第十五話
ミーナが部屋を出ている午後の時間は、一人の時間を持て余す。
……ことにいつもはなっていたのだけど、三日前からは文字を覚えるという作業が思いの外難易度が高くて、紙に書いては見比べて唸るという作業を延々続けていた。まぁこれが復習になるし、読み方も一緒に思い出すことで覚えやすくなるから、良いんだけれども。
ん、この向きだと、この部分は最後に書いた方が書きやすいな。
だなんて、なんだか明日には忘れてそうなコツが見つかったりして、結構楽しかったりもするのだ。まぁ例え楽しくなかったとしても他にすることも無いのだし、やっぱり延々これをやるのだろうけど。
ふと、紙いっぱいに並んだ習った文字を眺める。上手く書けているようで、まだまだ不恰好な文字達。
その中の二文字を目で追って、それが頭の中で音を結んだ。
『――私はこの鱗が好きだよ』
重なるように、フィルシさんの言葉が蘇る。……そう、まぁ日本語では鱗は三文字だけれど、ここでは二文字で発音するのだ。
……そっと、腕のざらざらを、撫でてみた。
肌が、僅かに粟立つような感覚。けれど、それはどうやら鱗を逆撫でたからみたいで。
反対に撫でてみると、拍子抜けするほど、何も無くて。
あぁ、どうやら。
想像していたよりもずっと、彼女の言葉は、私の心を楽にしていた。
これだって、綺麗に、可愛く見えることだってあるんだ。
こんな鱗なんか、って思ってたけど、羨ましく思われることだってあるんだ。
「…………あーもー、私ってホント単純」
自分の手をシャンデリアに透かしてみて、呆れて溜め息を吐いた。それでもにやついた頬を止められなくて、何だか心が軽くて、そのまま視線を窓の外へ向ける。気持ちの良い程晴れた空は、魔王城から見てるだなんてまるで感じさせなくて、どうしてか笑えてきてしまった。
それから、もう一度私の手に視線を戻す。
可愛く見えることもある。これも個性の内になる。
うん、今のままで、好きになれるかと訊かれたら、それはまだだ。
けれど。
一束髪を持って、眺める。自分の体で、今まで唯一好きだった場所。
そう、髪のように、この鱗も手入れして、磨いていけたら。
…………私だって、好きになれる日が、くるのかもしれない。
誰かにこの鱗を、誇れるように。
……やっぱりそれは、まだ遠い話のような気がするけれど。
ふう、とため息を漏らして、ソファの上で小さく伸びをした。
全身の脱力にベッドに戻ろうか考えるけど、一先ずソファに背中を預け て、そのままの姿勢でまた手の甲の鱗を眺める。
その内好きになれるかもしれない。
……それじゃあ、どうやって可愛く見せれば良いんだろう。
髪は、前世から気に掛けていたことも有って、その知識で色々お手入れすることもできる。
でも、鱗って、まずどういう状態が可愛くて、反対にどういう状態が駄目なのだろう? 勿論今までにそんなことは気にしたこともないし、考えてみたところで皆目見当もつかない。
つやつやしてる方が良いのかな? それともあまり光を跳ね返しすぎるのはダメか? 赤は濃い方が良い? 透けてる方が良い? 手触りは滑らかな方が良い? 反対にざらつかせるべきか? そもそも、どうやってそれらを調整するのだろうか?
