バイエルンの妖精 公女シシッ
自由に家族と一緒に過ごしていたエリーザベト(愛称シシッ)はいかにしてオーストリア帝国の皇后となったのか?
彼女を良く知る当時の人々の言葉
「…私の知る限りエリーザベト皇后は最も魅力的な女性であり、独創的で並はずれた方でした。
本当に近しくした方々だけが、皇后の真価を理解出来たのだと思います。
皇后の生涯は失意の連続でした。
そのことをよく考えて思い合せれば、皇后に対し寛容であえるはずです。…」
カタリナ・シュラット夫人
「…偉大な男性にも優る精神の持ち主であるうえに皇后には心があった。
とにかく、皇后の様な人はこの世に二人とない。私にとって残念なのは皇后を理解した人があまりに少ないことだ。世界が皇后の類稀な人柄を正当に評価してくれるように心から願う」
生前のアンドラシーン伯爵
「皇后の人格から滲みでる優雅さ、本当の皇后のお姿は、どんな芸術家」にも掘りきれるものではありません。皇后と独特の魅力は表現しきれないものでありました。
「皇后は歴史の中ではなく伝説」の中に生き続けられるでしょう」
マリーフュルシュテンベルグ伯爵夫人
あの方は白鳥かユリか羚羊のようですが、メリュジーヌのようでもあります。
女王にして妖精それでもあくまでも女らしいお方です。
イーダ・フェレンツィ朗読係
男達は妖精に厳格で堅苦しい行儀作法という馬具をはめこもうとするがこの小妖精は隷従に甘んじてはいない。
世間を煩わしく思う時、彼女は翼を広げて飛び立っていく。
カルメン・シルヴァ(ルーマニア王妃)
.
*********************************************
私は日曜日の子供
太陽の子供
太陽が黄金の光が玉座の周りを取り囲む。
その輝きが冠を煌めかせる
その光の中こそ 私の住む場所
だがその光が失われば私は死ぬしかない
後年の詩作
1837年12月24日
私はミュンヘンのマックス邸でパパはヴィテルスバッハ王家傍系のバイエルン公爵マクシミリアンとママはヴィテルスバッハ王家マクシミリアン一世の娘ルドゥヴィカ王の間の第3子として幸運の証である生まれつき乳歯が1本持って誕生しました。
パパはその時エジプトに旅行中、ママは一人で私を生んだのです。
彼はバイエルンの王族ですが、一生使いきれないほどの資産を持ち、政治的にもまったく興味がなくただただ趣味に生きる自由人でした。
パパはほとんどバイエルンの宮廷には姿を見せず、冬はミュンヘンの本宅か、それ以外の季節はシュタンゲルグ湖のポッセンフォーヘン城で過ごしていました。
とは言ってもパパは始終旅行に行ったり、ふらりと街中で市民とふれあったり、チターを演奏したりしてほとんど家庭生活を一緒にしていなかった。
パパが帰ってくるとジプシーやサーカスなんかも呼んだりして楽しかったわね。
でもバイエルン貴族達には私達を「サーカス一家」と馬鹿にしていたけど。
私達は市民には愛され、一時市民革命の嵐が吹き荒れた時代、市民の暴動がバイエルンでも起きたの。
ヴィテルスバッハ王家も父をたよりにミュンヘンの父の館で身を寄せていた事もありました。
父を慕っている市民は絶対に我が家を標的にしなかったからです。
両親の仲はあまり良くなく、他に愛人と子供までいたようでした。
いわゆる仮面夫婦でした。
愛し合って結婚したわけではなく、ただ義務として夫婦の関係を築いていました。
あくまでヴィテルスバッハ家の事情だったそうです。
母にも好きな人(ポルトガルの王子)がいたそうですが、王位を継げないという理由で父親に反対されて諦めたそうです。(でもその王子は反乱を起こして王に即位したそうです)
さてそんな結婚生活に不遇な母ですが私達を愛し育ててくれました。
私達は両親の一風変わった教育方針で、小さな頃からまるでブルジョア階級【中流階級】の家庭の様な生活をしていたの。
堅苦しい宮廷などという所にはまったく無縁だったのです。
ママは乳母や召使の協力の元、8人の子供達を産み育てた。
姉弟姉妹は男3人女5人。
ただこんなに大家族なのに男系では結局途絶えました。
ヴィテルスバッハ家の血のせいでしょうか?
