第61話 同居人ヴェルミナ
勇者ハヤトが王都に屋敷を与えられてから最初の朝が来た。
ハヤトは大きなベッドの上で目を覚ました。
見慣れない天井。
広すぎる部屋。
昨日まで使っていた王城の客室とも違う。
ここは自分の家だった。
ハヤト:「……。」
ハヤトはしばらく天井を見つめる。
そして。
ハヤト:「俺の家なんだよな。」
少しだけ笑った。
異世界へ来てからずっと誰かに用意してもらった場所で眠ってきた。
王城。
宿。
野営地。
山小屋。
ようやく帰ってくる場所ができた。
ハヤト:(悪くないな。)
その時だった。
コンコン。
扉が鳴る。
ハヤト:「どうぞ。」
扉が開いた。
ヴェルミナ:「おはよう♡」
ハヤト:「……。」
ハヤトは布団を頭まで被った。
ヴェルミナ:「なんで隠れるのよ。」
ハヤト:「夢だと思って。」
ヴェルミナ:「残念。」
ヴェルミナ:「現実よ。」
ハヤト:「そうだった。」
昨日、すぐにこの屋敷にはもう一人住み始めていた。
元魔王軍の四天王、妖姫ヴェルミナ。
ハヤトへ本気で好意を寄せている魔族。
ただし最後の一点についてだけハヤトはまだ真正面から認めないようにしていた。
ハヤト:「何の用?」
ヴェルミナ:「朝食。」
ハヤト:「使用人がいるだろ?」
ヴェルミナ:「もう出来てるわよ。」
ハヤト:「じゃあなんで起こしに来たの?」
ヴェルミナ:「一緒に食べたいから。」
ハヤト:「……。」
ヴェルミナ:「何?」
ハヤト:「朝から強いな。」
ヴェルミナ:「何が?」
ハヤト:「何でもない。」
ハヤトはベッドから降りる。
ヴェルミナ:「着替える?」
ハヤト:「着替える。」
ヴェルミナ:「手伝おうか?」
ハヤト:「結構です!」
ヴェルミナ:「即答?」
ハヤト:「出てけ!」
ヴェルミナは楽しそうに笑いながら部屋を出ていった。
扉が閉まる。
ハヤトは胸を押さえた。
ハヤト:(危ない。)
ハヤト:(なんで朝からあんなに距離近いんだよ。)
少し考える。
ハヤト:(いや。)
ハヤト:(一緒に住んでるからか?)
さらに考える。
ハヤト:(一緒に住んでても普通は着替え手伝わないよな?)
答えは出なかった。
正確には出そうになったので考えるのをやめた。
◆◇◆
食堂。
長いテーブルの端に。
ハヤトとヴェルミナが向かい合って座っていた。
広い。
異常に広い。
ハヤト:「落ち着かない。」
ヴェルミナ:「何が?」
ハヤト:「二人しかいないのに、この机でかすぎるだろ。」
ヴェルミナ:「そのうち増えるんじゃない?」
ハヤト:「誰が?」
ヴェルミナ:「さあ?」
ヴェルミナは意味ありげに笑う。
ハヤトには意味が分からなかった。
朝食が運ばれてくる。
焼き立てのパン。
卵料理。
スープ。
肉。
果物。
昔。
王城で初めて朝食を食べた時を思い出すような豪華さだった。
ハヤト:「うまそう。」
ヴェルミナ:「本当に食べ物で機嫌良くなるわね。」
ハヤト:「大事だぞ。」
ハヤトはパンを取る。
一口。
ハヤト:「うまい。」
ヴェルミナ:「良かったわね。」
少しだけ静かな時間が流れる。
ハヤトはスープを飲む。
ヴェルミナは紅茶を飲む。
戦場でもない。
魔王軍について話しているわけでもない。
導師もいない。
世界樹もない。
ただ同じ家で朝食を食べている。
ハヤト:(変な感じだな。)
ヴェルミナ:「何?」
ハヤト:「いや。」
ハヤト:「お前とこうして普通に飯食ってるの、不思議だなって。」
ヴェルミナ:「そう?」
ハヤト:「最初に会った時は敵だったし。」
ヴェルミナ:「あなた。」
ヴェルミナ:「最初に会った時から私を敵として見てなかったでしょう。」
