第63話 毎日来る女騎士
翌朝。
ハヤトが屋敷の食堂で朝食を食べていると。
玄関の方から呼び鈴の音が聞こえた。
ハヤト:「来た。」
ヴェルミナ:「誰が?」
ハヤト:「フローネ。」
ヴェルミナの手が止まった。
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「何?」
ヴェルミナ:「別に。」
ハヤト:「なんで急に不機嫌そうなんだよ。」
ヴェルミナ:「不機嫌じゃないわよ。」
ハヤト:「そう?」
ヴェルミナ:「そう。」
昨日、フローネから手紙が届いていた。
今日の衛兵訓練について相談があるため朝から屋敷へ来るという。
ハヤトは残っていたパンを口へ放り込む。
ハヤト:「じゃあ行ってくる。」
ヴェルミナ:「待ちなさい。」
ハヤト:「何?」
ヴェルミナ:「私も行く。」
ハヤト:「訓練に?」
ヴェルミナ:「玄関まで。」
ハヤト:「なんで?」
ヴェルミナ:「自分の家なんだから。」
ハヤト:「俺の家だけど。」
ヴェルミナ:「細かいことはいいの。」
ハヤト:「全然細かくないと思う。」
二人で玄関へ向かう。
使用人が扉を開ける。
そこには騎士鎧姿のフローネが立っていた。
手には分厚い書類の束。
フローネ:「おはようございます。」
ハヤト:「おはよう。」
ヴェルミナ:「いらっしゃい。」
フローネ:「……。」
一瞬、フローネの視線がヴェルミナへ向く。
朝。
ハヤトの屋敷。
当然のように玄関へ顔を出すヴェルミナ。
分かっていたことである。
最初からここに住んでいるのだから。
それでも妙に気になった。
ヴェルミナ:「どうしたの?」
フローネ:「何でもありません。」
ヴェルミナ:「そう?」
フローネ:「そうです。」
ハヤト:「朝から二人とも変だぞ?」
フローネ:「勇者様は黙っていてください。」
ヴェルミナ:「あなたは黙ってて。」
ハヤト:「なんで俺が怒られるの!?」
◆◇◆
応接室。
机の上にフローネが持ってきた書類が広げられていた。
フローネ:「昨日の訓練結果です。」
ハヤト:「もう結果出るの?」
フローネ:「結果というより、衛兵たちからの感想ですね。」
ハヤト:「お。」
ハヤト:「評判いい?」
フローネ:「好評です。」
ハヤト:「本当!?」
フローネ:「私の解説が。」
ハヤト:「俺は!?」
フローネ:「実演は非常に勉強になったそうです。」
ハヤト:「実演。」
フローネ:「はい。」
ハヤト:「先生としては?」
フローネ:「……。」
ハヤト:「なんで黙るの?」
フローネ:「今後に期待しています。」
ハヤト:「遠回しに駄目って言われた!」
ヴェルミナは向かい側のソファに座り。
楽しそうに二人を見ていた。
ヴェルミナ:「向いてないものね。」
ハヤト:「お前まで言うな。」
ヴェルミナ:「『グッとやってドン』だったかしら?」
ハヤト:「聞いてたの!?」
ヴェルミナ:「有名よ。」
ハヤト:「もう広まってる!?」
フローネが笑いを堪える。
ハヤト:「フローネまで笑うなよ!」
フローネ:「申し訳ありません。」
全然申し訳なさそうではなかった。
話し合いは三十分ほどで終わった。
ハヤト:「じゃあ。」
ハヤト:「今日は回避訓練と連携訓練?」
フローネ:「はい。」
フローネ:「午後は騎士団との合同訓練も予定されています。」
ハヤト:「了解。」
フローネは書類をまとめる。
本来ならこれで用事は終わりだった。
だがフローネは立ち上がらない。
ハヤト:「どうした?」
フローネ:「何がですか?」
ハヤト:「いや。」
ハヤト:「終わったんじゃないの?」
フローネ:「……。」
ヴェルミナが紅茶を飲む。
ヴェルミナ:「あら。」
フローネ:「何ですか?」
ヴェルミナ:「別に。」
フローネ:「その顔は何ですか?」
ヴェルミナ:「どの顔?」
フローネ:「今の顔です。」
ヴェルミナ:「分からないわ。」
二人の視線がぶつかる。
ハヤトだけが首を傾げていた。
