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第二十六話

 魔王城の造りは随分と複雑で、その上統一感とか計画性に欠けている。少なくとも私はそう感じるんだけど、これはどうにも、代々の魔王や幹部が好きに城を弄ってしまうからだそうだ。何しろ戦争しているわけでもなく、魔族を無理に治める必要が有るわけでも無く、まぁそれなりの雑務は有るらしいが、基本的に魔王は暇なのだそう。最近が例外なだけで、魔王だけでなくて使用人や幹部も暇なのが常で、その為こう、魔王城を改造したり、セルルアが楽器を教えたり、カタレが研究に没頭したり、フィルシとグレイスがくっ付いたり……そういった、まぁそのまんまに言ってしまえば暇潰しばかりが、魔王城の日常になる……なっていた、らしい。

 その暇潰しの魔の手から逃れたのか、それとも反対に暇潰しの影響で揃えられたのか、魔王と幹部達の部屋には一様に、隣り合う、というよりそれぞれの部屋からしか出入り出来ない、ええっと、こういうの何て言うんだろうな……内部屋とでも言った方が良いのかな、そんな部屋が備えられている。これはゲームにも出てきた話で、いやまぁつまり、ここにゲームのヒロインが寝泊まりする訳だ。何しろ部屋の用途だって本来その為の物で、いやもっと言えば幹部のパートナーが入る為の部屋でも有るのだけれど、……まぁ、物置に使ったり、使用人の為に置いたり、だからミーナが魔王の内部屋に入ったり、私がキツネの内部屋に住む事になったりしても、それはホント、全く、問題など無いわけで。

「この辺りで良いですか?」

「はは、はいっ、それはもうっ!!」

 レヴィラトが示したその壁と反対の壁の違いは分からないけれど、取り合えず全力で頷いた。彼は私の様子はあまり気にしないことに決めたのか、一つ微笑むと、壁際の床に数枚の紙を並べ始める。あぁ、もう、ここまで来ても本当、実感すら沸いてこないもんだ。

 今朝まで使っていた部屋よりも一回り小さな部屋。棟の中の方に有る部屋の為窓は無く、魔法で動いているらしいシャンデリアが、柔らかな光で部屋全体を照らす。

「ほらユリ、出す時もちゃんと見ててよ。 あれ使える人凄いんだから」

 手早く並べ終えたキツネをじっと見つめながら、ミーナが僅かに興奮した声を洩らした。いや、確かに仕舞った時も凄かったし、出す時も同じく凄いんだろうけど、でもミーナ、私見たって得られる物が全然無いんだよ。とか言っても、やっぱり気になるから見るんだけど。

 二対の目に凝視されて、キツネは苦笑したけれど、それでも言い淀むこと無くすらすらと呪文を唱えた。普段喋る時とのトーンとは幾分変わった、不思議な響きの声。

 そうしてあっさりと撒かれた紙が、……いや、延べられたインク達が光りだして。

 描かれた文字達は、やっぱり、覚えたての私なんかより、そして散々眺めたあの見本の字よりも、余程美しかった。

 絡み合った文字達の作る絵。紙一枚一枚に描かれたそれらが、線を伸ばし、隣の紙の絵と繋がり、更に伸ばして、遠くの紙と繋がり、伸びて、曲がって、折れて。紡がれていくように。たった数枚の紙から、蔦が這うように。

 あちらで、離れた同じ形の双子が、精一杯に細い線で手を繋ぎ。

 こちらで、違う形の隣り合った文字達が、それでも流れるような曲線を繋げていき。

 新たな文字を生みながら、互いに絡み合いながら、より確かで、大きな繋がりを求めていっている。

「………………綺麗」

 気付けば、やっぱり口から漏れていた。さっきも浮かんだ、月並みに過ぎる感想。まさに思ったまんまだ。

 それでも互いに手を繋ぎ合う流れは、何かを学ぼうだとか、そういうことじゃなくて……ただ、そう、綺麗だったのだ。

 そうして、ぼうっと見つめている内に、やがて文字達は纏まった。

 出来上がったのは、一枚の大きな魔法陣。文字が絡み合っている筈なのに、紙の隙を埋めただけの筈なのに、まるで継ぎ目が見当たらず、欠けさせられる場所も無く。

 それは、一枚ですらなく、ただ、一つの、そういう、物で。

 そして。

 ふわ、と。

 風が流れたような、そんな揺らぎが、光る陣の表面を波打たせ……。


さぁっ


 一斉に、光の粒が舞い踊る。先程まで強く繋がれていた文字達は、けれど、今度は外に、それぞれが全く違う場所を埋めるように、一斉に広がった。

 今まで平面だった光の集合が、一度に厚みを持って、奥にも手前にも広がって。

 視界いっぱいの光の粒が、私を過ぎて、部屋を満たして――。

 と。

 次の瞬間、まるで何事も無かったかのように消えさった光の粒。

 そして紙も消えていて、気付けばそこに、もうすっかり見慣れた天蓋付きのベッドが、当たり前のように在った。

 本当、魔法のような。

 呆然と今の感慨に浸る私とミーナを気にせずに、キツネはベッドのあちこちを触ったり、また立てつけを調べたりし始めた。しばらく持って頷いた彼は、またも何でもないような、いつもの微笑みをこちらに向けてくる。