ハヤト:「見てたよ。」
ヴェルミナ:「嘘。」
ハヤト:「本当。」
ヴェルミナ:「最初に何て言ったか覚えてる?」
ハヤト:「……。」
ヴェルミナ:「美人。」
ハヤト:「忘れてください。」
ヴェルミナ:「嫌よ。」
ハヤト:「なんで。」
ヴェルミナ:「嬉しかったから。」
ハヤトの手が止まる。
ヴェルミナは平然と紅茶を飲んでいる。
ハヤトだけが妙に意識していた。
ハヤト:(朝から調子狂うな。)
◆◇◆
朝食後。
ハヤトは屋敷の庭へ出ていた。
午後から衛兵たちの訓練計画を考えなければならない。
その前に軽く身体を動かそうと思ったのだ。
ハヤトは木剣を握る。
一度振る。
二度。
三度。
ハヤト:「よし。」
背後から。
拍手が聞こえた。
ヴェルミナ:「真面目ね。」
ハヤト:「なんで見てるの?」
ヴェルミナ:「暇だから。」
ハヤト:「お前、仕事ないの?」
ヴェルミナ:「あるわよ。」
ハヤト:「何?」
ヴェルミナ:「あなたと魔王軍の連絡役。」
ハヤト:「今やってないじゃん。」
ヴェルミナ:「連絡が来てないもの。」
ハヤト:「給料泥棒。」
ヴェルミナ:「給料もらってないわよ。」
ハヤト:「そうだった。」
ヴェルミナは庭へ降りてくる。
そしてハヤトの木剣を見る。
ヴェルミナ:「衛兵の指導?」
ハヤト:「午後から。」
ヴェルミナ:「あなたに教えられるの?」
ハヤト:「失礼だな。」
ヴェルミナ:「どうやって強くなったか説明してみて。」
ハヤト:「まず。」
ハヤトは構える。
ハヤト:「相手を見る。」
ヴェルミナ:「うん。」
ハヤト:「来たら。」
ハヤトは木剣を振る。
ハヤト:「避ける。」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「その後。」
ハヤト:「斬る。」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「完璧。」
ヴェルミナ:「駄目ね。」
ハヤト:「なんで!?」
ヴェルミナ:「教える才能がない。」
ハヤト:「まだ一分だぞ!」
ヴェルミナ:「十分分かったわ。」
ハヤト:「酷い!」
ヴェルミナは笑う。
そして木剣を一本取った。
ハヤト:「何するの?」
ヴェルミナ:「相手してあげる。」
ハヤト:「大丈夫なのか?」
ヴェルミナ:「何が?」
ハヤト:「生命共有。」
ハヤト:「まだ完全に戻ってないだろ。」
ヴェルミナの動きが止まった。
ヴェルミナ:「気にしてたの?」
ハヤト:「そりゃ気にするだろ。」
ヴェルミナ:「どうして?」
ハヤト:「俺のせいで減ったんだから。」
ヴェルミナ:「それだけ?」
ハヤト:「え?」
ヴェルミナが一歩近付く。
ハヤトは反射的に一歩下がった。
ヴェルミナ:「それだけ?」
ハヤト:「何が?」
ヴェルミナ:「責任を感じてるだけ?」
ハヤト:「いや。」
ハヤト:「普通に心配するだろ。」
ヴェルミナ:「誰でも?」
ハヤト:「仲間なら。」
ヴェルミナ:「……。」
少しだけヴェルミナの表情が変わる。
嬉しい。
でも少しだけ物足りない。
そんな答えだった。
ヴェルミナ:「まあいいわ。」
ハヤト:「何なの?」
ヴェルミナ:「今はそれで。」
ハヤト:「今は?」
ヴェルミナ:「そのうち分かる。」
ハヤト:「最近みんなそれ言うな!」
ヴェルミナは笑った。
◆◇◆
昼過ぎ。
王城の訓練場。
ハヤトは五十人ほどの衛兵を前に立っていた。
衛兵たちの視線が集中する。
ハヤト:「……。」
衛兵:「……。」
ハヤト:「えっと。」
ハヤトは非常に困っていた。
ハヤト:(何教えればいいんだ?)
