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Sランク冒険者が闇バイト無双  作者: ヒナツキスバル
第二章 この国の冒険者ギルド
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貴殿がギルド長か

 サンシャイン60通りから、少し外れた裏手。


レンはスマートフォンの画面と、目の前の建物を見比べた。




「……ここか」




華やかな大通りとは違い、そこにあったのは灰色の古びたビルだった。




レンはもう一度、画面に表示された住所を確認した。地図上の位置とも一致している。どうやら間違いない。




「着いたら連絡しろと言われていたな」




SNSを開き、先ほどまでやり取りしていた相手とのDMを呼び出す。




『到着した』




送信する。


それから、さほど待たなかった。


ビル脇の狭い階段から、一人の若い男が降りてきた。短い金髪。年齢はレンとそう変わらないように見える。


男はレンの顔を見るなり、足を止めた。


「あ、面接の人?」


「そうだ」




「おー」


男はまじまじとレンの顔を見たあと、楽しそうに笑った。


「すげー。本物だ」


「……?」


何が本物なのか、よく分からない。




「そうだが」


レンが真面目に答えると、男はますます面白そうな顔をした。


「とりあえず上がってください。三階なんで」


促され、レンは細い階段を上っていった。




          ◇




 通されたのは、衝立で事務スペースと区切られた小さな応接場所だった。


革張りのソファに腰を下ろす。


ほどなくして、目の前のテーブルへカップが置かれた。


「どうぞ」


レンは会釈し、カップの中を覗き込んだ。




黒い。そして、この香り。


「…………」


嫌な予感がした。


以前ソウシに振る舞われた、あの黒い飲み物ではないだろうか。


レンは恐る恐るカップを持ち上げた。




一口。


「……っ」


強烈な苦味が舌を襲った。




やはり、あれだ。


レンは静かにカップを置いた。


――またこの薬湯か……。




どうしてこの国では、これほどまでに苦い飲み物が当然のように出されるのだろう。


身体に良いのか。眠気を飛ばすための薬なのか。それとも、これを好んで飲む文化なのか。


いまだに理解できない。




とはいえ、客として出されたものを残すのも礼を欠く。


レンは覚悟を決め、ほんの少しずつコーヒーを口に運んだ。




やがて、先ほどの金髪の男が紙とペンを持って戻ってきた。


「それじゃ、これに書けるとこだけ書いてもらって」


「むっ」


差し出された用紙へ目を落とす。




書かれている内容は分かる。


名前。住所。連絡先。


翻訳魔法によって、日本語の文字も意味として認識できている。




だが。


「…………」


レンは用紙を見つめたまま止まった。




「どうしました?」


「……書けぬのだ」


「えーっ? そうなの?」


「ああ」


翻訳魔法は、言葉を理解するための術だ。知らない文字の意味を認識することはできても、それを自分の手で正しく書く技術まで与えてくれるわけではない。




男は少し考え、首を傾げた。


「あれ? 外国の人だっけ?」


「……」




レンの頭に、ソウシの言葉が浮かんだ。


王国や魔王の話を、人前で不用意にしないこと。


魔法も、できるだけ見せないこと。


その忠告は守ると誓った。


「……詳しくは言えぬが、そんなところだ」


「へぇ……」




男は少し困った顔をしたが、それ以上は追及しなかった。


「まあ、大丈夫だと思うんだけどなぁ。そしたら、ちょっと待っててくださいね」


「ああ」




レンは再びソファへ腰を下ろした。




          ◇




その頃、事務所の扉が開いた。


「ヒロさん、お疲れ様です」


「おう」


入ってきたヒロナリは上着を軽く整えながら、事務所の中を見回した。


「来てんのか」


「はい」




金髪の若い男がスマートフォンを取り出す。


