第65話 剣王からの招待
翌朝、勇者の屋敷。
食堂の机には、一通の手紙が置かれていた。
差出人は剣王バルガス。
内容はたった一言。
『勇者を寄越せ。』
ハヤト:「……。」
フローネ:「……。」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「やっぱり短くない?」
ヴェルミナ:「だから昨日も言ったでしょう。」
ヴェルミナ:「あいつに手紙を書かせただけでも奇跡だって。」
ハヤト:「せめて場所くらい書いてくれよ。」
フローネ:「裏面に書いてあります。」
ハヤト:「本当だ。」
ヴェルミナ:「ちゃんと見なさいよ。」
ハヤト:「表しか見てなかった。」
ヴェルミナ:「子供?」
ハヤト:「十八です。」
フローネ:「その返し、久しぶりですね。」
ハヤト:「便利だから。」
ハヤトは手紙を裏返した。
そこには日時、場所、そして
『一人で来い。』
と書かれている。
ハヤト:「一人?」
フローネ:「却下です。」
即答だった。
ハヤト:「まだ何も言ってないけど。」
フローネ:「却下です。」
ハヤト:「二回言った。」
ヴェルミナ:「私も反対。」
ハヤト:「でも。」
ヴェルミナ:「でもじゃない。」
ハヤト:「バルガスって。」
ハヤト:「罠とか使うタイプじゃないだろ。」
ヴェルミナ:「使わないわね。」
ハヤト:「じゃあ。」
ヴェルミナ:「だからって。」
ヴェルミナ:「一人で行っていい理由にはならないでしょう。」
ハヤト:「……。」
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「はい。」
フローネ:「まさか。」
フローネ:「以前二度も負けたことを忘れていませんよね?」
ハヤト:「忘れるわけないだろ。」
少しだけ声が低くなった。
フローネもヴェルミナもそれに気付いた。
ハヤトは手紙を見る。
黒い剣の紋章。
そして剣王バルガスという名前。
今でもあの日のことを思い出せる。
全力の剣を片手で止められた。
バルガス:「軽い。」
たった一撃で吹き飛ばされた。
何度立ち上がっても届かなかった。
フローネも。
セレナも。
アスカも。
誰も止められなかった。
そして
バルガス:「期待外れだ。」
あの言葉。
ハヤトにとって人生で初めて自分が弱いと認めさせられた相手だった。
ヴェルミナ:「ハヤト。」
ハヤト:「ん?」
ヴェルミナ:「怖い?」
ハヤト:「……。」
少しだけ迷う。
だが誤魔化さなかった。
ハヤト:「怖い。」
フローネがハヤトを見る。
ハヤト:「名前見ただけで。」
ハヤト:「ちょっと思い出す。」
ヴェルミナ:「そう。」
ハヤト:「でも。」
ハヤトは手紙を畳む。
ハヤト:「行く。」
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「魔王と話すために必要なんだろ?」
ヴェルミナ:「……ええ。」
ハヤト:「だったら。」
ハヤト:「いつまでも避けてられない。」
フローネは何も言わなかった。
以前のハヤトなら怖いなどと認めなかっただろう。
勇者だから勝てる。
自分は強い。
そう言って勢いだけで向かっていた。
でも今は違う。
怖いと認めた上で進もうとしている。
フローネ:「分かりました。」
ハヤト:「いいの?」
フローネ:「いいとは言っていません。」
ハヤト:「どっち?」
フローネ:「私も行きます。」
ハヤト:「一人で来いって。」
フローネ:「途中までです。」
ハヤト:「なるほど。」
ヴェルミナ:「私も。」
ハヤト:「お前も?」
ヴェルミナ:「むしろ。」
ヴェルミナ:「私が行かないと話にならないでしょう。」
ハヤト:「なんで?」
ヴェルミナは紅茶を飲む。
ヴェルミナ:「あいつと話したことあるから。」
ハヤト:「どれくらい?」
ヴェルミナ:「昔は頻繁に。」
ハヤト:「仲良かった?」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「またその間?」
ヴェルミナ:「よく喧嘩したわ。」
ハヤト:「やっぱり仲悪かった?」
ヴェルミナ:「そうでもない。」
ハヤト:「どっちだよ。」
ヴェルミナは少しだけ懐かしそうな顔をした。
ヴェルミナ:「バルガスは昔から。」
ヴェルミナ:「剣以外にあまり興味がなかった。」
ハヤト:「今と一緒じゃん。」
ヴェルミナ:「そうね。」
ヴェルミナ:「ほとんど変わってない。」
