第53話 生きて償え
ハヤトはゆっくりと目を開いた。
最初に見えたのは。
世界樹の天井だった。
ハヤト:「……戻った?」
フローネ:「ハヤト!」
次の瞬間。
フローネが勢いよく駆け寄ってくる。
ハヤト:「うおっ!」
フローネ:「大丈夫ですか!?」
ハヤト:「たぶん。」
フローネ:「たぶん!?」
ハヤト:「いや。」
ハヤト:「大丈夫です。」
フローネ:「本当ですね?」
ハヤト:「本当。」
フローネはしばらくハヤトの顔を見つめる。
そしてようやく安心したように息を吐いた。
その反対側からヴェルミナが近付いてくる。
ヴェルミナ:「遅い。」
ハヤト:「え?」
ヴェルミナ:「戻ってくるのが遅い。」
ハヤト:「そんなに経った?」
セレナ:「こっちでは数分よ。」
ハヤト:「じゃあ早いじゃん。」
ヴェルミナ:「私には長かったの。」
ハヤト:「……。」
ヴェルミナ:「何よ?」
ハヤト:「いや。」
ヴェルミナ:「変な顔しないで。」
ハヤト:「してないって。」
ヴェルミナはハヤトの肩を軽く叩く。
ヴェルミナ:「約束。」
ハヤト:「ん?」
ヴェルミナ:「守ったわね。」
ハヤト:「帰ってくるってやつ?」
ヴェルミナ:「そう。」
ハヤト:「約束したからな。」
ヴェルミナは少しだけ笑った。
フローネはそんな二人を見る。
胸の奥がまた少しだけざわついた。
フローネ:(またです。)
フローネ:(でも、今は……。)
今はそれより確認しなければならないことがある。
フローネは導師を見る。
フローネ:「それで。」
フローネ:「導師は?」
全員の視線が一斉に導師へ向いた。
◆◇◆
導師は魔法陣の中央で膝をついていた。
先ほどまで身体を覆っていた黒い紋様はほとんど消えている。
呼吸も安定していた。
アスカは導師の隣に座り慎重に魔力の状態を確認している。
アスカ:「黒い魔力は感じません。」
セレナ:「本体は?」
アスカ:「ありません。」
原初の王も導師へ近付く。
胸元へ手をかざし目を閉じる。
しばらくして静かに手を下ろした。
原初の王:「消えている。」
ハヤト:「本当に?」
原初の王:「疑うなら、お前が確認するか?」
ハヤト:「俺に分かるわけないだろ。」
原初の王:「ならば信じろ。」
ハヤト:「分かった。」
セレナ:「切り替え早いわね。」
ハヤト:「専門家が言ってるんだから信じるしかないだろ。」
原初の王:「専門家。」
ハヤト:「違うの?」
原初の王:「間違ってはいない。」
ガルデ:「そこ気にすんのかよ。」
その時導師の指が動いた。
ハヤト:「お。」
導師がゆっくり目を開く。
焦点の定まらない瞳が少しずつ周囲を見る。
そしてハヤトの姿を捉えた。
導師:「……勇者。」
ハヤト:「よう。」
導師:「生きていたか。」
ハヤト:「第一声がそれ?」
導師:「精神世界へ送り込んだ時点で。」
導師:「戻れない可能性の方が高いと思っていた。」
ハヤト:「先に言えよ!」
原初の王:「言った。」
ハヤト:「そうだった。」
セレナ:「忘れてたの?」
ハヤト:「ちょっと。」
セレナ:「本当に馬鹿ね。」
ハヤト:「今は否定できない。」
導師は身体を起こそうとする。
だが力が入らない。
ハヤト:「無理すんな。」
導師:「触るな。」
ハヤト:「助けようとしただけだろ。」
導師:「自分で立つ。」
ヴェルミナ:「立てないでしょう。」
導師:「……。」
ヴェルミナ:「変なところで意地を張るのね。」
導師:「お前に言われたくない。」
ヴェルミナ:「何ですって?」
ハヤト:「お前ら、今喧嘩する元気ある?」
ヴェルミナ:「ない。」
導師:「ない。」
ハヤト:「じゃあ休めよ!」
二人とも黙った。
妙なところだけ息が合っていた。
◆◇◆
導師は壁へ背中を預けた。
