第54話 世界樹の心臓
淡い光の扉が開いていた。
その向こうには、これまでの世界樹内部とは全く違う空間が広がっている。
壁も床も淡い青色に輝き、無数の光がゆっくりと奥へ流れていた。
まるで、世界樹そのものの血が流れているようだった。
ハヤト:「ここが心臓?」
原初の王:「この先だ。」
ハヤト:「思ってたより普通だな。」
セレナ:「世界樹の心臓に何を期待してたのよ。」
ハヤト:「もっとこう。」
ハヤト:「ドクンドクンしてる感じ。」
ガルデ:「本物の心臓みたいなやつか?」
ハヤト:「そう、それ。」
ヴェルミナ:「気持ち悪いからやめて。」
ハヤト:「想像した?」
ヴェルミナ:「したから言ってるのよ!」
アスカ:「静かにしてください。」
ハヤト:「はい。」
ヴェルミナ:「はい。」
セレナ:「二人とも素直ね。」
原初の王は先頭に立ち、光の通路を進んでいく。
その後ろをハヤトたちが続く。
最後尾には導師がいた。
まだ足取りは不安定だった。
それでも、誰かの手を借りようとはしない。
ガルデ:「相変わらず頑固だな。」
導師:「問題ない。」
ハヤト:「その言葉は禁止らしいぞ。」
導師:「なぜだ?」
フローネ:「信用できないからです。」
導師:「理解できない。」
ハヤト:「俺も最初そう思った。」
セレナ:「あなたの場合、自業自得でしょう。」
ハヤト:「否定できない。」
導師はしばらくハヤトを見る。
導師:「お前は変わったな。」
ハヤト:「どこが?」
導師:「最初に会った時より、自分の馬鹿さを認めるようになった。」
ハヤト:「喧嘩売ってる?」
導師:「事実だ。」
ハヤト:「やっぱ助けなくてもよかったかな。」
導師:「判断が遅い。」
ハヤト:「腹立つな!」
ヴェルミナ:「元気そうで何よりじゃない。」
ハヤト:「どこが!?」
少しだけいつもの空気が戻っていた。
だが通路の奥へ進むほど原初の王の表情は険しくなっていく。
◆◇◆
やがて一行は巨大な空間へ辿り着いた。
その中心には巨大な球体が浮かんでいた。
直径は数十メートルほどある。
透明な膜の中で青白い光がゆっくりと渦巻いている。
ハヤト:「今度こそ。」
ハヤト:「あれが心臓?」
原初の王:「そうだ。」
アスカ:「凄い魔力です。」
アスカは目を閉じる。
だがすぐに顔をしかめた。
アスカ:「いえ。」
アスカ:「違います。」
セレナ:「何が?」
アスカ:「魔力が少なすぎます。」
ハヤト:「これで?」
アスカ:「本来なら、この空間に入ることすら難しいほどの魔力があるはずです。」
原初の王:「その通りだ。」
世界樹の心臓は確かに光っている。
だがその光は弱い。
時折消えそうになるほど揺らいでいた。
ヴェルミナ:「あとどれくらい持つの?」
原初の王:「分からない。」
ハヤト:「またそれか。」
原初の王:「世界樹をこの状態にした者に聞け。」
全員の視線が導師へ向く。
導師:「……。」
ハヤト:「だってさ。」
導師:「私を見るな。」
ヴェルミナ:「あなたのせいでしょう。」
導師:「否定はしない。」
セレナ:「本当にそこだけは素直になったわね。」
導師は世界樹の心臓を見上げる。
導師:「魔力循環は通常時の一割以下だ。」
アスカ:「分かるのですか?」
導師:「以前調査した。」
ハヤト:「いつ?」
導師:「ここへ来る前だ。」
ハヤト:「入ったことあるの?」
導師:「ない。」
ハヤト:「じゃあ、どうやって調べたんだよ。」
導師:「外部から測定した。」
ハヤト:「何でも調べてるな、お前。」
導師:「知らないまま行動するのは危険だからな。」
