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第十四話

「て、……んに、り………しゅ? きゅ? ……もう、全然読めない」

 並んだ記号たちはとても綺麗で眺めているのは楽しいけれど、さてじゃあ一つ一つがどんな発音か、というのを考え始めると途端異世界の言語を眺めているような感覚に陥る。いや、言葉通り、異世界の言語なのだけど。

 この図書館に並んだ本達は、そもそも全部の文字を把握していない私にはやっぱりハードルが高かったようだ。

「まだ三日目だから仕方ないよ。ほら、ここはもう習ったでしょ?」

「ん、えっと…………んー、この向きだとどうなるんだっけ……」

 ミーナが示した文字を見て、眉を顰めて唸り声を上げる。文字に見覚えは有るし、逆向きでの発音なら出てくるのだけど、もどかしいことに喉の奥に引っ掛かって出て来ない。何だっけ、確かに習った、何度も繰り返したのに……。しかし口をぱくぱくさせども、首を捻れども、思い浮かぶ音は一つも無かった。

「……ミーナ、答え」

「…………これは発音しない文字だよ」

「は? ……あ、あ! そう、それだ!」

 そうだ、二通りの向きが有って、片方は発音しないとかいう謎の文字だ……! 覚えやすいな楽勝とか思ってたのに、急に出てくる物だから全然分からなかった。音の無い文字を睨み付けて、それからふと疑問が沸いて首を傾げる。

「……何でこんなとこに有るの?」

 これって確か、魔法陣くらいにしか使わないんじゃなかったっけ? 読みが無いなんてイレギュラーな事態、普通は無いとも習ったぞ。どう見たって魔法陣には見えないし、ひょっとすると呪文か何かなのかも知れないけれど、しかし判別は出来ないわけで。

 眉を顰めてページを睨む私に苦笑して、ミーナが文を読み上げた。

「その日の夕焼けは、いつもよりも赤く、まるでこの字のようだ……って書いてるの」

「……何その謎の比喩………」

 鈴のような声で軽やかに読み上げたミーナだけど、ものすごく安っぽく聞こえる上に何も伝わってこない……。何だか凄く微妙な心地になってしまった私に、けれどミーナが比喩の意味を説明してくる。

「いやね、これは定番の比喩表現で、その……魔法陣の中に、各文字の特性を見れる魔法陣も有るんだけど、それで見た時のそれぞれの文字の色を、そのまま比喩に使ったりすることが有って」

「あー、なるほど………でもそれって知ってないと想像できないじゃん」

「うん、まぁ……それでも、普通は知ってる物だから」

 ……普通なのか? 文字の色を知ってることが? まぁ文字を読めるのは良いとしよう、けれど皆そんなに魔法の造詣が深い物なのか? それともその比喩は多用されすぎてるとか?

 ……分からない、分からないが、しかし何れにせよ、まだ読みすら把握していない私の先は長いことだけは分かった。何だか、そのまま文字を覚える以上にやることが多そうだ。

 私が溜め息を吐いて本を閉じたその時。背後から声が掛かった。

「ちょっと良いかな?」

 私に尋ねているのか、それともミーナに尋ねているのか。けれど大方ミーナの同僚だろうと見当を付けつつ、振り返って。

 完全に、体が固まった。

 真っ赤な短髪。

 爽やかな笑み。

 髪と対比するような透き通った青い瞳が一度ミーナを見て、それから私に目を移す。

「君のメイド、少しだけ借りても良い?」

「――っあ、あ、どうぞ! 良いですよ!!」

 爽やかな笑顔で尋ねられて、上擦った声で慌てて答えた。

 苦笑したその人はミーナを手招きして身を寄せ、一転真剣な表情になって小さな声で話し出す。

 惚れ惚れするほど整っているその横顔。考え込む時に伏せられる長い睫毛は真面目さと裏腹に色を持って見えて、だからこそ、こう、来るものがある。ただやっぱりじろじろ見過ぎては失礼なので、頬を赤くしながら、盗み見ているのだけど。

