剪定・千尋
トマトに水をやる前に、今日の予定を確認した。
午前中には石坂さんが来る。
あれから彼女の中でどんな変化があっただろう?興味は尽きなかった。
部屋の掃除を終えたころに石坂さんが来たのでリビングに通す。
玄関で出迎えたとき、石坂さんはこの家に来るのに久しぶりにメイクしていた。髪も手入れされていて服装もちょっとしたお洒落が見える。
紅茶を出すと向かい合って座る。
座る姿勢も以前よりきれいになっていて、彼女の中での何かしらの変化を感じた。
「なにかいいことがあったみたいね」
「わかるの?」
「ええ。この前までは家に来るときや外で会ったりしてもメイクをしていなかった。でも今日はしている。髪も手入れされていて、服装もお洒落に気を遣っている感じ。どこかに出かけるのかと思ったけど、バッグを持っていない。ちょっとした近所の外出でも自分の外見に気を配る余裕ができてきた。そう思ったの」
「すごい…… そんなところからわかるんだ」
「もちろんこれは私だけの判断だけどね。で、なにかあったの?」
「言われた通りよ。随分と楽になったかな。気持ちが。そうしたら鏡見て驚いちゃった。なんてくたびれてんだろうって」
石坂さんは言った後に照れたような笑みを見せた。
「楽になったのはどうして?」
「自分で決めたの。これからどうするか。橋本さんが言ったように根本を克服しようと思って。そうすれば新しい人生に進めるかなって」
「そっか。良かったね!」
私が笑顔を向けると、石坂さんも倣うように笑顔を見せた。
「もしかしたら今の家を出るかもしれない。橋本さんにも今までのように会えなくなるかも」
「私のことはいいよ。あなたの幸せを第一に考えて」
「うん」
どうやら石坂さんの中では全てのことに整理がついているようだった。
彼女の晴れやかな顔や話し方からそれがわかる。
どうやら今日で石坂さんの相談は終わったようだ。
ここからは熟すだけ。
熟れた実は自然と落ちる。
石坂さんを見送ってからトマトに水をやっていると、彼女から着信が来た。
「どうしたの?」
「橋本さん、変な男がいる」
「えっ」
「なんか橋本さんの家を見張ってるみたいな……」
「どの辺?」
「玄関を出て右に行った電柱の辺り。私、こっそり写真撮ったから今から送るね」
石坂さんに礼を言うと、私はすぐに二階へ駆けあがった。
部屋の窓からカーテン越しにかすかに顔を出して外を見ると電柱の陰に小野寺がいた。
こちらが上から見ていることには気がついていないようだ。
私の家を窺っている小野寺の姿をスマホに収める。
小野寺はなんのために私のところへ来たのだろう?果歩と愛の事件のことか?しかし見た限り一人だった。この前の相方は来ていないのだろうか?
刑事は基本、二人一組で捜査をすると聞いたことがある。一人ということは正式な捜査でない可能性がある。
小野寺を可能な限りよく見る。表情に余裕がない。それに目つきがこの前、家に来たときとは全く違う。猟犬の目だ。不精髭…… 気にする暇もない?一人で張り込んでいるのはなぜだろう?
「なにかあったのね」
すぐに滝川へ小野寺の写真と不安を綴ったメッセージを送った。
ついで石坂さんに不審な人物がいると110番通報してくれるように頼んだ。
さらに隣近所の付き合いのある家に「不審な人物がいる」と教えてあげた。
これで小野寺が私の家を窺っていたという完全な証拠が残る。もし正式な捜査活動でなければ問題になるかもしれない。
再び二階から様子を見ていると、早速、物好きなお隣さんがお隣さんを呼んで外に出てくると、小野寺に声をかけた。一人はスマホで撮影している。
私がなにごとかと思って様子を見に来た風を装って外に出ると、小野寺を囲む主婦はさらに一人増えていた。
警察手帳を見せてなにか話している小野寺と目が合った。
「小野寺さんでしたか。不審者がいると聞いたのでみんなに教えたんですけど、不審者って小野寺さんだったんですね」
私は満面の笑みを向けた。
「いや、これは参りましたな」
小野寺が短く刈り込んだ頭をかく。
「橋本さん、この方知っているの?」
「ええ。例の連続失踪事件を調べている刑事さん。被害者が私の同級生だったので、一度家に来られたの」
私はお隣さんの問いに答えてから小野寺に言った。
「今日も事件の捜査ですか?」
「いえ、今日は別件でして、もちろん橋本さんには関係ないです」
「ではどうしてここに?」
「それは捜査上のことでして」
歯切れの悪い回答。これで確信した。これは正式な捜査活動ではない。
「わかった!私の家に変な手紙が来てるから、その捜査ですか?でもおかしいなあ、それは警視庁の滝川さんに相談したのに、どうして所轄の小野寺さんが?もしかしてそれとも違います?こんなところで見張っているから私はてっきり」
その場にいた全員が小野寺に疑惑の目を向けたとき、パトカーが到着した。
警察官が降りてきて小野寺に声をかけると、小野寺は手帳を見せてなにやら話し出した。
その様子を見ていると、思った通り正式な捜査ではないようだ。
さらに自転車に乗った警察官も来て、野次馬も増えて一時騒然となった。
小野寺は私たちに騒がせたことを謝罪すると、パトカーに乗ってきた警察官と一緒にこの場を去った。
自転車に乗ってきた警察官が集まったみんなをなだめるように説明しているが、しばらくは収まらなかった。
私の方も事件のことを親しいご近所さんに改めて説明しなくてはならず、想定はしていたけど面倒くさかった。
面倒くさかったが、あの小野寺に一泡吹かせてやることができた。
あれは疑っている。友人を亡くし、ストーカー被害にまであっている私を過去の印象だけで疑っている。
小野寺に対して強い衝動が湧き上がるのを感じた。




