第58話 最初の食卓
村の入り口。
人間と魔族が睨み合う中、ハヤトは一人で、その間に立っていた。
そして最初に口にした言葉が。
ハヤト:「腹減ってない?」
これだった。
村人:「……。」
魔族:「……。」
誰も答えない。
ハヤト:「あれ?」
セレナ:「当たり前でしょ!」
後ろからセレナの声が飛んでくる。
ハヤト:「でも、前はこれで何とかなったぞ!」
セレナ:「同じ方法が毎回通用すると思わないで!」
ハヤト:「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
セレナ:「それを考えてから間に入りなさいよ!」
ハヤト:「なるほど!」
ヴェルミナ:「今気付いたの?」
ハヤト:「今。」
ヴェルミナ:「馬鹿。」
ハヤト:「知ってる。」
人間も。
魔族も。
突然始まったやり取りについていけず武器を構えたまま固まっていた。
やがて一人の村人が口を開く。
村人:「勇者様……ですよね?」
ハヤト:「そうだけど。」
村人:「なぜ魔族を庇うんです?」
ハヤト:「庇ってるつもりはないぞ。」
村人:「ですが。」
ハヤト:「そっちも。」
ハヤトは魔族を見る。
ハヤト:「何で武器持ってるんだ?」
魔族:「先に向けられたからだ。」
村人:「魔族が村へ入ろうとしたからだ!」
魔族:「道を通ろうとしただけだと言っている!」
村人:「信用できるか!」
魔族:「それはこちらの台詞だ!」
再び空気が張り詰める。
ハヤト:「待った!」
二人の声を遮る。
ハヤト:「最初から。」
ハヤト:「何があったか教えてくれ。」
村人:「何があったも何も。」
村人は魔族たちを睨む。
村人:「突然、村の近くに魔族が現れたんです。」
魔族:「こちらだって同じだ。」
魔族:「昨日まで通れなかった山道を進めるようになった。」
魔族:「調べに来たら、人間の村があった。」
ハヤト:「襲った?」
魔族:「襲っていない。」
ハヤト:「村から何か盗った?」
魔族:「何も。」
ハヤト:「じゃあ、何しに来た?」
魔族:「だから。」
魔族は少し苛立ったように答える。
魔族:「何が起きたのか確認しに来ただけだ。」
ハヤト:「そっちは?」
村人:「……。」
ハヤト:「実際に何かされた?」
村人:「まだ何も。」
ハヤト:「じゃあ。」
ハヤト:「まだ誰も何もしてないじゃん。」
村人:「ですが、相手は魔族です!」
魔族:「その言葉。」
魔族:「そのまま返してやる!」
村人:「何だと!」
ハヤト:「だから待てって!」
二人が黙る。
ハヤトは頭を掻いた。
難しい。
世界樹を救うよりこっちの方が難しい気がしてきた。
ハヤト:(何て言えばいいんだ?)