疑問に疑問が重なっていって、頭の中で少女の鱗を色々変えてみる。きらきらにしてみたり、しっとりにしてみたり、真っ赤にしてみたり……何となく私のイメージだけど、鱗は輝いている方が綺麗に思うし、色は透けない程度にはついている方が良いし、手触りは滑らかな方が良いだろう。しかし、手触りが滑らかでつやつやって……色はともかくも、鱗を磨く……言葉通り磨いたりしてみれば良いのだろうか。勿論毎日ミーナと一緒にじっくりお風呂に入っているし、けれど今こうして触っている限りでは、あまり艶も無いしざらざらした触り心地なのだけども。
考え出すと気になってしまい、今まで碌に向き合ってこなかった鱗をまじまじと見つめる。
「んー……思ったよりもしっかりしてる」
ぴっちり閉じた鱗の間に尖った爪を捻じ込もうとしたけれど、幸いというべきか、固く詰まった鱗たちはそれぞれ持ち場を動くことなく、爪で鱗を剥がしてしまうなんてことにもならなかった。つんつん突いてみると、透けてる見た目からはあまり想像が付かないほどしっかりした堅さを伝えてくる。イメージするのは魚の鱗じゃなくて、蛇とか、爬虫類のそんな鱗が出てきた。
防御力は結構高そうだ。実際、この鱗に守られたことも結構あったのだろうな。まぁ……今までにこの鱗に守られることと言えば村で受けた暴力くらいしか無かったので、原因もこの鱗にあるということになるけれど。
かりかり、と鱗を軽く引っ掻いていると。
カチャ、と何の前触れもなく扉が開いた。
「っうえ!?」
何ら疚しいことは無いのに、慌てて両手を後ろに隠してして目の前の開いた先を見る。
「ごきげんよう、鱗少女。もう少しサンプルを貰いに来たよ」
そこに立っていたのは、相も変わらず不健康そうな顔をしたカマキリ……カタレだった。しかし、その第一声は如何な物だろうか。
「……サンプル?」
警戒心いっぱいに言葉を拾い上げると、カタレは特段表情も変えずに、にやにやしたまま部屋に入ってくる。
「や、これは失礼、口が滑った。言い直そうか。鱗について色々データが取れたからねぇ、その成果報告の折に、もう二、三枚ほどサンプルを頂こうと、まぁそういうことだよ」
どこが口を滑らせた場所で、どこが言い直した場所だよ。結局サンプルって思いっ切り言ってんじゃねぇか。
心の中ではそう突っ込んだけれど、まともに話の通じないコイツ相手にそれを言っても仕方が無いので、代わりに溜め息を吐いて頷きを返す。
「丁度良かったです、鱗について、少し質問したいことも有ったので」
「ほう? それはまた随分とタイミングが良いねぇ」
そのまま向かいに腰掛けるカマキリ。こいつはレヴィラトと違ってバランスの悪い長身と言った具合で、背丈はまぁキツネよりも高いけれど、だからそう、カマキリみたいにひょろ長く見えてしまう。まさに研究者って感じの細さ。
後ろに回していた腕が何だか馬鹿みたいだ。なるべく自然に見えるように前に戻して、机の上に広げていた紙と筆記具を端にまとめた。
「質問によっては別途調査が必要かも知れないが………さて、では報告と質問、どちらから始めた方が良いかい?」
「報告からでお願いします」
私が訊きたいのは、さっき丁度悩んでいた「どうしたら鱗が可愛くなるか」ということだけだから、一先ず報告を聞いてヒントが無いかを探すことにする。私の言葉にカタレは頷いて、白衣のポケットから小袋を取り出した。
袋の中には数枚の鱗。それを眺めるカタレの顔はうっとりと恍惚に染まっていて、傍目から見て非常に気持ち悪い。
「全く、素晴らしい素材だったよ……。この鱗、血管は無いがどうにも魔力線が通っているようで……本当なら生体調査を行いたかったがねぇ、まぁ、君の同意を得られなければ、やはりそれは難しいからねぇ。 ……勿論危険は極力減らすよ?」
「そんなに期待した目を向けても駄目です」
実験体になるわけがないだろう。何が本当なら生体調査を……だ。私の同意を得られなければ難しいじゃなくて、私の同意を得られなければ不可能なのだ。ちゃんと両者の合意を持って研究しろ。それに危険は極力減らす……一切無いと豪語されるよりどことなく安心感はあるけれど、しかしカマキリの場合は言葉通り、絶対に無くならない危険を極力減らすという意味なので、乗る事は出来ない。まぁ、こいつの実験台だなんてそんなものに立候補したがるのは、重度のカマキリ信者しかいないと思うけれど。カタレは私の切り捨てに「ふむ」、とあっさり肩を竦めて、小袋の上からその鱗たちを示した。