今さら気付いた。
自分は強い。
だがどうして強いのか説明できない。
女神から与えられた能力。
成長加速。
実戦経験。
そしてほとんど感覚。
ハヤト:(まずい。)
一人の衛兵が手を挙げる。
衛兵:「勇者様!」
ハヤト:「はい!」
衛兵:「敵の攻撃を見切るコツを教えてください!」
ハヤト:「コツ?」
衛兵:「はい!」
ハヤトは少し考える。
ハヤト:「よく見る。」
衛兵:「……。」
ハヤト:「相手を。」
衛兵:「……それだけですか?」
ハヤト:「かな?」
衛兵たちがざわつく。
ハヤト:(まずい。)
別の衛兵が手を挙げる。
衛兵:「踏み込みを速くするには?」
ハヤト:「グッてやる。」
衛兵:「グッ?」
ハヤト:「足に力入れて。」
ハヤト:「ドン。」
衛兵:「ドン?」
ハヤト:「そう。」
衛兵:「……。」
ハヤト:(まずい。)
かなりまずかった。
その時だった。
背後から聞き慣れた声が響く。
フローネ:「勇者様。」
ハヤトは勢いよく振り返った。
そこに騎士鎧を着たフローネが立っていた。
ハヤト:「フローネ!」
フローネ:「何を教えているのですか?」
ハヤト:「助けて。」
即答だった。
フローネは深いため息を吐いた。
フローネ:「やはり。」
ハヤト:「やはり?」
フローネ:「リーフィアに頼まれて来て正解でした。」
ハヤト:「王女様。」
ハヤト:「俺が失敗する前提だったの?」
フローネ:「正確には。」
フローネ:「失敗する可能性が非常に高いと。」
ハヤト:「同じじゃん!」
フローネはハヤトの隣へ立つ。
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「はい。」
フローネ:「まず。」
フローネ:「あなたが実演してください。」
ハヤト:「実演?」
フローネ:「私が説明します。」
ハヤト:「あ。」
ハヤトは少し考える。
ハヤト:「それならできる。」
フローネ:「でしょうね。」
ハヤト:「なんでちょっと呆れてる?」
フローネ:「気のせいです。」
そこから訓練は驚くほど順調に進んだ。
ハヤトが動く。
フローネが解説する。
ハヤトが攻撃を受ける。
フローネが防御方法を説明する。
ハヤトが踏み込む。
フローネが身体の使い方を細かく言葉にする。
衛兵:「なるほど!」
衛兵:「分かりやすい!」
衛兵:「さすが副団長!」
ハヤト:「俺も褒めて。」
衛兵:「勇者様もすごいです!」
ハヤト:「取って付けたみたい!」
フローネが笑った。
ハヤトも笑う。
昔、この訓練場でハヤトとフローネは初めて戦った。
あの頃のハヤトはただ強いだけだった。
フローネの大切な剣を折り。
怒られ。
そして彼女が最初の仲間になった。
今では二人で誰かを教えている。
ハヤト:(変な感じだな。)
フローネ:「勇者様?」
ハヤト:「何でもない。」
フローネ:「そうですか。」
ハヤト:「でも。」
ハヤト:「助かった。」
フローネ:「当然です。」
ハヤト:「当然?」
フローネ:「あなたの教育係ですから。」
ハヤト:「まだ続いてたの?」
フローネ:「一生必要そうですね。」
ハヤト:「一生!?」
フローネ:「……。」
ハヤト:「フローネ?」
フローネ:「言葉の綾です!」
ハヤト:「なんで急に怒るの!?」
フローネは顔を逸らした。
耳まで少し赤くなっていた。
もちろんハヤトは気付かなかった。
◆◇◆
その日の夕方。
屋敷。
ハヤトは疲れ切った様子で玄関を開けた。
ハヤト:「ただいま。」
ヴェルミナ:「おかえり♡」
ハヤト:「……。」
ヴェルミナ:「何?」
ハヤト:「いや。」
ハヤト:「『おかえり』って言われるの。」
ハヤト:「久しぶりだなって。」
ヴェルミナ:「そうなの?」
ハヤト:「日本にいた時以来。」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤトは靴を脱ぎながら。
何でもないことのように言った。
だがヴェルミナには少しだけ嬉しかった。
この屋敷がハヤトにとって帰る場所になり始めている。
そしてそこに自分がいる。
ヴェルミナ:「ハヤト。」
ハヤト:「ん?」
ヴェルミナ:「明日も。」
ヴェルミナ:「ちゃんと帰ってきなさいよ。」
ハヤト:「当たり前だろ。」
ヴェルミナ:「そう。」
ヴェルミナは小さく笑った。
その直後、玄関の扉がノックされた。
コンコン。
ハヤト:「誰だ?」
扉を開く。
そこに立っていたのはフローネだった。
ハヤト:「フローネ?」
フローネ:「勇者様。」
フローネ:「明日の訓練について。」
フローネ:「確認したいことがあります。」
ハヤト:「今?」
フローネ:「今です。」
ハヤト:「真面目だな。」
フローネ:「仕事ですから。」
ヴェルミナが奥から顔を出す。
ヴェルミナ:「あら。」
フローネ:「……。」
ヴェルミナ:「いらっしゃい。」
フローネ:「……どうも。」
ハヤトはまだ知らない。
この訪問がこれから毎日のように続くことを。




