第57話 帰る場所
北方山脈。
世界樹を後にしたハヤトたちは、山道をゆっくりと下っていた。
行きに通った時とは違い空は穏やかに晴れている。
雪山を覆っていた不自然な魔力も消え冷たい風だけが静かに吹いていた。
ハヤト:「平和だな。」
セレナ:「そうね。」
ハヤト:「魔物も出ない。」
ガルデ:「出てほしいのか?」
ハヤト:「全然。」
ガルデ:「なら黙って歩け。」
ハヤト:「何で怒られた?」
アスカ:「ガルデさんも疲れているのでしょう。」
ガルデ:「俺は元気だ。」
セレナ:「じゃあ単純にうるさかったのね。」
ハヤト:「酷くない?」
いつもの会話が続く。
だが全員の歩みは普段より遅かった。
世界樹での戦いによる疲労が残っている。
特にハヤト。
ヴェルミナ。
導師。
この三人の消耗は大きかった。
フローネ:「勇者様。」
ハヤト:「ん?」
フローネ:「少し休憩しませんか?」
ハヤト:「俺はまだ大丈夫。」
フローネ:「そうですか。」
ハヤト:「……。」
フローネ:「……。」
ハヤト:「休憩します。」
フローネ:「はい。」
セレナ:「学習したわね。」
ハヤト:「あの目で見られたら断れないんだよ。」
フローネ:「何か言いましたか?」
ハヤト:「何でもありません!」
ガルデが大声で笑った。
ヴェルミナも小さく笑う。
だがハヤトは気付いていなかった。
フローネがさっきから何度もハヤトの方を見ていることに。
◆◇◆
一行は風を避けられる岩陰で休むことにした。
ガルデが荷物を下ろす。
セレナは地図を広げアスカは全員の状態を確認していく。
導師だけは少し離れた岩に腰を下ろしていた。
ハヤト:「おい。」
導師:「何だ?」
ハヤト:「何で毎回離れるんだよ。」
導師:「理由が必要か?」
ハヤト:「いや。」
導師:「なら放っておけ。」
ハヤト:「分かった。」
ハヤトは導師の隣へ座った。
導師:「……。」
ハヤト:「何?」
導師:「放っておくのではなかったのか?」
ハヤト:「話しかけるのはやめた。」
導師:「隣には座るのか?」
ハヤト:「空いてたから。」
導師:「理解できない。」
ハヤト:「それ言う奴、本当に多いな。」
導師は何も言わなかった。
二人で雪山を見る。
しばらく会話はなかった。
導師:「勇者。」
ハヤト:「何?」
導師:「王都へ戻った後。」
導師:「私は拘束されるだろう。」
ハヤト:「たぶんな。」
導師:「処刑される可能性もある。」
ハヤト:「……。」
導師:「それでも。」
導師:「お前は私に生きろと言うのか?」
ハヤト:「言う。」
導師:「なぜ?」
ハヤト:「死刑を決めるのは俺じゃないから。」
導師:「そうではない。」
導師はハヤトを見る。
導師:「私が死ぬことを。」
導師:「お前は止めるのか?」
ハヤトは少し考えた。
ハヤト:「分からん。」
導師:「……。」
ハヤト:「俺には。」
ハヤト:「お前がやったこと全部の重さなんて分からない。」
ハヤト:「被害に遭った人が。」
ハヤト:「お前を許せないって思うのも当然だと思う。」
導師:「ならば。」
ハヤト:「でも。」
ハヤトは導師を見る。
ハヤト:「お前が勝手に死んで逃げるのは違う。」
導師:「逃げるつもりはない。」
ハヤト:「なら。」
ハヤト:「王都まで一緒に帰ろう。」
導師:「……。」
ハヤト:「その後は。」
ハヤト:「ちゃんと向き合え。」
導師はしばらく何も言わなかった。
やがて。
導師:「分かった。」
ハヤト:「よし。」
導師:「なぜお前が満足そうなんだ?」
ハヤト:「返事したから。」
導師:「子供か。」
ハヤト:「お前に言われたくない。」
導師:「なぜだ?」
ハヤト:「子供のお前に会ったから。」
導師が固まった。
ハヤト:「あ。」
導師:「……。」
ハヤト:「忘れてくれ。」
導師:「何を見た?」
ハヤト:「言わない。」
導師:「言え。」
ハヤト:「嫌だ。」
導師:「勇者。」
ハヤト:「絶対言わない。」
導師:「何を見た?」
ハヤト:「しつこい!」
少し離れた場所で。
セレナが呆れた顔をしていた。
セレナ:「なんで仲良くなってるのよ。」
ヴェルミナ:「仲良くはないでしょ。」
セレナ:「そう?」
ヴェルミナ:「たぶん。」
アスカ:「その言葉も信用できなくなりましたね。」
ヴェルミナ:「私まで?」
◆◇◆
休憩を終え再び山を下る。
しばらく歩くとあの巨大な岩壁が見えてきた。
世界樹への道を守っていた門。
そしてその前には白い石像が立っている。
ハヤト:「まだいる。」
ヴェルミナ:「門番なんだから当たり前でしょう。」
ハヤト:「帰りも何か聞かれるのかな?」
セレナ:「変なこと言わないでよ。」
ハヤト:「何で?」
セレナ:「あなたが言うと本当になりそうだから。」
一行が近付く。
石像の目がゆっくり青く光った。
セレナ:「ほら。」
ハヤト:「俺のせい!?」
石像が動く。
だが槍は構えなかった。
石像:「帰還したか。」
ヴェルミナ:「ええ。」
石像:「世界樹の流れが変わった。」
ヴェルミナ:「分かるの?」
石像:「私は門だ。」
ハヤト:「石像じゃないの?」
石像:「門だ。」
ハヤト:「石像に見えるけど。」
