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21グラム  作者: ニッグ
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第五章 記録

翌朝。


玲司は自分の病院記録を取り寄せた。


十二歳。


夏。


川で溺水。


救急搬送。


心肺停止。


蘇生。


意識回復。


退院。


それだけだった。


死んでいない。


死亡診断書もない。


当然だ。


玲司は生きている。


だが、


一つだけ妙な記録があった。


救急搬送時の、一般の看護記録ではない。


病院側が保管していた、古い救命時測定記録だった。


玲司は画面を拡大した。


記録には、通常の体重測定とは別に、救命処置中のベッド荷重データが残されている。


十二歳の玲司。


心肺停止。


そして、蘇生開始直前。


荷重値が、


21.3グラム。


増加していた。


玲司は画面を見つめた。


「……これ、誰が測った?」


記録には、担当医の名前ではなく、


――研究協力測定


とだけ記されていた。


さらに下には、赤字で、


――原データは研究責任者保管。


とある。


玲司の指が止まった。


研究責任者。


その名前は、まだ書かれていない。


だが、21.3グラムという数字だけは、はっきりと残っている。


そして、蘇生後。


荷重値は、元の値へ戻っていた。


玲司は息を呑んだ。


また、


21.3。


偶然だ。


そう思おうとした。


しかし、


その下に、母親からの聞き取り記録があった。


――意識回復後、本人が「水の中に人がいた」と発言。


玲司は手を止めた。


さらに下。


担当医の記録。


――本人は「その人が重かった」と繰り返す。


玲司は、


椅子から立ち上がれなくなった。


その瞬間。


スマートフォンが鳴った。


母親だった。


「もしもし」


『玲司?』


「うん」


『昨日、急に昔のこと聞いてきたでしょ』


「うん」


『お父さんのこと、思い出した?』


「……父さんが何か知ってるの?」


電話の向こうで、


母親が黙った。


『あの人ね』


「うん」


『あの日、川からあなたを引き上げたあと』


声が震えていた。


『ずっと言ってたの』


「何を?」


『川の中に、誰かいたって』


玲司は目を閉じた。


『でもね』


「うん」


『お父さんが言ってたのは、人がいた、じゃなかった』


「じゃあ何て?」


母親が答えた。


『誰かが、玲司を返したって』


玲司の呼吸が止まった。


電話の向こうで、


母親が泣いていた。


『あの人、それをずっと気にしてた』


「……父さんは?」


『死ぬ前まで』


「最後まで?」


『うん』


玲司は何も言えなかった。


『玲司』


「うん」


『お父さんが最後に言ってた言葉、覚えてる?』


「……知らない」


『あなたが十二歳のときと同じこと』


「何?」


母親は、


泣きながら言った。


『「あいつ、まだ迎えに来てないな」って』


電話が切れた。


玲司は一人、


研究室に残された。


モニターには、


昨夜の測定データが表示されている。


21.3g。


42.6g。


63.9g。


780g。


玲司は、


それらを一本の線で繋いだ。


そして初めて、


ある可能性に気づいた。


これは、


死んだ人間の重量変化ではない。


もっと別のものを、


測っている。


死ぬ人間ではなく――


死ぬ人間と、こちら側の間に生じる何かを。


そのとき、


研究室のドアが、


三回ノックされた。


コン。


コン。


コン。


玲司は顔を上げた。


「……誰ですか?」


返事はない。


もう一度。


コン。


コン。


コン。


玲司は立ち上がった。


ドアへ近づく。


ノブに手をかける。


そして、


開ける直前。


測定台から、


電子音がした。


ピッ。


玲司は振り返った。


測定値。


0.0213 kg


そしてモニターに、


昨日まで存在しなかった一行が表示されていた。


SUBJECT : KANZAKI REIJI


玲司は、


ゆっくりと息を吸った。


その下に、


新しい数字が現れる。


TIME TO DEATH : 72:00:00


残り、


七十二時間。


玲司は時計を見た。


午前二時十三分。


そして、


画面の数字が一秒減った。


71:59:59


その瞬間、


ドアの向こうから、


誰かの声がした。


「玲司」


父親の声だった。


玲司は、


凍りついた。


「……父さん?」


返事があった。


「迎えに来た」


玲司はドアを開けた。


廊下には、


誰もいなかった。


ただ床に、


濡れた裸足の足跡が、


七十二時間分の時間を知っているかのように、


まっすぐ続いていた。

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