「まぁ、仕方が無いねぇ。それでは報告を始めようか、まず一つ目。君の鱗は一般的な魚やヘビの物とは異なり、特徴を見る限り、竜のそれに近いようだよ。 ……とはいえこれは見た目や触診でも分かる部類だからねぇ、あまり成果の中には含めたくないが」
竜の鱗、そうなのか…………うん、どうやら私は残念なことに、触診や見た目で何の鱗か見分ける芸当はできないようだ。さっき思いっ切り蛇か爬虫類の鱗のイメージだって考えてたし。ってかそもそも竜の鱗なんか見たこと無いし。
「うん、これは実際に検証してみたんだが……、矢張り竜の鱗と同じくらいに頑丈なようだったよ。衝撃には勿論、火にも強い、そして電気を通さない。魔法も鱗に走った魔力線に威力を削られるからねぇ、そしてその上、斬撃は他の竜と同じくほぼ完全な無効化が期待出来る…………まぁ、厚みは一般的な竜の鱗の100分の1程度だから、電気と斬撃以外の耐性は或いは無い物として扱った方が良いかも知れないがねぇ」
それだけでも十分です。マジか、この鱗は電気通さないのか、その上斬撃効かない? ……それにしては包丁で手を切ってしまったり、岩に頭をぶつけたり、結構頻繁にあちこち裂傷を作ったりしているのだけど。しかし思い返せば大きな切り傷は作ったことが無いし、ひょっとすると鱗自体は傷付いてなくて、先程爪を捻じ込もうとしたように、鱗同士の繋ぎ目が裂けたのだろうか。
無意識に手を握り込み、か、と繋ぎ目に爪の先を当てたけど、やっぱり見た目よりも随分きっちりと塞がっているというのが分かっただけだった。
カタレは袋の中の鱗から目を離して、今度は私の目を見てきた。
「さて……竜の鱗、と連呼してるからにはもう大方予測はついていたかも知れないが……君にはどうやら、竜の血が入っているようだ」
「はぁ………………っは?」
何? 何が予測がついてる?
面食らった私にカタレは愉快そうに唇を吊り上げた。
「うん? 何だ、話を聞いてなかったのかい? 君には竜の鱗が生えているようだと言っただろう? 竜の鱗が突然発生する可能性も無いわけじゃないが、しかし普通は、君が竜の血を引いているんだと考えるのが自然だろうに」
可能性がなんだって? そんな飲み込み辛い喋り方をしないで欲しい。
私に竜の鱗が生えているのは、私が竜の血を引いているから?
……いや、お前さっき、「竜のそれに近い」って言っただけだろうが。別に明言はしなかっただろ。
ってか。
「……あの、私、人と魔族の混血だって、貴方がそう診断したって聞いたんですけど」
キツネからそう聞きましたけど。私の言葉を受けたカマキリは、目元は笑んだまま、わざとらしく首を傾げた。
「うん? 人と魔族と竜の混血だからねぇ、別に人と魔族の血が入っているとだけ報告しても、何も問題は無いだろう? ……まぁ、君に竜の鱗が生えてると知れたら、レヴィラトも分かるだろうがねぇ、別に黙ってたことを怒りはしない筈だよ?」
じゃあ何の為に黙ってたんだよ。にやにやしたカタレを睨み付けども、黙っている訳を話す素振りは無い。
……何、竜の血? 正直、そう聞いても何の感慨も沸いて来ないぞ。だけどこの鱗が竜の血のせいだと言うのなら、それは少しだけ複雑な気分だった。昨日までの、今朝までの私なら、きっと竜の血を恨んだのだろうけれど、今はフィルシの言葉で、少しだけ劣等が晴れているし。しかしまぁそれを抜きにするなら、竜を見たこともない私にとっては「へぇ、そうなんだ」としか思わない。
「で、その竜の血とやらがどうしたんですか?」
「うん? どうしたって? ……ふむ? …………あぁ」
尋ね返すと、カマキリが不思議そうに首を傾げた。しばらく首を捻ってから、何を考え付いたのか、納得したような声を上げる。それから、何とも珍しいことに、慌てたように目を彷徨わせ始めた。
