第64話 勇者のお仕事
朝。
ハヤトは食堂で朝食を食べていた。
右側にはフローネ。
左側にはヴェルミナ。
いつの間にかこの配置が普通になりつつあった。
ハヤト:「なあ。」
フローネ:「何でしょう?」
ヴェルミナ:「何?」
ハヤト:「なんで二人ともいるの?」
フローネ:「朝食をいただいているからです。」
ヴェルミナ:「私は住んでるから。」
ハヤト:「それは分かる。」
ハヤトはフローネを見る。
ハヤト:「今日は訓練ないよな?」
フローネ:「ありません。」
ハヤト:「仕事は?」
フローネ:「午後からです。」
ハヤト:「じゃあ。」
ハヤト:「なんで朝からいるの?」
フローネ:「……。」
ヴェルミナが紅茶を飲む。
ヴェルミナ:「聞いてあげない方がいいんじゃない?」
ハヤト:「なんで?」
フローネ:「近くまで来たからです!」
ハヤト:「朝から?」
フローネ:「朝からです!」
ヴェルミナ:「騎士団寮は東側よ。」
フローネ:「今日は西側を散歩していました!」
ヴェルミナ:「随分早起きなのね。」
フローネ:「鍛錬です!」
ヴェルミナ:「へえ。」
フローネ:「何ですか!」
ハヤト:「二人とも朝から元気だな。」
フローネ:「勇者様は黙っていてください!」
ハヤト:「また俺!?」
その時だった。
屋敷の外から馬の蹄の音が聞こえた。
続いて玄関の呼び鈴が鳴る。
コンコン。
ハヤト:「今度は誰だ?」
使用人が応対する。
数分後、王国軍の兵士が食堂へ案内されてきた。
兵士:「勇者殿。」
ハヤト:「おはよう。」
兵士:「緊急の討伐依頼です。」
ハヤト:「朝飯の途中なんだけど。」
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「行きます。」
ヴェルミナ:「切り替え早いわね。」
◆◇◆
王都北西部。
広大な農地が広がる地域だった。
最近、魔獣による被害が増えているという。
家畜が襲われ畑が荒らされ、昨夜ついに農家の倉庫まで破壊された。
幸いまだ死者は出ていない。
ハヤト:「それで。」
ハヤト:「魔獣はどこ?」
案内役の兵士が遠くの森を指差す。
兵士:「あちらです。」
兵士:「偵察隊の報告では。」
兵士:「少なくとも三体。」
ハヤト:「三体だけ?」
兵士:「はい。」
兵士:「いずれも大型です。」
ハヤト:「分かった。」
ハヤトは剣へ手を伸ばす。
すると後ろから足音が聞こえた。
フローネ:「私も行きます。」
ハヤト:「え?」
フローネ:「何ですか?」
ハヤト:「午後から仕事じゃなかった?」
フローネ:「討伐が長引いた場合。」
フローネ:「そのまま騎士団へ向かいます。」
ハヤト:「真面目だな。」
フローネ:「普通です。」
さらに別方向から声がする。
ヴェルミナ:「私も行くわ。」
ハヤト:「なんで!?」
ヴェルミナ:「暇だから。」
ハヤト:「またそれ?」
ヴェルミナ:「屋敷に一人でいても退屈なの。」
フローネ:「留守番をしていればいいのでは?」
ヴェルミナ:「嫌よ。」
フローネ:「なぜですか?」
ヴェルミナ:「ハヤトが何をするか分からないから。」
フローネ:「……。」
フローネ:「それは。」
フローネ:「否定できません。」
ハヤト:「否定してよ!」
二人が同時にハヤトを見る。
フローネ:「これまでの実績があります。」
ヴェルミナ:「死にかけた回数を数える?」
ハヤト:「行こう。」
ヴェルミナ:「逃げた。」
フローネ:「逃げましたね。」
ハヤト:「討伐に行くんだよ!」
◆◇◆
森へ入って十分ほどで魔獣の痕跡はすぐに見つかった。
折れた木。
大きな足跡。
そして食い荒らされた動物の跡。
フローネ:「かなり大きいですね。」
ヴェルミナ:「普通の魔獣じゃないわね。」
ハヤト:「強い?」
ヴェルミナ:「昔のあなたなら。」
ヴェルミナ:「少しは苦戦したかも。」
ハヤト:「今は?」
ヴェルミナ:「知らない。」
ハヤト:「そこは褒めてくれよ。」
ヴェルミナ:「調子に乗るでしょう?」
ハヤト:「乗らない。」
フローネ:「乗ります。」
ハヤト:「即答!?」
その時、森の奥から低い唸り声が聞こえた。
三人が止まる。
グルルルル……。
木々が揺れる。
そして巨大な魔獣が姿を現した。
狼型。
だが大きさが異常だった。
普通の狼の五倍はある。
さらにその後ろから二体。
合計三体。
報告通りだった。
ハヤト:「でかいな。」
フローネ:「油断しないでください。」
ハヤト:「分かってる。」
ヴェルミナ:「本当に?」
ハヤト:「信用なさすぎだろ!」
魔獣が地面を蹴る。
一体目がハヤトへ突進する。
速い。
だがハヤトには見えていた。
身体を少しだけ横へ動かす。
魔獣の爪が目の前を通り過ぎる。
ハヤト:「こうやって。」
剣を振るう。
一閃。
巨大な魔獣が横へ倒れた。
ハヤト:「避けて。」
続いて二体目。
今度は真正面から噛み付いてくる。
ハヤトは一歩踏み込む。
剣の柄で魔獣の顎を跳ね上げる。
そのまま刃を返す。
二体目も倒れる。
ハヤト:「斬る。」
最後。
三体目。
ハヤトへ向かわない。
横からフローネを狙った。
ハヤト:「危ない!」
ハヤトが飛び込もうとする。