 本に目を落として、興奮のあまり溜めていた息を吐き出した。

 あぁ、そう言えば、他の攻略対象と同じくこの城にいたんだった。

 彼女も。

 そう、彼女も。

 ……ミーナの話では勿論無い。今、ミーナと話している、赤髪の、彼女。

まぁその、つまり攻略対象の中に女性が入っているということだ。勿論スチルも他の攻略対象と同等に有るし、ストーリーだってしっかりしてるし……何より、ちゃんと恋愛してる。物議を醸した攻略対象の一人だけれど、それでも大半の人が他の攻略対象同様に愛でている。勿論批判的な人もいるし、重度のファンは他の攻略対象に比べて少ないけれど……でも主人公との二次創作が一番多かったのは彼女だった。やっぱりアブノーマルは強いんだと思う。

 かくいう私も、元からその方面に興味が無かったわけでも抵抗が有ったわけでもなく、いや、……うん、ルートを回ってる時はドキドキしたし、クリアした日にはSSを漁ったりしたのだけども。彼女のあだ名はイヌワシだけど、間違いなくネコです。異論は認めません。

 もう一度目を向けると既に話は終えたのか、ミーナが浮かない顔でこちらを見ていた。どうしたのだろうか? 首を傾げてみせると、彼女は一度イヌワシに目を向け、それからまた目を戻して困ったような声音で尋ねてくる。

「実は、急用ができてしまって………しばらくの間、こちらのフィルシ様と一緒に過ごして頂いても構わないでしょうか……?」

 言いながら、ミーナが赤髪の彼女を指し示す。「良いかな?」と私を窺うように柔らかく微笑むフィルシ……イヌワシ様に、勿論首を横に振れるワケもなく。

 そうして、突然に現れたラビリンスイケメン担当の――容姿だけ見れば本当に一番カッコイイ――フィルシ様と、一緒に過ごすこととなったのだった。





「急に済まなかったね」

「い、いえそんな! ミーナがどこかいっちゃうのはいつものことなので、大丈夫です」

「ん? ……あ、なるほど、ひょっとすると城の仕事を手伝わされてるのかな?」

 頷くと、フィルシは楽しそうな笑い声を上げた。

「それは災難だ……まぁ、彼女はここに勤めてもう長いし、最近は人手不足だとも言うから、仕方が無いかも知れないね」

「人手不足……」

 個人的には勤めて長いというところの方が気になるけど、そこに触れてしまうと色々危険な気がしたので、代わりにもう一つの単語に反応した。まぁ、人手不足だから手伝いを頼むのだろうけれど、それにしては私のように魔族を受け入れてるし、いまいち実感が沸かない。

 呟いた私に肩を竦めたフィルシは、図書館を示した。二人ほどのメイド服を着た女性が本の整理をしている。

「実感はあまり無いかも知れないけれどね、この広い魔王城だと、今じゃどこも人手が不足してるんだ。彼女達はここの司書も掃除も請け負ってるし、他に仕事が有るとそっちに回りもするし。 ……ん、まぁ、最近は魔王城から魔族の心が離れ気味だとも言うから、それが原因かも知れないな」

「えっ?」

 魔族の心が離れ気味って……そういうこと言ったらマズいんじゃないかと思うけれど。攻略対象達はともかくも、魔王ルートやそれこそフィルシルートで登場する、お堅い魔族たちはそういう発言にうるさかったりする。まぁ彼女くらいの立場になれば、ある程度はっきりした物言いも出来るかも知れないけど。