「いや、あぁ…………失敬、君の出自を失念していたよ。うん、いや何、…………そうだね、君には竜の血が入っているんだ、ただそれだけだ」
「はぁ?」
何だいきなり。勿論、そう反応されると聞きたくなる物で。
「すみません、別に気にしないので、ちゃんと説明してください」
「……いや、だからこの話は良いんだ。その、面白いわけでもないし」
何だコイツ。本当にカマキリか? 困った顔で言葉を濁すカタレに、溜め息を吐いてみせた。
「はぁ………サンプル欲しくないんで」
「説明しよう」
「――………………」
そこまで手の平を返されると、何だか渡したくなくなってくるな。
打って変わって、すらすらと話し始めるカマキリ。
「いや何、ただ単に、竜の血を引いているとか、鱗の生えている姿と言うのが、昔からお伽噺や或いは創作で盛んに扱われていた物だからね。この城で働く者の幾人かも、竜の血が入っていないかどうか私に検査させたことが有るし……。簡単に言えば、少女の憧れなんだよ」
「――はぁっ!?」
いや、いやいやいやいやいやいやいやいや。
何がお伽噺に出てきた? 創作で扱われてきた?
鱗の生えた姿が、憧れ? 竜の血を引いているのが乙女の夢?
……ふざけるな、私の知っている乙女は、王子様とかその手の物に憧れる生き物だ。乙女ゲーに代表されるように。男子の姿に憧れや興味を抱きこそすれ、或いはお姫様や鳥になることを夢見たことは有っても、蛇や蜥蜴への変身願望を持ったことは一度も無い。それとも、私がそうでないだけで、皆秘めた趣味として持っていたのだろうか…………そ、そんな筈はない、と思う。
ってか、何でそんな話をこいつはしたんだ?
「何ですかそれ、お世辞か何かのつもりですか? それとも慰め!? 言っときますけど、こんな下手な嘘吐かれたって、私村でのこととかもう気にしてませんし、それに鱗だって、フィルシ様が素敵だ、憧れだって言って、て………………憧れ?」
「あぁ、うん。フィルシも検査しに来てたねぇ、もう200年も前の話だけど。 ……っと、今のは口外無用に頼むよ」
カタレの冗談のような一連の台詞を聞きながら、うっとりしていたフィルシを思い出す。そして、彼女が鱗を見て「やっぱり綺麗だ」と言ったことも。
……いや、だって、それは。
…………何だ、もしかして、本当のことなのか?
鱗が?
竜の血は、いやま、第二次成長期に入ったなら、そういう妄想も有るだろう。憧れたって別に良いと思う。
……けれど、鱗?
………………憧れる?
「お世辞でも、慰めでも、嘘でも無いよ………いやその、魔族の娘なら、竜の血の話を私がするだけで期待のまなざしを向けてくる物だから……すまない、喜ぶとばかり」
「…………いえ」
そう、普通の魔族の少女はそうなのか。
また、居心地の悪い感情。全身を覆った鱗を、私は嫌っていても、それに憧れる誰かがいるのか。
フィルシ様もそうだったのかな。王子様に憧れるのと同じ気持ちで、鱗を羨ましがったのかな。
「……欲しけりゃあげるっての」
……あぁ、もう。
…………ううん、本当は、喜ぶべきところなのだろう。何しろ、私がこんなにも嫌がっていた鱗が、まだ好きになっれてない鱗が、けれど周りは好きな人だらけなのだから。憧れの眼差しで見てくれるのだから。
けれど。
そんなに軽い気持ちで、良いな、とか言われると、物凄く腹が立った。
……あぁ、違う。イヌワシに、こんな気持ちを抱きたいわけじゃないのに。
そう、この鱗は、好きになれると思う。いや、きっといつの日か、誇れる日が来るのだろう。何しろ皆羨望の眼差しで見るのだから、村で育まれた劣等感だって、魔王城で優越感にとって替わる筈だ。
けれど、もしも私が自分の鱗を誇れるようになった時に、そんな時に、私を羨む声や、妬む声が聞こえたとするなら、私はそれを許せるか分からない。
「……あ、済まない、次の話をしても良いかな?」
「………………どうぞ」
大人しいカマキリって物凄く珍しいな。貴方に怒っているわけじゃないから別にそこまで怯えなくて良いですよ。
「いや、……また血の話で申し訳ないが、その、………君には、特殊な現象が見られるんだよ」
「………何ですか、特殊って」
人と竜と魔族が混ざってる時点で特殊だろう。これ以上何かあるのか?