だが。
フローネ:「必要ありません!」
剣が閃いた。
魔獣の攻撃を受け流す。
身体を回転させその勢いを利用して首元へ一撃。
三体目も地面へ倒れた。
静寂。
ハヤト:「……。」
フローネ:「何ですか?」
ハヤト:「いや。」
フローネ:「何でしょう?」
ハヤト:「俺。」
ハヤト:「助ける必要なかったなって。」
フローネ:「当然です。」
ハヤト:「強いな。」
フローネ:「今さらですか?」
ハヤト:「いや。」
ハヤト:「知ってたけど。」
フローネ:「なら何です?」
ハヤト:「改めて。」
フローネ:「……。」
ハヤト:「かっこいいな。」
フローネ:「……。」
ハヤト:「フローネ?」
フローネは。
急に顔を逸らした。
フローネ:「知りません。」
ハヤト:「何が?」
フローネ:「知りません!」
ハヤト:「なんで怒った!?」
ヴェルミナは少し離れた場所から二人を見ていた。
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「ヴェルミナ?」
ヴェルミナ:「何?」
ハヤト:「今度はお前が不機嫌?」
ヴェルミナ:「別に。」
ハヤト:「絶対別にじゃない。」
ヴェルミナ:「別に!」
ハヤト:「なんで今日みんな怒るんだよ!」
◆◇◆
討伐は驚くほど簡単に終わった。
昔ドラゴン一体と戦った時、ハヤトは慢心した。
そしてフローネを危険な目に遭わせた。
その後バルガスに完敗した。
グラヴにも届かなかった。
ネクロスとは死にかけながら戦った。
導師。
世界樹。
原初の王。
黒きもの。
数え切れないほどの戦いを越えた。
今では大型魔獣三体程度ならフローネと二人だけでもほとんど危険なく倒せる。
ハヤト:「俺。」
フローネ:「何でしょう?」
ハヤト:「結構強くなった?」
フローネ:「ええ。」
今度はすぐに答えた。
フローネ:「強くなりました。」
ハヤト:「そっか。」
フローネ:「ですが。」
ハヤト:「何?」
フローネ:「それ以上に。」
フローネ:「慎重になりました。」
ハヤト:「俺が?」
ヴェルミナ:「多少はね。」
ハヤト:「多少?」
フローネ:「昔の勇者様なら。」
フローネ:「一体目を倒した時点で。」
フローネ:「楽勝だと言っていたと思います。」
ハヤト:「……。」
思い当たる。
猛烈に思い当たる。
ハヤト:「俺。」
ハヤト:「嫌な奴だった?」
フローネ:「今も時々。」
ハヤト:「今も!?」
ヴェルミナ:「大丈夫よ。」
ハヤト:「何が?」
ヴェルミナ:「今は。」
ヴェルミナ:「そこも含めて嫌いじゃないから♡」
ハヤト:「……。」
ハヤトの顔が一気に赤くなった。
ヴェルミナ:「あら?」
ハヤト:「帰るぞ!」
ヴェルミナ:「逃げた。」
ハヤト:「逃げてない!」
フローネは急に歩き出したハヤトの背中を見る。
そしてヴェルミナを見る。
フローネ:「……今の。」
ヴェルミナ:「何?」
フローネ:「わざとですね?」
ヴェルミナ:「何のこと?」
フローネ:「……。」
ヴェルミナは楽しそうに笑った。
フローネの胸の奥にまたあの感覚が生まれる。
あまり面白くない。
フローネ:(私……。)
もう気付かないふりをするのはかなり難しくなっていた。
◆◇◆
夕方。
屋敷へ戻ったハヤトは玄関に入ったところで足を止めた。
テーブルの上に一通の手紙が置かれている。
ハヤト:「何これ?」
使用人:「王城より届いております。」
ハヤト:「仕事?」
使用人:「至急とのことです。」
ハヤトは封を開く。
差出人はリーフィアだった。
内容は短い。
『魔王軍より使者が到着しました。』
ハヤトの表情が変わる。
フローネも。
ヴェルミナも。
手紙を見る。
ヴェルミナ:「早かったわね。」
ハヤト:「魔王から?」
ヴェルミナ:「まだ分からない。」
ハヤトは続きを読む。
そして首を傾げた。
ハヤト:「ヴェルミナ。」
ヴェルミナ:「何?」
ハヤト:「この紋章。」
ヴェルミナは。
手紙の下部を見る。
黒い剣。
その周囲を囲む魔王軍の紋章。
ヴェルミナの笑みが消えた。
ヴェルミナ:「……バルガス。」
ハヤト:「え?」
フローネの表情も一気に険しくなる。
忘れるはずがない。
ハヤトたちへ初めて完全な敗北を与えた男。
そして黒の工房でも最後まで決着がつかなかった相手。
剣王バルガス。
ハヤトは手紙の最後の一文を見る。
そこにはたった一言だけ書かれていた。
『勇者を寄越せ。』
ハヤト:「短っ。」
ヴェルミナ:「昔からよ。」
ハヤト:「もうちょっと何か書けないの?」
ヴェルミナ:「あいつに手紙を書かせただけでも奇跡ね。」
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「分かってる。」
ハヤトは手紙を握る。
以前なら名前を見ただけで身体が強張ったかもしれない。
人生初の敗北。
二度戦って二度とも届かなかった相手。
それでも今は少し違った。
ハヤト:「会いに行こう。」
フローネ:「はい。」
ヴェルミナ:「ええ。」
ハヤト:「今度は。」
ハヤト:「戦うためじゃないけどな。」
剣王バルガス。
三度目の邂逅が静かに近付いていた。