 しかし、彼女の顔を窺うと、冗談めかすこともなく、誤魔化しもせず、真剣な顔のまま続けた。

「言葉通りだよ、魔族の心が魔王城から離れてる。 ……というより、前魔王の体制から、かな。とはいえ、勇者様とやらの登場で、また固まって来てるが」

「前、魔王の……」

 それは、実はこの作品の重要なキーワードだったりするのだ。この作品のメイン攻略対象である魔王は、即位したての若い魔王。しかし前魔王があまり良い君主でなかった……いや、それも立場に依るのだろうけど、ともかくその前魔王の体制に立ち向かうため勇者が現れるほどには、人間との関係は悪くなっていた。初め、魔王は前魔王の体制をなぞろうとするけれど、勇者に触れている内にそれで良いのかと悩み始める。ヒロインは、そんな魔王の行く先を導く、重要なキャラクターとなる……というわけだ。人間と和解するならハッピーエンド、決別するとバッドエンドという分かりやすい物で、だからこそこの魔王は一番悪役らしくないと言われているのだけれど。目の前のフィルシも悪役らしくないと思うかも知れないが、彼女は殺戮を好むし拷問が趣味だ。私と対立関係にあるイヌワシタチ派がいつも上げる特徴だけど、もちろんのこと、SかMかとタチかネコかに関連性は無いので………いやま、ともかく、魔王は悪役らしくないという話。ちなみに、攻略対象でない勇者は、魔王との薄い本で有名になった。

 そして魔王と勇者が和解するというのは、私にとって、大きな意味を持つ。

 見れなかったキツネルートではどうなのか、それは知らないけれど。

しかし、他のルートでキツネが魔王を裏切るのは、勇者と魔王初の平和な会合の場。…………キツネの裏切りについて、それ以上のことは残念ながら、分からないままだ。台詞が選び抜かれていて、結局何が目的の裏切りかは、はっきりしないのだ。

 彼女の言ったキーワードに思索を巡らせ……というか記憶を巡らせていると、フィルシが思い出したように尋ねてきた。

「ん、魔族の歴史についてはレヴィラトから習っているんだったかな?」

「あ、はい」

「そうか……あいつは腹の読めない奴だが、ま、口下手な私よりあいつから教えて貰った方が良いだろうね」

 そう言ってパン、と手を叩くと、切り替えるように晴れやかな笑顔になり、私の正面の椅子に腰掛ける。

「さて……話を聞いて気になってはいたんだが、やっぱり綺麗だね」

「っ、うえ!?」

 フィルシがいきなりそう笑顔を見せてきて、思わず変な声を出して仰け反ってしまった。

 まさにそっくりそのまま返したい、綺麗な顔立ちの彼女は、きらきら輝かせた目で私の輪郭をなぞる。な、何だろう、髪か!? 髪なのか!? 頬に血が集まっている。これだと鱗越しでも分かってしまうだろうというくらい。

「……昔から憧れてたんだ」

 どこかうっとりとした声で、そう呟く。それからその青い瞳を一際輝かせると、私に向かってそっと手を伸ばしてきた。幅の広いテーブルだから、立ち上がって、身を伸ばして。

 そして、私の、腕を、撫でる。

「透けてるし、粒も小さくて揃ってるし、何より色が綺麗だ」

「――え」

 さっきとは違うトーンで、言葉が口から漏れた。頬に集まった血は一気に下がって、代わりにぐるぐるとお腹を何かが回る感触。何? あぁ、鱗について話してるんだ。ぐるぐると、気持ちの悪い感覚。

 そう、鱗だ。鱗の話なんだ。

 でもどうだろう、彼女は褒めてくれてるんじゃないか?

 そうは思うけれど、私の口元は完全に下がってしまった。

 そんな私の様子に気付かないのか、フィルシは笑顔のまま私の腕を優しく撫ぜる。うっとりと目を閉じていて、その様子はとても絵になっているのに、その先に私の腕が有るというのが、どうしようもなく気持ち悪かった。

 触られている腕が、どんどん温度が冷えていくように感じられる。彼女の笑顔を冷やしてしまいそうなくらい。

 止めて。

 触らないで。

 けれどフィルシは、目を開けても笑顔のままで、羨ましそうな声を上げて。

「あぁ……良いな、私も君みたいに可愛く生まれ――」


「――止めてくださいっ!」


 しまった。

 叫んだ声に、ガタッ、と椅子が倒れる音が続く。

 けれど、振り払ってしまった腕は戻せない。蹴倒した椅子も、立ち上がってしまった自分も、今更戻せない。

 聴きたくなかった。どうしたって、お世辞に聞こえてしまう。きっとそうじゃないんだろうとは分かっていても。

 ……いや、お世辞の方が良いとさえ思っているのかも知れない。彼女に、この腕を、鱗を褒められるのが、どうしようも無く嫌で、気持ち悪く感じて、我慢出来なかった。

「――っ、……あ、済まなかった、急で驚かせたかな」

 慌てたように謝るフィルシは、本当にすまなさそうな顔をしている。

 どうしてこうなのだろう。

 彼女は、ただ純粋に褒めてくれただけなのに。

 きっと本心から褒めてくれたのに。

 なんで、私は、喜べないの?