「昨日からバズってた勇者の人なんすけど」


「勇者ぁ?」


ヒロナリが怪訝な顔をする。


「ダメ元で声かけてみたら、来れるってんで」


「何だそりゃ」




「あれ? ヒロさん知らないすか?」


差し出された画面を見る。




雨の池袋。


黒い鎧姿で街中を歩く若い男。


さらに画面を流せば、妙に近い距離から撮られた無表情の自撮りや、本人らしきアカウントも表示された。




「ほぉ……」


ヒロナリは衝立の向こうへ視線を向けた。


ソファへ座っているのは黒髪の青年だった。




SNSで見た鎧姿とは違い、今は黒いパーカーに濃いグレーのシャツ、黒のジーンズという、ごく普通の格好をしている。




だが。


妙に姿勢がいい。


ただ座って待っているだけなのに、背筋が崩れない。


何気なく事務所の中へ向けられる視線も、どこか普通ではなかった。




「……行ってみるか」




           ◇




 衝立の向こうへヒロナリが姿を現した瞬間、レンは立ち上がった。


先ほどの金髪の男がその後ろにつき、自然に場所を譲る。


ヒロナリは迷うことなく奥側の席へ腰を下ろした。


その一連の動きを見て、レンはすぐに理解した。




部下が敬意を払っている。


席順も、この男を中心に決まっている。


――この者が責任者か。




レンは一礼した。




「遅くにわりいね。責任者の崎本だ」


ヒロナリは懐から名刺を取り出し、差し出した。


レンは両手で受け取る。




『池袋人材サービス』


『統括責任者』


『崎本ヒロナリ』




翻訳魔法を通して内容を読み取る。


統括責任者。


やはり、組織をまとめる立場らしい。




レンは改めて頭を下げた。


「貴殿が、この支部のギルド長か」


「…………」


ヒロナリの動きが止まった。




「冒険者のレンだ。よろしく頼む」


「ギルド……?」


聞き慣れない単語に、ヒロナリが眉を寄せる。


レンは当然のように説明した。


「ここでは、仕事の仲介と人員の管理をしているのだろう?」


「まあ……」


「ならば、俺の知る冒険者ギルドと大差あるまい。違うのか?」




「…………」




ヒロナリは一瞬考えた。


わざわざ訂正するのも面倒だった。


何より、本人の中で話が通じているのなら、それでいい。




ソファへ深く腰掛け直す。


「まあ、そんなもんだ」


「やはりそうか」


「……」




レンの中では、それで完全に腑に落ちたらしい。


「そうだ、ヒロさん」


「あ?」


金髪の男が登録用紙を持ち上げた。


「この人、外国の人らしくて。登録カード書けないらしくて」


「書けねぇ?」


「ああ」


レンは素直に認めた。


「ふーん」




ヒロナリは用紙を一瞥しただけで、特に気にした様子もない。


「じゃあ質問しながらやるから、おめぇが書いてやれ」


「わかりました」


「助かる」


レンが礼を言う。




金髪の男はペンを構えた。


「じゃあ……まず、名前は?」


「レンだ」


さらさらと書き込む。


「苗字は?」


「家名は捨てた」


「…………」


ペンが止まった。


「今は冒険者のレン。それだけだ」


「…………そっすか」




何とも言えない沈黙が落ちる。


レンには、その理由が分からない。


男は気を取り直し、次の項目を見る。


「スマホは……あるんだよね?」


「ああ」


レンは自分のスマートフォンを見せた。


「ただし、連絡手段は先ほど使ったSNSのDMになる」


「そっか。身分証ないって言ってたもんね」


「ああ」




「ふーーん」


ヒロナリが低く声を漏らした。


テーブルへ肘をつき、太い指を組む。




苗字なし。


身分証なし。


固定住所もないらしい。


まともな電話契約すらなく、連絡手段はSNSのみ。


ヒロナリはレンを興味深そうに眺めた。




「いいねぇ」


「?」


「なんのしがらみもねぇってわけだ」


「……」




レンは、その言葉を別の意味で受け取った。


家名も出自も問わず、個人の能力を見る。


そういう人物なのだろう。