「君には、魔族と人間の混血種の血と、竜の血が混ざってるんだ。そして魔族よりも人間の血が、人間の血よりも竜の血の方が優性だ。意味は分かるかい?」
「…………いえ、良く分かりません」
えっと、魔族と人間の混血種の血、そして竜の血が混ざってるということは、……あぁ、ひょっとするとアレか? 私の片親が魔族と人間の混血で、もう一人が竜だったってことか?
そこまで思い至ったところで、カマキリが全く同じ説明をした。うん、ちゃんと考えれば分かるもんだね。で、それがどうしたのだろうか。未だにぼけっとしている私に、カタレが苦笑を洩らす。
「ううん、そうだな……普通、魔族と人間の混血なら、人間の見た目になるし、寿命だって魔族からはかけ離れてしまうんだ。そして竜と人間の混血なら、見た目は竜で、寿命が大きく減っていたりする。魔族の娘が憧れるような鱗を持てるのは、魔族と竜の混血種の親と、魔族の親を持つような場合だけだ。まぁ竜の血は隔世遺伝しやすいから、一度入った竜の血を薄めていった場合には、現れることも多かったりするがね」
「……つまり、私は竜の直接の親を持っているのに、竜の姿じゃないってことですか?」
優性、ねぇ。その言葉はあまり好きではないけれど、まぁこいつはそれなりに研究しているようなので、一応信用を置くとしよう。けれどそんなことを言われたって、そもそも私自身自分の親が何なのか知りもしないので、実感なんか無いに等しかった。親の種族って、そんなに高い精度で分かる物なのか?
露骨に興味が無いように振る舞ってあげたけれど、カタレはどうにも気分が乗ってきたようで、目を輝かせて言葉を続ける。
「確かにそうだが、それだけじゃないよ? 君の目は、暗いところでは赤く光るだろう? それは、魔族の一部の種族の特徴なんだ。別段夜目が利くわけでもないのに、しかし光る目。そしてこれは勿論劣性遺伝だ、現在では殆ど淘汰され掛かっている」
「……劣性遺伝?」
えっと、魔族よりも人間の血の方が優性で、その上この目は劣性遺伝で? そして竜の血は優性で、普通鱗を伴って生まれるのは二代目以降で?
