第四話(終)
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仕事帰り、ダンジョンに向かう途中の一乃は、スマホに表示された決済エラーの画面に、思わず足を止めた。
それはついにカードの与信枠すべてを使い切った証しであり、一乃の魔石供給源が絶たれたことを意味するものでもあった。
「あ、ああ……」
うめき声が漏れる。
フリマアプリで、身の回りのもので売れるものは全て売った。一乃の部屋は随分と殺風景になったが、毎日消費される魔石代には到底及ばず、収支は赤字を継続していた。
――撃ちたい。撃ちたい撃ちたい撃ちたい!
一乃はショルダーバッグに手を入れ、底にわずかに残る魔石を確かめる。これでは足りない。この程度では、一乃も、魔石銃も満足なんてできやしない。
「待っててね。すぐに魔石あげるから」
魔石銃の銃口からグリップまでを丁寧に愛撫し、にへらと笑って、一乃はダンジョンへと向かう。
レンタルしたバールを振り回し、スライムを魔石に変える。一乃はその作業をひたすら繰り返した。
――疲れる。面白くない。でもやらないと撃てない。
バールを一振りするたび、心の中に重たいものが蓄積されていく。
飛び散るスライムの体液に、スーツの表面や肌が焼かれる。
焦げた臭いが鼻についたが、そんなものはどうでもよかった。血がにじむ体の痛みも、どうでもよかった。
今は、次の快楽のために。
ようやく、魔石銃のマガジンとバッグの中身が魔石で満たされた頃には、日付も変わり、朝を迎えようとする時間だった。
――あ、会社行かなきゃ。
一乃は疲労困憊の身体を引きずる。
肩に食い込むバッグのストラップが、溜め込んだ魔石の重さを実感させてくれ、嬉しくなる。
――仕事終わったら、いっぱい撃てるからね。
魔石にまみれて幸せにしているであろう魔石銃に、内心で語りかける。
ダンジョンの無愛想な受付が、スーツも身体もボロボロになっている一乃を見て目を剥いた。
何か言っている気もしたが、よく聞こえない。
一乃はそのまま、幽鬼のように会社への道のりを歩んでいった。
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出社と同時に、部署がざわついた。
――なんかあった?
妙な雰囲気になっていることだけは、一乃にもわかった。そのまま自分のデスクに向かう。井崎が鼻をつまんでこちらを見ていた。
なんだかわからないが、失礼なやつだなと思う。
一乃が席に着く前に、課長に呼び止められた。
「柳井、お前、事故にでもあったのか?」
わけのわからないことを聞く。一乃は小首をかしげながら、「いえ、別に何もないです」
と答える。
課長はしばし瞑目し、眉間を指先でもんだ。そして、
「ちょうどいい、と言うべきかわからんが……柳井、お前に話がある。このまま会議室に来てくれ。その妙な格好の件も含めて、話をしよう」
開かれた目は、とても冷たい色をしていた。
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会議室にはすでに先客が席についていた。社長と、常務だ。彼らは厳しい顔つきで、入室した一乃を見ている。一瞬眉をしかめたのは、一乃の様相を見て、だろうか。
自分の服に鼻を近づけ、臭いを嗅ぐ。《《いつも通りの、ダンジョンの匂いだ》》。
――ああ、ただ、ちょっと汗臭いかも。
回らない頭で今更ながら「着替えてきてから出勤したほうがよかったかな」なんて思う。
「座りなさい」
社長に促され、一乃が用意されていたパイプ椅子に腰掛ける。一緒に入ってきた課長は、社長らの横に並んだ。
時計の秒針の音が、やけにうるさい。遠くでシュレッダーをかけているのがわかる。
――あ、私の仕事。
なんてことを脳の片隅で考える。
ややもして、社長が重たい口を開いた。
「柳井君。なぜ、呼び出されたかわかるね?」
なぜ? なぜってそれは、
「服装、ですか? 申し訳ありません。きちんと着替えてから出社するべきでした」
課長も格好がどうこう言っていたのを思い出し、頭を下げる。
常務が苛立ちを隠せない声で「ふざけているのかね?」と言う。
一乃には、別にふざけているつもりなんてなかった。聞かれたことに、思い当たることを答えただけ。
「柳井君。我々も出来れば大事にしたくないんだ。君から素直に白状してくれないか?」
「……あの、申し訳ありません。何のお話でしょうか?」
「備品の数が大きく合わない。うちの課では君が専属のような形で、備品庫への出入りを任せていただろう」
「はあ、そうですね……」
一乃には、本気でわからなかった。この人たちは、何をそんなに怒っているのか?
長テーブルを叩く音が、室内の空気を震わせた。
「備品の横領の件だと、はっきり言わなければわからないか!? 君が頼まれていない物を、持ち出したのを見た人もいるんだよ!」
「落ち着きなさい。最近はコンプライアンスとかでうるさいんだから。あまり高圧的にならず……」
激昂した課長が、社長にたしなめられている。
一乃はそれを見て「ああ」と腑に落ち、
「なんだ、バレたんですね。最近してなかったから、すっかり忘れてました」
――と、何でもないことのように言った。
誰もが、言葉を発しなくなった。
会議室の外を誰かが歩く。その足音が、ダンジョンの石床を叩く音に聞こえる。
誰かが書類をシュレッダーにかけている。頭の中で魔石が消えて、光弾へと変換される。
「お前は! 反省の一つもしていないのか!」
課長が怒鳴る。今度は誰も止めなかった。口々に彼らは一乃を責め立てる。
「少しは悪いと思わないのか」「社会人としての資質を疑う」「態度次第では穏便に済ませてもよいと思ったが、この有様ではな」「人間として失格だ」「この件は顧問弁護士を通して対応させてもらう。もちろん、刑事でもだ」
一乃には、何を言っているのか分からなかった。確かに日本語のはずなのに、意味が理解できない。それはもはや、《《ゴブリンの鳴き声とおんなじで――》》、
「あ、知らないモンスターだ」
おもむろに立ち上がり、ショルダーバッグのジッパーを開く。魔石銃の銃把を握る。いつもの心強い樹脂の感触。
「第三階層だっけ、ここ」
今まで倒したことのない《《モンスター》》がいるのだから、《《きっとそうなのだろう》》。
魔石銃を向けられたモンスターたちが、何やら慌てたように立ち上がると、背を向けて屈み込む。
――ゴブリンより動き悪いなあ。
そして、一乃はいつものように銃爪を引いた。引いた。引いた。
軽い金属音が、三度鳴る。
モンスターたちは、屈み込んだまま動かない。不思議と、魔石にもならなかった。
「あー、なんだろ。スッキリしない。いつものゴブリンの方が楽しいな」
そう言って、一乃は小首をかしげながら会議室《第三階層》を出た。
一乃が去ったあとには、時計の秒針と、遠くで聞こえるシュレッダーの音だけが届いていた。
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――のように若年層がSNSへ依存することへの警鐘を鳴らしています。次のニュースです。近年、増加傾向にある魔石銃を用いた犯罪について、政府は規制強化を盛り込んだ法案を国会に――。
ストレス解消に魔石銃を撃っていたら、リボ払いが止まらなくなった件 了
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