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収穫祭 「私の心臓を掴むあなたの手が冷たくも温かい」  作者: 秦江湖


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囁き・一華

個展に出す作品が全て仕上がった。

無価値な人間が、作品となって晴れやかな場所に飾られる。


今週中には会場に運ばれる。



来週に開かれる個展には千尋たちにも来てもらおう。


スクールに来た私は、自室でパソコンのメールを開くとこれまでの資料を見ていた。


パンフレットに会場を3Dにしたものを見ながら当日のことを想像していた。


やがて講師が揃うと、みんなに個展が無事に開催されることを報告し、打ち合わせや制作で私が満足に顔を出せない間にスクールを切り盛りしてくれたお礼を述べた。


皆が始まる準備を一通り終えたのを見計らって、村重を自室に呼んだ。




「ねえ、村重君。千尋とはあれからどうなの?」


羽織っていたジャケットをハンガーにかけながら聞く。


「どうっていいますと?」

「美術館に行って、それから二人に進展あったのかな?って気になっただけ」


言いながら村重の前の椅子に脚を組んで座った。

タイトなワンピースにスリットが入ったデザインのもので、胸元とスリットから覗く太ももに視線を感じた。


「なにもありませんよ。僕は講師で橋本さんは生徒ですし」


村重の反応を見るになにかを隠している。

二人が映画に行ったことは知っている。

その後で公園に行ったことも。


「学生相手じゃないんだから。二人とも大人なんだし、そこは気にしなくても良いんじゃない?で、本当にその後は何もなかった?」


「その後は映画に行きました」


観念したように村重は口を割った。


「そう。良かったじゃない。これから付き合うの?」


写真では二人が一緒のところを見たが、会話まではわからない。


「いいえ。それはありませんよ。向こうも僕のことを気に入ってはくれていますが、あくまで友達としての関係しか考えていないそうです」


村重は苦笑混じりに言った。

要はふられたのか。

だがそんなことで諦めてもらっては困る。


「ざっくり言うとね、千尋をあなたのものにしてほしいの」

「ど、どういうことですか?」

「男女関係を結んでほしいのよ」


「無理ですよ。付き合うのを断られたんですから」


「わからないわよ。この前のニュース見たでしょう?千尋の友人が殺されたっていうの。気持ちが大分弱っているはず。そういうときに優しくしてものにするのよ」


「すみません。なぜ一華先生はそんなことを?」


「上手くいったらお祝いにあなたの絵を懇意にしている画廊に置かせるわ。私の推薦ということで今後ずっとね」


村重の質問に答える前に私は報酬を提示した。

それも魅惑的なものを。


「本当に!?いや、そんなことダメですよ。橋本さんの家庭にも迷惑がかかるし」


そう来ると思っていた。

相手ではなく相手の家庭に迷惑がかかるという言い方は、最終的に自分に火の粉が降りかかってくることを指す。

村重の心配事は保身だ。ここをクリアーにしてあげれば私の意をくんで動くはず。



「大丈夫よ。千尋の旦那さん。明さんだって浮気しているんだから」


これは本当だ。動かぬ証拠がある。


「えっ」


驚く村重。


「本当よ。だからあなたも千尋も好きに楽しめば良いのよ。ただし、明さんの浮気を千尋に言ってはダメ。それをしたらあなたの絵を売り出す話は無しだから」


村重の表情には明らかに逡巡が見て取れた。

さらに唆すために、私は立ち上がると村重の耳元で囁いた。


「いい話しじゃない。あなたは好きな絵を続けて芸術家として生活できる。千尋とも一時の恋愛を楽しめる。別に結婚なんかして責任を負う必要はないのよ。あくまで大人の恋愛、遊びなんだから。さあ選びなさい。このまま叶うかどうかわからない夢を追って生きるか諦めるかの人生と、夢を叶えて好きに生きていける人生。どっちにする?」


「あの……一華先生はどうして橋本さんのご主人の浮気をご存知なんですか?」


「さあ?」


私は微笑んで、お手上げみたいなポーズをとった。

村重に余計な情報を与える必要はない。


「とにかくあなたは強引にでも千尋をものにすれば良いのよ。強引さに惹かれることもあるでしょう?」


村重の後ろから肩に手を置き、耳元で囁くように言う。


「あなたと千尋はお似合いよ。だから応援するの」


汗や温度の幹事で村重が性的に興奮していることはさっきからわかっていた。

いや、もっと前から私に対して性的な欲望を抱いていたことを感じていた。

村重の前にまわって、机に腰掛けて脚を組む。


「強引にっていうのは気が進まないのかな?」

「だって、相手が受け入れてくれなければ犯罪ですよ?」

「大丈夫よ。千尋はあなたに好意を抱いているから」


一線を越えていないからモラルを盾に踏みとどまる。

越えてしまえばそれが普通になる。


これまで千尋と話していて、踏み越えるきっかけがあれば踏み越えてみたい願望がある。

そう感じた。

それは村重にも当てはまる。

そして村重にはもっと簡単な餌がある。


「私の言うとおりにやって上手くいったら、あなたが本当に欲しいものをご褒美に加えてもいいの」


村重の顔を見上げて唇の端を釣り上げた。


「僕の本当に欲しいものって、先生にはわかるんですか?」

「ええ。あなたが本当に欲しいものって私でしょう?初めて会ったときから気付いていたわ。あなたが性的に私を見ていることを」


村重の顔が紅潮した。

あとは保険をかけてやればこっちに転ぶ。


「さっきの条件に私も加えてあげる。そうすれば芸術家として、公私ともに私のパートナーになれるわ」


目の前に一生かかっても手に入らない餌をぶら下げてやった。


「本当ですか?本当に僕を先生のパートナーに?」

「上手くやったらね」


「わかりました。やります。その代わり」


「わかってるわ。楽しみにしてる。今日はスクールが終わったら明けておきなさい。今後についての打ち合わせをしましょう。行っていいわよ」


私は村重から視線を外して机にあるノートPCの画面を操作した。

部屋を出て行こうとする村重が振り返って聞いてきた。


「どうして先生はそこまでに橋本さんのことを?」

「言ったでしょう。お似合いだからよ」


村重に向かって微笑んだ。


ノートPCの画面には福山が重要容疑者として全国に指名手配されたというニュースが掲載されていた。

村重が出て行った後にニュースの画面を開くと、福山は連続殺人事件の容疑者となっていた。

どうやら警察は最初の二件の失踪事件とは切り離して事件を捜査しているようだ。

こっちは上手くいきそうだ。


あとは千尋の方を村重が上手くやってくれるかどうか。

村重か…… 美味そうではないけど遊びならいいか。


あとは本当に才能が開花したらパートナーの一人にしてやってもいいだろう。


さてと…… 今日はこれから仕込みがあるんだった。

どうなるかな?


これからのことを想像すると、思わず舌なめずりしてしまう。



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