「……特殊、………ですか」
ううん、何とも言えないな。そうなんだ、としか感想が出て来ないんだけれど。
物凄い温度差のカタレが、勢い込んで頷いた。
「そう、特殊なんだよ! 言っておくがねぇ、君の親のことなら、ほぼ間違いなく種族の特定はできてるよ。付け加えるなら、竜の方が母親で、混血種は父親だ。その上君は、その鱗の中に魔力線を通している!! 鱗に魔力線だよ!? 私も、竜と触れ合う機会が多かった若い頃は、その鱗を色々研究させて貰ったが……魔力線が入った鱗なんて、一度も見たことが無い」
「……あ、あの、ちょっと近いです」
興奮しているのは分かるが、そう身を乗り出さないで欲しい。こちらは机挟んで向かいのソファで仰け反っているのに、それでも顔が結構近くにある。その目がまるで値踏みするように私の目を……より正しく言うなら、眼球を見ていて、ちょっと怖かったり。
けれど聞こえているのかいないのか、カタレはまた距離を詰めてきて、ここまでくるともう、バランスを崩すんじゃないかと思うほどに。
「考え得ることは一つだ。魔族の血が、規格外に強かったんだ! 魔力線を持つ魔族は多くない、その上魔族の血が濃いとなると、…………時に、鱗少女、君は己の髪色をどう思うかね?」
元気をなくした葉っぱみたいな、茶掛かった緑の髪のカマキリに、そう尋ねられる。
「え…………、普通、だな、って」
黒い髪。村人の中でもそこまで浮かなかった髪だし、けれど私はそれなりに自信を持っているので、まぁ普通と言いつつもそれは単なる謙遜。何だろ、いきなりだけど褒めてくれたりするのだろうか。
けれど私の返答に、カタレはにやりと厭らしく笑んだ。
「そうだな、知らなければ、そうだろう」
そうして、一際目を輝かせたかと思うと。
す、と椅子に戻った。
相変わらずにやにやしたままだけれど、先程までの興奮は落ち着いているようだ。
「さて、質問したければ好きに問いたまえ、何を聞きたい?」
「……は?」
そりゃ、あんたが今含ませた何かだよ。
「何が、……いや、私の髪が、なんですか?」
「うん? さぁて、人間にはありふれた色だねぇ」
にやにやとそれだけ返してくるカタレ。喧嘩売ってんのか、真面目に答えろよ。
「冗談良いですから、何か有るのなら教えてください」
「いやいや。鱗少女、いやリュリス君、学びは決して誰かの言葉を聞くだけの物ではないよ。自らで見つけてこそ、真の学び足るのだから」
そんなんで誤魔化されませんから。
じ、と睨み付けても、カマキリは顔色を全く変えてくれない。にやにやと、にやにやと、ずっと。
……結局私から目を逸らしてしまった。何だこの負けた気分、訳が分からない。
「ふむ、ヒントをあげるとするなら……そうだねぇ、黒髪の魔族を探せば――と、これはちょっとヒントが大きかったかな」
「……何ですかそれ」
それってヒントになってるのか? 魔族には珍しい色と言えど、その象徴たる魔王様がまず黒髪じゃないか。ここへ来てから魔王城を歩いた限りだと……うん、そもそも髪が生えていないのもいるし、全身を毛に覆われたのもいるし、奇抜なのばかりが目立って、まぁそんな地味な色は覚えていないわけで。まぁ良いか、これから気にすれば良いのだし。
「まぁ良い、正解が分かったら、またこの話の続きをしようか。ともかくも、君の方にも質問が有ったのだろう? どうぞ、私の視野も広がるだろうからね、是非とも聞いてくれたまえ」
「……あ、質問ってそういう」
なんだ、じゃあさっきのは、言い掛けた話を完全に取り止めようとしてたのか。
……釈然としないけれど、まぁ良い。聞きたい話とはつまり、鱗のお手入れのこと。正直コイツから今すぐ何かの案を貰えるとは思えないが、しかし、私なんかの素人考えよりは随分とマシだろう。
「あ、じゃあ、えっと……その、鱗を可愛くする方法を、教えて欲しいかな、って」
「……うん?」
……その怪訝そうな顔、物凄くムカつく。いや、多分イラッとくるのは恥ずかしさのせいもあるのだろうけれど。
「……ですから、鱗を、可愛くする方法を、教えて欲しいんです」
「…………鱗を可愛く?」
思いっ切り首を傾げられてしまった。それもそうだ、私だって首を傾げたい。だからその顔止めてくれ、ホント殴りたくなってくるから。
