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Sランク冒険者が闇バイト無双  作者: ヒナツキスバル
第二章 この国の冒険者ギルド
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15/28

黒い服着た男


 十四時。


……の、およそ二十五分前。




ソウシは昨日送られてきた住所を頼りに、サンシャイン60通り裏手の古びた雑居ビルの前へ立っていた。




階段脇には、今にも壊れそうな郵便受けが並んでいる。その一つに『池袋人材サービス』の文字もあった。




「三階……だよな」


スマートフォンを見る。


住所は間違っていない。


だが、マップにも口コミサイトにも、それらしい会社情報はほとんど出てこなかった。




「やっぱり……怪しいよなぁ……」


見上げた階段は狭く、薄暗い。


ここで引き返そうか。


一瞬、本気でそう考えた。




けれど、昨晩のヒロナリのでかい顔が頭へ浮かぶ。


『登録だけなら』


そう答えたとき、ヒロナリは厳つい顔を満面の笑みにしていた。




今さらドタキャンしたら怒るかもしれない。同じ池袋周辺にいる以上、今後どこかでばったり会わないとも限らない。


それで後から恨まれて面倒になる方が嫌だった。




「……案件の連絡来ても、出来なければ受けなきゃいいって言ってたもんな」


自分に言い聞かせる。




登録だけ。


嫌なら、その後に断ればいい。




ソウシは意を決して階段を上った。




           ◇




 事務所のドアを開けた瞬間、どこか覚えのある植物のような爽やかな香りが鼻をくすぐった。




古びた雑居ビルの中とは思えない。


壁も床も妙に綺麗で、煙草臭さもほとんどなかった。




――なんか、ずいぶんいい匂いの事務所だな。




「おー! 来た来た!」


奥からヒロナリが現れた。


「いやー、こいつ俺の中学のタメでよ。よく来てくれたな!」


「どうも……」




その場にいた短い金髪の若い男が、ソウシを見る。




次にヒロナリを見る。


またソウシ。


ヒロナリ。


もう一度ソウシ。


「…………」




ソウシは、その視線の意味を理解した。


今でもたまに高校生と間違われる自分。


一方、どう甘く見積もっても三十代以上にしか見えないヒロナリ。


――……そうだよね。


心の中で、金髪の男へ深く同意した。




           ◇




 促されるままソファへ座り、登録用紙へ必要事項を書き込んでいく。




名前。


住所。


連絡先。




なんとなく間が持たず、出されたコーヒーへ口をつけた。


「…………っ」


あっっっま。


とんでもなく甘い。


缶コーヒーよりさらに甘い。歯が浮きそうなほどだった。


どうやったらコーヒーをここまで甘くできるのか分からない。




「へぇー。東池袋か。すぐ近くじゃん」


登録用紙を眺めながら、ヒロナリが何気なく言った。




「……」


ソウシの背中が、ぞくりと寒くなった。


言われてみれば当然だ。


今、自分はこいつらへ自宅住所まで渡している。


――住所なんて書かなければよかった。




「とりあえず、登録するのにウチのアプリを入れてもらってんだけどさ」


「アプリ?」




ヒロナリが金髪の男へ顎をしゃくる。


「良かったらやりますよ」


男の手がソウシのスマートフォンへ伸びる。




ソウシは反射的に端末を引いた。


「……いや、自分でやります。何て検索したら出てきますか?」


「あー、ウチの専用アプリで、検索しても出てこないんすよ。やるんで」


「…………」




それを聞いて、ますます嫌な予感がした。


検索しても出てこないアプリ。


そんなものを自分のスマートフォンへ入れろという。




ソウシはヒロナリを見る。


目が合った。


いつもの、何を考えているのか分かりにくい細い目だった。


別に睨まれているわけでもない。


脅されたわけでもない。


それなのに、ソウシはそこに妙な圧を感じてしまう。




――まあ。


自分にも多少はスマートフォンやパソコンの知識がある。何かおかしければ、あとで消せばいい。




「……お願いします」


渋々、スマートフォンを差し出した。




金髪の男は慣れた手つきで操作し、黒いアイコンのアプリを入れていく。


「ここに担当から案件の依頼とかが行くんで、なるべくマメにチェックして、早く反応できるようにしといてほしいんすよね」




「わかりました」


――早く反応して、断ればいい。