全員が黙った。
ハヤト:「……。」
ヴェルミナ:「……。」
セレナ:「……。」
ガルデ:「……。」
導師:「何だ?」
ハヤト:「いや。」
ハヤト:「今回のお前が言うと、すごい説得力だなって。」
導師:「黙れ。」
◆◇◆
原初の王は心臓の真下へ進んだ。
床には大きな円が描かれている。
その左右に二つの窪みがあった。
一つには人間の王家の紋章。
もう一つには魔王の紋章。
フローネ:「二つの鍵。」
ヴェルミナ:「ここで使うものだったのね。」
原初の王:「本来はな。」
ハヤト:「本来?」
原初の王:「千年前。」
原初の王:「我々は世界樹を止めるため、二つの鍵を作った。」
原初の王:「心臓へ流れる力を。」
原初の王:「人と魔に分けるために。」
セレナ:「それが。」
セレナ:「人間と魔族が別々の道を歩み始めた原因?」
原初の王:「原因の一つだ。」
ハヤト:「他にもあるの?」
原初の王:「ある。」
原初の王は二つの窪みを見る。
原初の王:「千年前。」
原初の王:「黒きものを封じた後。」
原初の王:「人と魔の間で意見が割れた。」
フローネ:「何についてですか?」
原初の王:「世界樹をどうするかだ。」
原初の王:「人は世界樹を完全に破壊しようとした。」
ヴェルミナ:「魔族は?」
原初の王:「残そうとした。」
ヴェルミナ:「どうして?」
原初の王:「魔族は世界樹の魔力なしでは生きられなかったからだ。」
ヴェルミナは黙る。
今もその性質は変わっていない。
原初の王:「人間は世界樹から離れても生きられた。」
原初の王:「だが、魔族は違った。」
原初の王:「世界樹を失えば。」
原初の王:「多くの魔族が死ぬ。」
ハヤト:「じゃあ壊せないだろ。」
原初の王:「人間側は、それでも破壊を求めた。」
ハヤト:「なんで?」
原初の王:「怖かったのだ。」
セレナ:「黒きものが再び現れることが?」
原初の王:「そうだ。」
原初の王:「どちらも間違ってはいなかった。」
原初の王:「人間は世界を守ろうとした。」
原初の王:「魔族は自分たちの命を守ろうとした。」
ガルデ:「どっちも譲れなかったってことか。」
原初の王:「ああ。」
沈黙が流れる。
ハヤトはなんとなく分かった。
最初から人間と魔族がお互いを嫌っていたわけではない。
どちらにも守りたいものがあった。
だから争った。
ハヤト:「それで?」
原初の王:「我々は妥協した。」
原初の王:「世界樹を眠らせ。」
原初の王:「その力だけを二つに分けた。」
原初の王:「人間には。」
原初の王:「世界を安定させる力を。」
原初の王:「魔族には。」
原初の王:「生命を維持する力を。」
アスカ:「それが二つの鍵。」
原初の王:「そうだ。」
セレナ:「でも。」
セレナ:「それだけなら、人間と魔族が完全に分かれる必要はなかったはずよ。」
原初の王:「その通りだ。」
原初の王は目を伏せる。
原初の王:「問題は。」
原初の王:「その後に起きた。」
◆◇◆
千年前。
世界樹を眠らせた直後。
各地で魔力が急激に減少した。
世界そのものが新しい状態へ適応できなかったのだという。
原初の王:「人間側では多くの作物が枯れた。」
原初の王:「魔族側では、それ以上の死者が出た。」
ヴェルミナ:「……。」
原初の王:「互いに余裕がなくなった。」
原初の王:「そして。」
原初の王:「人は言った。」
原初の王:「魔族が世界樹の力を奪ったからだと。」
ヴェルミナ:「魔族は?」
原初の王:「人間が世界樹を殺したからだと。」
セレナ:「そこから。」
原初の王:「小さな争いが始まった。」
