第67話 兄に会いに行く
夕方。
王都。
ハヤトたちが屋敷へ戻った頃には空が赤く染まり始めていた。
玄関の扉を開ける。
ハヤト:「ただいま。」
使用人:「お帰りなさいませ。」
ハヤト:「疲れたぁ。」
フローネ:「ほとんど馬車に乗っていただけでしょう。」
ハヤト:「精神的に疲れたんだよ。」
ヴェルミナ:「バルガスと二人きりだったものね。」
ハヤト:「本当に会話する気ないんだもん。」
ヴェルミナ:「昔からよ。」
ハヤト:「よく四天王やれてたな。」
ヴェルミナ:「強ければ何とかなるのよ。」
ハヤト:「魔王軍、大丈夫?」
ヴェルミナ:「今さら?」
ハヤト:「今さら。」
三人が廊下を歩く。
そして応接室の前でハヤトが止まった。
中から声が聞こえた。
ガルデ:「遅ぇ。」
ハヤト:「……。」
扉を開ける。
ソファにはガルデが座っていた。
セレナとアスカもいる。
テーブルの上にはすでに空になった菓子皿。
ハヤト:「お前。」
ハヤト:「人の家で何してるの?」
ガルデ:「待ってた。」
ハヤト:「俺の菓子食いながら?」
ガルデ:「うまかったぞ。」
ハヤト:「俺まだ食ってない!」
セレナ:「そこ?」
ハヤト:「そこ大事だろ!」
アスカ:「まだ厨房にありますよ。」
ハヤト:「ならいい。」
フローネ:「いいのですか。」
ハヤト:「あるなら。」
ヴェルミナ:「平和ねぇ。」
ハヤト:「平和が一番。」
その一言でほんの少しだけ空気が変わった。
平和。
今まさにハヤトたちが作ろうとしているものだった。
ハヤトはソファへ座る。
ハヤト:「で。」
ハヤト:「バルガスの件?」
セレナ:「ええ。」
ガルデ:「どうだった?」
ハヤト:「邪魔しないって。」
ガルデ:「それだけか?」
ハヤト:「それだけ。」
ガルデ:「戦ったのか?」
ハヤト:「ちょっと。」
フローネ:「ちょっとではありません。」
ハヤト:「一撃受けただけだって。」
ヴェルミナ:「その後も何回か剣を交えてたでしょう。」
ハヤト:「見てたの?」
ヴェルミナ:「音くらい聞こえるわよ。」
ハヤト:「怖っ。」
ヴェルミナ:「何がよ。」
セレナ:「それで?」
ハヤト:「最後までやってない。」
ガルデ:「なんでだ?」
ハヤト:「倒しに行ったんじゃないから。」
ガルデ:「……。」
ハヤト:「魔王に会うために行ったんだ。」
ハヤト:「だったら。」
ハヤト:「そこでバルガス倒しても仕方ないだろ。」
セレナ:「あなたからそんな言葉を聞く日が来るとはね。」
ハヤト:「俺そんなに酷かった?」
セレナ:「昔なら間違いなく。」
セレナ:「せっかくだから決着つけようぜ。」
セレナ:「って言ってたでしょうね。」
ハヤト:「……。」
ハヤト:「言いそう。」
アスカ:「言いますね。」
フローネ:「言います。」
ヴェルミナ:「言うわね。」
ハヤト:「全員一致やめて!」
少しだけ笑いが起きた。
その中でガルデだけは笑っていなかった。
ハヤトは気付く。
ガルデ:「……じゃあ。」
ハヤト:「うん。」
ガルデ:「次は。」
ハヤト:「グラヴ。」
その名が出る。
一気に部屋が静かになった。
ガルデはテーブルへ視線を落とした。
獣王グラヴ。
魔王軍四天王。
そしてガルデの兄。
◆◇◆
少しして。
フローネ。
セレナ。
アスカ。
ヴェルミナは部屋を出た。
残ったのは。
ハヤトとガルデ、二人だけ。
ガルデ:「なんで全員出てったんだ?」
ハヤト:「俺が頼んだ。」
ガルデ:「いつ?」
ハヤト:「目で。」
ガルデ:「そんな器用だったか?」
ハヤト:「セレナが察してくれた。」
ガルデ:「お前じゃねぇじゃん。」
ハヤト:「細かいな。」
ガルデ:「で。」
ガルデは背もたれに身体を預ける。
ガルデ:「何の話だ?」
ハヤト:「グラヴ。」
ガルデ:「……。」
やはりその名前が出るとガルデの雰囲気が変わる。
ハヤト:「会いに行く。」
ガルデ:「そうか。」
ハヤト:「お前も来る?」
ガルデ:「……。」
ハヤトはそれ以上言わなかった。
来い、とは言わない。
来るな、とも言わない。
ただ待った。
ガルデ:「分かんねぇ。」
やがてガルデが呟いた。
ハヤト:「何が?」
ガルデ:「兄貴に会って。」
ガルデ:「何を言えばいいのか。」
ハヤト:「……。」
ガルデ:「昔は。」
ガルデ:「ずっと兄貴みたいになりたかった。」
