第二十二話
温かい。
心が、体が、ほっとする温度に包まれていて、とっても心地が良い。
ふんわりする匂いに包まれている。何の匂いかは分からないけれど、うっとりするような心地だ。
宙に丸まって、包まれているのが、私。
周りには、彼女がいて、彼がいて、優しく包んでくれている。
そんな私の腕に、何かが留まっている。
何だろう?
ふんわりと、目をそっと、凝らしていけば。
鱗の上には、何もいなかった。
あれ?
今、何かいたような気がしたのに。
つ、と、心の隙間に嫌な感覚が入ってくる。
温かい空気はそのままなのに、ほんの少し、怖くなる。
鱗を、そっと引っ掻いてみる。ふんわりと柔らかい感触で、まるで普通の肌のよう。
あれ、いつもと違う?
驚いて、今度は鱗を撫でてみた。
すると、ぴかぴかに輝き出す鱗。
心がうきうきして、楽しくなってくる。
鱗を軽く叩いてみると、綺麗な赤に染まった。
楽しくて、腕中の鱗を、引っ掻いて、撫でて、叩いていく。
どんどん、綺麗に、可愛くなっていく私の腕。
けれど、その中に一枚だけ、変わらない鱗が有った。
叩いても、撫でても、引っ掻いても、何も変わらない。
段々と、温かい温度が遠ざかっていく。穏やかな心地が消えていく。
なんで、どうして変わらないの!? 叩いて、引っ掻いて、撫でて、また引っ掻いて、撫でて、叩いて。
もう、変わってよ!
そう言いながら、引っ掻いた途端。
ずる。
変わらなかった鱗が、剥がれて。
そこに、ミミズのような、何かがいた。
顔を出したその小さな虫は、透けた周りの鱗をいくつか跨いで、じっとしている。
腕が、小さな腕がびっしり生えて、長い腕が二本生えた、白い、ミミズのような。
何だろう、これ。
何も感情が無くなって、分からなくなって、そっと、その飛び出した頭を、触ってみて。
もぞ、と、沢山の鱗の下で、その長い体が、身動きして。
「っ――嫌ぁあああああああああっ!!!!!!」
全力で絶叫して、右腕を振り抜いた。
ぼす、と柔らかい感触がして。
それと同時に、いきなり全身に衝撃が走った。
「はぅっ――」
「ユリ、大丈夫っ!?」
耳元で聞こえる声。突然体を押しつぶされて、虫のことも頭から吹っ飛び、しばらくそのままの体勢で動けなくなる。
「……あれ、ユリ?」
鈴を転がす様な、悪意の無い声。
あぁ、何かと思ったら、ミーナが私に飛び乗ってきたのか。
……っはぁ!?
「殺す気か! 重い!!」
「う、えっ、……ご、ごめん」
慌てて退いたミーナ。ようやく頭を落ち着かせる余裕ができた。息を吐いて、慌てて右腕を確認した。
……あれ、私なんで、ここを見ようと―――!?
「―――っ、……え、あれ………あぁ、あ……」
寝起きの頭にいきなり蘇る色々なこと。沸き起こる色んな感情が、けれど、全部ゆったりと落ち着いていく。
今のあれ、………夢、だった、のか。
「でも……あれ、カタレは、あ、………あれ? 昨日、私ミーナと添い寝、したんだっけ?」
記憶が混乱しかける、けど。
一つ息を吐いて、それから頭を整理する。
今私が見たのは、夢だろう。それは間違いない。
それで、夢を見る原因となったのは、きっと、カマキリが私の腕に虫を仕込んでいたという事件。これは、だからそう、夢じゃないと思う。
……その後、気絶したのかな? それで、夜に目が覚めて、ミーナが添い寝してくれてて、キツネもいてくれて。きっと二人が優しかったのは、昼間のことが理由で、二人が嘘を吐いたのは、私がそのことを思い出せなかったからか。
ってことは、今、私の腕はどうなってるんだ!?
「大丈夫」
慌てて腕を確認した私に、ミーナの優しい声が掛かった。
「ちゃんと取り出させたから、安心して」
「あ、……………………あ、はは……そっか、良かった」
途端、胸に広がる安堵。
胸を、心臓を内側から撫ぜるような嫌な錯覚が、消え去った。
ミーナは優しく微笑むと、少し顔を怖くする。
「カタレはもうユリに近付けないから、……あいつ、しばらく地下牢行きになったし」
「えっ」
……いや、あ、………マジか、うん、良い気味だ、とは言い辛いぞ。何となく申し訳ない気分になってくる。
そりゃあ腕に虫を入れられたというのは物凄く嫌だし、何か……、その、今の様子だとまた夢に見そうな気もするけれど、ただ真面目に研究していた部分も有るのだし、何よりミーナとレヴィラトに何をされたのかと思うと………もう心の底から、同情しか沸いて来ないのだ。
ハイエナ、たったあれだけでぶん殴られてたしな……いやアイツにはムカついたし同情する気も起きないが、だからアイツですらあぁだったのだから、カマキリは何をされたのかと思うと……。
なんて私が顔を青くしていると、ミーナはどうにも勘違いしたようで、泣きそうな笑顔で「大丈夫だからね」と私を抱き締めてきた。いえ、貴方が怖いんですよ、ミーナさん。
何て言える筈もなく、私が大人しく抱かれたままになっていると、耳元でミーナの優しい言葉が続けられた。
「私、もうユリの傍から離れたりしないから。一日中、一緒にいてあげる」
「えっ――」
えっ、……いえ、その、そういうのはちょっと勘弁というか、そんな趣味は無いというか。
あまりに唐突な言葉に反射的にそう言い掛けたけれど、言葉を発そうとした瞬間にミーナの締め付けが強くなって、代わりに「うけっ」と妙な言葉が漏れてしまった。