――なるほど。




一方で、ヒロナリは改めて目の前の青年を観察していた。


顔はいい。かなりいい。


細身だが、身体はしっかり締まっている。


安物の服を着ているだけなのに、姿勢が崩れないせいで妙に見栄えもする。


周囲への注意の払い方も、普通の若者とは少し違う。


売れない俳優か、格闘家か何かだろう。


勇者だのギルドだのを真顔で口にしているところを見ると、少し頭はおかしいのかもしれない。


だが、少なくとも口だけの素人には見えなかった。




「君さぁ」


「なんだ」




ヒロナリが身を乗り出す。


その大きな顔が、ずい、とレンへ近づいた。


「腕っぷしには自信ある?」


レンは、それを能力審査だと理解した。


「剣術と格闘術ならば、一通り修めている」


「ほぉー」


ヒロナリの目が細くなる。




「いいねぇ」


レンもまた、その反応を見ながら感心していた。


単に人員を登録するだけではない。


実際に何ができるのかまで確認している。


仕事を仲介する者として、部下や登録者の能力を把握しているのだ。


――やはり、人を見る目を持ったギルド長らしい。


レンの中で、ヒロナリへの評価がまた一段上がった。




「じゃあ次」


金髪の男が用紙を見る。


「住所は?」


「今はない」


「……え?」


「訳あって、現在は流浪の身だ」


「あ?」


今度はヒロナリが聞き返した。




レンは少し考え、現代人にも分かるよう説明を足す。


「昨日は恩人の住居に、一晩世話になった。今は多少手持ちもある。今晩からは、自分でなんとかするつもりだ」


「…………」




ヒロナリは数秒黙った。


そして、ようやく意味を理解したらしい。


「待て待てお前、寝るとこねぇの?」


「そういうことになるな」


「……マジかよ」


「すまないが、この辺りで安く泊まれる宿に心当たりがあれば教えてくれないか」


「うーん……」




ヒロナリは腕を組んだ。


仕事を回すだけなら、それ以上面倒を見る必要はない。


ここで帰しても構わない。


だが、目の前の若者は今夜泊まる場所すらないという。




「しょうがねぇな」


「?」


「今日だけなら、そこ使えよ」


「……そこ?」


「向こうの応接室」




ヒロナリは顎で奥を示した。


「ソファあんだろ。事務所閉めたあとなら、寝てっても構わねぇよ」


「…………」


レンは一瞬、言葉を失った。




「宿まで……」


「宿ってほどじゃねぇよ」


「提供してくれるとは」


レンは真剣な顔で頭を下げた。




「厚遇なギルドだな」


「いや…」


「感謝する。ギルド長殿」


「まあまあ……」


ヒロナリは頭を掻いた。


「ギルドじゃねぇけどな」


「?」


「……もういい」


もはや訂正する気力もなくなった。




ヒロナリは金髪の男へ声をかける。


「おい」


「はい?」


財布を開き、何枚かの紙幣を取り出して渡した。


「おめぇもメシ食ってねぇだろ」


「あ、はい」


「レンくん連れてコンビニ行って、好きなもん買ってこいよ」


「あざっす!」


金髪の男は素直に喜んだ。


レンはそのやり取りを黙って見ていた。




仕事を仲介してくれる。


寝床を貸してくれる。


食事まで与えてくれる。




レンは改めて、ヒロナリを見た。


粗野な風貌。


大きな身体。


そして、ひときわ大きな顔。


だが部下の扱いにも慣れ、人の能力を見極め、行く場所のない者へ寝床まで用意する。


――有能なギルド長なのだろう。




一方のヒロナリも、レンを眺めていた。


妙な奴だ。かなり妙な奴だ。


だが、使えそうでもある。


腕っぷし。身軽そうな身体。


何のしがらみもない身元。


そして、あの立ち居振る舞い。




ハッタリだけとは思えない。


大きな案件でも、案外使い物になるかもしれない。




そんな双方の盛大な勘違いを抱えたまま、




池袋の夜は、こうして更けていった。



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