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現代ダンジョン短編集〜制度化されたダンジョンに潜って死んだり、おかしくなったりする話〜  作者: 無屁吉
ストレス解消にダンジョンに潜って、魔石銃を撃っていたら、リボ払いが止まらなくなった件

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第三話

 ■

 

 先輩社員からコピー用紙を持ってくるよう頼まれた一乃が、鍵を開けて室内へと入る。

 埃っぽく、薄暗い備品庫の中は、どこかダンジョンを思い起こさせた。


「こんなの新人の仕事じゃん……」


 独り言をぶちぶちと言いながら、一乃は隅にあった台車を持ってきて、その上にコピー用紙の入った段ボールを載せる。


「あー、もう! 重たい! 女の子にさせることじゃないでしょ!」


 魔石銃より重たいものは持ったことないんだから、なんて自分しか笑えない冗談を口にする。

 その魔石銃も、今はコストが気になって思う存分撃つことができないでいた。それでも、リボの利用可能枠はじわじわと消費されていく。


 ――月一万は変わらないんだし。


 これが免罪符にならないことは、一乃も薄々気づいてはいたが、やめられない。


 ふと、棚の片隅で、いくつものラベルプリンターのテープカートリッジの箱が、未開封のまま埃を被っているのを見つけた。


「これ、買うと結構するんだよね。そのくせ、こんなに使わないで……」


 と、そこまで言って、一乃ははっとした。

 スマホを開く。フリマサイトでの、テープの相場を調べると、一本あたり五百円くらいで取引されているようだった。

 埃を指先でなぞる。分厚く付着したそれを、一乃は半笑いで眺めた。


「使ってないなら、わかんないよね」


 そして、台車の段ボールの陰に、いくつかのテープカートリッジの箱を忍ばせ、何食わぬ顔をして備品庫を出た。


 ■


 テープカートリッジは、思いのほか簡単に金銭へと変わり、それは速やかに魔石へと化けていた。

 久しぶりの撃ち放題――とまではいかなかったが、それでも普段よりは銃爪が軽かった。


「やっぱ楽しい!」


 ゴブリンにとどめを刺しながら、一乃は銃口に口づけて笑う。しかし、その笑みも後のことを考えると、すぐに引っ込んでしまった。


「誰も気づいてないみたいだし、もうちょっとだけならいけるよね」


 そう呟いた一乃がどのような表情をしていたかは、ダンジョンの薄暗がりで判然としなかった。


 ■


 備品庫の鍵の管理は杜撰だった。一乃が鍵を戻し忘れることなんてよくあり、誰もそれを気にしない。

 備品を取りに行くのは一乃の仕事だという共通認識があったからだ。かつては苛立たしかったそれも、今では逆にありがたい。

 一乃は()()()調()()のついでに頼まれごとをこなしていく。今日はプリンターのトナーだ。これも高値で売れる。

 もはや一乃の目には会社の備品庫が、魔石の山にしか思えてならなかった。


 そんなある日だった。


「柳井、お前備品庫の鍵持ってるか?」


 先輩社員から突然そう声をかけられ、とっさに「は、はい」と答える。


「毎回、戻しておけって言われてるだろう。ったく、使うからよこせ」

「え、何か持ってくるなら私が行きますけど……」

「重量物だから男手がいるんだよ」


 そう言われてしまえば、一乃も素直に鍵を渡さざるを得ない。

 ――それから、備品庫の鍵は課長管理となった。


 ■


 なんとなくタイムラインに出てきた魔石銃による銃撃事件のニュースを「最近増えたなあ」なんて眺めていた時、フリマアプリからの通知が届く。それを確認し、一乃は最後のトナーカートリッジを段ボールに梱包した。

 匿名配送という仕組みは、とても便利だと思った。送り主も受け取り主もわからない。備品の横流しには最適な仕組みだった。

 だが、その横流しの在庫も、これでもうない。

 今となっては備品庫への用事も仰せつかることがなくなった。


 ――もしかして、バレた?


 嫌な想像が頭をよぎる。そして、まさかと首を振る。それならとっくに呼び出されるか何かするはずだ。

 スマホが震える。フリマアプリで評価されたという通知だった。

 元々買い専だった一乃のアカウントは、今や事務用品の販売専門店のようになっていて、積み重なった評価はそのどれもが「良い」だった。


 ――まだ、お金は入る。


 未入金のものはまだいくつかある。それが、まるで寿命を示すロウソクのようにも思えて、一乃の肌を粟立たせていた。


 ――いっそ、体でも売る?


 一瞬だけ、そんな考えが脳裏をよぎる。軽く相場も調べたが「タイパに合わない」と思い、切り捨てる。

 バールでスライムをしばいていたほうが、ずっと気分がよさそうだった。


「うん、これ出したら気分転換しに行こう」


 そう言って、一乃は梱包した段ボールと、魔石銃の入ったショルダーバックを身に着けて家を出た。


 この日もまた、魔石の収支は赤字だった。


 ■


 最近一乃に任される仕事といえば、誰でもできるようなコピー取りか、不要書類のシュレッダー処分ばかりだった。

 

 ――なんでだろうな。ま、楽だからいいけど。


 半ばぼうっとしながら、書類をシュレッダーにかけていく。

 紙が切り刻まれる音を聞きながら、この積み上げられた紙の束が魔石だったらいいのにな、なんて益体やくたいもないことを思う。

 無意識に、身に着けたショルダーバッグの中に手を伸ばす。外には出さず、魔石銃のグリップを握った。冷たくも、温かくもない樹脂の感触。おもむろに銃爪に指をかけたり、離したりを繰り返す。

 一乃は、魔石銃が手元にないと、すっかり落ち着かない身体になっていた。ただ、ダンジョンの外ではマガジンに魔石を入れない程度の理性は残っている。


 ――あー、撃ちたいな。


 銃爪を引いたときだけ、楽しいと思える。

 モンスターを魔石に変えたときだけ、生きてる気がする。

 

「あれぇ? 柳井先輩、今日もシュレッダー係ですかぁ?」

 

 背後から甘ったるい声。億劫な気分のまま振り返ると、新人の女性社員がいた。名前は――井崎いさきだ。

 前はきちんと覚えていたはずなのに、出てくるまで時間がかかった。

 そんな一乃の内心など知る由もなく、井崎はあからさまに一乃を見下し、嘲笑う。


「ーーーー」


 井崎が何か言っている。どうせろくでもないことだろうと、一乃は入ってこない言葉を聞き流す。

 ああ、でもこれって。と、一乃は思う。


 ――ゴブリンの鳴き声によく似てる。


 カチリと、銃爪を引いた音がバッグの中でこだました。


お読みいただきありがとうございます。

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