千年分の争い。
千年分の恐怖。
それを一言で消せるはずがない。
ハヤト:(だったら。)
ハヤト:(消そうとしなくてもいいのか。)
ハヤトは村人を見る。
次に魔族を見る。
ハヤト:「怖い?」
村人:「え?」
ハヤト:「魔族が。」
村人は少し黙る。
そして。
村人:「怖いです。」
ハヤト:「そっちは?」
魔族:「……。」
ハヤト:「人間が怖い?」
魔族:「怖くない。」
ハヤト:「本当に?」
魔族:「……。」
魔族は視線を逸らした。
魔族:「信用していない。」
ハヤト:「じゃあ似たようなもんだな。」
魔族:「一緒にするな。」
ハヤト:「でも。」
ハヤト:「お互い相手が何するか分からないから、武器持ってるんだろ?」
誰も答えない。
ハヤト:「だったら。」
ハヤト:「とりあえず武器置かない?」
村人:「無理です!」
魔族:「断る!」
今度は綺麗に声が重なった。
ハヤト:「ほら。」
ハヤト:「気が合う。」
村人:「合ってません!」
魔族:「合っていない!」
ハヤト:「また合った。」
二人とも黙った。
少し離れた場所でガルデが吹き出した。
ガルデ:「ははははは!」
セレナ:「笑ってる場合?」
ガルデ:「いや。」
ガルデ:「案外、あいつ向いてるかもしれねぇぞ。」
セレナ:「何に?」
ガルデ:「知らん。」
◆◇◆
村人も。
魔族も。
まだ武器を下ろさなかった。
それでも先ほどまでの張り詰めた空気は少しだけ弱くなっていた。
ハヤト:「じゃあ武器はそのままでいい。」
村人:「いいんですか?」
ハヤト:「いきなり信用しろって言われても無理だろ。」
魔族:「話が分かるじゃないか。」
ハヤト:「でも。」
ハヤト:「振り回すのは禁止。」
魔族:「……。」
村人:「……。」
ハヤト:「守れる?」
村人:「向こうが攻撃しなければ。」
魔族:「こちらも同じだ。」
ハヤト:「よし。」
セレナ:「それでどうするの?」
ハヤト:「次?」
セレナ:「そこまでしか考えてなかったの!?」
ハヤト:「まず武器振り回さないところまで行けたから。」
セレナ:「本当に行き当たりばったりね。」
その時大きな音がした。
グゥゥゥゥ。
全員が一人の魔族を見る。
魔族:「……。」
腹の音だった。
魔族:「見るな。」
ハヤト:「やっぱり腹減ってるじゃん。」
魔族:「うるさい!」
ハヤト:「飯にしよう。」
セレナ:「本気?」
ハヤト:「本気。」
村人:「しかし。」
ハヤト:「話すなら。」
ハヤト:「立ったまま睨み合うより、飯食いながらの方がいいだろ。」
村人:「魔族と同じ食卓を囲めと?」
ハヤト:「嫌?」
村人:「……。」
ハヤト:「嫌なら。」
ハヤト:「別々に座ってもいい。」
村人:「え?」
ハヤト:「最初から全部一緒にしなくてもいいだろ。」
ハヤト:「同じ場所で飯食うところから。」
ハヤト:「それくらいならできない?」
村人は黙った。
魔族も何も言わない。
ハヤト:「俺は腹減った。」
セレナ:「結局それが一番の理由でしょ。」
ハヤト:「重要だって!」
◆◇◆
少しして村の広場に長い机が出された。
一つではない。
人間側に一つ。
魔族側に一つ。
その間には少しだけ距離があった。
ハヤト:「遠くない?」
セレナ:「最初はこれくらいでいいのよ。」
ハヤト:「そう?」
セレナ:「近付けすぎると、余計警戒するでしょ。」
ハヤト:「なるほど。」
村人たちは人間側の机に座っている。
魔族たちは反対側。
誰も喋らない。
互いに警戒しながら食事が運ばれてくるのを待っている。
ハヤトは二つの机の間に座っていた。
セレナ:「なんでそこ?」
ハヤト:「両方近いから。」
セレナ:「どっち側にも座らないの?」
ハヤト:「だって。」
ハヤト:「俺、両方と話したいし。」
セレナ:「……。」
セレナは少しだけ笑った。
セレナ:「好きにしなさい。」
フローネはハヤトの右隣へ座る。
ヴェルミナは反対側を見る。
そしてハヤトの左隣へ座った。
