太陽と蜘蛛の糸・一華
智花を殺した後、私は冷静に、しかし迅速に、ある程度の処理を済ませた。
その夜、興奮冷めやらぬ私は、シャワーも浴びずにルイと交わった。
情事が終わった後、一人寝室で、窓際にあるラタンチェアに座り、十三年前の朝を思い出していた。
背もたれに体を預けて月を眺めると、頭の中の靄が晴れるように、あの日の記憶が鮮明に浮かび上がってくる。
千尋。千尋と出会ってから、私の全てが変わった。
学校の行き帰りに友人と語らいながら歩くなんて、それまでは無縁なことだと思っていた。
夏休みに作った私の作品が全国コンクールで最優秀賞に輝いたとき、一緒に登校していた千尋は、自分のことのように喜んでくれた。
「おめでとう一華!コンクールで受賞したんだってね!」
「うん。千尋のおかげ」
「私の?」
「前に言っていたじゃない。栽培は没頭していると嫌なことや細かいこと考えなくなるって。そういう場所を作って幾重にも柵を作る……最初は逃げ場所だけど、そのうちそれは逃げ場所なんかじゃなくって自分の宮殿になるって。私もやってみたの」
「それが彫刻だったんだ……前にやってたの?」
「初めて。千尋みたいになにかを創り出してみたくて」
「凄いよ一華!それでいきなり全国コンクールで受賞なんて!学校の帰りに行ってみようよ!展覧会の会場に」
放課後になると、私たちは全国コンクール展覧会会場へ行った。
私の作品を見つけた千尋は、「早く早く!」と、手を引っ張るように駆け寄った。
「ねえ、この土台がゴツゴツした岩のような感じになっていて、たくさん棘のようなものが出ているのはなにを表現しているの?」
「地獄……」
一華は、千尋の問いに作品を見ながら答えた。地獄。あれは地獄だ。私が育った地獄が、あそこにある。
「なるほどね……土台が地獄なら、そこから伸びるたくさんの手は亡者の手ってことね」
「うん」
「ある一点を掴もうとしているように絡まり、重なり、もがいているよう。タイトルは蜘蛛の糸か……まるで手の先に本当に糸が垂れているみたい。亡者の声も聞こえてきそう」
「蜘蛛の糸は亡者にとっては救済。でもあまりに脆くか細い救済……」
「蜘蛛の糸……掴んだじゃない一華は」
千尋が、いつもの笑顔で言った。
それが受賞したことを言っているのか、他の意味があるのか、千尋の顔からは窺い知れなかった。
「まだ。でももうすぐかな」
私が返すと、千尋は作品へ視線を移した。じっと作品を見つめている。
「一華が受賞したと聞いて、お母さんは喜んでくれた?」
作品を見ながら千尋がふいに聞いてきた。
「うん」
あのとき、一華は嘘をついた。お母さんは、一華が受賞したことを話したとき、引きつったような笑みを貼り付けて喜びを口にしたが、伝わってきたのは、恐れと怯えだった。
私たちは他の作品を見ながら会場を一周すると外に出た。
秋らしい夕焼け空だった。
夕日を見た一華は、太陽を掴むように手を伸ばした。
「お父さん……まあ、もともとお母さんが離婚した後にできた恋人で私とはなんの関係もない他人なんだけど、その人が家を出て行ったの。どういうつもりか知らないけど、これで私とお母さん。本当の家族の生活が始められる。千尋って素敵な友達もできたし。今までが最低だったから、これからは上がるだけ。千尋が垂らしてくれた蜘蛛の糸が切れないように」
「私はそんな大層なことしてないよ。一華の才能と行動が引き寄せた結果だよ。今度、私の家でお祝いしよう!二人で!」
千尋。
あなたはああ言ったけれど、あのとき掴もうとした太陽は、私にとっての太陽はあなただった。
私があなたの異質に気がついたように、あなたも私を異質だと気がついているだろう。
あなたを理解して共感できるのは、世界中で私だけだ。理解して、あなたになりたい。
そう思いながら、一華は沈み行く太陽に手を伸ばした。
でも、あなたはそれを許さなかった。
そのままの私では、あなたは満足できなかった。
だから、私は変わった。
あなたの「庭」に相応しい「花」となるために。
そして今、私はあなたの「庭」を、私の「宮殿」で塗り潰すために、ここにいる。