「引っ越し完了、ですね?」

 本当、色んな意味で、あっさりしたものだ。




 ――――――




 出来たての窓から吹き込む爽やかな風。部屋に足を踏み入れた時はあまり良いとは言えない空気にあったから、とても心地良く、そして若干の違和感を抱きもする。さっぱりした枠のその窓は、レヴィラトがベッドの設置後に付けてしまったもの。勿論魔法による物で、魔王城の外壁と繋げたらしい。色々大丈夫なのかなとも思うけど、まぁベッドを移動してしまうくらいだし。

 反対に開いた窓には雪を被った山が映り、見慣れた緑のこちら側から、温かい風が吹き抜けている。

 ぽす、と体をベッドに預けた。ゆったりとした温度に、流れる風、心地良い布団。

 夏、それも、本当に穏やかで優しい夏のような、そんな記憶。風鈴が聞こえないのが寂しくなるような。

 瞼の裏に浮かぶ、休みの度に遊びに行っていたお祖母ちゃんの家に、胸がきゅっと痛んだ。

 外に出ると、まずは田んぼが目に入って、でも綺麗な物でもなくて。一番近い建物が、古びた商店。そこで買ったアイスを、縁側で食べて、はずれの棒を傍に放り出したまま、畳に寝転んで。案外遠い蝉の声を聴きながら、うつらうつらと。

 ちりん、ちりん、と、涼しい音が。

「……あぁもう」

 頭の中の風鈴を、どうにか目を開けることで断ち切った。

 前世に拘っても仕方ない。

 それに、今問題にすべきは、午後からどうするかってことだし。

「……仕事かぁ」

 引っ越しを終えた後、キツネは午後まで休んで下さいと扉の向こうへ行ってしまった。ミーナも一緒で、新しい部屋に私一人、放り出されたワケだ。

 具体的に何をしたら良いんだろう。自分から言い出しといてなんだけど、勇者への対応だとか魔族内での問題の処理とか、そういう話には全くついていけない。前世から政治とか社会とか苦手だったし……かといってお茶を淹れるとなると、ほんと、不器用な自分が憎くて堪らないし。いや、失敗はしないと思うけど、覚えるのも一苦労なような。……やっぱりミーナから少しくらい教えてもらえば良かった。引っ越しを終えた後、ミーナは魔王のところへ戻ってしまったので、これからは彼女のお茶を飲む機会すら無いかもしれない。

 ん、と起き上がって、部屋を見渡す。本当、軽い体だ。前世は、まぁ色々と、上体を起こすのも結構疲れるものだったのに。

 一つだけあるクローゼット。元の部屋に有った服は皆こっちに持ってこられて、下の箪笥にはミーナが用意してくれてた下着類やらが入っている。そしてすぐ隣に蓋と名前付きの洗濯かごが置いてあった。この世界に洗濯機なんてものが有る筈もなく、これに服を詰めてメイドさんに洗ってもらうのだそうだ。まぁ結局メイドさんも魔法で洗うらしいけど。

 ベッドの向かいの壁には他に鏡台くらいしかなく、端同士に置かれたそれらの間に両開きの横長な窓が開いて、うっとりするような雪山を覗かせている。

 ベッドの傍らには、本棚と机。本棚には、図書館から攫ってきた幾つかの簡単な読み物と、ミーナからガン推しされた恋愛小説が詰まっている。それ以外にも最下段に面白い物が有るのだけれど、どうにも彼女に依れば漫画文化が最近興ってきたそうで、若い魔族の間で話題なのだそう。勿論物凄く気になるし一ページだけ眺めもしたのだが、そもそも私はまだ文字をすらすら読めないので、ネタバレ嫌いの血に依って中をちゃんとは見ていない。恋愛小説もそうだけど、しばらく触ることは出来ないだろう。

 机の方はと言えば、サイズがぴったりなことよりも、その色に驚いた。ワインレッドの上品な机で、何と言うか、前世ではまず見ないだろう物。それに赤い私が掛けるわけだけど、選んだミーナの心境を知りたい。お前私の鱗について遠慮してんじゃないのか。赤に赤が掛けるのは見た目的にちょっとアレだろう。

 ベッドから見て右手の壁には絵が掛かっている。花が丁寧に描かれているその足元に、小さな虫を描いてるところが凄いポイントだと思う。虫は勿論好きじゃないけど、こういう描かれ方は好きだ。

 そうして、ベッドから左手、クローゼットの前で服を選んでいても邪魔にならないくらいの位置に、キツネの部屋へと繋がる扉が付いている。勿論、鍵だって掛けられるようだ。まぁ掛けないけどさ。

 そして最後に、部屋の中央に有る背の低い丸テーブル。扉側に一つ、絵の方に一つと、向かい合って上品な腰掛けが置かれ、雪山の窓側に一つ、簡素な椅子が置かれている。

 部屋にある大きな家具はこのくらいだ。キツネは何か欲しい物が有ったら教えて下さいと言ってたけれど、乙女ゲームが手に入るわけでもないし、特に不便も感じない。村での生活を考えれば、本当、過ぎているくらいだ。

「………………」

 ぼんやりと、天井を眺める。今朝より低い、飾り気の無い白の天井に、釣り合わなく見えるような豪華なシャンデリア。

 首を上向けた流れで、もう一度ベッドに体を倒した。

 一人の、穏やかな時間。

 そして、午後からは――。

「…………っ」

 想像ですら赤くなる頬に、先が思いやられた。

お久し振りです。

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

遅筆ながら、停滞はそろそろ無くなると思います。

じっくりと更新していきますので、よろしくお願いします。

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