 どうして、気持ち悪さが先立つのだろう?

 全身に生えた鱗。彼女に触れられていた腕が、嫌で堪らない。彼女に触られたことが、苦しくて堪らない。

 ――だって、こんな鱗に触ってしまったら、彼女が、穢れてしまうから。

「……違うんです、あの………っ、私…………、そうじゃ、……なくてっ」

 油断したら泣いてしまいそうだ。胸がつまりそうになるのを、必死に振り切って。

 彼女が穢れてしまう。汚してしまう。きっと、フィルシはそんなこと思わないのに。

 嫌われたらどうしよう。

 嫌がられたらどうしよう。

 そんな、必要のない恐怖が、どうしようもなく心を竦ませる。

 フィルシが私を好いてくれたって、私に触ったフィルシを、誰かが嫌ったら。私を好いているフィルシが、誰かに嫌がられたら。

「っ―――」

 泣きたくなんかないのに、視界が滲んでしまった。

 鱗の生えた腕が、頭の中でぐるぐると廻っている。歪んだ視界いっぱいに、赤い鱗に覆われた少女が浮かんでいる。

 分かりやすい、自己嫌悪。劣等感。そんなもの捨ててしまえと思うのに、どうしようも無く気持ち悪い。気持ち悪くて仕方が無い。分かってる、これが村で植え付けられただけだってことも、そんなことも知ってる。けれどそれを知ってるからって、自分がその嫌悪感に賛同しているのだから、どうしようも無い。

 嫌い。こんな体、嫌いだ。

「っ、ごめんなさいっ……わ、………私、…………あ、はは、……泣きたいわけじゃ、無いんですけど……っ…………」

 もうまともに喋ることも出来ず、震える声のまま、滲んだ視界のまま、それでも口元だけは微笑みを作ろうとして。

 彼女はどうしてるんだろう。顔も姿も分からないけれど、きっと、困ってるんだろうな。それか、私のせいで要らない罪悪感に苛まれているのかも。誰も嫌がらないのに。彼女は褒めてくれたのに。私だけ、私だけが嫌がって、どうしようもなく、不安で。

 あぁ。こんな私、嫌いだ。


「……っ、すいませっ………私、ほんと迷惑で――」


「――止めてくれ」


 ぎゅ、と。

 ――突然のことに、息が、思考が止まる。

 背中から、強く抱き締められた。

「……ここでは誰も君を迷惑だなんて思わない。汚いとも思わない」

 必死さの混じる、どこか悲しげな、それでも確かな、言葉。

 耳から入って、一度、心を通り過ぎて。

 力の籠った腕は、私が痛くないくらいの限界まで、締められて。

 入った言葉を頭が理解して、その時になってようやく。

 言葉が、心に沁み入って。

 誰も私を迷惑だなんて、汚いなんて思わない。

 抱き締められているのに、こんなに強く触れられているのに、その言葉を聞くと、どうしてか。

 さっきと反対に、触れられているところが、じんわりと温かく感じられていく。

「泣きたい時くらい、好きに泣いていい。 ……素直になって、良いんだ」

「っ………!!」

 つまる胸。

 一度ぐっと堪えようとして、でも、それが余計に、私の涙を後押しして。

 素直になって、良いなんて。

 言葉が、怯えて縮まった私の心を、そっとほぐした。

 息が苦しくて、涙が決壊した様に流れ出して。とてもじゃないけど立っていられなくて、しゃがんで私を抱き締めるフィルシに、体を預ける。

 彼女の言葉は、真っ直ぐ過ぎて、避けようもなくて、捻じ曲げようもなくて。

「……大丈夫だから」

 声を上げて泣く私を、フィルシはそっと受け止めてくれて。


 本当に、この城に来て、私、泣いてばかりだ。

 いつか私も、この鱗を好きになれる日が来るんだろうか。

 そんな日が来ると良いな。

 そう思って、胸が苦しくなった。






「……そんな照れなくても」

「っ、照れます!! もう大丈夫ですから、降ろしてください!!」

「いや、私がこうしていたい」

 泣き止んだのは良いけれど、真っ赤に泣き腫らした目を吊り上げて怒らないといけないと言うのは、どうにも複雑な気分だった。そして、目を丸くしたミーナにそれを見られているというのも、恥ずかしさに拍車をかける原因だ。