ハヤトは黙って聞いている。
ガルデ:「強くて。」
ガルデ:「誰にも負けなくて。」
ガルデ:「でも。」
ガルデ:「弱い奴には優しかった。」
ガルデ:「獣王国じゃ。」
ガルデ:「次の獣王は兄貴だって。」
ガルデ:「みんな思ってた。」
ハヤト:「うん。」
ガルデ:「俺もだ。」
ガルデの拳がゆっくり握られる。
ガルデ:「なのに。」
ガルデ:「いなくなった。」
ハヤト:「……。」
ガルデ:「何も言わずに。」
ガルデ:「突然消えて。」
ガルデ:「何年かして出てきたと思ったら。」
ガルデ:「魔王軍の四天王だ。」
ハヤト:「うん。」
ガルデ:「ふざけんなって思った。」
ガルデ:「ずっと。」
ガルデ:「何でだって。」
声は大きくなかった。
怒鳴りもしない。
だからこそ。
長い間、胸の奥に残っていることが分かった。
ガルデ:「あの時。」
ガルデ:「北の断崖で会って。」
ハヤト:「三日後に来いって言われた時?」
ガルデ:「ああ。」
ガルデ:「俺は。」
ガルデ:「戦えば分かると思った。」
ガルデ:「兄貴と本気で殴り合えば。」
ガルデ:「何で魔王軍へ行ったのか。」
ガルデ:「本当は何を考えてるのか。」
ガルデ:「分かるんじゃねぇかって。」
ガルデ:「馬鹿だよな。」
ハヤト:「そう?」
ガルデ:「結局。」
ガルデ:「何も分からなかった。」
ハヤト:「俺はちょっと分かったけど。」
ガルデ:「あ?」
ハヤト:「お前の兄ちゃん。」
ハヤト:「強すぎ。」
ガルデ:「……。」
ハヤト:「本当に強かった。」
ガルデ:「そこかよ。」
ハヤト:「大事だろ。」
ガルデ:「真面目に話して損した。」
ハヤト:「いやいや。」
ハヤトは笑う。
そして少しだけ真面目な顔になる。
ハヤト:「あと。」
ガルデ:「何だ?」
ハヤト:「お前の兄ちゃん。」
ハヤト:「諦めてるんだと思った。」
ガルデ:「……。」
ハヤト:「怒ってるっていうより。」
ハヤト:「もう世界に期待してないって感じ。」
ガルデは黙っている。
ハヤト:「俺。」
ハヤト:「そういう奴。」
ハヤト:「もう一人知ってる。」
ガルデ:「導師か。」
ハヤト:「うん。」
導師も世界に絶望した。
人と魔族が幾度も争う世界を見てならば一度壊し作り直せばいいと考えた。
グラヴも似ている。
方法は違う。
理由も完全には同じではない。
だが根にあるものはどこか近い。
ハヤト:「世界って。」
ハヤト:「多分。」
ハヤト:「思ったより簡単に変わらないんだよ。」
ガルデ:「勇者が夢のないこと言うな。」
ハヤト:「仕方ないだろ。」
ハヤト:「世界樹直したのに。」
ハヤト:「次の日に世界平和になってないんだぞ。」
ガルデ:「そりゃそうだ。」
ハヤト:「だろ?」
ハヤト:「だから。」
ハヤト:「一個ずつやるしかない。」
ガルデ:「……。」
ハヤト:「バルガスと話した。」
ハヤト:「次はグラヴ。」
ハヤト:「その次はゼルド。」
ハヤト:「それから魔王。」
ハヤト:「めんどくさい。」
ガルデ:「本音出てるぞ。」
ハヤト:「めちゃくちゃ面倒。」
ハヤト:「でも。」
ハヤト:「やらないと終わらない。」
ガルデはしばらく何も言わなかった。
そして。
ガルデ:「ハヤト。」
ハヤト:「何?」
ガルデ:「お前なら。」
ガルデ:「兄貴に何て言う?」
ハヤト:「俺?」
ガルデ:「ああ。」
ハヤトは考える。
しばらく本気で考える。
ハヤト:「……。」
ガルデ:「何だ?」
ハヤト:「分からん。」
ガルデ:「おい。」
ハヤト:「だって。」
ハヤト:「俺はお前の兄弟じゃないし。」
ガルデ:「……。」
ハヤト:「俺が言いたいことと。」
ハヤト:「お前が言いたいこと。」
ハヤト:「多分違うだろ。」
ガルデは目を見開いた。
ハヤト:「だから。」
ハヤト:「自分で考えた方がいい。」
ガルデ:「役に立たねぇな。」
ハヤト:「相談相手としては俺もそう思う。」
ガルデ:「認めんな。」
でもガルデは少しだけ笑った。
◆◇◆
夜、ガルデは客室に泊まることになった。
翌日答えを聞く。
それだけ決めた。
ハヤトが食堂へ行くと夕食が並んでいた。
ヴェルミナ:「終わった?」
ハヤト:「うん。」
フローネ:「ガルデは?」
ハヤト:「今日は泊まる。」
ヴェルミナ:「そう。」
五人で夕食を食べる。
セレナ。
アスカ。
フローネ。