ハヤト:「お前らも真ん中?」
フローネ:「勇者様を一人にしておけませんので。」
ヴェルミナ:「私は魔族側の話も聞きたいだけよ。」
ハヤト:「なるほど。」
二人が一瞬だけ互いを見る。
フローネ:「……。」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「どうした?」
フローネ:「何でもありません。」
ヴェルミナ:「何でもないわ。」
ハヤト:「また合った。」
フローネ:「違います!」
ヴェルミナ:「違う!」
ハヤト:「また。」
フローネ:「勇者様!」
ヴェルミナ:「ハヤト!」
ハヤト:「ごめんなさい!」
少し離れた場所でアスカが静かに食事を取っていた。
アスカ:「こちらでも戦いが始まりそうですね。」
セレナ:「放っておきましょう。」
ガルデ:「面白ぇからな。」
セレナ:「あなたは黙って食べなさい。」
◆◇◆
料理が運ばれてきた。
野菜の煮込み。
焼いた肉。
そして大量のパン。
ハヤト:「パン来た。」
セレナ:「嬉しそうね。」
ハヤト:「これで勝った。」
セレナ:「何に?」
ハヤト:「分からん。」
人間側が食事を始める。
魔族側も警戒しながら料理へ手を伸ばす。
最初は静かだった。
聞こえるのは食器の音だけ。
ハヤトもパンを一口食べる。
ハヤト:「うまい。」
フローネ:「本当にお腹が空いていたのですね。」
ハヤト:「昨日から色々ありすぎた。」
ヴェルミナ:「食べながら喋らない。」
ハヤト:「はい。」
その時魔族側の机から声が上がった。
魔族:「辛くない。」
村人:「何が?」
魔族は煮込み料理を指差す。
魔族:「これだ。」
魔族:「味が薄い。」
村人:「普通だろ。」
魔族:「魔族領なら、もっと香辛料を入れる。」
村人:「そんなに入れたら味が分からなくなる。」
魔族:「これでは水と変わらん。」
村人:「何だと?」
一瞬緊張が戻る。
ハヤトが口を開こうとする。
だがその前に別の村人が立ち上がった。
村人:「だったら。」
村人は一つの小瓶を机へ置く。
村人:「これ入れてみろ。」
魔族:「何だ?」
村人:「唐辛子だ。」
魔族:「毒じゃないだろうな?」
村人:「まだ言うのか。」
魔族:「人間を信用していない。」
村人:「なら俺が先に食う。」
村人は自分の皿へ唐辛子を入れる。
一口食べる。
村人:「ほら。」
魔族:「……。」
魔族も少しだけ料理へ入れた。
食べる。
魔族:「足りない。」
村人:「まだ入れるのか!?」
魔族:「もっと寄越せ。」
村人:「全部使うなよ!」
周囲から小さな笑い声が聞こえた。
誰が最初に笑ったのか分からなかった。
人間だったかもしれない。
魔族だったかもしれない。
でもそれをきっかけに少しずつ会話が始まった。
◆◇◆
人間:「魔族って、本当に生肉食うのか?」
魔族:「誰から聞いた。」
人間:「昔からそう聞いてる。」
魔族:「食わん。」
魔族:「腹を壊す。」
人間:「腹壊すの!?」
魔族:「当たり前だろ。」
別の場所では。
魔族:「人間は夜になると見えなくなると聞いた。」
人間:「何でだよ。」
魔族:「魔族の目では見えなくなる魔法を使うと。」
人間:「使えたら便利だな。」
魔族:「嘘なのか?」
人間:「嘘だよ!」
魔族:「騙された。」
会話が増える。
それまで互いについて知っていると思っていたことの多くが。
実際にはただの噂だった。
セレナ:「酷いものね。」
アスカ:「千年間ですから。」
セレナ:「本当のことより。」
セレナ:「嘘の方が増えたのかもしれないわね。」
ヴェルミナも人間たちの会話を聞いていた。
魔族について人間は何も知らない。
そして自分自身も人間についてほとんど知らなかった。
ハヤト:「どうした?」
ヴェルミナ:「別に。」
ハヤト:「また?」
ヴェルミナ:「考えてたの。」
ハヤト:「何を?」
ヴェルミナ:「私。」
ヴェルミナ:「人間のこと。」
