第10話 6人目からが本番
『6回目通常《住民召喚》』
『必要《淫獄石》:10,000個』
『所持《淫獄石》:10,000個』
『実行可能』
俺が手を伸ばすと、アクアリアが前へ出た。
「待ってください」
「どうした?」
「昨日、エルネさんを召喚したばかりです」
「それから畑ができた。浴室も洗濯場もできた」
「成果の話ではありません。あまりにも速すぎます」
セリアも腕を組み、壁へ寄りかかる。
「次に来る者が、私たちへ協力するとは限らない」
「分かってる」
「本当に分かっている者は、召喚へ手を伸ばしたまま答えない」
手を下ろす。
やめるつもりはない。ただ、話を聞かずに実行したと思われるのは違う。
「今ここに足りないものを考えてくれ。着替えもない。まともな武器も少ない。追手がいるのに、外の人間と話せる者もファステしかいない。畑には支柱が必要で、農具も足りない」
「だから人を増やすの?」
ファステが尋ねる。
「誰が来ても、できることはある。俺たちはもう、水も食料もない2人じゃない。新しい住民が何を必要としても、前より受け入れられる」
リディアが役割表を見る。
「部屋なら増やせる。でも、本人がここへ残りたいかは別よ」
「残るかどうかは、その人が決めればいい」
「帰りたいと言ったら?」
エルネの問いに、すぐ答えられなかった。
彼女自身が、村へ帰ることを望んでいる。
「帰す方法を探す。それまでは、できることを協力する」
「あなたが協力を決めるのではありません」
「分かってる。条件を聞いて、俺にできることをする」
全員が納得したわけではない。
それでも、10,000個はすでにある。
使わなければ何も増えない。
「実行する」
『《淫獄石》を10,000個消費します』
『6回目通常《住民召喚》を実行しますか?』
「実行する」
『所持《淫獄石》:0個』
◇
召喚陣から現れたのは、大盾を構えた成人女性だった。
盾の縁は歪み、傷だらけの金属胸当てには新しい血がついている。赤褐色の髪を短く束ね、灰青色の目が鋭く周囲を見回した。
右手には長槍。腰には短剣、縄、革袋。背中には丸めた街道図らしき羊皮紙と、何枚もの通行証が結ばれている。
『SSR 《潰えた隊商の道守》 レオナ・グラーデ』
「SSR――」
言いかけて止めた。
レオナは召喚陣から飛び出すと、大盾を前へ出した。
「伏せろ!」
全員が反応するより早く、彼女は俺と召喚陣の間へ割り込む。
何かが来るのを待つように盾を構えていたが、光は消え、あとには灰色の床しか残らない。
「……矢は?」
「飛んでこない」
「荷馬車は。逃がした者たちはどこだ」
「ここにはいない」
レオナの槍先が俺へ向いた。
「お前が何かしたのか」
「俺が召喚した」
「戻せ」
「今は戻す方法が分からない」
槍先が喉へ近づく。
アクアリアが水を浮かべ、セリアが弓へ手をかけた。
「2人とも、待ってくれ」
「朝斗、下がれ」
セリアに言われても動かなかった。
「俺が呼んだ。怒るなら俺にしてくれ」
「当然だ」
レオナは槍を下ろさない。
「私は隊商の最後尾にいた。襲撃者を止め、生き残りを逃がしている途中だった。私が消えれば、追いつかれる」
「戻す方法を探す。俺たちも協力する」
「自分で奪っておいて、協力だと?」
「そう言われても仕方ない。でも、ここから外へ出る方法はある」
レオナの目が細くなる。
「現在地は」
「森の中。近くに川と炭焼き小屋がある。遠くには町か村の煙が見えた」
「街道は?」
「まだ見つけていない」
「方角は。川幅は。流れは。森に入ってから何日だ」
矢継ぎ早に聞かれ、俺は答えに詰まった。
「地形なら私が説明する」
セリアが弓から手を離す。
「斥候か」
「そうだ。少なくとも、お前より先にこの森を調べている」
「地図を見せろ」
今度はファステが前へ出た。
「近くの町と街道なら、私も知っています」
レオナの視線が、ファステへ移る。
手首に残る痕と、まだ完全には消えていない傷を見た。
「追われているのか」
ファステは一瞬ためらい、うなずいた。
「なら、互いに急ぐ理由があるようだ」
レオナはようやく槍先を下げた。
「地名を聞かせろ。街道の名も、近隣の国も」
ファステが知っている町、街道、領主の名を挙げていく。
レオナの表情は、聞くほど険しくなった。
「1つも知らない。私がいた土地ではない」
「遠く離れた場所という可能性は?」
「これほど街道も国名も違う場所なら、隊商を追って戻れる距離ではない」
