88夜、仕事にも慣れ
今回は新茶の季節なので5月の終わりくらいの設定です。きっと栞も心踊っていることでしょう。一方、礼奈さんの人形は謎が深まるばかりです。きっと、これから話が進んでいくにつれ解明されていく?のかな……
今日もアパートに朝がやってきた。お茶を一杯飲んでホッと一息ついて気合いを入れる。今日は身体が軽い。
玄関の軋む扉を開けて外に出る。今朝は茜さんは庭の手入れをしていないようだ。もっとも雑草ぐらいしか生えていないのだが
電車に乗って都心に向かうこと30分、そこから鼠のように入り組んだ裏道を歩くこと10分、僕が勤める会社?に到着する。
「礼奈さん、おはようございます」その建物の階段を登り、二階の扉を開けると綾式が置かれたソファーに座ってテレビを見ていた。世間では宗教やらで色々と大変らしい。
「おはよう、栞。早速だが一杯淹れてくれ」「わかりました」僕は予めポットで温めておいたお湯をカップに注ぐ。綾式礼奈、雇い主の名前だ。どこからどう見ても中学生の女の子と言う見た目だが、しゃべり方といい、本人曰く、子供ではないらしい。え?何歳かって?それはレディーに対して失礼というものだ。
「どうぞ」綾式にお茶を差し出す。
「ありがとう」綾式はテレビから目を離さずにお茶を啜る
「礼奈さん、前々から気になっていたんですけど、子供じゃないってどういう意味です?」聞くと、綾式はカップをカチャっとおいた
「栞、君は女性に対して年齢の話をするのか」やっぱり失礼だよな
「まあ、良いだろう。」そう言うと、綾式は僕の手を取って自分の手首に触れさせた
「えっ、礼奈さんも?」「ああ、妾は自ら身体を交換している。だいたい30年に一度だろうか、乗り換えるのだ」
「そんなので大丈夫なんですか?」身体を交換するだけで長生きできるのだろうか
「もちろん、身体の交換だけでは精神の衰退は免れない」綾式はお茶を啜る
と、電話が鳴った
「はい、彩式です」彩式が電話に出る「ええ、ええ。了解しました。では、後ほど」
「どうしたんです?」彩式が電話を切ったので聞く
「お得意様だ、義手の調子が悪いから見てほしいらしい」
「礼奈さん、義手も作ってるんですか」
「義身が作れて出来ない訳なかろう」そりゃそうか
「丁度いい、栞、人間が存在するために必要な三つの要素はわかるか?」
「わかりません」「なら考えろ。一つ目は触れるもの、二つ目は感じるもの、そして三つ目は普通の人間には感じる事さえできない。お客が来るまでに答えを出すんだぞ」
「はあ、まあ特にやることも無いので考えてみますけど」三つのもの、三つのもの…わからん!
ピリリリリリッ「栞、何をしているのだ?」「ああ、考えても思いつきそうもないので茜さんに聞いてみます」「相変わらず行動が早いな」
「あ、もしもし茜さん?いきなりで悪いんですけど、人間が存在するために必要な要素ってわかります?」
「え、何ですか?愛と勇気と希望?相変わらず何を言ってるかよく分からないですね。まあ、ありがとうございました」
「違います?」「違う!」だよね~
ピリリリリリッ「今度は誰に電話だ?」「妹です」
「ああ、文代?いきなって悪いやけど、人間が存在しはるために必要な要素ってわかる? 」妹ならきっとしっかり答えてくれるだろう
「ふむふむ、1%の才能と99%の努力、ほんで努力を結果に結びつけるためん自信?ありがとう、為になったわ。じゃあな~」…妹っていつの間にこんな出来るキャラになったんだろう、そして微妙に質問とずれてる…
「違いますよね?」「違うな」綾式はもうテレビを消してケースの中から医療器具のようなものを取り出している
う~ん、一つ目が触れる、二つ目が感じるだけ、三つ目がわかりもしない…。
「栞、少し良いだろうか?」綾式が手招きをしている
「何です?」綾式がテーブルの上に乗っている人間の腕を指差す。我ながら慣れたものだ
「栞、お主の右手をこれに変えんか?」
「変えると良いことあるんですか?」
「特別な機能を組み込んだのだ」危なっ!危ない匂いがしますよ!
「嫌ですよ、大体今ある腕はどうなるんですか」
「腕は切り落とす。」
「聞いただけでも痛そうなんですけど…」
「大丈夫、麻酔はするし、元々血液は流れていないから直ぐに終わる。」
「それでも嫌です。何か不具合があったらどうするんですか」
「栞、前から思っていたが、君はめんどくさいぞ」「当然の反応ですよね!?」
「大丈夫、性能は保証する」「それでも嫌です!」「ええい、うるさいな君は!なら一分あたり500円でどうだ?」「良いですね、やりましょう!」我ながら、浅はかなり
「では、今からいくぞ」「えっ、もうやるんですか?って、ちょっと―
結果として、大手術?は1分26秒という早さで終わった。つまり(1+26/60)×500円だから716円か。
「くそっ、義身なめてたぜ…。それで礼奈さん、何が変わったんですか?」
「今は脳に機能の追加の信号を送っているから、後3時間もすれば使えるようになるだろう」
「はあ。あ、でも何だかさっきより軽い気がします」「そうだろう、前よりも瞬発力を高めたからな。それでいて持続力と精密性を向上させた」
「よくわかんないですけど凄いんですね!」
「さて、もうそろそろお客様が来られる時間だ。二階に行って準備をするぞ」
「わかりました」
と言っても、僕はお茶を淹れる準備をするだけだ。棚からカップを出して、ポットの湯を注ぐ。茶葉はやはり旬の新茶だろう
すると、コンコンと戸がたたかれた
「どうぞ」と綾式が言う
「ご無沙汰してるね」入ってきたのは背の高いごつごつした男。顔には切り傷の跡が一本、鼻を横切って横にはいっている。如何にもベテラン戦士、歴戦の兵団長という出で立ちだ。