早めに、断ればいいだけだ。




そう考えたところで、ヒロナリが金髪の男へ何か耳打ちした。




「……」


「あー……」


男は自分のスマートフォンを確認し、少し首を傾げる。


「いや、まだ着いてないすね。なんか変なとこにいるから、電車間違えてんじゃねえかな」


「あー、まあ丁度いいかな」




「…………」


何の話をしているのかは分からない。


ただ、なんとなく。


聞かない方がいい種類の話をしている気がした。




「ソウシ」


「……何?」


ヒロナリがこちらへ向き直る。


「実は急遽、これから頼みたい案件があってよ」


「……え?」




心臓が、ぎゅっと掴まれたように脈打った。




登録だけ。


そういう話だったはずだ。


ヒロナリは煙草を取り出し、火をつける。




「内容は荷運び。この荷物をとある所まで運んで、担当の奴に渡してもらいたい」




「……」




気づけば、金髪の男がテーブルへ何かを置いていた。


厚めの雑誌ほどの大きさの段ボール箱。


そして。




現金。




ヒロナリがその金を指した。


「受けてくれたら、この場で二万払う」


「…………」




 二万円。


その数字だけが、妙にはっきりと目に入った。




          ◇





「…………」


ソウシは、またしても固まった。




どうする。


どう考えても怪しい。


テーブルの上に置かれた段ボール箱を見る。




何の変哲もない箱。


だからこそ、中身が分からない。


「その……中身は何なの」




「言えねぇからこの値段なんだよ。預かりモンだから開けんなよ」


ヒロナリは大きな顔から煙草の煙を吐き出した。


「安心しろよ。お前が思ってるようなモンじゃねーよ」




「…………」


思っているような物。


その言い方が余計に怪しい。




――そうだ。


夕方からまたバイトがある。それを言えば断れる。




「とりあえず、それ持って東上線の上福岡に行ってくれりゃいい」


ソウシが口を開こうとした、その直前だった。


ヒロナリの口元が、少し歪んだように見えた。


「今すぐ出れば、行って帰って来ても二時間かかんねーだろ?」




「…………」


また一つ。


ソウシが用意していた逃げ道が塞がれた。




別に、腕を掴まれているわけではない。


脅されてもいない。断ろうと思えば断れる。




それでも。


昔のこと。


ヒロナリへの負い目。




住所も教えた。


連絡先も交換した。


よく分からないアプリまで入れた。




そして、目の前には二万円。


今の自分にとって、その金額は決して小さくない。




「…………」


結局。


ソウシは、段ボール箱を持って事務所を出た。




          ◇




 その頃。


レンはようやく、上福岡の一つ手前付近まで来ていた。


池袋駅で東武東上線のホームへ辿り着いた時点で、すでにかなりの時間を失っていた。




しかし。


問題は、駅へ辿り着けば終わりではなかった。


ホームの案内へ目を向けた瞬間。


『TJライナー』


『快速急行』


『急行』


『準急』


『普通』


文字が次々と翻訳されて頭へ流れ込んでくる。




「…………」


何が違う。


全部、同じ線路を走る列車ではないのか。


時刻表を見る。


さらに頭が痛くなった。


構内放送も次々と流れる。




扉が開いているのに、すぐには乗り込まない人々。


床の線に沿って並ぶ人間たち。


同じ方向へ向かうはずなのに、違う名を持つ列車。


しばらく右往左往した末、レンはどうにか普通列車へ乗り込んだ。




ところが。


今度は、なかなか目的地へ着かない。


駅へ停まり。また停まり。さらに停まる。




――遅い。


任務中だ。




もう十分すぎるほど時間を失っている。


そのとき。


『お急ぎの方は、向かい側の急行列車へ――』


そんな案内が耳へ入った。




「急ぎならば、そちらを使えということか」


当然だった。


任務中なのだから、速い方を選ぶべきだ。


レンは迷わず急行へ乗り換えた。




そして。


上福岡を通り過ぎた。




「…………」




窓の外へ流れていく駅名。


目的地、通過。




「……何?」


慌てて次の駅で降り、反対方向へ戻る。


今度こそ。より速く。


また速い列車へ乗った。


また上福岡を通り過ぎた。




「…………何故だ」




その後も案内板と放送を睨み、周囲の人間の動きを観察しながら試行錯誤を続けた。




そして、ようやくある結論へ辿り着く。