「……何と言うか、凄く仲良しですね」

 言葉を選んだのだろう、ミーナの表現。そうやって驚いてる暇があるなら助けてほしい。

 背中に感じる柔らかな感触。フィルシは男装が似合うクセに体付きは女性らしく、それが羨ましくもあり、こうして実感すると気恥ずかしくもあり。ゲームをプレイした限りはさばさばした性格だと思っていたけど、さっきのことも有ったし、実際は母性に溢れる人なのかも知れない。

 ともかくも、こうして膝に乗せられて優しく抱き締められていると、自分が小さい子になったみたい……或いは、恋人に甘えているみたいに思えて、恥ずかしいことこの上無いのだ。

「せめて膝からは降ろして下さい! 私が子供みたいじゃないですか!!」

「ははは……実際子供みたいな物だけどね」

「くっ……」

 この年齢差は卑怯だ! 100年以上だなんて、そんな年の差有ったらそりゃあ大人には見えないだろう。

 けれどもやっぱり、恥ずかしい物は恥ずかしい。じたばたと離れようとするけれど、あろうことか、フィルシは更にぎゅっと頬を寄せてきた。後ろから覆い被さるようにして、私の頬と彼女の滑らかな頬が擦れ合う。

「ふふ、たまには私に癒しをくれても良いんじゃないか? こんなこと出来る相手、いなかったんだ」

 色っぽい、声が色っぽい。いや、彼女としては母と子供のスキンシップくらいに捉えているのだろうけれど、しかしそうと分かっていたところで妄想に自制は効かないのだ。大体彼女の顔が整い過ぎているのも行けない。何だイケメンで色っぽいって。完全に反則じゃないか。この体勢だと彼女の顔は見ることができないけど、だからこそ余計に整った顔を意識してしまう。

「あぁ……それにしても良い触り心地だね」

「…………」

 ぴく、とほんの一瞬体が固まる。けれど言葉は穏やかに私の頭の中に沈んでいって、あまり抵抗なく飲み込むことができた。彼女はそんな僅かな反応にも気付いたのだろう、擦る頬を止めて、優しい声を頬越しに響かせる。

「誰が何と言おうと、私はこの鱗が好きだよ」

「……だから、恥ずかしいです」

 物凄く恥ずかしい。司書さん二人とミーナしか見ていないとはいえ。こんなの、二人きりだったとしても恥ずかしいだろう。けれど頬に感じる柔らかな感触は逃し難くて、口で何と言おうと、私は回された彼女の腕に自分の腕を絡めていたし、寄せられる頬にそっと頭を近付けていた。

 ……いや、ま、私だって、嬉しいんだ。何と言うか、母親の温もりとでも言おうか。凄く温かくて、ほっとして、こそばゆくて、全て預けられるような。子供に戻ったのに、この十数年一度も貰えなかった温もりが、愛おしいんだ。

 小さく目を閉じると、彼女の温かな体温と共に、ゆったりとした優しい息遣いが…………息遣い、が……………。

「あ、あの……フィルシさん、息荒くないですか?」

「ん? んん? いやそんなこと無い、そんなこと無いさ」

「っ、ちょ、あのっ……締め付け強くなってません? うひゃっ、どこ触って……ちょ、くすぐったっ……あひゃははっははひゃひゃ!!」

 ――訂正。

 穏やかな母親じゃない。

 笑い過ぎて涙の滲んだ私に、悪戯っぽい顔で舌を出した彼女は、そんな包容力のあるゆったりとしたイメージよりも余程、仲の良いお姉ちゃんって感じだった。

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