
三歩歩く。
また見る。
『パイセン一生ついてく♡』
――………一生???
いや、待て。
こういう冗談を普通に言う子だ。
♡だって、ミキちゃんなら別に深い意味はないかもしれない。
そもそもシフトを代わっただけだ。
それで一生?
どういう意味だ。
どういうことなんだ。
ソウシは結局、家へ帰るまでにそのメッセージを二十回ほど見返した。
アパートへ戻ると、部屋へ入る前から煮込み料理のいい匂いが漂っていた。
「料理ができているぞ」
レンが出迎える。
作ってくれた煮込み料理は、とても美味しかった。
肉も柔らかく、しっかり味が染みている。
なのにソウシは、どこか上の空だった。
食事をしながらも、時折スマートフォンの画面を確認してしまう。
「あのさぁ、レン」
「なんだ」
「ミキちゃんからさ、一生ついてくってメッセージ来たんだけど、これってどういう意味だと思う?」
「ミキちゃん…」
レンは記憶を辿った。
二十四時間軍事拠点の受付に立っていた女。
髪も肌も日に灼け、尖った爪を備え、相手がどれほど強く出ても一歩も引かない。レンの目には、手練の戦士に近い存在として映っている。
その女が、ソウシへ一生ついていくと言った。
ならば答えは一つだろう。
「あれだけの手練の戦士が、一生ついていくとは、やはりソウシの主君としての器を感じてのことではないか?」
「きく相手を間違えたよ…」
ソウシは即座に諦めた。
レンへ聞いた自分が悪かった。
スマートフォンを手にパソコンへ向かう。
「さて…あーにゃんの配信見よ」
考えるのをやめた。
ソウシはまた現実から逃げるのであった。
その頃、ミキちゃんは
別の日のシフトを代わってくれたパートの主婦へ、メッセージを送っていた。
『◯◯さん一生ついてく♡』