ヴェルミナ:「何も知らなかったなって。」
ハヤト:「俺も魔族のこと知らないぞ。」
ヴェルミナ:「あなたは知らなすぎ。」
ハヤト:「酷い。」
ヴェルミナ:「でも。」
ヴェルミナは二つの机を見る。
最初は離れていた。
いつの間にか何人かが椅子を動かしている。
少しずつ机と机の間の距離も縮まっていた。
ヴェルミナ:「知らないなら。」
ヴェルミナ:「今から知ればいいのかもね。」
ハヤト:「だろ?」
ヴェルミナ:「何であなたが得意そうなのよ。」
ハヤト:「俺が最初に飯食おうって言ったから。」
ヴェルミナ:「ほとんど偶然でしょう。」
ハヤト:「結果よければいいんだよ。」
ヴェルミナ:「本当に適当ね。」
そう言いながらヴェルミナは笑っていた。
◆◇◆
食事が終わる頃には人間と魔族の間にあった距離は最初の半分ほどになっていた。
まだ完全に信用しているわけではない。
武器も手の届く場所に置かれている。
それでも誰も武器を抜かなかった。
誰も傷つかなかった。
それだけで今日は十分だった。
村人:「勇者様。」
ハヤト:「ん?」
最初にハヤトへ話しかけた村人だった。
村人:「これから。」
村人:「どうなるんでしょうか?」
ハヤト:「分からん。」
村人:「……。」
ハヤト:「俺にも。」
ハヤト:「誰にも。」
ハヤト:「たぶん分からない。」
村人:「そうですか。」
ハヤト:「でも。」
ハヤトは広場を見る。
人間。
魔族。
同じ場所で同じ料理を食べている。
ハヤト:「今日みたいに。」
ハヤト:「とりあえず話してみればいいんじゃない?」
村人:「それだけですか?」
ハヤト:「それだけ。」
村人:「千年も戦ってきたのに?」
ハヤト:「だから。」
ハヤト:「いきなり全部解決する方がおかしいだろ。」
村人は少し驚いたようにハヤトを見る。
ハヤト:「今日は飯食った。」
ハヤト:「明日は挨拶くらいできるかもしれない。」
ハヤト:「その次は。」
ハヤト:「また何かあるだろ。」
村人:「……。」
ハヤト:「駄目?」
村人:「いいえ。」
村人は小さく笑った。
村人:「それくらいなら。」
村人:「できそうです。」
ハヤト:「じゃあ、それで。」
◆◇◆
夜。
村の宿。
世界樹から帰還した一行はようやくまともに休めることになった。
ハヤト:「風呂。」
セレナ:「急に何?」
ハヤト:「風呂入りたい。」
ガルデ:「俺もだ。」
セレナ:「好きに入ればいいじゃない。」
ハヤト:「行ってくる。」
ハヤトは立ち上がる。
その瞬間。
フローネ:「待ってください。」
ハヤト:「何?」
ヴェルミナ:「一人で行く気?」
ハヤト:「風呂だぞ?」
フローネ:「その前に傷の確認です。」
ヴェルミナ:「アスカ。」
アスカ:「はい。」
アスカはハヤトを見る。
アスカ:「診察します。」
ハヤト:「元気だって。」
フローネ:「大丈夫は禁止です。」
ハヤト:「言ってない!」
ヴェルミナ:「元気も同じようなものよ。」
ハヤト:「厳しすぎない!?」
フローネとヴェルミナが同時にハヤトを見る。
ハヤト:「……。」
ハヤト:「診察お願いします。」
セレナ:「完全に教育されてるわね。」
ガルデ:「ははははは!」
二人に挟まれたハヤトを見ながら。
セレナは笑っていた。
だがフローネとヴェルミナは一瞬だけ互いを見る。
ヴェルミナはもう分かっていた。
フローネの気持ちを。
そしてフローネも薄々分かり始めていた。
ヴェルミナがハヤトをどう思っているのかを。
フローネ:(やっぱり。)
ヴェルミナ:(気付いたみたいね。)
二人の視線がぶつかる。
ハヤト:「何?」
フローネ:「何でもありません。」
ヴェルミナ:「何でもないわ。」
ハヤト:「また同時。」
フローネ:「勇者様?」
ヴェルミナ:「ハヤト?」
ハヤト:「何でもありません!」
戦争を止める方がもしかするとこっちより簡単なのかもしれない。
そんなことを考えていたのはセレナだけだった。




