第二十話
ベッドに寝たままの私をおいて、物凄い勢いで部屋を飛び出していった二人は、直ぐにカタレを連れて戻ってきた。腕を縛られ、テーブルの上に座ったカタレは、酷く窮屈そうに長身を折り曲げている。
けれどどうにも堪えた様子はなく、私だったら命乞いをするようなオーラを纏った二人の前で、彼は縛られたまま、器用にも大袈裟に肩を竦めた。
「全く、話も聞かずにいきなりこれは酷いと思わないかい? 私はただ、彼女に訊きたいことがあって部屋を訪ねただけだというのに」
「ユリに、何したんですか?」
カタレの言葉を全て捨てて、ただそれだけを尋ねるミーナ。絶対零度級に冷えた声だけれど、カマキリはにやにやと笑んだままそれに答える。
「うん、鱗を合意の元に頂いて研究していたんだよ。どうにも珍しい鱗でねぇ、成分を調べたり、色々と試していたわけさ」
「カタレ」
キツネの、一度も聞いたことが無い、平らな声。その表情は見えないけれど、カマキリがにやついた笑みを引っ込めたので、恐らく相当な物なのだろう。
けれど私はいきなりの出来事に戸惑っていたのから復活して、カタレを応援してやることにする。
「あ、あの……カタレ様が私の鱗を研究してただけっていうのはホントです、その、…………鱗のお手入れの仕方とか、調べて貰ってて」
「そうだとも! それだ、鱗少女、君の鱗のことだがねぇ、艶を増す方法が――」
「黙りなさい」
水を得た魚のような勢いで、ものすごく気になる言葉を吐きかけたカタレを、一言で黙らせてしまったレヴィラト。私には言われていないのに、しん、と部屋が静かになって、舌が凍り付いてしまって。
レヴィラトは一度、私を振り返った。感情の見えない目に思わず体を竦ませてしまう。
目を見開いた彼は、一度自分の頬を触って、それから柔らかく微笑んだ。
「……すいません、貴方が心配で。それはそうと、………リュリス、鱗を渡した後、カタレと会ったのですか?」
「………………あ、………え、あは」
怖い、物凄く怖い。穏やかな笑顔なのに、本当のことを言うのが怖い。カタレも黙り込むわけだ。
彼と会ったのか。キツネが言っている鱗を渡した時というのは勿論、一番最初に渡した数枚の鱗のことなので、つまりその後彼に会ったかといえば、いや、そりゃあ会ってるのだ。だけどあれ、カタレから来たんだし! けど言い訳を口にする前に、肯定の返事をする前に、怖くて謝罪が先に出てしまう。
「……いやその、っ……ご、ごめんなさい……!!」
「…………会ったんですね」
溜め息を吐いたレヴィラト。目線が私から外れた隙に、カマキリをびしっと指差す。
「あ、いやっ……わ、私のせいじゃなくて、そいつが勝手に部屋に来たんです!!」
「なっ、鱗少女!?」
私の裏切りに目を剥いたカマキリ。ごめんなさい、でもキツネが怖いんです。
必死な私に、レヴィラトはまたも溜め息を重ねた。
「……リュリス、そこまで怯えずとも、貴方に怒ってないですから安心して下さい」
そう言ってから、改めてカタレに体を向ける。
「なるほど、貴方から部屋に押し掛けたわけですね?」
「……人聞きの悪い言い方は止めてくれ、鱗を研究した結果の報告をしにきただけじゃないか」
「それは私がいる時にしてくれと言った筈です」
精一杯の抵抗もばっさりと切り捨てられ、カマキリは溜め息を吐いた。
「で、ユリに何したんですか?」
先程から一切表情と声音が変わっていないミーナが、もう一度同じ質問をした。下手な答えを返せば殺されそうな雰囲気だけれど、カタレはまたも、にやにやした笑みを取り戻す。
「うん? 話を聞いていないのかい? 研究させて貰っていると言って――」
「虫を使って、ですか?」
「――……………」
「…………え?」
虫?
キツネのその言葉で、カマキリが口を閉じ、無表情に黙り込んだ。今の今までにやついていたその瞳も、つまらなさそうに温度を下げていく。
キツネの言葉に、ミーナが横顔を蒼白に染めた。
「っな、む、虫って、まさか」
虫って。
虫って、なんだ。
脳裏に、腕に、鱗に、感覚が、蘇る。
「あ、……え、嘘……………あ、あの時?」
「……ふむ、気付かれては仕方ないか」
にや、と、冷めた目に、もう一度嫌な熱を宿し。
カタレのねとつく声が、部屋に響いた。
全身に、鳥肌が立つような、感覚。
「あぁ、――鱗少女、君には今、ワームが入ってるよ」
もぞ、と、鱗の下で、何かが動いた。
全身を襲う強い嫌悪と、腕の下を這いずる強い忌避感。不快な、悍ましい、言い様のない感覚が、鱗の下から、体の中から、皮膚の下から、伝わってくる
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
腕に、何かが入っている、何かが入れられた。
取り出そうと、必死に爪を立てても、鱗はきっちり詰まっていて、剥がれてくれない。何度も何度も爪を立てているその内に、爪が折れてしまった。
必死に取ろうとしているのに、纏わりつく腕が邪魔だ。誰かが、私を邪魔している。邪魔しないでくれ、今私の腕に、虫が、虫がいるんだ。吐き気が込み上げるけど、吐いてる暇なんか無い、何か、何か。
そうだ。そう。
手を振り解いて、必死に這って、飛びついて。
そうして、ナイフを、しっかり握り締めて。
悍ましい感覚を伝えてくる腕に、思い切り、突き立て。
ずる、と、不思議な滑り方をしたナイフは、虫を取り出してくれなくて。
赤く透けた鱗の下に、虫の姿を見てしまった。
もぞ、と、感覚と直結に、まるで現実味無く、けれど確かに、動いて。
悍ましさに、悲鳴を、上げた気がした。
けれど、その音を聞く前に。
意識が、途切れた。




