第49話 反転
世界樹の深部。
原初の王が放つ白い光によって、黒きものの動きはかろうじて止められていた。
だが、長くは持たない。
白い光には少しずつ亀裂が入り、その隙間から黒い霧が漏れ始めている。
原初の王:「急げ。」
ハヤト:「分かってる!」
セレナとアスカは、巨大な魔法陣の前に膝をついていた。
導師が作り上げた術式は複雑だった。
世界樹から魔力を吸い上げ、黒い魔石を通して変質させ、その力を封印の深部へ送り込む仕組みになっている。
今度は、その流れを完全に逆転させなければならない。
セレナ:「アスカ、そっちは?」
アスカ:「三つ目まで解除しました。」
アスカ:「ですが、まだ七つ残っています。」
セレナ:「多すぎるわよ!」
導師:「十二だ。」
セレナ:「何?」
導師:「制御術式は十二ある。」
セレナ:「七つじゃないの!?」
導師:「隠蔽した術式が五つある。」
セレナ:「なんでそんな面倒な作りにしたのよ!」
導師:「他者に利用されないためだ。」
ハヤト:「お前が一番利用してるだろ!」
導師:「否定はしない。」
ハヤト:「そこで素直になるな!」
黒きものが大きく震えた。
原初の王の白い光が軋む。
原初の王:「残り時間は少ない。」
セレナ:「分かってるわよ!」
導師はセレナの隣へ座る。
導師:「私が隠蔽術式を解除する。」
セレナ:「信用していいの?」
導師:「信用する必要はない。」
セレナ:「またそれ?」
導師:「監視していろ。」
セレナ:「言われなくてもそうするわ。」
二人は同時に術式へ手を伸ばした。
敵同士だったはずの二人が、一つの魔法陣を書き換え始める。
ハヤト:「なんか変な光景だな。」
ヴェルミナ:「あなたが言う?」
ハヤト:「何で?」
ヴェルミナ:「魔族の私と普通に旅してる勇者が。」
ハヤト:「もう慣れた。」
ヴェルミナ:「少しは意識しなさいよ!」
ハヤト:「何を!?」
ヴェルミナ:「何でもない!」
フローネは二人のやり取りを聞きながら、少しだけ眉をひそめた。
だが今はそれどころではなかった。
◆◇◆
ヴェルミナは世界樹へ突き刺さった黒い魔石の前に立つ。
全部で十二本。
導師が術式を安定させるために配置したものだった。
ヴェルミナ:「これを全部繋げればいいのね?」
アスカ:「はい。」
アスカ:「ただし、直接魔力を流さないでください。」
ヴェルミナ:「どうして?」
アスカ:「黒い魔石に吸収されます。」
ヴェルミナ:「面倒ね。」
アスカ:「お願いします。」
ヴェルミナ:「分かったわ。」
ヴェルミナは両手を広げる。
十二の紫色の魔法陣が同時に現れた。
ハヤト:「多っ!」
ヴェルミナ:「黙って見てなさい。」
ハヤト:「はい。」
紫色の光が糸のように伸びる。
一本目。
二本目。
三本目。
黒い魔石同士が次々と繋がっていく。
だが六本目まで繋いだところでヴェルミナの身体がふらついた。
ハヤト:「おい!」
ヴェルミナ:「大丈夫よ。」
ハヤト:「大丈夫じゃないだろ!」
ヴェルミナ:「集中が切れるから黙ってて!」
ハヤト:「でも。」
ヴェルミナ:「ハヤト。」
珍しく名前だけだった。
ハヤトは言葉を止める。
ヴェルミナ:「お願い。」
ヴェルミナ:「今だけは任せて。」
ハヤト:「……分かった。」
ヴェルミナは再び術式に集中する。
七本目。
八本目。
生命共有術で消耗した身体には、明らかに負担が大きかった。
額から汗が流れる。
九本目。
十本目。
ヴェルミナ:(まだ。)
ヴェルミナ:(あと二本。)
十一本目。
そして十二本目。
全ての黒い魔石が、紫色の光で繋がった。
