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Sランク冒険者が闇バイト無双  作者: ヒナツキスバル
第三章 正しいと思ったなら
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16/28

この国の普通にはなれない

 白いフェンスの向こうで、見慣れた姿の男が顔を上げた。


「………来たか」


「………レン?」


一瞬、互いに動きが止まる。



「ソウシ!? 何故ここに」

「こっちの台詞だよ!」


驚いているのはどうやら向こうも同じらしい。

「俺は今日、ギルドの任務でここに居る」


「……どういうことだ?」


ギルド。

その言葉を聞いた瞬間、ソウシの胸に嫌な予感が走った。


問い返そうとしたところで、レンの手にしていたスマートフォンが震える。

レンが画面を確認する。

その一瞬、ソウシの目にも表示されたものが見えた。


黒いアイコン。


ついさっきまで、自分もやり取りをしていたアプリだった。


「その男から荷物を受け取って事務所に戻るように………承知した、と」


レンは慣れない手つきで返信を終えると、何事もなかったようにソウシへ手を差し出した。

「さあ、ソウシ。荷物を渡してもらおう」


「………」

何がどうなっているのか、まだよく分からない。


ただ一つ分かるのは、レンまであの怪しい会社に片足を突っ込んでしまったということだった。


どうして。

なんでお前まで。

そんなところの仕事をするなって言っただろ。


いくつも言葉が浮かぶ。

けれど、ソウシはそれをひとまず飲み込んだ。


黙ったまま、抱えていた荷物をレンへ差し出す。


「……」

レンはそれを受け取る。

そして、そのまま背を向けた。


「…ちょっと待てよ! お前、それ持って何処に行くんだよ!」


背を向けかけていたレンが、ゆっくりと振り返る。

「すまんが…任務について他に漏らすことは出来ない」

妙に真剣な顔だった。


それだけ言い残すと、レンは再びゆっくりと背を向け、駅のほうへ歩き出していく。


ソウシはその後ろ姿をしばらく見送り、それから小さく息を吐いた。



「かっこよく去ってるけど…俺もそっち行くんだけどな」


          ◇


 その頃、池袋。

池袋人材サービスの事務所では、端末を確認していた若い男が声を上げた。


「ヒロさん! 受け渡し終わったみたいす」

「ほぉ、早かったな」

ヒロナリは椅子に座ったまま答える。


「なんか話してるみたいだったんで、マイクに切り替えたんすけど」

「ん?」

「なんか、あいつら知り合いっぽいす」


ヒロナリが顔を上げた。

「あ?」

「メガネくんは『どうしてここに?』みたいな事言ってたけど、レンくん何も言わなかったす。見どころありますね」

ヒロナリの眉が、わずかに上がる。


「へーぇ……」

知り合いだった。

それでも余計なことは喋らない。


少し間を置いて、ヒロナリの口元が歪んだ。

「ますます、いい案件向けじゃねぇか」


          ◇


 ソウシはレンと被らないように、辺りを見回しながらゆっくりと駅へ戻った。


荷物は渡した。自分の仕事は終わったのだ。


少しくらい時間を空ければ、レンも先に電車へ乗っているだろう。

そう思いながらエスカレーターを上り、改札へ向かう。


そして。


「………」


案の定、切符売り場の前で固まっているレンの姿があった。

 

