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ふたつのふたりの金曜日  作者: 枯木


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1年生の6月・第4週

 今週も金曜日がやってきた。金曜日となると、朝から心穏やかではいられない。毎週、あおいの家に行くと約束してしまったせいだ。もう二ヶ月も続く習慣だというのに、全く心が慣れてくれない。


 葵との約束はもう一つある。学校ではできるだけ話さないということだ。こちらはわたしからのお願いだった。


 初めて葵の家に行ってからというもの、葵との関係を後ろめたく感じていた。クラスメイトに関係がバレてしまうのを恐れるようになった。そういうわけだから、学校ではなるべく、仲の良い感じを見せないようにしたかった。


 この約束を提案したときは、


「気にしすぎじゃない?」


と葵に言われた。けれども、


「本当にお願い。これだけは、お願いだから」


という感じで柄になく食い下がったら、なんとか受け入れてくれた。


 それで今日も放課後だ。ホームルーム上がりの教室はざわめき立っている。一週間の終わりの開放感が教室を包み込み、みんな思い思いの表情をして、いろんな人間関係の糸が交錯して、ある集団は部活へ、ある集団は街へと繰り出していくさまは、自由とか青春とかいうものを体現しているようだった。


 そして私の青春の相手はというと、教室の入り口からこちらを見つめていた。若干の不満を交えたような視線に気づかぬふりをしていると、なおさらキツくにらんでくる。葵には早く行ってもらわないと困るから、果てには折れて目線をくれてやるのだった。


 けれども、今日の葵はちょっと強情で、それだけでは去ってくれなかったから、


(はやくいけ)


と小さく口を動かすと、ようやく満足したように教室をあとにしていった。


 どうして葵を先に行かせるのかというと、これも約束のうちなのだけれど、二人で一緒に帰らないようにするためだった。


 金曜日は葵の家に行く。けれども、一緒には行かない。葵には先に帰ってもらって、五分か十分くらい待ってから私も学校を出る。そのズレを保ったまま、別々に家へと入るのだ。


 とにかく、一緒にいるところを誰にも見られたくなかった。金曜日の放課後は、そのことばかりに神経をとがらせていた。



 校舎を出ると、ジメッとした空気が身体からだにまとわりついた。夏服が肌寒くてカーディガンを羽織っていたのも、たった数日のことだった。今となっては、セーラー服すら肌にべったりと張り付くようで厄介に感じる。


 雨ごとに夏が迫る。今日も朝から雨だった。今は雨上がりの匂いが鼻につく。この匂いが好きだと言う人もいるけれど、私にはわからない。そういえば葵は、私の匂いが良いと言っていた。これもわからない。


 校門を抜けてからも気は抜けない。私の家を知っている人なんていないから、バス停と違う方向に歩いたところで誰にも見咎みとがめられるはずがない。けれども、なんとなく気持ちが落ち着かなかった。


 観光客の多い教会の前を、身をすぼめるようにして歩く。ただでさえ小さい身体だというのに。ロープウェイの真下で、後ろを振り返る。誰かにつけられているような錯覚が、数分ごとに襲ってくる。


 そんな心細い時間も長くは続かず、もう葵の家の前まで来ていた。


 鍵の掛かっていないドアを開けて、素早く中に入った。一足のシューズがバラバラになって玄関に転がっている。そのシューズをそろえ、自分の靴も揃えてから部屋に上がった。


「ただいま」

「おかえりー」


 初めのころは「お邪魔します」と言っていたのだけれど、堅苦しいから「ただいま」にしなよと言われ、ちょっと違和感がありつつもほかにいい挨拶も浮かばなかったから、そう言うことにした。決して同棲どうせいごっこをしているわけではない。


 葵は制服も着替えずキッチンに立っている。ここに来る日は、まず夕飯を食べることになっていた。葵の手料理だ。私は何一つ手伝わない。手伝おうとすると、なぜか必死の剣幕でキッチンから追い出してくるから、この頃はもう初めから大人しく待つことにしていた。


 ところで、毎週ここに来られるようにするためには、かなりの苦労があった。一番の障壁は、家の人にどう説明するかということ。そのために、入るつもりのなかった文芸部に入った。