フローネ:「……お茶。」
ハヤト:「ん?」
フローネ:「まだ。」
フローネ:「いただいていません。」
ハヤト:「あ。」
ハヤトは慌てて使用人を呼ぶ。
ハヤト:「ごめん。」
フローネ:「いえ。」
ヴェルミナ:「紅茶なら目の前にあるけど?」
フローネ:「勇者様の屋敷でいただくことに意味があるのです。」
ヴェルミナ:「へえ。」
フローネ:「……。」
ヴェルミナ:「へえ。」
フローネ:「二回言わないでください。」
ハヤト:「何の話?」
二人:「何でもない!」
ハヤト:「また揃った!」
◆◇◆
その日の夕方、訓練は無事に終了した。
ハヤトとフローネは一緒に屋敷の前まで戻ってきていた。
ハヤト:「疲れた。」
フローネ:「昨日より教え方が良くなりましたね。」
ハヤト:「だろ?」
フローネ:「『グッ』が『踏み込む』になりました。」
ハヤト:「成長した。」
フローネ:「『ドン』は残っていましたが。」
ハヤト:「そこは分かりやすいだろ。」
フローネ:「分かりません。」
ハヤト:「厳しい。」
屋敷の門の前でフローネが足を止める。
ハヤト:「入ってく?」
フローネ:「え?」
ハヤト:「夕飯。」
フローネ:「……。」
ハヤト:「どうした?」
フローネ:「いいのですか?」
ハヤト:「別にいいだろ。」
ハヤト:「いつも一緒に食ってたし。」
旅をしていた頃は毎日のように食事を共にしていた。
だからハヤトに深い意味はなかった。
だがフローネにとっては少し違った。
フローネ:「では。」
フローネ:「お邪魔します。」
ほんの少しだけ嬉しそうだった。
◆◇◆
次の日の朝。
コンコン。
ハヤト:「また?」
扉を開ける。
フローネがいた。
フローネ:「おはようございます。」
ハヤト:「おはよう。」
フローネ:「昨日の合同訓練について、報告書をお持ちしました。」
ハヤト:「もう?」
フローネ:「はい。」
ハヤト:「真面目だな。」
フローネ:「仕事ですから。」
奥からヴェルミナが顔を出す。
ヴェルミナ:「今日も来たの?」
フローネ:「今日もとは何ですか?」
ヴェルミナ:「昨日も来たでしょう。」
フローネ:「仕事です。」
ヴェルミナ:「ふうん。」
フローネ:「何です?」
ヴェルミナ:「何でもないわ。」
フローネ:「そうですか。」
結局その日もフローネは夕食までいた。
◆◇◆
三日目。
昼過ぎ。
コンコン。
ハヤト:「はい。」
扉を開ける。
フローネがいた。
ハヤト:「今日は訓練ないぞ?」
フローネ:「知っています。」
ハヤト:「じゃあ仕事?」
フローネ:「違います。」
ハヤト:「何しに来たの?」
フローネ:「……。」
フローネは手に持っていた包みを差し出す。
フローネ:「これを。」
ハヤト:「何?」
フローネ:「城下町で焼き菓子をいただきました。」
フローネ:「一人では食べきれませんので。」
ハヤト:「おお。」
ハヤト:「ありがとう!」
フローネ:「別に。」
フローネ:「勇者様のために用意したわけではありません。」
ハヤト:「分かってる。」
フローネ:「……。」
なぜかフローネが少し不満そうな顔をした。
ハヤト:「何?」
フローネ:「何でもありません。」
後ろからヴェルミナの声が聞こえる。
ヴェルミナ:「それ。」
ヴェルミナ:「王都で人気のお店じゃない。」
フローネの動きが止まる。
ヴェルミナが包みを見る。
ヴェルミナ:「朝は行列ができるでしょう?」
フローネ:「……。」
ハヤト:「そうなの?」
ヴェルミナ:「ええ。」
ヴェルミナ:「わざわざ並んだの?」
フローネ:「偶然です。」
ヴェルミナ:「行列に?」
フローネ:「偶然です!」
ハヤト:「すごい偶然だな。」
フローネ:「勇者様は黙っていてください!」
ハヤト:「なんで!?」
ヴェルミナは完全に分かっていた。
ヴェルミナ:(なるほどね。)
フローネが何を理由にしてこの屋敷へ来ているのか。
本人だけは隠せているつもりらしい。