原初の王:「最初は食料だった。」
原初の王:「次は土地だった。」
原初の王:「やがて。」
原初の王:「互いに死者が出た。」
ハヤト:「それが戦争になった。」
原初の王:「そうだ。」
フローネ:「では。」
フローネ:「歴史を分けたのは、その後なのですか?」
原初の王:「ああ。」
原初の王:「互いの憎しみが大きくなりすぎた。」
原初の王:「人は。」
原初の王:「魔族を恐れた。」
原初の王:「魔族は。」
原初の王:「人を憎んだ。」
原初の王:「そして。」
原初の王:「共に暮らしていた時代そのものが。」
原初の王:「互いにとって都合の悪い歴史になった。」
ハヤト:「だから消した?」
原初の王:「そうだ。」
誰か一人が歴史を消したわけではなかった。
人間も。
魔族も。
自分たちにとって都合の悪い部分を少しずつ消した。
少しずつ書き換えた。
そして千年が経った。
残ったのは相手が敵だという記録だけだった。
ヴェルミナ:「馬鹿みたい。」
ハヤト:「うん。」
ヴェルミナ:「否定しないの?」
ハヤト:「俺もそう思ったから。」
ヴェルミナは世界樹の心臓を見る。
ヴェルミナ:「千年も戦って。」
ヴェルミナ:「誰も最初の理由を覚えてない。」
ハヤト:「今は分かった。」
ヴェルミナ:「え?」
ハヤト:「だったら。」
ハヤト:「次は同じことしなきゃいいだろ。」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「難しい?」
ヴェルミナ:「ものすごく。」
ハヤト:「じゃあ。」
ハヤト:「少しずつやればいい。」
ヴェルミナは小さく笑う。
ヴェルミナ:「本当に単純ね。」
ハヤト:「駄目?」
ヴェルミナ:「いいえ。」
ヴェルミナ:「今は。」
ヴェルミナ:「少し羨ましい。」
ハヤト:「何が?」
ヴェルミナ:「何でもない。」
ハヤト:「またそれ?」
ヴェルミナ:「いいから。」
◆◇◆
原初の王は円の中央へ立った。
原初の王:「始めるぞ。」
ハヤト:「何すればいい?」
原初の王:「二つの鍵を元の位置へ戻す。」
導師:「鍵はここにある。」
導師は懐から二つの小さな石板を取り出した。
一つは白。
もう一つは紫。
フローネの表情が変わる。
フローネ:「それは。」
導師:「人間の王城から持ち出した。」
ヴェルミナ:「こっちは魔王城ね。」
導師:「そうだ。」
ガルデ:「さらっと犯罪告白してんな。」
導師:「今さらだ。」
ハヤト:「それで済ませていい話じゃないだろ。」
導師:「後で処罰を受ける。」
ハヤト:「覚えてたんだ。」
導師:「お前に言われたからな。」
導師は白い石板をフローネへ差し出す。
導師:「人の鍵だ。」
フローネ:「私が?」
原初の王:「王家に仕える騎士なのだろう?」
フローネ:「はい。」
原初の王:「ならば、お前が戻せ。」
フローネは少し迷った。
だがやがて頷く。
フローネ:「分かりました。」
導師はもう一つ。
紫色の石板をヴェルミナへ差し出す。
ヴェルミナ:「私?」
導師:「元四天王だ。」
ヴェルミナ:「元って言わないで。」
ハヤト:「そこ気にする?」
ヴェルミナ:「気にするわよ!」
原初の王:「魔王に仕えていた者なら十分だ。」
ヴェルミナは紫色の石板を受け取る。
人の鍵。
魔の鍵。
フローネとヴェルミナが円の左右へ立った。
原初の王:「同時に置け。」
フローネ:「はい。」
ヴェルミナ:「分かったわ。」
二人が窪みへ鍵を近付ける。
ハヤトは少し離れた場所から見ていた。
その時。
原初の王:「勇者。」
ハヤト:「何?」
原初の王:「お前は中央だ。」
