第60話 勇者の屋敷
翌朝。
ハヤトは王城の正門前に立っていた。
隣にはリーフィア。
そして少し後ろにはフローネがいる。
ハヤト:「それで。」
ハヤト:「俺の家ってどこ?」
リーフィア:「こちらですわ。」
リーフィアが王都の西側を指差す。
ハヤト:「近い?」
リーフィア:「歩いて十分ほどですわね。」
ハヤト:「近いな。」
リーフィア:「今後、王城へ来ていただく機会も増えますもの。」
ハヤト:「仕事?」
リーフィア:「仕事です。」
ハヤト:「毎日?」
リーフィア:「必要に応じて。」
ハヤト:「休みは?」
リーフィア:「ありますわ。」
ハヤト:「よかった。」
フローネ:「そこが最初に気になるのですね。」
ハヤト:「重要だろ。」
フローネ:「世界を救った勇者とは思えない発言です。」
ハヤト:「世界を救った勇者だって休みたいんだよ。」
リーフィア:「その点については同意しますわ。」
ハヤト:「王女様は分かってる。」
リーフィア:「ただし。」
ハヤト:「嫌な予感。」
リーフィア:「今日の午後から、衛兵隊の訓練計画を作っていただきます。」
ハヤト:「今日から!?」
リーフィア:「お仕事ですもの。」
ハヤト:「屋敷もらった初日くらい休ませてよ!」
リーフィア:「午前中は休めますわ。」
ハヤト:「半日じゃん!」
リーフィアは気にせず歩き始める。
ハヤトは肩を落としながら後へ続いた。
フローネはそんなハヤトを見ながら小さく笑った。
◆◇◆
王城から歩くこと十分。
案内された場所を見てハヤトは立ち止まった。
ハヤト:「……。」
リーフィア:「到着しましたわ。」
ハヤト:「これ?」
リーフィア:「これですわ。」
ハヤト:「家?」
リーフィア:「屋敷です。」
ハヤトの目の前には大きな門があった。
その向こうには広い庭。
石畳の道。
そして二階建ての大きな屋敷。
どう見ても一人で住む規模ではなかった。
ハヤト:「でかくない?」
リーフィア:「勇者の住居ですから。」
ハヤト:「俺一人だぞ?」
リーフィア:「客室も必要でしょう。」
ハヤト:「何部屋?」
リーフィア:「寝室だけなら十二部屋ほど。」
ハヤト:「十二!?」
フローネ:「十分ですね。」
ハヤト:「何に!?」
リーフィア:「その他に応接室。」
リーフィア:「食堂。」
リーフィア:「書斎。」
リーフィア:「浴室。」
リーフィア:「訓練用の庭。」
リーフィア:「使用人用の居住区もありますわ。」
ハヤト:「待って。」
ハヤト:「これ。」
ハヤト:「家っていうより宿屋じゃない?」
リーフィア:「勇者様。」
リーフィア:「あなたは世界樹を救った英雄ですのよ?」
ハヤト:「そうだけど。」
リーフィア:「各国から使者が訪れることも想定されています。」
ハヤト:「俺の家に?」
リーフィア:「当然ですわ。」
ハヤト:「落ち着かないなぁ。」
フローネ:「慣れてください。」
ハヤト:「簡単に言うな。」
三人は門を開ける。
庭へ入る。
ハヤトは周囲を見回した。
綺麗に整えられた花壇。
噴水。
奥には訓練用らしい広場まである。
ハヤト:「いいな。」
フローネ:「お気に召しましたか?」
ハヤト:「うん。」
ハヤト:「剣振れる場所あるし。」
フローネ:「そこですか。」
ハヤト:「あと。」
ハヤトは屋敷を見る。
ハヤト:「なんか。」
ハヤト:「本当に異世界で生活してるって感じする。」
フローネ:「何ですか、それ?」
ハヤト:「いや、今までは旅ばっかりだったから。」
召喚されて。
王城に住んで。
すぐに旅へ出た。
ドラゴンと戦い。
四天王に負け。
獣王国へ行き。
導師を追い。
世界樹まで辿り着いた。
考えてみれば自分の家を持つのは異世界へ来て初めてだった。
ハヤト:(家か。)
少しだけ嬉しかった。
◆◇◆
屋敷の中へ入る。
玄関だけでも広かった。
ハヤト:「広っ。」
リーフィア:「先ほどからそればかりですわね。」
ハヤト:「いや。」
ハヤト:「だって広いだろ。」
フローネ:「確かに一人では広いですね。」
ハヤト:「だろ?」
リーフィア:「でしたら。」
リーフィア:「誰かと住めばよろしいのでは?」
ハヤト:「誰か?」
リーフィア:「仲間の皆さんとか。」
ハヤト:「え?」
一瞬。
ハヤトの思考が止まる。
フローネもなぜか少しだけ姿勢を正した。
ハヤト:(待て。)
ハヤト:(この広い屋敷に。)
ハヤト:(美少女たちと一緒に暮らす?)