けれど、私を苛々させているのはまぁ置いておくとして、カタレはふむ、と呟いて真面目に考え始めたらしかった。
しばらく黙ってから、顔を上げる。
「……なるほど、自分自身でもどういう状態が可愛いか分からない、ということだね? そして可愛い状態が分かったとして、どうやってそこへ持って行くか、或いは維持するか………鱗の手入れを、教えてくれ、と」
「あぁ、そう、そうです。それ」
何だこれ、恥ずかしいぞ。真剣に答えてくれているが、もしこれでにやつかれていたら、間違いなくぶん殴っていただろう。こんなに恥ずかしいのか。
「なるほど……ふむ、私の調べてきた分野からはまた大きく外れるねぇ。いや、城の者達から美容について研究しろと突かれたことは有るが、何しろ鱗となると………ううん」
唸りながら、カタレの視線が空中を彷徨い始める。白色の目も、何だかキラキラしてきたようだ。
「ふむ、竜の鱗か……どういう状態が美しいかの定義なら、それこそ誰かの評価を貰った方が良いだろうが………しかし、状態を変化させるとなると、外的に変化を加えるより、内部からの方が良いだろうなぁ」
そのまま、ぶつぶつと色々呟き始めた。初めの方は私に言っているのかと思ってしっかり聞いていたのだけれど、やがて聞き慣れない単語が頻発するようになって、結局諦めて放っておくことにした。
……この様子じゃあ、今日中に答えを貰うのは無理そうだな。けれどもどうにも研究してくれるみたいだし、まぁ適当な答えを貰うよりは、そちらの方が余程ありがたい。
その後、ミーナが戻ってくるぎりぎりの時間までカタレはぶつぶつと呟き続けて、突然思い出した様に我に返っていた。
「っ……済まない、どれくらい時間が経ったかな?」
「……えっと、多分もう夕食の時間になると」
「……全く、我ながら悪いクセだよ………さて、じゃあ悪いがまた二、三枚鱗を頂くよ。いずれまた来るから、その時には君の質問にしっかり答えさせて頂こう」
そう言って、手早く立ち上がり、テーブルを回ってきた。
私の腕を手に取って、それから撫でるような動作で、鱗に触れる。ぴ、ぴ、ぴ、と。
「……だから、何でこれで取れるんですか」
全くもって理解不能だ。綺麗に三枚剥がれて、カタレの手の中に納まった。鱗が剥がれた部分には痛みも無く、けれど血がじわりと滲み掛け、そこへ、鱗を袋へ入れ終わったカタレが、薬を塗りつける。ぴと、とひんやりした薬は、けれど傷に触れると熱を持つように熱い。
「うん、ご協力ありがとう。悪いねぇ、もっと時間が有れば、この薬も要らない取り方ができるんだが」
「いえ、……十分ですから」
す、とカタレが布で薬を拭うとそこには、また元のように鱗が生えていた。何だか、効き目が良過ぎて逆に体に良くないんじゃないかと思えてくるくらいだ。これよりも良い取り方ってなんだ、それもう剥がしながら生えてくるんじゃないか? ……いや、気持ち悪いぞ、普通に。
最後に、鱗を取った辺りを軽くさすったカタレ。もぞ、と何か動いたような感触がして、思わず声を上げた。
「えっ」
「……ふむ、違和感があったかい? ………やっぱり急な再生じゃ不安定なのかなぁ」
言いながら、カマキリがもう一度、今度はより注意深く腕を撫でた。
……何も無い。何だったんだ今の、まさか、変な薬を使って再生したもんだから、不完全でたまに取れます……とかじゃないだろうな。いきなり鱗が剥がれるとか、そんな悪夢は見たくない。どうってことないと思うかも知れないが、そうだな、個人的には、爪が剥がれるより取れる時の痛みは少ないけど、剥がれた後は同じくらい痛い、と言える。そんなにぽろぽろ剥がれられたら、たまったもんじゃない。
「それじゃあ、君の竜の血について伏せていたのを、忘れないように頼むよ」
部屋を出る前に、カタレが潜め気味の声で念を押してきた。
……言うなってことか? どうして?
けれど私が反応する前に扉を開けて行ってしまったので、結局、判断は私に委ねられたということになる。
………頼まれただけだからな! それに言うなって明言されてないからな!!
そう思いつつも、夕食を持ってやって来たミーナに、そもそもカタレが尋ねてきたことすらも話せなかった私だった。