ソウシは足を止めた。


今しがた別れたばかりである。

見なかったことにしようか。

そう思ったとき、池袋人材サービスで聞いた会話が頭をよぎった。


『でもなんか、変なとこにいるから』

『電車乗り間違えてんじゃねぇかな』


こちらの世界へ来て、まだ二日。

あの複雑な路線図や乗換案内を理解できるとは思えない。

というより、ここまで来られただけでもかなり頑張ったほうなのではないか。

どうせ相当迷ったに違いない。


「……何やってんの」

結局、声をかけてしまった。


レンが振り返る。


「…待ってくれ、今思い出しているところだ」

券売機を睨む目は真剣そのものだった。


ソウシは隣へ立ち、画面を覗き込む。


「何? 切符買おうとしてんの?」

「そうだが」

「……お節介だとは思うんだけど、こっちの方が良いと思うよ」


ソウシは右のほうにある券売機を指差し、レンをそちらへ呼んだ。画面を何度か操作してから、後ろを振り返る。


「…そうだな…2000円くらい入れとく?」

レンは言われるまま財布を出し、二千円を取り出そうとして――手を止めた。


「……入れとく、とは?」

「このカードに先に金を入れといて、あの改札にタッチすると勝手に計算して引いてくれるんだよ」


「………??? どういう事だ? さっぱりわからん」

レンの眉間に深い皺が寄った。まったく伝わっていない。


「切符に払う金を先に払っておいて、乗ったところと降りたところを機械が記録して正しい金額を引いてくれるんだよ。難しく考えるな」

「……とにかく、ソウシの言う通りにしよう…」

理解を諦めたらしい。


ソウシは苦笑しながら操作を続けた。

やがて券売機から銀色のカードが出てくる。それを取り出して、レンへ渡した。


レンはカードを受け取り、表と裏を眺める。


その間にも、何人もの人間がスマートフォンやカードを改札へかざし、次々と向こう側へ抜けていく。


「あんな感じで、このカードをあそこの光ってるところにあてると通れる」

ソウシは改札を指差した。


「通るときに残りの金額が出るから、覚えといて。足りなくなったらまたさっきの機械にお金払って残額足して。足りなくなると改札通れなくなるから」

「む…承知した」


絶対わかってないだろ。

ソウシは思った。

返事だけは立派だった。



ソウシが先にスマートフォンをかざして改札を抜ける。

レンも続き、銀色のカードを光る部分へ恐る恐る近づけた。


「これで良いか」

「うん、大丈夫。出るときも同じように」

改札は何事もなくレンを通した。


ひとまず第一関門は突破したらしい。


ソウシは歩きながら尋ねる。

「………で、何処に行くの? 俺、池袋に帰るんだけど」

「………奇遇だな。俺もだ」


やっぱり。

ソウシはため息をついた。


「ハァ…しょうがない。池袋まで行こうか」

「ソウシが居てくれれば心づよいな…」

その言葉には、思った以上の実感がこもっていた。


 