ヴェルミナ。
そしてハヤト。
そこに少し遅れてガルデもやってきた。
ハヤト:「考えるんじゃなかったの?」
ガルデ:「腹減った。」
ハヤト:「それは大事。」
セレナ:「あなたたち。」
セレナ:「変なところで気が合うわね。」
ガルデ:「こいつと一緒にすんな。」
ハヤト:「酷い。」
長い食卓。
旅をしていた頃と少しだけ似ていた。
違うのは、ここが宿でも野営地でもないこと。
ハヤトの家だった。
ハヤトはふと思う。
(俺。)
(こういうの欲しかったのかもな。)
昔はハーレムが欲しいと思っていた。
美少女に囲まれて楽しく暮らす。
そんな高校生らしい妄想。
でも実際に手に入れ始めているのは少し違った。
仲間がいて。
一緒に飯を食って。
くだらない話をして。
明日のことを考える。
(まあ。)
(女の子多いけど。)
ハヤトはそこだけは少し嬉しかった。
セレナ:「何ニヤニヤしてるの?」
ハヤト:「してない!」
ヴェルミナ:「してたわよ。」
アスカ:「していましたね。」
フローネ:「何を考えていたのですか?」
ハヤト:「何でもない!」
ガルデ:「どうせくだらねぇことだろ。」
ハヤト:「なんで分かるんだよ!」
ガルデ:「顔。」
ハヤト:「顔に出てた!?」
ヴェルミナ:「かなり。」
ハヤト:「気を付けよう。」
ヴェルミナ:「無理じゃない?」
ハヤト:「努力する!」
いつものように笑い声が響く。
ガルデも少しだけ笑っていた。
◆◇◆
翌朝、ハヤトが目を覚ます。
着替えて食堂へ向かう。
廊下の途中。
ハヤト:「ん?」
玄関に誰かがいる。
ガルデだった。
身支度を整え大きな戦斧を背負っている。
ハヤト:「早いな。」
ガルデ:「お前が遅ぇんだ。」
ハヤト:「まだ朝だぞ。」
ガルデ:「行くんだろ。」
ハヤト:「どこに?」
ガルデ:「……。」
ハヤトは答えを分かっていた。
それでも本人の口から聞きたかった。
ガルデ:「兄貴のところだ。」
ハヤト:「決めた?」
ガルデ:「ああ。」
ガルデは戦斧の柄を握る。
ガルデ:「何を言えばいいのかは。」
ガルデ:「まだ分かんねぇ。」
ハヤト:「うん。」
ガルデ:「会って。」
ガルデ:「顔見て。」
ガルデ:「それから考える。」
ハヤト:「それでいいんじゃない?」
ガルデ:「お前に言われると不安になるな。」
ハヤト:「朝から酷くない?」
ガルデ:「あと。」
ハヤト:「何?」
ガルデ:「勘違いすんな。」
ハヤト:「何を?」
ガルデ:「俺は。」
ガルデ:「兄貴を連れ戻しに行くんじゃねぇ。」
ハヤト:「うん。」
ガルデ:「魔王軍を辞めろって。」
ガルデ:「頼むつもりもねぇ。」
ハヤト:「うん。」
ガルデ:「ただ。」
ガルデは少しだけ言葉に詰まった。
ガルデ:「勝手に。」
ガルデ:「全部諦めてんじゃねぇって。」
ガルデ:「それだけ言いに行く。」
ハヤトは笑った。
ハヤト:「十分じゃん。」
ガルデ:「笑うな。」
ハヤト:「笑ってない。」
ガルデ:「笑ってるだろ。」
その時後ろから声がした。
ヴェルミナ:「決まったみたいね。」
ハヤト:「起きてたの?」
ヴェルミナ:「今来たところ。」
さらに別方向から。
フローネ:「おはようございます。」
ハヤト:「……。」
フローネ:「何ですか?」
ハヤト:「今日もいる。」
フローネ:「悪いですか?」
ハヤト:「いや。」
ハヤト:「もう慣れた。」
フローネ:「……。」
ヴェルミナ:「あら。」
フローネ:「何です?」
ヴェルミナ:「ついに日常になったのね。」
フローネ:「何の話でしょう?」
ヴェルミナ:「別に♡」
フローネ:「その顔は何ですか。」
ハヤト:「朝飯にしよう。」
ガルデ:「切り替え早ぇな。」
ハヤト:「腹減った。」
ガルデ:「昨日、俺に飯は大事って言っただろ。」
ハヤト:「大事だ。」
ガルデ:「そこは一貫してんだな。」
四人は食堂へ向かう。
次の目的地は獣王グラヴのいる場所。
かつて獣王国の誰もが次の王になると信じた戦士。
ガルデが誰より憧れた兄。
そして世界そのものに失望し、魔王軍四天王となった男。
剣王バルガスとは違う。
ただ強くなったことを示せばいい相手ではない。
ハヤト:「ガルデ。」
ガルデ:「何だ?」
ハヤト:「行こう。」
ガルデ:「ああ。」
兄妹の終わっていなかった話が。
もう一度始まろうとしていた。




