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収穫祭 「私の心臓を掴むあなたの手が冷たくも温かい」  作者: 秦江湖


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前菜・千尋

私は浩平からの映画の誘いを受けることにした。


LINEの画面に「やったー!」と弾むような文字が並ぶのを見て、思わず口元が緩む。


一華が言っていたように、年下の異性から向けられる純粋な好意は、確かに私に自信を与えていた。鏡に映る自分は、いつになく輝いて見える。この高揚感は、まるで学生時代にタイムスリップしたかのようだ。



それからというもの、浩平とのLINEのやり取りは頻繁になった。


彼は私と親しくなるにつれて、遠慮がちに「俺」という一人称を使うようになった。その変化を、私は興味深く観察していた。彼の内面が、私の「庭」に新たな彩りを添えるかのように、少しずつ開かれていく。



映画を観に行く当日。


心なしか、いつものメイクよりも念入りに時間をかけた。


明さんとのデートは久しくなく、こうして若い男性と二人で出かけるのは、私にとって新鮮な刺激だった。


待ち合わせ場所は銀座の数寄屋橋交差点。


秋晴れの空の下、私はオフホワイトのニットにチャコールグレーのマニッシュパンツを合わせた。


約束の時間には十分間に合うはずなのに、胸の奥がそわそわと落ち着かない。交差点を渡る途中、待ち合わせのビルの前でスマホを見ながら辺りをキョロキョロと見回す浩平の姿を見つけた。彼の視線が私を捉え、安堵の色を浮かべた瞬間、私はにこやかに微笑み、彼の元へと駆け寄った。




映画鑑賞後、私たちは洒落たカフェで食事を済ませ、街路樹に挟まれた道を歩いた。


昼下がりの木漏れ日が降り注ぐ中、穏やかな時間が流れていく。


日常の雑事が遠のき、私はこの非日常のひとときを心ゆくまで味わっていた。


歩きながら、私は浩平のプライベートについて尋ねた。


スクールがない日の過ごし方、家族のこと。対象に興味が湧くと、その根源まで知りたくなるのは私の性分だ。


浩平は私の質問に答えた後、少し躊躇いがちに切り出した。


「俺は千尋さんのこと、少しは知ってるよ」

「何を?」


「旦那さんは証券会社勤務って聞いた。一華さんから」


「そう。他には?」


「クラスの人気者だったって」


「そうだったかなあ。深く付き合った友達との時間は覚えてるけど、周りの反応とかは全然覚えてないや」


「証券会社かあ……スーツをビシッと着てオフィス街歩いて……千尋さんの旦那さんはカッコイイんだろうな」


「なに急に?」


「こんなふうに歩いていても、俺とは違って千尋さんの夫として様になってるんだろうなって」


「明さんと比べてどうするのよ?あなたはあなたじゃない。それに、私だって浩平君の横歩いてても、同い歳の女の子の方がこんなオバサンより様になると思ってるよ」



「そんなこと。千尋さんは素敵だよ」


「ありがとう。でもそんなふうに言われると照れるな」


「それに十分若いし。オバサンなんかじゃないよ」


「そう?私の歳知ってる?」


「たしか……27歳。一華先生と同い歳って聞いた」


「ブー!19歳だよ」

「えっ?」


「浩平といると若返った気分になるの。だから19歳!」

「それじゃあ俺の歳下だ」



私が笑うと浩平も笑った。

私は「浩平」と呼んだ。

この若い講師に止めようのない親近感が増してくる。



「私のことも千尋って呼びなよ。親しい人はみんなそう呼ぶの」


二人話しながら歩いていると、道が開けて大きな公園に着いた。


楽器を演奏している人もいれば、絵を描いている人もいる。

その人たちは、そのまま景色の一部のように見えた。


私たちはそうした景色を横目に大きな池の前で歩みを止めた。

側にあるベンチに座り、水面を滑る水鳥を眺めながら、しばし無言になった。



「こういう景色を見てると、なんか時間が経つのも忘れちゃうくらい」

「そうだね」


水鳥を見ながら私は口を開いた。


「浩平はさっき、なんで明さんと自分を比べたの?」

「それは……」


言い淀む浩平を見つめながら言う。


「では、それは置いて。浩平が明さんや私にも勝ってるとこ教えてあげようか?」

「えっ」



「若さよ。若いって素晴らしい。やり直せるし、将来もある。いろんな可能性を選択できる。私にはない。多分、明さんにも」


「そんなもん。俺に将来なんて」


「芸術家になる夢があるじゃない。だからこうして関わっているし、絵も描き続けているんでしょう?」


「絵の才能なんて俺にはないですよ。ずっと描いていればわかります。俺にはとても……あの一華先生みたいな才能はない」


「一華は特別よ。あんなになれるなんて本当に一握りの人。比べることなんてないわ」


「いつまでもしがみついていないで他の道を考えろって親は言うよ。たしかにこのまま気がついたら取り返しのつかない歳になってるかも。そうなったら洒落にならないよね。俺の将来なんてそんなもんだよ」


「私もそうよ。毎日同じ時間が続いていくだけで、このまま終わっていくのかなって、たまに恐くて悲しくなるの。将来なんてないんだから」


互いの間にしんみりしたものが流れた。


「私たち似てるかもね」


いつものように笑って言うと、浩平の瞳孔が開いた。

私に強い興味を持っているのは間違いない。



「で、また聞くけど、なんで明さんと自分をくらべたの?」


「それは……千尋に惹かれているから」


「偶然。私も」


「ほ、本当に?……いや、それはないな。できすぎだ」


照れた後に否定する。


「私……浩平にはうそをつかないよ」


今度は真顔で言った。


「それじゃあ」


浩平の言葉を遮るように、私は人差し指を浩平の口に当てた。


「この先はダメ。楽しめなくなるよ」


「でもお互いにいいと思っているなら」


「遊びで付き合うの?わりきりってやつ。そんなこと浩平にできるの?」


「千尋はできるのか?」


私は首をふった。


「私はそんな器用な真似できない。これでも浩平と仲良くなってからいろいろ考えてたの。結果として私には無理だなって」


浩平の表情に落胆の色がにじんだ。


「いいお友達でいようよ。それじゃあ嫌なの?」


浩平は納得してくれたが、これが不本意なのはわかっていた。





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