私は物心つく頃には庭を姉弟で駆け巡った。
湖畔のベンチでシュタンゲルグ湖の水面をただぼ~と眺めながら詩作に興じたり、村人の友達もいて、湖で泳ぎ、馬やポニーで駆けて、山登り、高原でハイキング、動物達と遊んだり、たまに帰ってくる父と街に出かけたり、市民の前で父の演奏で踊ってチップまでもらったの。
「私が稼いだ唯一のお金」と大切に持っていたわ。
すごく楽しく幸せな日々だった。
特にパパのお話は面白くて、たまに帰ってきては私を膝に乗せて肩ってくれる旅の物語がすごく面白くて楽しかったわ。
パパは小さい時から自分の似た私を特に可愛がって好きでいてくれた。
私の夢見がちで伸び伸びした型にはまらない性格とほとばしる情熱への探求心、物を書いて絵を描いて夢中になる姿、私は開放的で物おじしない元気さが良く似ていると。
好きといってくれた。
だから行儀が悪くても、音楽に興味がなくても、教養がなくても………。
要は淑女が身につける礼儀、教養、宮廷儀礼などなくてもパパはかまわないと思っていたようね。
家庭教師のヴェルフェン男爵夫人も私は兄妹で一番優しく素直で夢見がちお転婆慌て者。好きな事は計画を立ててやり抜くって言ってたわ。
詩作、作文、外国語、お絵描きが大好き!
一般教養、作法なんか大嫌いだったわ。
**********************************************
そんな1853年8月のある日ママがオーストリアのバートイシュルに伯母と従兄妹達に会いに行くという。
しかもネネ(姉ヘレーネ)と私についてきなさいというの。
どうもママはネネの結婚相手にオーストリア皇帝フランツヨーゼフ1世をと思っているみたい。
私は仲の良かった初恋相手との仲を疑ったママ達が彼をうちに出入りするのをやめさせられて、会えなくなって落ち込んでいたの。
失恋してナーバスになっていたから気分を変えさせて、できれば従兄妹のカールルードヴィヒといい感じにさせようとしていたよう。
私と彼は文通していたのよ。
馬車はポッシー館を出発したけれど、ママの持病の片頭痛が酷くてゆっくり走らせていた。
だから到着がとても遅れいていたわ。
その上私達は親戚の喪中だったので、黒一色の装いだった。
森を抜けて、林を、丘を時に可愛らしい村をとおり、ザルクガンマーグートの素晴らしい景色を見ながら
綺麗な景色にとても興奮したわ。
でもネネはすごく緊張していたわね。こっちもドキドキしてしまって覚えていなかった。
16日馬車はようやくイシュルのグランドホテルに到着した。
可愛らしい町で一気に好きになったわ。
ママは疲れ切った様子だったけど。
着替えもせずに隣のオーストリアホテルの2階の1室に入った。
広くはないけれどこじんまりした落ち着いた部屋だった。
私は緊張してあまり覚えていないけれど。
伯母様はこの出会いの後でザクセン王妃の双子の姉に手紙を出していたそうなの。
「優美さと気品が溢れ、自分では全く意識しておらず。一層よい印象を呼び起こしました。
喪服だったにもかかわらず……簡素なハイネックの黒服を纏ったシシッは魅力的でした」
って。
でもおそらく政治的な表現のニュアンスね。こんなに立派な皇后を迎えます的な。
でも本心じゃない。
ママは賢まりながら、皇帝にお辞儀をしたわ。
皇帝陛下もにっこりと微笑んでいたわ。
隣の伯母も微笑んで、でも目は笑ってなかったの。その視線はネネに注がれていた。
なんだかすごく値踏みした視線では不快に思ったわ。
ネネはお辞儀をして皇帝陛下は微笑んだ。
その後、皇帝陛下と私と視線が合った瞬間。
驚いた様子で私の顔をじっと見ていた。
伯母様がまたザクセン王妃に送ったお手紙にこう書いていたそうよ。
「あの子の顔が輝きました。
喜んだ時のあの子の顔をご存じでしょう。
あの愛らしい娘は自分がフランツに強い印象を与えた事にまったく気づいていませんでした。
……恥じらいとはにかみでいっぱいでした」
伯母様お手紙の内容が私に対してとは全然違う事を書いてるわ。
何故かしら?
