ふかふかの馬車に乗る
「アイリーンさん、お元気で。今回は素直に帰ることにしマスわ」
ヒュドラトはお代となる銀色のコインをふたつ、服についていたポケットから取り出した。
それをアイリーンに渡すと、収納用の袋を貰った。
収納用の袋とは、マジックポーチのことである。
キッチンシンクに近づけると、自動的にその中へ収納されて、釜の上は綺麗さっぱり無くなった。
「またのおこしを……」
テンションの低めな声を出したアイリーンは、大杉に対して手を振っていた。
大杉はアイリーンに背を向けると、建物の外に出た。
カタカタ、カタッ。
大杉の目の前に、白い馬車が到着した。
その馬車を引っ張るのは、ヘルライダー二匹だった。
いずれも大杉とは別の個体である。
「馬車の表面にあるマークをみた感じ、アイリーンさんの所有するもので間違いありません」
特に怪しむことなくヒュドラトは馬車に乗り込む。
それに続き、大杉も乗り込んだ。
四人座ることの出来る馬車の内部は、思ったより広かった。
「うお……!」
大杉は馬車の中で座る。
茶色い椅子がふかふかしているので、思わずひと眠りしてしまいそうだった。
ほのかな甘い香りも漂っている。
「これは……気持ち……よすぎて……」
馬車が動き出すと同時に大杉は、眠りについた。
アイリーンが営む店でのやり取りで、疲れが出たのかもしれないと思いつつ……。
「……オオスギさん、起きてください」
身体がゆすられていた。
ヒュドラトの声が聞こえている。
「うーん……どうかしたのか?」
「大変です。ヒュドたちは、隣国シュラウメギアの外れで迷子になりました」
「ええっ……!」
上半身を起こした大杉は、慌てて馬車から飛び出した。
外は薄暗く、木で溢れかえっていた。
日が暮れる間際の、森の中といったところだ。
「ヒュドラトさん、現状はどうなっているのですか?」
「ええっとデスね……馬車は魔王城に行かなかったです。すみません……」
「いや、徒歩で帰ることを提案しなかった俺にも責任はあるから、ヒュドラトさんが謝ることなんてない。それで魔王城に行かなかったとは?」
「問題だったのは、オオスギさんとは別のヘルライダーです。あれがヘルライダーではなく、ドラグライダーというワンランク下のだったのですケド……」
「俺がみた感じ、ヘルライダーだったな?」
「その通りデスね。ヘルライダーは紫、ドラグライダーは赤茶色ですから、ヘルライダーを決して見間違えることはないデスよ」
「そうだな……」
不本意ながら、ヒュドラトの言う通りである。
それはそうと、アイリーンが仮に仕掛けたとしても中途半端に思える。
大杉はその馬でくるりと見渡すと、街の明かりがみえている方向が一カ所あった。
「ヒュドラトさん、あの街はなんですか?」
「あれが隣国シュラウメギアデスね〜」
「つまり、野宿は避けられるってところか」
最悪の状況ではないことにひと安心する大杉は、馬車の周囲を見渡す。
馬車を運んでいたモンスターは、既に姿を晦ましていた。
地面に足跡があったことから、大杉たちを置いて逃走したと推測する。
「とりあえず明るいところへ向かおうか。隣国のことなんだけど、俺には仮カードがあるし、門番がいても大丈夫かもな」
「そうデスね。キッチンシンクの入ったマジックポーチは無事ですし、ひとまず隣国へ入りましょう。魔王様への報告は出来てませんけど」
「それは後ほどで大丈夫だろ」
大杉がヒュドラトの右腕を掴むと、転ばないように歩きはじめた。
隣国までは、そんなに遠くはない。
徒歩でも日が完全に暮れるまでにたどり着くことは出来ると確信していた。
……だがしかし、思ったより距離はあった。
結局のところ歩いているうちに日が暮れてしまい、大杉が馬の姿になって走っていくことになった。
夜の森は得体の知れない幽霊のモンスターが無限に湧き出て、まさにホラーゲームでも遊んでいるような感覚に近くなっていた。
それが街の入り口に到達するまで続いた。
「ふへ、やっと隣国なのデス」
「そうだな……」
ヒュドラトが魔獣の姿になったら、幽霊のモンスターをなぎ倒しながら進んでいけそうだったのはさておき。
街の中に入ったところで、大杉は人の姿に戻る。
「さて、ここからどうしたものか」
無事に街の中に来たものの、それなりの人の流れがあること以外は特にピンと来るものがなかった。
ひとまず隣国シュラウメギアの観光名所とか調べたいところだが……ヒュドラトに聞いたほうが早いか?
「ヒュドラトさん、歴史方面について知りたいんだけど、ここって何がありますか?」
「隣国シュラウメギアは、伝説の勇者パーティーのリーダーと呼ばれたシュラウドガウン家が統括する貴族の街なのデス。現在は貴族以外もたくさん住んでいると聞きますケド」
「治安とかは、どんなものなんだろ……」
「悪くはないデスね。たまに貴族が裏でよからぬ噂を広めたりしていると聞きますケド……」
「それなら一応、宿に泊っても大丈夫か。ヨミルに知らせるのはそこでしよう」
方針を決めた大杉は、足を動かそうとする。
その時……謎の違和感を覚えた。
変なのは、通行人か?
黒いフードを被ったひとりの通行人が、ヒュドラトの近くを通り過ぎていった。
と、思いきや。
ヒソヒソ。アナスタシアについて知りたくば、今夜の舞踏会に参加することが必要やねー。
若き女性の声だった。
その声の主は大杉の顔をチラ見すると、やや駆け足で建物の物陰に隠れた。
「ヒュドラトさん、いまの聞こえましたか?」
「はい、バッチリなのデス。それで、さっきの方が舞踏会と仰ってましたが、オオスギさんは潜入するつもりデスか?」
「それは勿論なんだが、あれだ。……仮面とかの変装もしたい」
「それ良いデスわ!」
「そうだろ。でも、ヨミルとも早く話したいから……」
「まずはお宿まで、エスコートをお願いします」
「そうだな!」
大杉はヒュドラトを連れて、街の中を歩きはじめた。
「舞踏会と宿……。うーん、どこだ……?」
舞踏会のことが気になる大杉の視線は、ものすごく視線が泳いでいた。
ヒュドラトの言う通り、今夜の宿となる場所を探すのが先になりそうなのだが、謎の舞踏会が行われるであろう会場を見つけたい意思が強くなっていた。
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