ハヤト:「やっぱり俺も?」
原初の王:「当然だ。」
ハヤト:「嫌な予感してた。」
セレナ:「今回は何をするの?」
原初の王:「二つの力を繋ぐ。」
ハヤト:「俺が?」
原初の王:「そうだ。」
ハヤト:「どうやって?」
原初の王:「触れれば分かる。」
ハヤト:「説明が雑になってない?」
原初の王:「時間がない。」
ハヤト:「それ便利な言葉だな!」
ハヤトは文句を言いながら円の中央へ立った。
原初の王:「始める。」
フローネとヴェルミナが同時に鍵を置く。
その瞬間。
白い光。
紫色の光。
二つが一気に広がった。
ハヤト:「うおっ!?」
光がハヤトの左右の腕へ集まる。
右からフローネの力。
左からヴェルミナの力。
ハヤト:「ちょっと待て!」
ハヤト:「これ結構痛い!」
原初の王:「耐えろ。」
ハヤト:「やっぱり雑!」
右腕から流れ込む。
人の力。
左腕から流れ込む。
魔の力。
二つはハヤトの身体の中で激しくぶつかった。
ハヤト:「ぐっ……!」
フローネ:「勇者様!」
ヴェルミナ:「ハヤト!」
原初の王:「集中しろ!」
ハヤト:「してる!」
二つの力がハヤトの中で混ざろうとする。
だが弾き合う。
人と魔。
千年間、別々に存在してきた力。
簡単に一つにはならない。
ハヤト:「どうすればいい!?」
原初の王:「受け入れろ!」
ハヤト:「何を!?」
原初の王:「両方だ!」
ハヤト:「意味分かんない!」
原初の王:「考えるな!」
ハヤト:「さっきまで考えろって言われてたのに!」
原初の王:「今は考えるな!」
ハヤト:「どっちだよ!」
フローネ:「勇者様!」
ハヤト:「何!?」
フローネ:「私は信じています!」
ハヤト:「急に何!?」
フローネ:「いいから!」
ヴェルミナ:「私もよ!」
ハヤト:「お前まで!?」
ヴェルミナ:「絶対に失敗しないで!」
ハヤト:「無茶言うな!」
二人の声が聞こえる。
右からフローネ。
左からヴェルミナ。
違う。
全く違う二人だ。
人間と魔族。
最初なら一緒にいることすら考えられなかった。
でも今はハヤトにとってどちらも同じだった。
仲間。
それだけだった。
ハヤト:(なんだ。)
ハヤト:(簡単じゃん。)
人の力だから。
魔の力だから。
そんなことを考える必要はなかった。
ハヤト:(どっちも。)
ハヤト:(仲間の力だ。)
その瞬間、二つの光が混ざった。
白でもない。
紫でもない。
金色の光へ変わっていく。
原初の王:「そうだ。」
世界樹の心臓が大きく脈打った。
ドクン。
青い光が爆発する。
ハヤト:「うおおおおお!!」
セレナ:「ハヤト!」
アスカ:「魔力が戻っています!」
世界樹の壁。
床。
天井。
全てに青い光が走り始める。
枯れかけていた世界樹が再び目を覚ます。
ドクン。
二度目の鼓動。
そして世界中へ魔力が流れ始めた。
原初の王:「成功だ。」
ハヤト:「本当!?」
原初の王:「本当だ。」
ハヤト:「終わった!?」
原初の王:「終わった。」
ハヤト:「やったぁぁぁぁ!!」
ハヤトはその場に倒れ込んだ。
フローネ:「勇者様!?」
ヴェルミナ:「ハヤト!?」
ハヤト:「疲れただけ!」
フローネ:「本当ですね!?」
ハヤト:「本当!」
ヴェルミナ:「紛らわしいのよ!」
ハヤト:「ごめん!」
世界樹の心臓は力強く輝いていた。
千年前に分けられた。
人の力。
魔の力。
その二つが再び一つに繋がった。
そして誰も気付いていなかった。
その瞬間。
人間の王国。
魔族の領地。
世界中に存在する境界の魔法が静かに消え始めていた。