ハヤト:「覚えてるか?」
導師:「何をだ?」
ハヤト:「中で会ったこと。」
導師:「中?」
ハヤト:「お前の精神の中。」
導師は少し考える。
導師:「いや。」
ハヤト:「覚えてないのか。」
導師:「断片的な感覚だけだ。」
導師:「誰かと話していた気はする。」
ハヤト:「子供の頃のお前だった。」
導師の表情が僅かに変わる。
導師:「何を見た?」
ハヤト:「色々。」
導師:「具体的に言え。」
ハヤト:「人間と魔族が戦う理由を調べてた頃とか。」
導師:「……。」
ハヤト:「黒い魔石を最初に見つけた時とか。」
導師:「……。」
ハヤト:「人を実験に使おうって決めた時も。」
空気が変わる。
ヴェルミナの表情から笑みが消えた。
フローネも黙っている。
導師は視線を落とす。
導師:「そうか。」
ハヤト:「お前。」
ハヤト:「最初から世界を壊したかったわけじゃなかったんだな。」
導師:「だから何だ?」
ハヤト:「別に。」
導師:「同情でもするつもりか?」
ハヤト:「しない。」
即答だった。
導師が顔を上げる。
ハヤト:「最初がどうだったとか。」
ハヤト:「黒きものに影響されてたとか。」
ハヤト:「それで、お前がやったことが消えるわけじゃないだろ。」
導師:「ああ。」
ハヤト:「だから。」
ハヤト:「生きろよ。」
導師:「……。」
ハヤト:「生きて。」
ハヤト:「ちゃんと自分で責任取れ。」
ヴェルミナがハヤトを見る。
先ほど自分も同じようなことを言った。
だがハヤトの言葉は少し違って聞こえた。
ハヤト:「死んで終わるのが一番簡単だろ。」
導師:「私に生きろと?」
ハヤト:「そう。」
導師:「お前を殺そうとした。」
ハヤト:「そうだな。」
導師:「お前の仲間も。」
ハヤト:「そうだな。」
導師:「無関係な人間も。」
ハヤト:「知ってる。」
導師:「魔族も。」
ヴェルミナ:「忘れてないわよ。」
導師:「それでもか?」
ハヤト:「それでも。」
導師は理解できないようにハヤトを見ていた。
ハヤト:「勘違いすんなよ。」
ハヤト:「許すって言ってるわけじゃない。」
導師:「……。」
ハヤト:「お前が傷つけた人たちに謝って。」
ハヤト:「罰があるなら受けて。」
ハヤト:「それでも終わりじゃないなら。」
ハヤト:「その後も生きろ。」
導師:「なぜそこまで生きることに拘る?」
ハヤト:「知らん。」
導師:「またそれか。」
ハヤト:「死にかけたばっかりだから。」
ハヤト:「今は特にそう思う。」
ガルデが小さく笑う。
セレナ:「説得力があるのかないのか分からないわね。」
アスカ:「勇者様らしいと思います。」
ハヤト:「褒められてる?」
アスカ:「半分くらいは。」
ハヤト:「半分か。」
◆◇◆
導師はしばらく何も言わなかった。
やがて自分の手を見る。
黒い紋様はもうない。
三十七年間、自分でも気付かなかったものが確かに消えていた。
導師:「勇者。」
ハヤト:「何?」
導師:「お前は。」
導師:「私の中で何を見た?」
ハヤト:「だから色々。」
導師:「最後に。」
導師:「何を見た?」
ハヤトは白い空間で出会った少年を思い出す。
少年:「伝えて。」
少年:「僕が知りたかった答えは。」
少年:「世界を壊さなくても見つかったって。」
ハヤト:「お前から伝言。」
導師:「私から?」
ハヤト:「子供のお前から。」
導師は黙る。
ハヤト:「知りたかった答えは。」
ハヤト:「世界を壊さなくても見つかった。」
導師の目が僅かに揺れた。
ハヤト:「だってさ。」
導師:「……。」
誰も口を挟まなかった。
長い沈黙だった。
そして導師は目を閉じた。
導師:「そうか。」
それだけだった。
だがその声は今まで聞いた導師の声とは少しだけ違っていた。
◆◇◆