どちらが本当の伯母様の気持ち??
恥ずかしくなった私は皇帝陛下に握手する為に腕を差し出した。
皇帝陛下のお顔はぱっと明るくなったかと思うと、こちらから恥ずかしくなるほど私を見つめていたの。
そして私の手を握って握手したわ。
その様子を隣で厳しい瞳で睨んでいる伯母の視線をこの時は知らなかった。
というよりも見る余裕がなかったの。
あまりに陛下が私を見つめるから。
後の事は覚えていない。
彼はこの時饒舌に話をして、私は俯いて黙っているだけだった。
時折、伯母様が皇帝陛下にしきりにネネの事を話題にしようとしているのがわかった。
「ねえヘレーネは美しくなったと思わない?
この前会った時はまだ少女だったのに。
落ち着いて威厳さえ感じるわ」
「そうですね」
陛下はそれ以上話題を進めない。
なんだか重い空気だけが流れている。
その日は遅くなったのでお開きになった。
その夜は3人ホテルに戻ったけれど、ぎこちなく今日の事は話題に振らないでいる。
夜一緒に来ていた従兄妹カールルードヴィヒが伯母に言ったそうよ。
「兄の。
あの楽しそうな姿を見ましたか?
確実に恋をしています。
僕が気にいったものはいつも陛下がとってしまう。
いつだって弟は2番手だ」
伯母は未来の皇后が私と想像するだけでぞっとしたそうよ。
「母上シシッはとても可愛らしい。
シシッに惹かれた」
「フランツあの子はまだまだ子供です」
「いいえ。とても魅力的だ。妖精のよう」
「なんて事。
我儘で見たでしょう。
礼儀知らずで、発音もバイエルン訛り。
とてもつりあいがとれません。
ネネは美しい。それにあの落ち着き。
フランツ!
あの子は皇后には相応しくありません」
「母上結婚相手は自分で決めます」
「フランツ!!」
「この事は自分で決定します」
「……わかりました。でもフランツ。
そう結婚を焦る必要はありませんよ。
じっくり考えなさい」
次の日は昼食を皇帝陛下一家と頂くことになったいた。
そこには私はいなかった。
私と家庭教師はその部屋の隣に2人だけ昼食をとらないといけないと言われたの。
「何故?私だけ食事を共に出来ないの?」
「お姫様。
そんなに怒らないでください。
奥様の指示です。
お怒りにならないで隣に聞こえます」
「そんなの知らないわ!!