レオナが大盾を握り締めた。
今すぐ仲間のところへ戻りたくても、戻る方向さえ存在しない。
「帰す方法を探すこと。見つけたときは隠さず私へ知らせること。その条件を守るなら、それまでお前たちの外歩きを守る。従うつもりはない。取引だ」
「分かった」
「軽く答えるな。仲間の命が懸かっている」
「だから方法を探す。俺にできることが分かれば、必ず知らせる」
レオナは俺ではなく、2人を見る。
「話を聞かせてもらう」
「ただし、忘れるな。私が消えた場所では、今も仲間が襲われているかもしれない」
◇
セリアが描いた森の地図へ、ファステが街道と町の位置を書き足す。
レオナは自分の街道図を横へ置き、ファステの記憶だけを使って新しい地図を描いていた。
「やはり、私の知る街道とは違う」
「帰れないのか?」
「今のところはな。だからこそ、この土地で生きるための道を覚える」
「外を見れば、もっと分かる」
セリアが立ち上がった。
「先に私が確認する。新しい足跡がないとは限らない」
「私も行く」
「今の地形を知らない者を連れていけば、確認が遅れる」
レオナは反論しかけたが、すぐに引いた。
「正しい。任せる」
セリアが第2接続地点から外へ出る。
俺は入口を開いたまま待った。
炭焼き小屋の薄暗い内部が、灰色の壁の向こうに見える。
しばらくして、セリアが音もなく戻ってきた。
「足跡がある」
ファステの身体が強張った。
「何人?」
「3人。新しい。小屋の周りを調べている」
「印は?」
ファステが尋ねる。
セリアは、泥のついた小さな金具を取り出した。
ファステの顔から血の気が引く。
「同じです。私を追っていた人たちと」
「3人は固まっているのか?」
レオナが尋ねる。
「いや。1人は小屋、1人は川、もう1人は森の縁を調べている。互いの姿は見えないが、笛を使えば集まれる距離だ」
「兵か?」
レオナが聞く。
「違います。人を捕まえて売る者たちに雇われた私兵です。お金と命令で動きます」
「指揮する者は」
「片目に傷のある男です。でも、森へ入ってきた人たちが誰なのかは分かりません」
「お前を生け捕りにする理由は?」
ファステは腕を抱いた。
俺が止めようとする前に、彼女は答えた。
「売るためです」
腹の底へ、冷たいものが落ちた。
手首の痕も、森の中で怯えていた理由も知っていた。それでも、本人の口から聞いた言葉は重さが違った。
助けられてよかった、という思いのあとから、彼女を商品として追い回す者への怒りが込み上げる。
レオナの表情が変わった。
怒りは見えたが、声は冷静なままだった。
「なら、雇い主の命令を超えて死ぬ気はない者が多い。1人から話を聞く」
レオナは第2接続地点へ目を向けた。
「私も当面は、この入口を使って外へ出ることになる。周辺の追跡者を放置して、背後を狙われるわけにはいかない。それに、仲間のところへ戻れないからといって、目の前で追われている者まで見捨てるつもりはない」
「3人を相手にするのか?」
「しない。互いの姿が見えない今なら、小屋を調べている1人だけをこちらへ歩かせられる」
◇
俺たちは、すでにある炭焼き小屋の入口を使った。
新しい場所へ入口を開く必要はない。
小屋の中には崩れた炉と、積まれた木箱がある。
セリアは外へ出る前に、残る2人の位置をもう一度確認した。
川を調べる男は下流へ移動している。森の縁にいる男は、地面の痕跡へ屈み込んでいる。どちらからも小屋は見えない。
セリアは小屋の裏へ回り、離れた場所で小石を投げた。
枝が鳴る。
「誰だ!」
男の声がした。
足音が1つだけ近づいてくる。
レオナは小屋の入口から見えない位置へ立ち、大盾を床へつけた。
「朝斗は中にいろ」
「危なくなったら、入口から戻れ」
「それが、お前の役割か」
「今はそうだ」
外では強くない。
認めるのは悔しいが、俺が出て足を引っ張れば全員を危険にする。
入口を維持し、戻ってきた住民を受け入れる。
それなら俺にもできる。
男が小屋へ入った。
「誰かいるのか」
木箱の陰からセリアが姿を見せる。
男が剣を抜いた瞬間、レオナの大盾が横からぶつかった。
剣が床へ落ちる。
男は倒れなかった。だが、体勢を立て直す前に、長槍の穂先が喉元へ届いていた。
「声を出せば刺す。仲間を呼んでも刺す。静かに答えれば、歩いて帰す」
「何者だ」
「質問するのは私だ」
セリアが落ちた剣を拾い、男の短剣も抜き取る。
レオナは相手を怒鳴りつけなかった。
逃げ道を完全には塞がず、生きて帰れる方向だけを残している。