石像:「門だ。」
ハヤト:「こだわるな。」
セレナ:「そこどうでもいいでしょう。」
石像の青い瞳が一人ずつを見ていく。
そして導師のところで止まった。
石像:「汝。」
導師:「何だ?」
石像:「罪を持つ者。」
空気が僅かに張り詰める。
導師は否定しない。
導師:「そうだ。」
石像:「なぜ戻る?」
導師:「裁きを受けるためだ。」
石像:「死を望むか?」
導師:「……。」
導師は少し考えた。
以前ならどう答えただろう。
自分の命にそれほど価値を感じなかったかもしれない。
だが。
導師:「望まない。」
ハヤトが導師を見る。
導師:「生きる。」
石像:「なぜ?」
導師:「最後まで。」
導師:「自分のやったことを見るためだ。」
石像は黙る。
導師:「それが。」
導師:「私に残された責任だと思っている。」
しばらくして。
石像は槍を持ち上げた。
道が開く。
石像:「通れ。」
導師:「……。」
ハヤト:「合格?」
石像:「試験ではない。」
ハヤト:「そうなの?」
石像:「私は問うだけだ。」
ハヤト:「毎回?」
石像:「必要な者に。」
ハヤト:「俺には?」
石像:「必要ない。」
ハヤト:「何で!?」
セレナ:「考えてること全部顔に出てるからじゃない?」
ガルデ:「ありそうだな。」
フローネ:「否定はできません。」
ハヤト:「みんな酷い!」
一行は門を通り抜ける。
ヴェルミナが最後に。
石像を振り返った。
ヴェルミナ:「ねえ。」
石像:「何だ?」
ヴェルミナ:「千年前。」
ヴェルミナ:「人間と魔族が一緒にここを通ったって言ったわよね?」
石像:「言った。」
ヴェルミナ:「その人たち。」
ヴェルミナ:「最後はどうなったの?」
石像は答えなかった。
ヴェルミナ:「知らない?」
石像:「知っている。」
ヴェルミナ:「なら教えて。」
石像:「共に帰った。」
ヴェルミナ:「……。」
石像:「だが。」
石像:「その後。」
石像:「別々の道を選んだ。」
ヴェルミナは目を伏せる。
石像:「今度は。」
石像:「どうする?」
ヴェルミナは前を見る。
そこには。
ハヤト。
フローネ。
セレナ。
アスカ。
ガルデ。
そして導師がいる。
人間。
魔族。
今までなら決して同じ場所を歩かなかった者たち。
ヴェルミナ:「分からない。」
石像:「そうか。」
ヴェルミナ:「でも。」
ヴェルミナは小さく笑う。
ヴェルミナ:「まだ一緒に歩くつもりよ。」
石像:「それでいい。」
青い光が消える。
石像は再び動かなくなった。
◆◇◆
山脈を越えた頃には日が沈み始めていた。
遠くにネクロスと戦った村が見えてくる。
ハヤト:「戻ってきた。」
フローネ:「はい。」
ハヤト:「なんか。」
ハヤト:「すごい久しぶりな感じするな。」
セレナ:「実際は数日よ。」
ハヤト:「色々ありすぎたからかな。」
ガルデ:「世界を二回くらい救った気分だな。」
ハヤト:「二回も?」
セレナ:「一回目で原初の王を起こして。」
セレナ:「二回目で黒きものを消したから。」
ハヤト:「一回目、俺たちが原因じゃない?」
全員が導師を見る。
導師:「私を見るな。」
ハヤト:「主犯いるじゃん。」
導師:「否定はしない。」
村へ近付く。
だが何か様子がおかしい。
村の入り口に大勢の人が集まっていた。
ハヤト:「何だ?」
フローネ:「私たちを待っていたのでしょうか?」
セレナ:「それにしては多くない?」
人間の村人たち。
その中に見慣れない者たちがいる。
角のある者。
長い耳を持つ者。
明らかに魔族だった。
ヴェルミナ:「嘘……。」
ハヤト:「もう来たの?」
人間と魔族を隔てていた境界が消えてからまだ一日も経っていない。
それなのに両者はすでに同じ村に集まっていた。
だが楽しそうな雰囲気ではない。
人間たちは武器を持っている。
魔族たちも戦闘態勢だった。
その中央では一人の人間と一人の魔族が睨み合っている。
村人:「これ以上近付くな!」
魔族:「先に武器を向けたのはそっちだ!」
村人:「魔族が村に入ってきたからだろ!」
魔族:「道を通っただけだ!」
ハヤト:「……。」
セレナ:「早速ね。」
ハヤト:「パン。」
セレナ:「何?」
ハヤト:「パン持ってない?」
セレナ:「何で?」
ハヤト:「前はパンで何とかなった。」
セレナ:「毎回それで解決するわけないでしょう!」
ガルデが笑う。
だがハヤトは前へ歩き出した。
フローネ:「勇者様?」
ハヤト:「行ってくる。」
セレナ:「何するつもり?」
ハヤト:「とりあえず。」
ハヤト:「話す。」
ヴェルミナ:「何を?」
ハヤト:「分からん。」
セレナ:「待ちなさい!」
止める間もなくハヤトは人間と魔族の間へ入った。
村人:「誰だ!」
魔族:「退け!」
ハヤト:「腹減ってない?」
静寂。
セレナは額を押さえた。
セレナ:「本当に言った……。」
ヴェルミナは一瞬呆然とした後、豪快に吹き出した。
ヴェルミナ:「馬鹿。」
フローネも笑っていた。
世界樹を救う戦いは終わった。
だが本当に難しい戦いはここからなのかもしれない。
剣ではなく。
魔法でもなく。
言葉で人と魔を繋ぐ戦いが。
今始まった。




