バイエルンの妖精 公女シシッⅡ
ただの親戚の顔見世だと思っていた。
まさかオーストリア帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に見初められて婚約をする事になるなんて。
ウイーンへ到着するまでのシシッの物語
帰りはこれからの私の皇后教育を考えているようで憂鬱そうなママとネネは悲しそう。
ママはとても心配していたわ。
「私はまだ子供部屋からいきなり玉座に昇るのです」
ウイーンの方々に辛辣な批評にさらされるのに不安の種と思っていたようだった。
その通りになってしまったけれど。
そして館には沢山の祝いの贈物と祝の手紙が山積されていた。
伯父様であるバイエルン国王のマクシミリアン2世陛下もこ私の結婚を喜んで祝ってくれたわね。
秋にはフランツがミュンヘンに来ていて、私達も宮殿へ行って会う事が出来た。
嬉しそうなフランツを見ると幸せ。この自身の義務をなんの不服もいわずに国民の為に捧げた人生。
彼を支える。彼を幸せに出来る。
彼の笑顔は素敵に思えた。あの時は……。
バイエルン王妃の誕生日を祝うオペラ座で2人拍手で迎えられお披露目される。
緊張したし場慣れしていないの。
なんだか借りて来た猫みたいになったの。
この後皇后教育の為私の生活は激変する。
オーストリアの歴史、文化、オーストリア帝国の領内の民族の語学とフランス語、ダンス、儀礼。
本当に沢山覚えないといけない勉強が急に増えてしまった。
しかも私は嫌いな興味のない事は苦手だったから、替わる替わる現れる教授達。
頭が痛い!
だって!
沢山沢山すぎる!!
無理よ!
結婚まで1年ないもの!!
それでも私が一番楽しい授業はマイラット伯爵のハンガリー語と文化の勉強だった。
マイラット伯爵は高齢だったけれど、楽しくてハンガリーの文化も興味深いの!
マジャール人が建国した国で、アジアの騎馬民族が定住して出来た国なんですって。
騎馬民族。
馬と共に生きる!
素敵!
フランツからは度々手紙が来て、いつも綺麗な花と美しい宝石、そして珍しい鸚鵡が送られてきた。
カラフルな人の声を真似する鳥。
鸚鵡すごく珍しい。
ずっと見ていて不思議だったわ。
この贈物が一番素敵嬉しい。
でも彼が来てくれるのが一番うれしいのに!!
って思ったものね。
大嫌いな授業はイタリア語。
儀礼も嫌い。
身分の序列なんて意味があるの?
解らない??
頭がこんがらがってつい叫んでしまう!
もういやっ!!!って!
ドレスの新調する為の採寸も疲れるの。
ママもひっきりなしに人と会って花嫁用の道具や衣装、宝石など天手古舞で用意している。
既製品は論外で、全てオートクシュ―ル。
普通は年をかけて用意するのらしいけれど、私は異例の為に全然それに相応しい品が揃ってなかった。
家じゅうなんだかイライラしてそれが伝線していく。
ナーバスになって突然泣き出したり、不安になってママに抱きついたりしたわ。
ママは私の精神状態が良くないので、伯母様に結婚式の延期を願う手紙を出した。
でも返事はナインだった。
もし許されたら、国内外に何を言われるかと。
やっと10月フランツがポッシー館にきてくれたわ。
久しぶりにあって抱きついて泣いたわ。
伯母様の嫁いだ時にアクセサリーを私にと届けてくれたの。
私はお礼のお手紙を書いたわ。
後から知ったけれど、気安く砕けた文体で書いたのが伯母の気にさわって憤慨したというわ。
そして更に心に誓ったそう。
皇后に相応しい嫁に育てて見せるって。
そんな事を知らない私は嬉しくてシュタンゲルグ湖にパパとフランツと舟に乗って舟遊びも楽しんだ。
パパがチターを演奏してくれて、太陽の日差しが眩しくて楽しかったわ。
そのあと12月にも来てくれた。
とても安心できる私を見る目が愛おしいと全身で感じる。
私は今貴方を幸せにしている?
貴方は今私を幸せにしている?