ハヤト:「お前が四天王だった頃から?」
フローネもヴェルミナを見る。
ヴェルミナは少しだけ黙った。
そして。
ヴェルミナ:「そうよ。」
ハヤト:「やっぱり。」
ヴェルミナ:「何?」
ハヤト:「元四天王って。」
ハヤト:「未だに実感ないな。」
ヴェルミナ:「失礼ね。」
ハヤト:「だって。」
ハヤト:「普段こんなだし。」
ヴェルミナ:「こんなって何よ?」
ハヤト:「勝手に人の家に住むし。」
ヴェルミナ:「許可取ったわよ。」
ハヤト:「俺以外にな!」
フローネ:「そこは私も納得していません。」
ヴェルミナ:「まだ言うの?」
フローネ:「言います。」
ハヤト:「話ずれてない?」
ヴェルミナ:「あなたのせいよ。」
ハヤト:「なんで俺!?」
少しだけ空気が軽くなった。
それで十分だった。
◆◇◆
昼。
王城。
ハヤトたちはリーフィアの執務室にいた。
机の上にはバルガスから届いた手紙。
そして魔王軍勢力圏の地図。
リーフィア:「場所はこちらですわね。」
地図の北東部。
国境から少し魔族領へ入った場所。
古い砦がある。
そこが指定場所だった。
ハヤト:「バルガスの拠点?」
ヴェルミナ:「違うと思う。」
リーフィア:「偵察報告でも。」
リーフィア:「大軍が集結している様子はありません。」
フローネ:「本当に。」
フローネ:「勇者様一人を呼んでいる。」
リーフィア:「そのようですわ。」
ハヤト:「じゃあ、行ってくる。」
リーフィア:「軽いですわね。」
ハヤト:「だって。」
ハヤト:「会いたいって言うから。」
リーフィア:「相手は剣王ですのよ?」
ハヤト:「知ってる。」
リーフィア:「二度も敗北した相手です。」
ハヤト:「それも知ってる。」
リーフィア:「怖くありませんの?」
ハヤト:「怖い。」
リーフィアが少し驚く。
ハヤト:「でも。」
ハヤト:「逃げたくはない。」
リーフィアはしばらくハヤトを見ていた。
そして小さく笑う。
リーフィア:「随分変わりましたわね。」
ハヤト:「そう?」
リーフィア:「以前なら。」
リーフィア:「俺が勝つ、と真っ先に言っていましたわ。」
ハヤト:「昔の俺。」
ハヤト:「嫌な奴じゃない?」
フローネ:「少し。」
ヴェルミナ:「かなり。」
ハヤト:「フローネは優しい。」
ヴェルミナ:「何よ?」
ハヤト:「いや。」
ヴェルミナ:「今、私に何か言いたそうだったでしょう。」
ハヤト:「何でもない。」
ヴェルミナ:「こっち見なさい。」
ハヤト:「王女様。」
ハヤト:「話を続けましょう。」
ヴェルミナ:「逃げた。」
ハヤト:「今は政治の話!」
リーフィアは噴き出しそうになるのを堪えていた。
リーフィア:「ともかく。」
リーフィア:「会談そのものは許可します。」
ハヤト:「よし。」
リーフィア:「ですが。」
ハヤト:「何?」
リーフィア:「絶対に。」
リーフィア:「勝手に全面戦争を始めないでくださいませ。」
ハヤト:「俺を何だと思ってるの?」
三人が黙った。
ハヤト:「なんで黙るの!?」
◆◇◆
翌朝。
王都の城門。
ハヤト。
フローネ。
ヴェルミナ。
三人が並んでいた。
セレナとアスカ、そしてガルデは今回は王都に残る。
バルガスの指定は勇者一人。
フローネとヴェルミナも国境まで同行するだけだった。
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「何?」
フローネ:「絶対に無茶をしないでください。」
ハヤト:「分かってる。」
フローネ:「本当ですね?」
ハヤト:「本当。」
ヴェルミナ:「危なくなったら逃げなさい。」
ハヤト:「逃げていいの?」
ヴェルミナ:「当然でしょう。」
ハヤト:「バルガスから?」
ヴェルミナ:「そう。」
ヴェルミナは少しだけ口元を上げる。
ヴェルミナ:「私から逃げるより。」
ヴェルミナ:「よっぽど格好いいわよ。」
ハヤト:「……。」
フローネ:「?」
ハヤト:「何でもない。」
ヴェルミナ:「顔赤いわよ?」
ハヤト:「行くぞ!」
ヴェルミナ:「話逸らした。」
ハヤト:「行くって!」
フローネは二人のやり取りを見る。
またほんの少しだけ胸の奥がざわついた。
今ならその理由が以前より分かる。
でもまだ口には出せなかった。
三人は王都を出る。
目的地は魔族領との国境。
そこで待つのはハヤトに初めて敗北を教えた男。
剣王バルガス。
三度目の対面はもうすぐだった。