脳裏に昔書いた計画が蘇る。
ハーレム計画。
可愛い。
優しい。
俺を好き。
仲良く暮らす。
みんな幸せ。
ハヤト:(いやいやいや。)
ハヤト:(まだ早い。)
ハヤト:(そもそも俺を好きって条件が一番難しいだろ。)
リーフィア:「どうしましたの?」
ハヤト:「何でもない!」
フローネ:「顔が赤いですよ?」
ハヤト:「暑いだけ!」
リーフィア:「まだ涼しい季節ですわよ。」
ハヤト:「俺は暑いの!」
フローネは不思議そうに首を傾げた。
その時だった。
玄関の扉が開いた。
ハヤト:「ん?」
誰もノックしていない。
フローネは反射的に剣の柄へ手を伸ばす。
リーフィアも振り返った。
そして全員が固まった。
巨大な荷物を抱えた紫髪の魔族が立っていた。
ヴェルミナ:「こんにちは♡」
ハヤト:「……。」
ヴェルミナ:「何よ?」
ハヤト:「何してるの?」
ヴェルミナ:「引っ越し。」
ハヤト:「誰が?」
ヴェルミナ:「私が。」
ハヤト:「どこに?」
ヴェルミナは屋敷の床を指差した。
ヴェルミナ:「ここ。」
ハヤト:「なんでぇぇぇぇぇ!?」
屋敷中に叫び声が響いた。
◆◇◆
応接室。
ハヤトは腕を組んでいた。
正面にはヴェルミナ。
その横にはリーフィア。
少し離れたところにフローネが座っている。
ハヤト:「説明してください。」
ヴェルミナ:「何を?」
ハヤト:「なんで普通に引っ越してきてるのか。」
ヴェルミナ:「住むから。」
ハヤト:「そこを聞いてるの!」
ヴェルミナは不思議そうに首を傾げる。
ヴェルミナ:「駄目?」
ハヤト:「駄目っていうか。」
ハヤト:「お前。」
ハヤト:「魔族だろ。」
ヴェルミナ:「そうね。」
ハヤト:「元四天王だろ。」
ヴェルミナ:「昔ね。」
ハヤト:「王都だぞ?」
ヴェルミナ:「見れば分かるわ。」
ハヤト:「普通に宿とか無理じゃない?」
ヴェルミナ:「だからここに来たの。」
ハヤト:「なるほど。」
ヴェルミナ:「分かった?」
ハヤト:「分かった。」
数秒。
ハヤト:「いや待て!」
ヴェルミナ:「何よ。」
ハヤト:「なんで俺の家なんだよ!」
ヴェルミナ:「一番安全だから。」
ハヤト:「誰にとって?」
ヴェルミナ:「私にも。」
ヴェルミナ:「王都にも。」
ヴェルミナ:「あなたにも。」
ハヤト:「最後は何で?」
ヴェルミナ:「私がいるから。」
ハヤト:「自信すごいな!」
リーフィアが口元を押さえていた。
明らかに笑いを堪えている。
ハヤト:「王女様。」
リーフィア:「何ですの?」
ハヤト:「知ってました?」
リーフィア:「ええ。」
ハヤト:「え?」
リーフィア:「国王陛下の許可も出ていますわ。」
ハヤト:「俺の許可は!?」
ヴェルミナ:「今取ってる。」
ハヤト:「順番逆だろ!」
フローネ:「……。」
それまで黙っていたフローネがゆっくり口を開いた。
フローネ:「一つ。」
ハヤト:「ん?」
フローネ:「確認してもよろしいですか?」
ヴェルミナ:「何?」
フローネ:「あなたは。」
フローネ:「ここで暮らすのですか?」
ヴェルミナ:「そうよ。」
フローネ:「勇者様と?」
ヴェルミナ:「そうなるわね。」
フローネ:「二人で?」