各駅に停まる列車ならば。


少なくとも、上福岡にも停まる。




それはレンにとって、長い迷宮探索の果てにようやく発見した攻略法だった。




目的地へ確実に停まる列車へ乗り込み、レンは座席へ腰を下ろした。




「…………」


頭を抱える。


なんだ。


なんなのだ、この世界は……。




『発車します。ピポーン、ピポーン』




扉が閉まった。




           ◇




上福岡。


ホームへ降りたレンは、まず事務所でもらったメモを取り出した。




駅名表示を見る。


メモを見る。


もう一度駅名を見る。




「上福岡……」


間違いない。


今度こそ。


間違いない。




レンはようやく小さく息を吐き、スマートフォンを取り出した。




朝、入れられた黒いアイコンをタップする。




『すまない、遅くなったが指定された土地についた』


送る。


すぐに既読がついた。




『お疲れ様です。改札を出たら右に行って、突き当たり右の階段を下りてください。左には行ったらダメっすよ』




「右……右だな」


今度は慎重だった。


レンは改札へ向かう。




「改札を……この切符をここに入れれば通れるのだな」


切符を機械へ差し込む。


ゲートが開いた。


無事に通過する。




そこで、ふと周囲へ目をやった。


ほとんどの人間は切符など持っていない。


スマートフォンや、小さな板のようなものを機械へ当てるだけで次々と通過していく。




「あれも、なにか特殊なやり方が必要なのだろうな」


ぼんやり眺めていると、手の中のスマートフォンが振動した。




『階段を降りたら、少し歩くと店を何軒か抜けて、右手に白いフェンスのバス停があるんで』


「バス停……?」




聞き覚えのない言葉だった。




「バス……という乗り物が停まるのか?」


続けて通知が入る。




『そこで立って待っててください。担当者が今向かってるんで』


『ちょっと時間かかるんで、バス待ってるふりして立って待っててください』


「……承知した」




何故、バスを待つふりをする必要があるのかはよく分からない。


だが仕事上の指示ならば従う。


レンは言われた通り、右へ進み、階段を下りた。




店をいくつか通り過ぎる。


やがて。




『上福岡駅東口』


そう書かれた表示。


そして、右手に白いフェンスのある場所が見えた。




「……ここか」


長かった。


本当に長かった。


レンは深く安堵の息を吐く。




『今、到着した。承知した』


送信。


そして言われた通り、バスを待つ人間を装い静かにそこへ立った。




          ◇




 それからほどなくして、ソウシも上福岡駅へ到着した。


池袋から三十分と少し。


知らない土地ではあるが、それほど遠い場所ではない。




「着いたら、これで連絡しろって言ってたな……」


ソウシは段ボール箱を片腕に抱えたまま、スマートフォンを取り出した。




先ほど入れられた黒いアイコン。


見るだけで嫌な感じがする。




開く。


送信先にはすでに、


 


『池袋人材サービス』




の文字が登録されていた。




「…………」


また背筋が寒くなる。


自分のスマートフォンなのに、自分の知らない場所へ繋がっているような感覚がした。




『着きました』


送る。


すぐに既読。




『おお、早かったすね』


『改札出たら右に曲がって、突き当たり右の階段を降りてもらって』




ソウシはメッセージを読みながら、慎重に改札を出た。


段ボール箱を抱える手に汗が滲む。


中身は知らない。


どこへ運ぶのかも、直前まで聞かされていなかった。


この先で何が待っているのか、分からない。


心臓が、自分でも聞こえるほど強く鳴っていた。




再びスマートフォンが震える。


『少し歩くと、右手に白いフェンスのバス停があるんで』




店を何軒か通り過ぎる。


白いフェンスが見えてきた。




そして、最後のメッセージが届いた。




『そこに立ってる、黒い服着た男に荷物渡してもらって終わりです。おつかれさまでした』




「…………」


ソウシはスマートフォンから顔を上げた。


バス停の前。


黒い服を着た若い男が、一人立っている。




見覚えがあった。




ソウシの足が止まる。




ほぼ同時に、


その男もこちらの気配へ気づき、顔を上げた。




「……来たか」




「……レン?」



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