「親愛なる母上
これほど心からの幸せを味わう機会を与えてくださり感謝の言葉もありません。
シシッへの愛情は日事に増しています
私にとって彼女より相応しい女性はいない。その確信も増しています」
しばらくの安らいだひと時そして別れ。
その頃ウイーンでは私達の宮殿ラクセンブルグの模様替えがなされ、バートイシュルのカイザーヴィラは伯母様が買い上げて皇帝用別荘になった。
館は改築されて上からEの文字になるように改修されたの。
ミュンヘンの本宅でパパが送別会の宴会を開催したのよ。
バイエルン王夫妻、王太子、貴族達、そして各国の大使の招待客達。
親戚中が集まってくれた。
私は白色の絹のクリノトンのドレス。
裾と腕周り、襟周りに緑の縁。ストールにはアラビア文字で金色の模様が刺繍されている。
一人一人と握手。
これから会っても握手出来ない。
ただ手袋の上から口つけか女性には抱擁しか許されない。
深い虚無感に襲われてただただ悲しい……。
勝手に涙が流れたわ。
悲しい別れ、でも一番悲しいのはポッシー館を離れる事家族と別れる事。
さらば静寂のうちなる部屋よ
さらば年ふる城よ
そして初めての愛の夢よ
湖に安らかに眠れ
さらば落ち葉の木々よ
そして木立よ 茂みよ
君が緑なす頃
城は遠く私のそばにない
4月20日ポッセンフォーヘン城からミュンヘンへ。
フランツの手配した馬車で家族がウイーンへと出発した。
ミュンヘン市内では別れの挨拶をしに来てくれた多くの市民が手を振って門出を見送ってくれる。
私の踊りに手拍子で答えてくれた人たちも、私と一緒に遊んでくれた村娘達も。
凱旋門を過ぎて知っている景色が遠のいた涙を流しながらハンカチを振りそれに答えた。
ママも泣いている。
ガラガラガラと車輪が動く。
本当にミュンヘンに別れを告げた。
さようなら私の故郷…さようなら皆…さようなら私の少女時代よ。
涙が止まらなかった。
私は知らなかった。
この道のりがどんなに困難で苦痛に満ちたものになるのかを。
私は知らなかった。
馬車はドナウ川のシュトラウビングで停車して、蒸気船シュタット・レーゲンスブルグ号に乗り、パッサウで船を乗り換えた。
リンツに到着するとここでサプライズがあったの。
フランツがこの街で待っていてくれたの。
熱い視線で私を見つめる瞳、逞しい身体に軍服姿が凛々しい。
頼もしい!
フランツ!
思わず抱きついたわ。
だってママと一緒だけれどとても寂しかったから。
フランツは嬉しそうに私を抱きしめてくれたわね。
抱擁から熱が伝わる。
市民の歓声が挙がる。
街は教会の鐘が鳴り響き、私達を祝ってくれている。
でもすごく音が高くて頭に響く。
オーストリア帝国の旗がたなびいている。
多くのプログラムは殺人的なスケジュールは遅らせられない。飛ばせない。
大きな重責がまだウイーンに到着していないのに押し寄せる。
リンツでフランツ・ヨーゼフ号に乗り換える。
フランツは「ウイーンの船着き場で待っている」と言って一旦別れた。
「ピンクのシルクのドレスに白いカシミアのマンティーラをまとい、白のベールをあしらったピンク色のシルクの帽子をかぶる」
エリザベートが姿を現すと、皇帝は急ぎ足で甲板へ向かい花嫁を熱烈に抱きしめた。
蒸気船の甲板で私は歓迎してくれる市民たちに手を振り続けた。
疲れたと顔に出すのも出来ない。
これからずと続くのね………。耐えられるかしら?
フランツは助けてくれるかしら?
今はまだママも兄弟姉妹も一緒。でから私が暗い顔でいると励ましてくれる。
今はまだ。
ヌスドルフに到着すると、埠頭に船が着岸していないのにすっと飛び降りた。
そして私の方に駆け出して抱きしめてくれ、優しく額に唇に頬にキスしてくれた。
「キスと握手。筆舌に尽くしがたい瞬間であった」
涙が流れる。
嬉しさと旅の緊張感とこれからの不安とももう訳がわからなかったのは覚えている。
そして義母となる伯母様に抱擁と親戚になる一族の挨拶を受けて、歓迎の演奏と礼砲、歓声、音楽全ての音が混ざり合っていた凱旋広場。
そして休憩室で沢山の招待客への挨拶。
めまぐるしい時間が訳もわからず過ぎていく。
ただただミスをしてはいけないその一心でいまでもこの時の事は覚えていない。
そしてシェーンブルグ宮殿への馬車行進。
もう限界に近かったわね。
顔色は青ざめすぎて涙が滝の様に流れた。
今まで見た事がないくらい豪華で煌びやかで威圧感まで感じる宮殿に到着してもまだ休めない。
もまだまだ挨拶は続くハプスブルグ帝国の皇室の親戚たち、高位の臣下の紹介が続いたわ。
そして女官長エステルハージ・リヒテンシュタイン侯爵夫人、ベルガルテ、ランベルグ両伯爵夫人、ロプコヴィッツ侯爵侍従長。
紹介はされないが若い侍女と侍従などが沢山いる。
この夏の宮殿で私は疲労困憊でも休めない。
祝のバルコニーで民衆に手を振るの。
精一杯頑張ったわ。
そして宮廷晩餐会が続く。
もうへとへと………だったことしか覚えていなかった。
シシッと呼ばれたエリーザベトが皇帝の配偶者としてウイーンに入ると市民は16歳のはちきれんばかりの若い皇后を「バイエルンの薔薇」と呼んで歓迎した。




