第二話
■
「君は何回同じことを言わせれば気がすむんだ? 報連相は徹底する! 社会人の基本だと教えたはずだがね?」
「……申し訳ありません」
課長の叱責に、一乃はただ頭を下げる。担当に伝えなければならないことを、一乃が失念していて取引先から課長が嫌味を言われたのだ。
――あー、こいつがモンスターだったら撃って黙らせるのに。
頭の中で課長に魔石銃を撃つ妄想をし、つい口元が緩む。
「何を笑っているんだ!」
「わ、笑ってません」
目ざとい課長の指摘に、慌てて口を引き締め、取り繕った。
奥歯が削れる音がした。
説教の後、表面上はしおらしくしていた一乃だったが、定時になると同時に荷物をまとめてダンジョンに走った。
ショルダーバックの中には魔石銃とその弾丸たる魔石がじゃらりと入っている。
厳重な管理を求められる魔石銃について、明らかに背いた取り扱いだった。
ダンジョンに到着するやいなや、窓口にマイナンバーを提示しそのまま門をくぐる。
「ああー!ムカつくー!」
よく狙って銃爪を二回。放たれた二発の光弾は正確にスライムを射抜く。魔石の収支はわずかにプラス。
これならばバールで魔石稼ぎをする必要もない。だが、
「あー、もっと撃ちたい」
節約しながらの戦いでは、もはや一乃は満足できなかった。そして、ふと思う。
――第二階層に行くのはどうだろう?
そこからはスライムではなく、ゴブリンがモンスターとして出てくる。ゴブリンの魔石なら、スライムのものよりも多くの弾を撃てるのではないか?
思いついたら即行動。それが一乃が思う自分の長所でもあった。
第二階層は第一階層と大きな違いはなかった。強いて言うのなら、石壁に備え付けられた明かりの数が少し減ったくらいだろうか。
足音がよく響く石床も、代わり映えがしない。
一乃はキョロキョロとしながら、通路を進む。少しして、自分ではない物音を感じ、足を止めた。
薄暗い通路から、二体のゴブリンが姿を見せる。
彼らは一乃の姿を見るや、乱杭歯をむき出しにして口角を吊り上げた。
――それが、今日の説教を垂れる課長の顔に重なって、一乃はほぼ無意識のうちに引き金を引いていた。
透明カプセルのマガジンから魔石が次々と塵になって消えていき、その三倍量の光弾がこれでもかとばかりに二体のゴブリンを襲った。
ゴブリンたちは、悲鳴を上げてのたうち回る。一体は倒れると同時に光の粒子となり、その場に黄色い魔石を落とす。
生き残った一体も、床に這いつくばり、動けないまま一乃を見上げていた。
ゴブリンは涙目になりながら、理解できない言葉のような鳴き声を上げる。
それがきっと命乞いであることを理解しながら、一乃は銃爪を絞った。
黄色い魔石が、また一つ落ちる。
「……あはぁっ」
熱い吐息と一緒に笑いが漏れる。
顔が上気しているのを自覚した。脳髄から快楽信号が絶え間なく流れている。抱えていた黒いもやもやがすっと晴れる気分。下腹に明確な熱を感じ、下着にわずかな違和感も覚えた。
しかし、そんなものはどうでもよかった。言語化できるほど、はっきりしているのはただ一つ、
「ゴブリン、超たのしいーっ!」
二つの魔石を拾い、マガジンに詰める。まだ空いているスペースには、カバンの中からスライムの魔石を補充する。
我知らず鼻歌も出ながら、足取り軽く通路を進んでいく。
一乃の狩場はこの日から、第二階層となった。
■
一乃の快楽は長く続かなかった。
ゴブリンの魔石は確かにスライムのものよりも弾数が増えた。しかし、ゴブリンの耐久力もまたスライムより増えていた。
結果として、魔石の収支赤字は継続。
かと言って、今更第一階層で魔石集めもしたくない。どうしたものかと首を傾げていたとき、
「……魔石売れるのだから、買えるのでは?」
と、今更ながらそんなことに気がついた。
魔石銃を手に入れてからは、魔石は全て弾丸に変わっていたので、金銭で取引するという発想が消えていた。
なんでもここ数年で魔石の利用技術が大きく発展し、一般向けにも様々な商品が展開されているようで、需要があるらしい。
魔石の販売価格はというと、スライム魔石は一つ八百円となっていた。
「三百円で買い取られて八百円って暴利じゃない? 三倍近いじゃん。もー、ランチ一回分だよ」
商品ページの目立つところには「魔石需要増による品薄のため、価格改定致しました」だなんて書いてある。
「え、なに、最近値上げ? うっわ、タイミング悪ぅ……。そういや、電力会社が魔石発電を本格化させるとか言ってたっけ。一般市民の迷惑も考えてよねー」
ブツブツ文句を言いながらも、カートにはすでに十個の魔石が入っていた。
「お、ダンジョンショップで受け取りにしたら送料無料なんだ。節約、節約ぅ」
数百円のお得さの前に、先ほど文句を言っていた一乃は、もういなくなっていた。
■
魔石を買うという選択肢を得てから一月。
一乃は楽しいダンジョン生活を謳歌していた。魔石が足りなくなれば買って足す。それだけのことで、煩わしいことなく魔石銃を撃てる。
口うるさい課長も、かわいがられる後輩も、そのどれもが気にならない。
ストレスとは無縁の生活。
そう、思っていたのに。
通知音がした。何気なく、その通知をタップし――、
「……は?」
アプリの通知で届いたカードの明細。その額を見て、啞然とする。
請求額、六桁。
見間違いではないかと数字を数えるが変わらない。
「嘘嘘嘘、そんなに使ってるはずが――」
あった。明細を確認する。そのどれもが魔石の購入で、心当たりがあるものだった。
背筋に寒気が走る。血の気の引く音が聞こえる。使いすぎているという自覚が全くなかった。
「ヤバい、ヤバい、こんなの払えない」
貯金は魔石銃の頭金に消えていた。給料では足りない。
「あっ、そうだ……月々一万くらいなら。余裕が出たり、ボーナスが出たら多めにして……」
一乃は震える指でアプリを操作し、リボ払いの手続きを進めるのだった。
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