ヴェルミナ:「できた……!」
ハヤト:「よし!」
次の瞬間。
ヴェルミナの膝から力が抜けた。
ハヤト:「危ない!」
ハヤトが咄嗟に抱き止める。
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「無茶しないんじゃなかったのかよ。」
ヴェルミナ:「誰かさんに言われたくないわ。」
ハヤト:「それはそうだけど。」
ヴェルミナはハヤトの腕の中で、小さく息を吐いた。
ヴェルミナ:「できたんだからいいでしょ。」
ハヤト:「よくない。」
ヴェルミナ:「え?」
ハヤト:「倒れるまでやるなよ。」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「俺が言うのも何だけどさ。」
ヴェルミナ:「本当に何なのよ。」
ハヤト:「でも、心配するだろ。」
ヴェルミナは何も言えなかった。
ハヤトは深い意味など考えていない。
それくらい分かっている。
それでも胸の奥が熱くなる。
ヴェルミナ:(ずるい。)
ヴェルミナ:(こういうところが、本当にずるい。)
フローネは少し離れた場所から二人を見ていた。
ハヤトがヴェルミナを抱き止めている。
必要なことだと分かっている。
それなのに胸の奥が落ち着かない。
フローネ:(またです。)
フローネ:(私は、どうして……。)
その感情をもう知らないふりはできなくなり始めていた。
◆◇◆
導師:「解除した。」
セレナ:「こっちも終わった!」
アスカ:「術式を反転させます!」
アスカが両手を魔法陣へつく。
金色の光が広がる。
セレナも魔力を流し込む。
魔法陣の線が一本ずつ逆方向へ光り始めた。
導師:「反転開始。」
黒い魔石が震える。
それまで世界樹から黒きものへ流れていた魔力が止まった。
そして逆流する。
黒きものが激しく揺れた。
ガルデ:「効いてるぞ!」
黒い霧が周囲から吸い戻されていく。
世界樹の壁を侵食していた黒い筋も、ゆっくりと薄くなり始めた。
アスカ:「成功です!」
セレナ:「まだよ!」
黒い力が十二本の魔石へ集まっていく。
そして紫色の光を通して、一つの場所へ送られる。
原初の王:「来るぞ。」
原初の王は両手を前へ出した。
集められた黒い力が。
一気に原初の王へ流れ込む。
原初の王:「ぐっ……!」
白い光が黒く染まり始める。
ハヤト:「おい!」
原初の王:「問題ない。」
ハヤト:「絶対問題ある顔してるぞ!」
原初の王:「顔で判断するな。」
ハヤト:「今まで会った奴、みんなそう言うんだよ!」
原初の王:「勇者。」
原初の王:「準備しろ。」
ハヤト:「何を?」
原初の王:「お前の力を寄越せ。」
ハヤト:「言い方!」
セレナ:「今は気にしてる場合じゃないでしょ!」
ハヤト:「分かってる!」
ハヤトは原初の王の前へ立つ。
剣を地面へ突き立てる。
ハヤト:「どうすればいい?」
原初の王:「私に触れろ。」
ハヤト:「それだけ?」
原初の王:「後は私がやる。」
ハヤト:「本当に?」
原初の王:「お前は疑い深いのか、疑わないのか、どちらなんだ?」
ハヤト:「相手による。」
原初の王:「そうか。」
ハヤトは原初の王の肩へ手を置いた。
その瞬間身体の奥から何かが引き出される。
ハヤト:「うおっ!?」
金色の光がハヤトの身体から溢れた。
原初の王の白い光と混ざる。
黒。
白。
金。
三つの光がぶつかり合う。
世界樹全体が震えた。
ハヤト:「これ、どれくらい続ければいい!?」
原初の王:「黒き力が消えるまでだ。」
ハヤト:「長かったら?」