ヴェルミナ:(可愛いじゃない。)
同時に胸の奥が少しだけざわついた。
以前なら面白がっていただけかもしれない。
だが今は違う。
ハヤトを譲るつもりはなかった。
◆◇◆
四日目。
夕方。
コンコン。
ハヤト:「はい。」
扉を開ける。
フローネ。
ハヤト:「今日は何?」
フローネ:「近くまで来ましたので。」
ハヤト:「そうなんだ。」
フローネ:「はい。」
後ろからヴェルミナが現れる。
ヴェルミナ:「騎士団本部。」
ヴェルミナ:「王都の東側よね?」
フローネ:「そうですが?」
ヴェルミナ:「この屋敷。」
ヴェルミナ:「西側だけど?」
フローネ:「……。」
ハヤト:「あれ?」
フローネ:「……。」
ヴェルミナ:「随分遠くまで。」
ヴェルミナ:「近くに来たのね。」
フローネ:「散歩です。」
ヴェルミナ:「鎧で?」
フローネ:「鍛錬です!」
ヴェルミナ:「へえ。」
フローネ:「何ですか!」
ヴェルミナ:「何でもないわよ♡」
ハヤトは二人を交互に見る。
ハヤト:「仲良くなった?」
フローネ:「なっていません!」
ヴェルミナ:「なってないわ。」
ハヤト:「そっか。」
ヴェルミナ:「納得するの早くない?」
ハヤト:「だって二人が言うから。」
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「何?」
フローネ:「お邪魔しても?」
ハヤト:「もちろん。」
フローネ:「ありがとうございます。」
フローネは少しだけ笑った。
◆◇◆
五日目。
朝。
コンコン。
ハヤトは玄関へ向かわなかった。
食堂でパンを食べ続けている。
ヴェルミナ:「出ないの?」
ハヤト:「フローネだろ。」
ヴェルミナ:「確認しなくていいの?」
ハヤト:「もう使用人が開けてる。」
数秒後。
廊下から足音。
フローネ:「おはようございます。」
ハヤト:「おはよう。」
ヴェルミナ:「おはよう。」
フローネ:「……。」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「朝飯食う?」
フローネ:「よろしいのですか?」
ハヤト:「もう毎日来てるし。」
フローネ:「毎日……。」
ハヤト:「違った?」
フローネ:「……。」
ヴェルミナがゆっくり紅茶を飲む。
ヴェルミナ:「毎日ね。」
フローネ:「仕事もありますから。」
ヴェルミナ:「今日は?」
フローネ:「……。」
ヴェルミナ:「仕事?」
フローネ:「今日は休みです。」
ヴェルミナ:「へえ。」
フローネ:「何ですか?」
ヴェルミナ:「休みの日まで来るのね。」
フローネ:「悪いですか?」
ヴェルミナ:「全然。」
ヴェルミナは楽しそうに笑う。
ヴェルミナ:「むしろ。」
ヴェルミナ:「歓迎するわ。」
フローネ:「あなたの屋敷ではありません。」
ヴェルミナ:「住んでるもの。」
フローネ:「勇者様の屋敷です。」
ヴェルミナ:「知ってるわ。」
フローネ:「でしたら。」
ハヤト:「二人とも。」
二人:「何?」
ハヤト:「飯冷めるぞ。」
沈黙。
ヴェルミナ:「……。」
フローネ:「……。」
ヴェルミナ:「そうね。」
フローネ:「いただきます。」
三人で朝食を食べ始める。
ハヤトにとってはいつの間にか出来上がり始めた新しい日常だった。
朝になればヴェルミナがいる。
そして気付けばフローネも来る。
ハヤト:(なんか。)
ハヤト:(賑やかになったな。)
それだけだった。
まだそれだけだと思っていた。
一方、テーブルの反対側ではヴェルミナがフローネを見ていた。
フローネもヴェルミナを見る。
二人とももう相手が何を考えているのかなんとなく分かっていた。
だが口にはしない。
まだ今は。
そして何も知らないハヤトは美人二人と朝食を食べながら。
ハヤト:(今日の昼飯何かな。)
そんなことを考えていた。
夢にまで見たはずの状況がすでに目の前にあるというのに。