ヴェルミナ:「使用人を除けば。」
フローネ:「……。」
ハヤト:「フローネ?」
フローネ:「何でしょう?」
ハヤト:「なんか怒ってる?」
フローネ:「怒っていません。」
ハヤト:「でも。」
フローネ:「怒っていません。」
ハヤト:「はい。」
ハヤトはそれ以上聞かなかった。
本能がこれ以上聞くなと告げていた。
ヴェルミナはそんなフローネを見ていた。
そして少しだけ意味ありげに笑う。
ヴェルミナ:「あら。」
フローネ:「何ですか?」
ヴェルミナ:「別に?」
フローネ:「そうですか。」
ヴェルミナ:「そうよ。」
二人の間に妙な空気が流れる。
ハヤト:「……。」
リーフィア:「勇者様。」
ハヤト:「はい?」
リーフィア:「頑張ってくださいませ。」
ハヤト:「何を!?」
リーフィアは答えなかった。
◆◇◆
夕方。
リーフィアとフローネは王城へ戻っていった。
屋敷に残ったのは。
ハヤト。
ヴェルミナ。
そして国王が手配した数名の使用人だけだった。
ハヤトは自室のベッドへ倒れ込む。
ハヤト:「疲れた。」
異世界へ来て初めて手に入れた自分の家。
本来なら一人でゆっくり過ごすはずだった。
だが。
コンコン。
扉が鳴る。
ハヤト:「どうぞ。」
扉が開く。
ヴェルミナだった。
ヴェルミナ:「夕食よ。」
ハヤト:「分かった。」
ヴェルミナ:「一緒に食べましょう。」
ハヤト:「食堂で?」
ヴェルミナ:「もちろん。」
ハヤト:「そうだよな。」
ヴェルミナ:「何だと思ったの?」
ハヤト:「何でもない。」
ヴェルミナは少しだけハヤトへ近付く。
ハヤト:「何?」
ヴェルミナ:「ねえ。」
ハヤト:「何だよ。」
ヴェルミナ:「今日から。」
ヴェルミナ:「一緒に暮らすのね。」
ハヤト:「そうなるみたいだな。」
ヴェルミナ:「嬉しい?」
ハヤト:「え?」
距離が近い。
ハヤトは反射的に少し後ろへ下がった。
ヴェルミナはその反応を見逃さない。
ヴェルミナ:「あら。」
ハヤト:「何?」
ヴェルミナ:「照れてる?」
ハヤト:「照れてない。」
ヴェルミナ:「可愛い。」
ハヤト:「うるさい。」
ハヤトは視線を逸らす。
ヴェルミナは楽しそうに笑っていた。
だが次の瞬間。
少しだけ真面目な顔になる。
ヴェルミナ:「よろしくね。」
ハヤト:「何が?」
ヴェルミナ:「これから。」
ハヤトはヴェルミナを見る。
戦場では何度も会った。
敵だった頃もある。
助けられた。
助けた。
世界樹まで一緒に行った。
それでも一緒に暮らすというのは。
なんだか妙な感じだった。
ハヤト:「おう。」
ハヤト:「よろしく。」
ヴェルミナは笑った。
そして部屋を出ていく。
一人になったハヤトは天井を見る。
ハヤト:(待てよ。)
ハヤト:(美人の魔族と同居。)
ハヤト:(屋敷。)
ハヤト:(俺は勇者。)
ハヤト:(これ。)
ハヤト:(昔の俺が聞いたら大喜びする状況じゃないか?)
少し考える。
そして。
昼間、ヴェルミナに距離を詰められた時のことを思い出した。
心臓がまた少し速くなる。
ハヤト:(……無理かもしれない。)
ハーレムを夢見ていた勇者は理想が現実になり始めた途端、早くも怖気づき始めていた。