 文芸部の活動は月曜日と木曜日だが、ここを誤魔化して金曜日も部活があるということにした。それで、金曜日はみんなでご飯を食べるのだということにして、夕食がいらないことの口実とした。ちょっと無理のある言い訳だったが、疑われることはなく、むしろ追加のお小遣いまでゲットした。毎月、文庫本を余分に五冊は買うことのできる金額だった。


 シューシューと良い音が聞こえてくる。少し経つと、肉と油の焼ける香ばしい匂いが流れてくる。その後ろでは、電子レンジがウーンと鳴りながら回っている。


「きょうは何?」

「なんてぇ?」

「なに作ってるのって」

「えーとね、豚肉とキャベツをソースでいためたやつ」


 換気扇がうるさいせいで、いつもの数倍の声量でしゃべらないといけない。料理中に話しかけてくるなよ、と思っているかもしれない。でも、ただ無言で待っているというのも気が引けてしまうのだ。だから手伝わせて欲しいのに。


 電子レンジが止まり、火が止まり、換気扇が止まると、シンと静かになって耳鳴りがするほどだった。今日の献立は、冷凍のご飯、インスタントの味噌みそ汁、そして〈豚肉とキャベツをソースで炒めたやつ〉だった。最後のはフライパンのまま、タオルを鍋敷きにしてテーブルの真ん中に配置した。


「いただきます」

「どーぞ」


 自分の家ではほとんどお目にかかることのない、一汁一菜の食卓。取り皿という概念もないから、二人でフライパンをつついて食べる。


「おいしい」

「こんななのに?」


 葵はお世辞と思っているかもしれないけれど、本当においしかった。


 一週間の中で、いちばん味の濃い食事はこの金曜日の夕食で間違いない。口に入れた瞬間から、しびれるほどに味蕾みらいが刺激される。正直なところ、おいしいのかどうか冷静に判断できないほどだ。けれどもとにかく、この感覚がクセになってきている。


 早め少なめの夕食を終えると、葵がシャワーに行く。その隙に、私は皿を洗っておく。あとで洗うからいいと葵は言うのだけれど、この位はしておかないと気が済まない。とはいえ、洗うものというのは、茶碗ちゃわんにフライパン、おわんに箸くらいのものだから、全く手間にはならない。


 ちょうど洗い終える頃になると、葵がシャワーから上がってくる。


「シャワーいいよ」

「うん」


 入れ替わりで私もシャワーに行く。脱いだ制服をシワにならないよう丁寧に畳み、浴室の扉を開けた。石鹸せっけんの匂いと葵の匂いとが混じった湿気が充満している。この空気を嗅ぎつつシャワーを浴びていると、否応なしに身体が反応してくる。心臓が強く脈打ち、頭が火照ってくるのは、シャワーが熱いせいではない。


 シャワーを出てから着るのは、制服ではなく、わざわざ家から持ってきた部屋着だった。機能性だけを考えた、何の変哲もないTシャツとハーフパンツ。私も、葵も、きっと服なんかには興味がない。


 最近の私はどうかしている。普段は平気な顔をして生活しているけれど、本当は金曜日のことばかり考えてずっと気持ちが上擦っている。ここでの金曜日というのは遠回しな言い方で、正確には、葵のことばかり考えていると言ったほうがいい。いや、これでも婉曲えんきょくだ。実際のところ、ずっと脳裏にあるのは葵の身体のことだった。


 キッチンを横目に、リビングも通り過ぎて、葵の部屋に入る。四畳半の和室、一枚の布団。常夜灯だけの点いた薄暗い部屋。そこに葵が待っている。


「おいで」


 布団めがけて倒れ込む。葵の匂いが染み付いて、少しほこりっぽい。口づけを交わすと、最後に残っていた一片の理性が消えた。


「あおい……」

「なに、青山あおやま

「下の名前、呼んでよ」

「……れいな」

「っ…………なんか、ずるい」

「なにがぁ?」

「……だって、いっつも名字で呼ぶから、名前で呼ばれるだけで、変な気持ちになる」

「ふふっ」

「私はいつも名前で呼んでるのに、ずるい」

「いいじゃん、ね、れいな」


 シャツの裾から入った葵の手が、湿った肌をなぞり上げていった。


 このごろの私を悩ませては脳裏から離れない、この背徳の金曜日というものが、今週もやってきた。私はただ、葵と、快楽の海に溺れてた。

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