「誰を捜している」
「赤い髪の女だ」
「何人で捜している」
「今日は俺たち3人だけだ。明日は増える」
「どこを捜す」
「川沿いと、この小屋だ。町にも人相書きを回す」
「本隊はどこにいる」
男が黙る。
レオナは槍を動かさずに言った。
「お前の仲間は、まだお前が捕まったと知らない。今なら、何も見つからなかったと戻れる」
「……街道沿いの宿駅だ」
男の左手が、腰の後ろへ動いた。
短い金属音が鳴る。
セリアの短剣が、男の指先にあった小さな笛を壁へ縫いつけていた。
「次は手を狙う」
男の顔から抵抗する色が消えた。
「なら伝えろ。赤い髪の女は、夜明け前に北へ向かった。足を引きずっていたとな」
「嘘を言えと?」
「生きて帰りたいなら、見たことにしろ」
男の目が揺れる。
「武器は森の出口へ置く。ここから真っすぐ仲間のところへ戻り、今の話を伝えろ。私たちの斥候がお前たちの合流と、その後に北へ動くかを確認する」
セリアが無言で男を見つめる。
それだけで、男は何度もうなずいた。
俺は《淫獄》から一部始終を見ていた。
レオナは強い。
だが、盾と槍だけではない。
相手が何を恐れ、何を差し出せば従うかを知っている。
◇
男を解放したあと、セリアはその背を追った。
男が残る2人と合流し、北へ向かう偽の足跡を確かめに動くまで監視する。さらに、3人が戻る宿駅の位置まで割り出す。それが解放の条件だった。
レオナが《淫獄》へ戻る。
入口を閉じると、ファステが頭を下げた。
「ごめんなさい。私のせいで、みんなを危険に巻き込んで」
「追われた者が、追う者の罪まで背負うな」
レオナは即座に言った。
「でも、私がいなければ」
「お前が話さなければ、相手を殺さずに退かせる方法は選べなかった」
ファステが顔を上げる。
「金で雇われ、生け捕りを命じられていると分かった。なら、命と報酬を比べさせればいい。お前の知識が私たちを守った」
「私の知識が……」
「役割表には、何と書いてある?」
ファステが壁を見る。
「外界知識、記録、案内」
「その最初の仕事は終わった。次は、お前の知っている道を地図にする」
「追手を避けて、町へ出る道を見つけるために?」
「そうだ。安全な道が分かれば、お前は隠れる以外の選択を持てる」
ファステはしばらく黙り、それから小さくうなずいた。
「手伝います」
「頼む」
2人は床へ地図を広げた。
ファステが地名を挙げ、レオナが街道図へ印をつけていく。
守られるだけだったファステが、自分の知識で次の道を探している。
それを見て、俺は安心した。
ここが安全で役割のある場所になれば、ファステはもう怯えなくていい。
◇
「条件を確認する」
レオナが地図を巻いた。
「私を元の場所へ帰す方法を探すこと。手掛かりが見つかったら隠さず知らせること」
「約束する」
「見つからなかったふりをすることは許さない」
「分かった」
「その条件なら、ここへ残り、お前たちを守る。ただし、お前の臣下になったつもりはない」
「それでいい」
『6回目通常《住民召喚》が確定しました』
『召喚住民:レオナ・グラーデ』
『状態:滞在中』
『通常《住民召喚》実行回数:6回』
6回目が終わった。
所持していた10,000個は、きれいに0個になった。
次はいくつ必要になる。
3,000個から10,000個へ増えた。今までと同じなら、次はさらに大きくなるはずだ。
召喚画面を開く。
『7回目通常《住民召喚》』
『必要《淫獄石》:10,000個』
『所持《淫獄石》:0個』
「同じだ」
「何がです?」
アクアリアが尋ねる。
「次も10,000個。値上がりしてない」
思わず笑った。
「これで覚えやすくなった。10,000個貯めれば、次も呼べる」
「安心するところでしょうか」
「必要数が増え続けるよりいいだろ」
「朝斗さんを止めていたものが、1つなくなったとも言えます」
「俺は止められてたわけじゃない」
必要な数を貯め、必要なときに使ってきた。
今回も同じだ。
レオナが加わったことで、外へ出る護衛と交渉が強くなった。
次は着替えを作れる者が必要かもしれない。
武器や農具を作れる者も欲しい。
薬草が増えれば、それを薬にできる者もいる。
問題は、まだいくらでもある。
7回目も同じなら、この先も値段は上がらないはずだ。
少なくとも、俺はそう判断した。
10,000個。
1度貯められた数だ。
なら、2度目も貯められる。
6人目で終わりではない。
ここからが、本番だった。