原初の王が立ち上がる。
ハヤト:「どうした?」
原初の王:「まだ終わっていない。」
ハヤト:「黒いやつ消えたんだろ?」
原初の王:「消えた。」
原初の王:「だが。」
原初の王は世界樹の壁を見る。
黒い侵食は消えている。
それでも壁を流れていた青い魔力は戻っていなかった。
世界樹全体が少しずつ弱っている。
アスカ:「魔力が減少しています。」
セレナ:「黒きものの影響?」
原初の王:「それだけではない。」
原初の王:「封印が壊れた。」
原初の王:「私が目覚めたことで。」
原初の王:「世界樹は本来の役割を失いつつある。」
ハヤト:「本来の役割?」
原初の王:「世界へ魔力を循環させることだ。」
セレナ:「待って。」
セレナ:「それが止まったらどうなるの?」
原初の王:「魔力が世界を巡らなくなる。」
アスカ:「魔法が使えなくなる?」
原初の王:「それだけではない。」
原初の王:「魔力によって生きる生物。」
原初の王:「魔力に支えられた土地。」
原初の王:「全てに影響が出る。」
ヴェルミナ:「魔族は?」
原初の王:「最も大きな影響を受ける。」
ヴェルミナの顔色が変わった。
魔族は人間よりも遥かに魔力への依存が大きい。
世界から魔力が失われればどうなるか。
考えるまでもなかった。
ハヤト:「直せるんだろ?」
原初の王:「方法はある。」
ハヤト:「よし。」
原初の王:「だが。」
ハヤト:「その『だが』嫌いになってきた。」
原初の王:「私も言いたくはない。」
ハヤト:「何が必要なんだ?」
原初の王はハヤトを見る。
そしてヴェルミナを見る。
さらにフローネを見る。
原初の王:「人の力。」
原初の王:「魔の力。」
ハヤト:「また二つ?」
原初の王:「千年前。」
原初の王:「世界樹を止めるために。」
原初の王:「人と魔の力を分けた。」
原初の王:「今度は逆だ。」
原初の王:「二つをもう一度繋げる。」
セレナ:「どうやって?」
原初の王:「世界樹の心臓へ行く。」
ハヤト:「心臓?」
原初の王:「このさらに奥だ。」
原初の王は封印があった亀裂とは別の場所を見る。
そこには今まで存在しなかった淡い光の扉が現れていた。
原初の王:「そこで。」
原初の王:「千年前に分かたれたものを。」
原初の王:「元に戻す。」
ハヤト:「それで世界樹が助かる?」
原初の王:「成功すれば。」
ハヤト:「失敗したら?」
原初の王:「世界から魔力が消える。」
ハヤト:「……。」
ガルデ:「規模がでかくなりすぎじゃねぇか?」
セレナ:「今さらね。」
ヴェルミナ:「行くしかないでしょう。」
フローネ:「はい。」
アスカ:「私も同意します。」
ハヤトは立ち上がる。
ハヤト:「じゃあ決まり。」
導師:「待て。」
ハヤト:「何?」
導師も壁に手をつきながら立ち上がろうとしていた。
ハヤト:「お前は休んでろ。」
導師:「同行する。」
ヴェルミナ:「立つのもやっとでしょう。」
導師:「世界樹をこうした原因は私だ。」
導師:「最後まで見る。」
ハヤト:「……。」
フローネ:「どうしますか?」
ハヤト:「来たいなら来れば?」
セレナ:「軽いわね。」
ハヤト:「止めても来そうだし。」
導師:「正しい判断だ。」
ハヤト:「偉そうだな!」
導師:「性格は変わっていない。」
ハヤト:「少しくらい反省して大人しくなれよ!」
ヴェルミナ:「無理でしょうね。」
導師:「お前に言われたくない。」
ヴェルミナ:「何ですって?」
ハヤト:「だから喧嘩する元気あるなら歩け!」
世界樹を救うため。
そして人と魔が千年前に分けたものをもう一度繋ぐため。
ハヤトたちは世界樹のさらに奥へ向かう。
その先に、千年前に人間と魔族が別々の道を歩み始めた。
本当の理由が待っているとも知らずに。




