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収穫祭 「私の心臓を掴むあなたの手が冷たくも温かい」  作者: 秦江湖


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最後の晩餐・一華

刑事が帰るのを見届けてから、アトリエへと向かった。


アトリエの奥、さらにその先の倉庫へと続く重厚なドアを、一華は静かにノックする。


「智花。入るよ」


声をかけてからドアを開いた。


薄暗い部屋の奥、簡易ベッドに横たわる智花が、不安げな表情で一華を見つめる。


「一華……警察は?」


「大丈夫。上手く言っておいたから」


私は、智花の傍らに歩み寄り、その肩にそっと手を置いた。


「ここにいれば安全よ。絶対に捕まらない」


この部屋は、元々作品制作中に休憩するための空間だった。


それが今、智花の「聖域」として機能している。


「まだ私の疑いは晴れてないの?」


「残念だけど、警察はさらに大きな犯行の容疑者としてあなたを捜しているわ」


智花の肩を優しく撫でながら、残酷な嘘を告げる。


智花の顔から血の気が引いていく。


「でも心配しないで。もうすぐ私がなんとかしてあげる。全ての疑いを晴らして、あなたの名誉を取り戻すから」


「本当に?」


智花の目に、微かな希望の光が宿る。


その光が、私の心に甘美な愉悦をもたらした。


「ええ。もう外を歩いても人目に怯えなくていいの」


肩からそっと手を離すと、一華は智花の向かいに座った。


智花はうつむくと、安堵と絶望が入り混じったような声で呟いた。


「酷いことになったわ……いきなりあんなことになって、自分でもなにがどうなってるか未だにわからない」


「ネットの動画のこと?」


「ええ。私が同窓会で起きた薬物事件の犯人だなんて……あのおかげで旦那の会社まで特定されたり、家の周りにはキモイ奴らがうろつくしで最悪よ」


「そして不倫もバラされた」


「そうよ!どこの誰か知らないけど、私たちをつけまわして盗撮して……しかも近所にばら撒くなんて!」


智花は、興奮のあまり声を荒げる。


「そのおかげで離婚。家には入れなくなった」


「そうよ!」と強く応じ、智花は自分勝手な悪口雑言を撒き散らす。


「だいたい不倫なんて遊びじゃない!それに夫に魅力がないから私が遊ぶのよ!それなのに私だけ悪者で……おまけに実家にも縁切りされるし……あの薄情な親!」



どこまでも他責思考。


この女は、年齢だけ大人になっても、中学生のままなのだ。自分は悪くない。


自分の不実な行動を咎める奴が悪い。


だから、私のお母さんを殺した。


自殺にまで追い詰めた。


そして未だに他人に毒を吐き続けて生きている。


生きている価値のないものだと、私は改めて確信した。


「あのとき智花に会えて良かった。こうして力になれて」


「そうね……実家にも帰れずに行くあてもなく途方に暮れていると由利から電話がきて、事情を話したら一華に話すから頼ってみてと言われて、由利に指定されたホテルで待っていたら一華が来てくれた」


しみじみと思い出すように言ってから、智花は肩を竦めて、「あのときホテル代払ったらお金が尽きてたよ」と、卑屈に笑った。



みじめな奴だ。


こんな女に、私は虐げられ、お母さんを殺されたのか。


無意識に心の底から湧き上がる衝動を必死に抑え込んだ。


「智花に会う前の日、警察が家に来て、智花が薬物事件だけでなく、紅音と茉莉の失踪事件の重要容疑者だから、行方を知らないかって言われて……あのタイミングで由利から連絡が来なかったら智花は逮捕されて犯人にされてたわ」


嘘だった。警察が私のところに来たのは今日が初めてだ。だが、智花は疑わない。



「ごめんね智花。テレビやスマホを禁じるような生活をさせて」


「いいよ一華!だって外の情報は私を不安にさせて精神に悪影響だからでしょ?スマホもGPSから位置が特定されるから処分するしかなかった。みんな私のためを思ってのことじゃない」


弱った精神状態の智花は、私の言葉を疑うことなく受け入れた。


外界から完全にシャットアウトされ、薬とアルコール漬けにされた智花の思考は、今や豆腐のように滑らかで平坦で、脆くなっている。


私の言葉が、智花にとっての現実であり真実なのだ。


それが、いかに矛盾していようが、荒唐無稽であろうが関係ない。


「今日の夕食はお祝いにしましょう」


「なんの?」


「あなたの潔白が証明されるお祝い」


智花は、満面の笑みを浮かべた。


その笑顔は、ひどく私の神経を逆撫でする。


もう限界だ。


一刻も早く殺したい。



「智花。少し興奮してるみたい。いつもの安定剤を飲んで夕食までお休みして」


優しい声で智花に促した。


「うん」


智花は、子供のように頷いた。



智花が休んだのを確認してから、ルイに、アトリエにある作成中の新しい「蜘蛛の糸」をリビングに運ぶよう指示を出すと、さっきまで手掛けていた作品に再び取り掛かった。



智花との夕食には、腕を振るった。


テーブルには、彩り豊かな料理が並べられ、食欲をそそる香りが部屋を満たす。


「凄いね!ずっと一華の手料理食べてきたけど、今日のは特に凄い!綺麗!」席に着いた智花は、上機嫌だ。


「喜んでもらえて良かった。でも見た目だけじゃなく、味も抜群だから」


リモコンのスイッチを入れて静かなジャズを流し、智花と自分のグラスに深紅のワインを注いだ。


「では智花の潔白に乾杯」


二人でグラスを傾ける。


「ありがとう一華」


ワインに口をつけた智花は、料理に手をつけ、その美味しさに目を輝かせた。


「美味しい!こんな美味しい料理はじめて!」


智花の手は止まらない。


そんな智花を微笑みながら見つめた。


(これが、あなたの最後の晩餐。存分に味わいなさいな)


「さっきから気になってたんだけど、これって一華が作ったの?」


智花は、ようやくリビングに飾られた私の作品に興味を示した。


「ええ。今度の個展に出すの。まだ途中だけどね」


「凄いねえ……」


智花は、一言感想を漏らすと、再び料理に手をつけた。



楽しい晩餐を締めくくるデザートをテーブルに置いてから、智花に質問した。


「ねえ、智花。あなたが不倫していた相手ってどんな方?」


「ああ、なんか日本とフランスのハーフで年下の超イケメン!でも不倫がバレたら連絡取れなくなってさあ。ついてないよね」


デザートを頬張りながら返す智花。


「その方って、今キッチンに立ってる彼じゃない?」


智花はハッと顔を上げた。


振り向いた智花の視線の先には、にこやかに手を振っているルイがいた。


「智花さん久しぶり!」


ルイの声に、智花は混乱と恐怖に顔を歪ませる。


「は、はあ?あなた……一誠じゃない!どうして?」



智花は、面白いように驚いた。





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