第十九話
「体調が悪いなら無理をしたらダメなんです! 少しでもヘンに感じたら、すぐに言って下さい!!」
「い、いやだって、私体調悪くな――」
「少しも違和感ないんですか!? 万全で、心も体も元気一杯なんですか!?」
「――い、いや………そこまでは流石に」
「じゃあすぐに言って下さい!! すっごく怖かったんですから!!!」
「…………ミーナ、少し落ち着いて下さい」
「レヴィラト様からも言ってあげて下さい!! 遠慮して体調悪いのを誤魔化すなんて、そっちの方がよっぽど――」
「ミーナ」
語調の強まったレヴィラトに、ミーナがようやく黙り込む。ホントありがとうございます、私が何言っても全然落ち着いてくれなかったので、このまま毎日が体調不良になってしまうのかと戦々恐々していました。
あれから私をベッドに寝かしつけ、そこを通りかかっただけのメイドにレヴィラトを呼びに行かせたミーナ。いや、レヴィラトはそこまで忙しくないって前言ってたけどさ、そんな気軽に呼んじゃダメだろう。
「………ミーナがいなくなる時間から、ですか」
レヴィラトが、ぽつりと呟く。
どうにも私は昼食を準備する頃に眠り始めてしまったようで、ミーナはそのまま私を寝かせておき、昼食は冷めても美味しく食べられる物に変更してベッドの横にワゴンを置いていたのだそうだ。そしていつも通り午後の仕事へ向かって――そこで、ワゴンの上にナイフも載せたままだったのに気付いて、慌てて部屋に引き返したところで。
扉を開けて部屋に入ってみると、私がベッドから、目を閉じたまま降りていた。不思議に思って声を掛けても、反応が無く、そのまま歩いて部屋の扉へ向かおうとする。慌てて扉を閉め、また声を掛けても、反応が無くて。
それから私に縋り付いて名を呼び続け、五分ほどしてようやく、私の目が覚めたとのこと。……いや、ホント、五分もすみませんでした。
レヴィラトが呟いた言葉は、少し意味深に感じられた。何となく引っ掛かった気がしたけれど、ミーナが震える声を洩らして私の思考を中断させる。
「もし私が戻らなかったら、どこかも分からない場所で、そのまま倒れてしまったらっ………魔王城は、安全な場所ばかりじゃないですし、万一、万一転落してしまったり…………」
そのまま蒼白になって黙り込むミーナ。その言葉に私もつられて自分が落下直前に起きるところとか想像してしまい、気分が悪くなる。……5分じゃなくて一瞬なら、もっと楽観視できたけど、そんなに長い間声を掛けられて体を揺さ振られていたのに目が覚めなかったとなると……。
けれどレヴィラトは、ミーナの言葉にゆるゆると首を振った。
「えぇ、ミーナが偶然戻ってこれたのは、本当に幸運なことだと思いますが…………裏を返せば、リュリスが部屋を出ようとしたのは、あまりにタイミングが良い――または、あまりにタイミングが悪いですよね」
「……ミーナがいなくなる時間」
いつも暇を持て余す時間。いや、だから文字を習うようになってからは、文字の練習に当てている時間。普段誰とも会う機会がなく、だからこの時間にあまり想い出など無いのだけれど。
その時。
夢の中で、腕が、鱗が剥がれたのを思い出した。
いや。
より正確に言うなら、その直前に腕に感じた、
もぞ
という感触を、嫌にリアルに、思い出したのだ。
まるで、たった今、そこで何かが動いたかの様に。
「……え?」
腕を見ても、勿論何もいない。隙の無い鱗が並んでいる。
「……リュリス、どうしました?」
「あ、いえ…………何でも、」
「何でも良いですから、教えて下さい」
真剣な表情の、レヴィラト。
そう、彼に言っていない、ミーナにも言っていないこと。
ミーナがいない時間。
午後のその時間に、いきなり部屋を訪ねてきた人物がいた。
そいつは、何の前触れも無くドアを開けるのだ。
「でも、ホントに何でもなくて、…………ただちょっと、腕に、変な感覚がしたというか」
「…………何ですって?」
私の言葉に、けれど珍しく顔色を変えた、レヴィラト。
その肩越しに見えるドアが。
カチャ
と何の前触れも無く開いて。
「鱗少女、君に少し訊きたい――………おっと」
バタン
ベッド脇に集った私達三人を認めて、すぐに閉まった。
「………………カタレ」
そう呟いたキツネの瞳が、今まで見たこと無い程、恐ろしく。
計算の無いその無表情に近い、けれど怒った顔に、思わず息を呑んでしまった。