何故なの??」
そうすると部屋続きの扉が開いて、その前には皇帝陛下が立っていた。
「こちらで召し上がってください。
従兄妹殿」
陛下が優しく微笑んでくれた。
私は得意げに差し出された彼の手をとってママ達がいる部屋へ入っていった。
椅子が引かれ私は席についた。
それからは皇帝陛下が楽しそうに会話をして、時折私を見て微笑んでいる。
ママとネネは場が悪そうに何も言わない。
変な空気が部屋を包んでいたのは知っていた。
その日の舞踏会だったかしら。
ネネは用意されたドレスを着て、私は素朴なピンクのドレスで会場に入った。
そこにはバートイシュルにいる上流階級の人々の参加するパーティー会場だった。
普段は皇帝陛下はダンスを踊らないのが一般的だそう。
陛下はダンスを眺めていた。
誰とも踊らない。
ネネとさえ。
ポルカの激しいダンスの時間になった。
陛下は侍従のヴックベッカー氏に「エリーザベト嬢をお誘いして」と耳打ちしたらしいの。
侍従と踊った私。
侍従は思ったみたい。
「どうやら私は未来の皇后陛下と踊ったらしい」と。
そしてその後は皇帝陛下と踊ったわ。
まだダンスは習得出来なくて、苦手だったわ伝統的なダンスは。
また伯母様はザクセン王妃に手紙でこの時の様子を知らせたのよ。
「皇帝と寄り添ってコティヨンを踊る姿はまるで太陽の光を浴びてほころぶ薔薇の蕾のようです。
私の前では子供らしい遠慮がちな様子でしたが、皇帝には自然に振舞っていました」
最後の時、今宵の参加した女性に皇帝陛下から捧げられる全ての花束を陛下は私だけに差し出した。
ほとんど求婚の証だったようだったって。
私はまったく気がついていなかったけれど……。
私は恥ずかしくて花を受け取った後、俯いてお辞儀をして舞踏会は終わった。
翌日6人の昼食の後、ザンクトウォルガングに遠出した。
フランツの前に私が座る。
会話はほぼない。
ひたすら見つめてくる皇帝陛下に私はただ恥ずかしかった。
ぎこちない何とも言えない道中だった。
その夜は伯母様と皇帝陛下の話し合いがされたみたい。
「シシッは可愛らしい。
あの殻から零れるアーモンドの実のように新鮮で、冠の様に編んだ髪が可愛らしい顔を縁取って、
なんて可愛らしく甘い、苺のような眼と唇でしょう。
彼女と結婚したい。
どうか彼女に結婚の申し込みをしてほしい」
「なんて事?
よく考えなさい。
陛下あの子はまだ幼い。
皇后が務まる訳はありません」
「いいえ。
母上。
彼女以外とは結婚しません」
「フランツ!!」
彼は生涯初めて母親に逆らった。
伯母様は皇帝が未婚のまま生涯を終えるなどあってはならないと覚悟を決める。
深いため息をついた後覚悟を決めたように言った。
「貴方の意思の強さははわかりました。
明日エリーザベト公女に結婚の申し込みをいたしましょう」
「母上。
ありがとうございます。
でも強要はしないでください。
私の伴侶には重い重責を担います」
「でも貴方を支える栄誉ある役目ですよ。
ナインと言う方はいないでしょ」
翌日叔母とママの話し合いが始まった。
その話が終わるとママが私の所に来て言った。
「皇帝陛下が貴方と結婚したいと仰せよ」
私はあまりの驚きに心臓が止まりそうだった。
時が止まったよう、でもすぐに不安で涙が流れた。
「あの方が?私の夫に?私があの方の妻に?
えぇ?!」
「シシッ。
この申し込みは断る事は出来ません。
なんといってもオーストリア帝国皇帝陛下でいらっしゃいます」
「あの方の?
私はまだ未熟で子供です。
彼を幸せにする?
そんな事出来るでしょうか?」
狼狽したわ。
だって初恋は知っていても、結婚の本当の意味も皇后になるという本当の意味も知らなかったのに。
「あの方を幸せに出来るでしょうか?
私はまだ幼すぎるのに。」
ママが抱きしめてくれた。でも震えが止まらない。
ネネも心配……そうだった。
私が皇帝陛下の妻に皇后になる?
翌朝ママが私のサインした結婚承諾書を手に、伯母はサインをしてから2人抱擁し合った。
伯母様から承諾書を受け取ったフランツは駆け足でグランドホテルにやってきたわね。
ロビーでママと抱き合った。
私達の部屋にやってきて、私を抱擁して軽く口つけてくれた。
私の胸が不安と期待に高鳴る。
この日晴れて私は皇帝陛下の婚約者となった。
フランツは嬉しさのあまり部屋の窓から。
「私の花嫁が決まった!
