相談・千尋
盗聴器と白紙の手紙の件。一華はああ言ったけれど、明さんには相談しづらかった。
余計な心配をかけたくない。それに私なりの考えもある。
一華が帰ったあと、私は財布から一枚の名刺を取り出した。
「警視庁捜査一課 警部補 滝川隆一」
その名前を声に出して読む。それは、私の「庭」に新たな「種」を蒔く行為だった。
翌日の午前、名刺の裏にある携帯番号に電話をかけると留守電につながった。
名前と、相談したいことがあるので、夕方までに時間があれば折り返してほしいと吹き込む。我ながら図々しいとは思ったが、明さんに聞かれたくない気持ちの方が強かった。
昼前、スマホが鳴る。滝川さんからだ。
「滝川です。メッセージを聞きました」
「滝川さん。ありがとうございます」
自分でも意外なほど、声が安堵で震えていた。
滝川さんが訪れたのは、その日の夕方だった。インターホンが鳴り、モニターに映る顔を見た瞬間、心臓が微かに高鳴る。すぐに「被害者」としての表情を作り、玄関を開けた。
「橋本さん、お電話ありがとうございます。滝川です」
「お忙しいのにすみません。どうぞ、中へ」
リビングに通すと、彼はまず部屋全体を一度だけ見回し、ソファに腰を下ろした。
「お茶でよろしいでしょうか?」
「ええ、ありがとうございます」
紅茶を淹れて差し出す。立ち上る湯気が、わずかに張りつめた空気を和らげたように見えたが、滝川さんの表情は変わらない。手帳を開き、ペンを構える。
「早速ですが、お話を」
私は、一華に話したのとほぼ同じ内容を、淡々と繰り返した。バッグの中から見つかった盗聴器のこと。差出人も消印もない白い封筒のこと。
「盗聴器ですか……どこで?」
「バッグの中を整理していたら、底の方から出てきたんです。まさか、こんなものが入っているなんて」
薄いカード型の盗聴器を差し出すと、滝川さんはそれを注意深く観察した。
「白い封筒は?」
二、三通取り出して見せる。中身はどれも白紙だ。
「差出人も切手もない白紙の便箋が、複数回……」
「最初は広告か何かだと思ったんですけど、こうも続くと」
「心当たりはありますか? 最近、誰かとトラブルになったとか、恨まれるようなことをしたとか」
「いいえ、全く。ごく普通の生活を送っていますから」
完璧に整えられた「普通」。それが私の庭の基盤だ。
「ご主人には、この件は?」
「まだ話していません。心配をかけたくなくて」
滝川さんの視線が、私の顔の奥を探るように刺さる。私はカップに手を伸ばして、その視線から逃れた。
「分かりました。念のため、盗聴器と封筒は鑑識に回します。それと、周辺の巡回を少し増やしておきます」
「ありがとうございます……」
安堵の息を漏らすと、彼は静かに続けた。
「橋本さん、何か少しでも気になることがあれば、どんな些細なことでもご連絡ください」
「はい」
彼が立ち上がり、玄関へ向かう。見送りに出ると、ドアを開ける前にふと振り返った。
「橋本さん、一つだけ。小川一華さんのことを、どう思われますか?」
心臓が、再び大きく跳ねた。滝川さんの瞳は、私の心の奥を測ろうとしている。
「一華は……私の大切な友人です。少し不器用なところもありますが、とても純粋で、才能に溢れた子です」
私は、用意しておいた答えを、自然に口にした。
滝川さんは何も言わず、じっと私を見つめ、やがて小さく頷いて玄関を出て行った。
ドアが閉まり、静寂が戻る。冷めた紅茶を飲み干すと、口の中には何の味もしなかった。
――彼は、どこまで見抜いているのだろう。
私の「庭」に、新たな「種」が確かに蒔かれた。これは一華の「作品」とは別種の、未知の芽だった。




