三年生の六月・第三週
校舎裏で偶然にソラと出会ってから、早くも二ヶ月が経っていた。ソラは毎週、決まって金曜日に校舎裏を訪れる。栗の木とベンチ以外に何も無いこの場所で、ほとんど会話もせず、ただ二人並んで本を読むのだった。
私は何時間だって読み続けられるけれども、ソラの方は集中力がもたない。少し読み進めたかと思えば、すぐに本を閉じてしまう。ひとたび本を閉じれば、枝を拾ってダンゴムシをつついたり、ふらふらと歩き回ったりし始める。しまいには疲れ果て、私の膝を枕にしてベンチに横たわるのだ。
私がずっと本を読んでいると退屈だろうかと思って、
「どっか行くか?」
と訊いてみる。こんな質問をするのは、もう毎度のことだった。けれども、
「いい」
と返ってくるのが常である。だから私も気にするのをやめて、本を読み続ける。しばらくすると膝が痛くなってくるから、適当なところで肩を掴んで起こしてやる。そうすると、ソラはまた本を開いて読み始める。
結局のところ、金曜日というのはこんなもので、ただソラがいるということ以外、一人でいるときと大した違いはなかった。
ところで、ソラが読んでいる本というのは、私が貸したものだった。最初に貸した本は、たった一週間で返ってきた。文庫本としては厚めの本だったから、きっと速読に長けているのだろうと思って、
「読むの速いな」
と言った。が、そうではないらしい。
「いやー? えっとね、読むのやめた。だって難しいんだもん」
だから、次の週からはもっと易しい本を持ってくることにした。ソラが本に無関心なのは明らかで、本を貸すのにこだわる必要もなかったのだが、もう少し試してみようと思った。
それで次に貸した本は、小学生の頃に読んでいたライトノベルだった。なるべく文が簡単で、挿し絵が多くて、分量の薄いものを選んだ。
その本を渡したときのソラの第一声は、
「絵がかわいい!」
だった。絵というのは、表紙の絵のことだ。小学生の私も、表紙が気に入って買った記憶がある。だから、表紙に喜ぶソラを見ていると、まるで過去の自分を見ているようで、懐かしくもあり、一方で言いしれぬ寂しさも覚えた。
表紙をひと通り見終えると、ソラがようやく本を開く。いよいよ本文を読み始めるかと思えば、今度は巻頭カラーのイラストに夢中になる。
「見て、絵がかわいい!」
「知ってる。私の本だからな」
小学校の朝読書の時間を思い出す。その頃の私は、イラストばかり眺めて時間を潰していた。まだ読書の時間が退屈だった時代のことだ。イラストの沢山入ったライトノベルは、退屈から救ってくれる宝物だった。それから、たまに文を読んでみるようになると、あれよあれよと言う間に読書の世界へと引き込まれていった。
だから、ソラの姿に過去の自分を重ね合わせて、きっと読書が好きになってくれるだろうと勝手に決めつけていたのだった。
さて、巻頭のイラストに夢中だった時間がようやく終わり、今度こそ本文を読むだろうと思った。パラパラと紙をめくり始めたソラは、しかし、文を読むのではなく、挿し絵を探してはじっと見入るということを繰り返すばかりだった。
ついにはその日のうちに一文字すら読むことなく、ソラに本を持たせて、わずかな期待をかけるのみとなった。
それから二ヶ月の今、隣で本を読んでいるのはソラである。見事な成長ぶりだ。と言ったそばからソラが本を閉じる。集中力が続くのは、だいたい三ページか四ページくらいのようだ。しかし、もとは一ページのさらに半分を読むのにも四苦八苦していたので、やはり見事な成長ぶりだった。
「そろそろ読み終わりそう?」
「ん」
「どうだ? 面白い?」
「面白い!」
「そうか、よかったな」
いつ感想を訊いても、面白いとしか返ってこない。どう面白いのかは教えてくれないけれども、面白いのなら結構だ。どこが面白いのかと訊いてみたい気持ちはあるものの、国語の授業みたいなつまらないことはしたくないから、そうか面白いかと微笑みかけるに留めるのだった。
それからまた一時間くらいかけて、ソラはようやく本を読み終えた。ソラが本を一冊読み切るなんて、てっきりそんな日は来ないだろうと、初めの頃は思っていた。
「本って、全部読んだの初めて」
「へえ。でも、小学校のときに朝読書の時間ってあったよな」
「うん」
「じゃあ、六年もあればさすがに一冊や二冊は読んだだろ?」
「んーとね、ずっと読むふりしてた」
「そのほうがよっぽど辛いと思うけどなあ」
六年間も読書を拒み続けたソラが、今になって本を読んでみるつもりになったのは、奇跡に近いことだろう。
実際、あの調子で絵ばかり見ていたソラが、次の週になって「最初だけ読んだけど面白かった」というようなことを言い出したときは、純粋に嬉しかった。それで私が図に乗って、もう少し先も面白いぞと水を向けてみると、また読み進めようとするからますます嬉しくなった。
「はい、これが次のやつな」
今しがた読み終えたものと引き換えに、シリーズの二巻を渡す。一巻の表紙に残る温度をそのまま風にさらして冷やしてしまうのがもったいないと思って、まだ温かい部分をしばらくずっと手の内に握っておいた。そのうち自分の体温しか感じなくなったので、鞄に収めてしまった。
二巻を受け取ったソラは、今度こそすぐに開いて文を読むだろう、と思っていた。しかし第一声は、
「絵、かわいい!」
だった。絵というのは、もちろん、表紙の絵のことだ。表紙をひと通り見終えたソラがようやく本を開くと、今度は巻頭カラーのイラストに夢中になる。それからは想像の通り、パラパラと挿し絵を探しては見入るというのを繰り返すのだった。
けれども、そんな様子にやきもきする必要は、もうない。きっとソラは自分が読みたいときに読み始める。それで十分だ。
ソラを見ているときの気持ちを例えるならば、猫におもちゃをくれてやって、興味を持って引っ掻いてみたり、かと思えば飽きて寝入ってしまったりするのを眺めているような、なんとなくそういった気持ちだった。つまり、どうにかおもちゃで遊んでくれないとつまらない、ということではなく、ただ猫の一挙一動を眺めていられればそれで十分なのである。
その日のソラは、やはり、二巻の一文字すら読まずに帰っていった。
次の週、このページのここの会話が面白いというようなことを、思いがけず長々と聞かされることになるのだが、もはやこれ以上、ソラの成長するさまを書き連ねる必要はないだろう。