婚約したのだ」
町の人は歓声と拍手で祝ってくれた。
すぐにロビーに降りた。
ホテルの従業員も拍手でむかえてくる。
もう町は一大祝賀に沸き立った。
23歳の若きオーストリア皇帝の結婚という祝賀に皆が喜んでいるのがわかる。
私は嬉しさと戸惑いと入り混じった気持ちでいたのを覚えている、
イシュルの区教会で皇帝陛下は私を婚約者として紹介する為に6人馬車で教会を訪問した。
すでに私は皇帝陛下の婚約者。
伯母が皇帝陛下と共に私を先を譲った。
もう私は公女だけではない。
未来の皇后。
静かにしかし熱の籠った声で皇帝陛下が言った。
「私の婚約者です」
そう言って私の手をとった。
神父はにこやかに微笑んでミサを行ってくれた。
そのミサを終えた私を待っていたのは市民の花弁による歓迎だった。
私に美しい花弁が降り注ぐ。
バイエルンの王夫妻、母の姉プロイセン王妃エリーザベト伯母様が祝に来てくださった。
そうこの喜びが。
そして幸せを感じる。
そして皇帝陛下の嬉しいそうな笑顔が私を更に押し上げてくれる。
皇帝陛下を幸せにできているの?
出来るのかしら?
私に。と当時は思った。
私はこれからの生活に不安を覚えながらバーデンバーデンから急いでやってきた不機嫌そうなパパがイシュルに到着した。
明らかに私の婚約を喜んではいるようには見えないけれど愛おしそうに私を包み込んだ。
「シシッ。
お前が考えている以上にウイーンは寒い。
そして窮屈だ。
お前はまだ幼い。
しかしもう取り返せない。
幸せになれるかどうかはお前次第だよ」
私を抱きしめたその腕と肩は震えていた。
まるでこれからの試練と困難を知っているかのようだった。
意味がわからなかったけど、パパがあまり嬉しくない婚約なのはわかった。
ヴィテルスバッハ家は神聖ローマ帝国の選帝侯で歴代の当主のうち神聖ローマ帝国皇帝も輩出するヨーロッパのカトリック派の名家でした。
家系的に近親婚の影響か、しばしば狂気や精神的に問題のある人物が出た事で知られていました。
ナポレオン1世に協力的だったのが幸いしてバイエルン王国に格上げされました。
エリザベートの兄弟姉妹達
長男
ルートヴィヒ・ヴィルヘルム・イン・バイエルン
貴賤婚の為相続権放棄
長女
ヘレーネ・イン・バイエルン
有力なフランツ・ヨーゼフ1世の花嫁候補の一人
エリーザベトに白羽の矢があたり婚期を逃す。
トゥルン・ウント・タクシス侯世子マクシミリアン・アントンと結婚、夫を早世するも他の姉妹の中では安定した生活を送る。
次男カール・テオドール・イン・バイエルン
バイエルン公爵を継承
バイエルン王国の軍人にして高名な眼科医無報酬で眼科治療を行う。
現存する高名な眼科病院として知られる。
三女
マリーア・ソフィア・ディ・バヴィエラ
ナポリ王妃
サルディニア王国の侵略によりナポリを追われ亡命生活をよぎなくされる。
四女
マティルデ・ルドヴィカ・イン・バイエルン
ナポリトラーニ伯爵夫人
ナポリ王の義妹
夫婦仲は悪く1女を授かるも別居夫は不審死
エリーザベト一番のお気に入りの妹
五女
ゾフィー・シャルロッテ・イン・バイエルン
元ルードヴィヒ二世の婚約者・アランソン公爵夫人
バリで火災に遭い事故死
三男
マクシミリアン・エマヌエル・イン・バイエルン
バイエルン王国軍人
初恋を成就させるも早世する。
男兄弟は概ね家庭的な生活を送るも、姉妹はいずれも結婚相手に恵まれて幸せな生活だったとは言えない。
19世紀の王族、貴族と言えど女性の地位が極めて低く、道徳観念の強さが過度に不幸を助長したともいえなくもない。