ホームへ続く階段を下りながら、レンの脳裏には今日一日の記憶が次々と蘇っていた。


路線図。

時刻表。

行き先。

急行。

準急。

乗り換え。

何度電車に乗り、何度間違え、何度戻ったことか。



ホームへ降りると、ちょうど電車が到着したところだった。

レンは迷わずそちらへ向かう。

「ちょ、それ逆方向行きだから乗らないよ」

「何っ?」

レンが足を止めた。


電車はそのまま発車していく。

すると間髪入れず、今度は反対方向から別の電車が滑り込んできた。


反対なのだから、今度こそ合っている。

そう判断したレンが再び乗り込もうとする。

「これも違うから」

また止められた。

レンが納得できない顔で振り返る。


「だが方向は合っているのではないか?」

「行き先が違う。元町中華街行きだから」

「……?」

「池袋も通らないわけじゃないんだけど…遠回りっていうか…まあいいや。とにかく乗らない」


分からない。

方向が合っていて、池袋も通る。

それなのに乗ってはいけない。


レンの中で、この国の鉄道が再び理解不能な存在へ戻っていく。

そんな顔を見て、ソウシが尋ねた。


「…お前さ、もしかしてここ来るまでに相当迷った?」

「…聞くな」

低い声だった。


レンは今日何度も見上げた路線図や時刻表を思い出した。

「ソウシは…この複雑な路線図や時刻表をすべて覚えているのか?」

「そんな訳ないじゃん」

即答だった。


ソウシはスマートフォンを取り出し、マップ機能を立ち上げてレンへ見せる。

「ここに駅名入れれば駅の構内図とか、何番線の何時何分発の電車とかも出てくる」

「………そうか」


レンは画面を見つめた。

そして、がっくりと肩を落とした。


今日一日の苦労は何だったのか。

その答えを考える間もなく、次の電車がホームへ入ってくる。


「あ、これに乗るよ」

今度こそソウシに促され、レンは素直にその電車へ乗り込んだ。


           ◇


 ソウシとレンは、まだ帰宅ラッシュ前の空いた車内に並んで座った。


電車が走り出してしばらくしてから、ソウシが口を開く。


「………それで」

レンが横を見る。


「どうしてこの荷物運びやることになったの?」

来た、とレンは思った。

先ほどから、いずれ聞かれるだろうとは予想していた。


「ソウシ。すまぬが恩人と言えど任務に関して漏らすわけにはいかない。わかってくれ」

「いや、それ運んできたの俺だしね」


「……そうだったな」

レンは一度黙った。確かにその通りだった。


少し考えてから、改めてソウシへ向き直る。

「貴殿も、あの冒険者ギルドの関係者と言う訳か?」

「うーん、そういうつもりもないんだけど…」


ソウシは困ったように頭をくしゃくしゃとかいた。

午後の車内は空いているとはいえ、二人きりではない。少し離れた座席にはほかの乗客もいる。


あまり大きな声で話す内容ではなかった。


ソウシは声を落とす。


「なんであの会社に関わってるんだよ? 俺言ったよね? よく分からない仕事に行くなって」

「ソウシ、ギルド長殿は貴殿が考えているような人物ではないぞ?」

「だからあそこは冒険者ギルドじゃないんだって…そもそも、どういうきっかけであそこにつながったんだよ」


レンは少し考えた。

守秘すべき任務の内容とは違う。そこまでなら話しても問題はないだろう。


「…SNSにDMが来て…初めは説明を聞いて自分の目で確かめるつもりだった」

そして、自分の判断を誤魔化さないように続ける。

「ソウシから受けた恩ほどではないが、思わぬ親切を受け、仕事を請け負っても問題ないと考えた。これは俺自身の判断だ」


「…思わぬ親切?」

「宿と食事の世話になった。他にも…」


「確かにヒロナリは面倒見良いとこあるから…でも、それだけで簡単に信用するなよ」


そこまで言って、ソウシは少し嫌な気分になった。


ヒロナリは怪しい。

あの会社だってどう考えても普通ではない。

それでも、昔から知っているからこそ分かってしまうこともある。だからこそ話がややこしい。



レンがふと首を傾げる。

「……ソウシ、貴殿とギルド長殿はどういう関係なのだ?」

「地元の…中学の同級生だよ。ただの」


それ以上は聞くな、と言うように、ソウシはすぐ話を戻した。

「俺の話はいいよ。とにかく、あそこの仕事はやめたほうがいいって」


レンは少し黙り、膝の上に抱えた荷物へ目を落とした。

「……ならば、何故貴殿はこの荷物を持って現れたのだ」


ソウシは言葉に詰まった。

「………」

正論だった。


怪しいと思っていた。

断ったほうがいいとも思っていた。

それなのに、自分は荷物を持って上福岡まで来た。


中学時代のヒロナリとの確執。

数年ぶりの再会。

嫌だと思いながら、はっきり口にできなかったこと。

面倒なことになりたくなくて逃げ道を探し続け、その結果、結局ここまで来てしまったこと。

それを全部レンへ説明することなど、とてもできなかった。


「……そうなったから言ってるんだ」

ようやく出たのは、そんな言葉だった。

「少なくともあいつらは『普通』じゃないって」


「だからだ」

ソウシはレンを見る。

レンは前を向いていた。


走る電車の窓に、二人の姿が薄く映っている。


「……俺も、どうやってもこの国の『普通』にはなれない」

そう言って、レンは少し寂しそうに笑った。


ソウシは何も言えなかった。


身分証がない。

住所もない。

この国で学校へ通った経歴も、働いた経歴もない。

レンがどれほど剣を振るえても、魔法を使えても、この国で普通に仕事を探すために必要とされるものを何一つ持っていない。


だったら普通に生きられる方法を一緒に探せばいい、そう言えればよかった。

けれど今のソウシには、自分自身の生活さえまともにどうにかできていない。


レンの人生まで背負えるわけではない。

何かしてやりたいと思っても、何をしてやれるのか分からなかった。


やがて、終点が近いことを告げるアナウンスが車内に響いた。


「行こう」

レンが立ち上がる。


その直後だった。

電車にブレーキがかかり、車体が大きく揺れる。

「っ」

レンの身体がぐらりと傾いた。


咄嗟に踏ん張り、転倒こそ免れたものの、ソウシはレンの服の裾を引いて座席へ戻す。


「……止まるときが一番揺れるから、完全に止まるまで座ってないとダメだよ」


レンは黙って座り直した。

重くなっていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


電車は速度を落としながら、池袋駅へ滑り込んでいった。

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