原初の王:「耐えろ。」
ハヤト:「雑!」
ガルデ:「お前に合ってるじゃねぇか!」
ハヤト:「どこがだよ!」
黒きものが暴れる。
術式から逃れようと無数の触手を伸ばす。
ガルデ:「来るぞ!」
フローネ:「勇者様たちを守ります!」
ガルデ:「おう!」
フローネとガルデが前へ出る。
飛んでくる触手を次々と叩き落としていく。
セレナ:「術式は私たちが維持する!」
アスカ:「絶対に切らせません!」
ヴェルミナも立ち上がろうとした。
だが身体が動かない。
ヴェルミナ:「くっ……。」
ハヤト:「ヴェルミナ!」
ヴェルミナ:「何よ!」
ハヤト:「そこで休んでろ!」
ヴェルミナ:「命令しないで!」
ハヤト:「お願いだから休んでてくれ!」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「また倒れたら心配する!」
ヴェルミナ:「……分かったわよ。」
小さな声だった。
ガルデ:「素直だな。」
ヴェルミナ:「うるさい!」
◆◇◆
黒きものが少しずつ小さくなっていく。
世界樹を侵食していた黒い筋も消えていく。
だが原初の王の顔色は悪くなっていた。
ハヤト:「おい。」
原初の王:「続けろ。」
ハヤト:「お前、大丈夫なのか?」
原初の王:「問題ない。」
ハヤト:「それ信用できない言葉らしいぞ。」
フローネ:「勇者様!」
ハヤト:「今言われて分かった!」
原初の王は僅かに笑う。
原初の王:「心配するな。」
原初の王:「千年前とは違う。」
ハヤト:「何が?」
原初の王:「今度は。」
原初の王:「私は一人ではない。」
ハヤトは一瞬だけ黙った。
そして笑う。
ハヤト:「そうだな。」
一人ではない。
人間がいる。
魔族がいる。
原初の王がいる。
そして導師までいる。
全員が同じものを止めようとしている。
千年前に壊れたものが偶然かもしれないが。
もう一度だけここに揃っていた。
ハヤト:「行くぞ!」
原初の王:「ああ!」
金色の光が強くなる。
白い光もそれに応えるように輝く。
黒きものが最後の抵抗を見せる。
世界樹全体が大きく揺れた。
そして黒い光が一気に原初の王へ吸い込まれた。
静寂。
黒い霧が消えた。
触手も消えた。
世界樹を侵食していた黒い筋も完全に消えている。
ハヤト:「やった……?」
セレナ:「たぶん。」
ガルデ:「終わったのか?」
アスカは周囲の魔力を確認する。
しばらくしてゆっくり頷いた。
アスカ:「黒い魔力を感じません。」
フローネ:「では。」
アスカ:「成功です。」
全員の身体から力が抜ける。
ハヤト:「終わったぁ……。」
ハヤトはその場に座り込んだ。
フローネ:「勇者様!」
ハヤト:「休んでるだけ!」
フローネ:「それならいいです。」
ハヤト:「信用されてないなぁ。」
原初の王も静かに息を吐いた。
黒い力は完全に消えている。
だがその時だった。
導師:「違う。」
全員が導師を見る。
ハヤト:「何が?」
導師は世界樹の床を見ていた。
導師:「量が合わない。」
セレナ:「何?」
導師:「千年前から封じられていた力が。」
導師:「これだけのはずがない。」
原初の王の表情が変わる。
原初の王:「まさか。」
ハヤト:「何だよ?」
原初の王は自分の胸へ手を当てた。
原初の王:「本体がいない。」
一瞬誰も意味を理解できなかった。
セレナ:「本体?」
原初の王:「今浄化したのは。」
原初の王:「封印から漏れ出した一部に過ぎない。」
ハヤト:「じゃあ。」
ハヤト:「本物はどこだ?」
答えは導師が持っていた。
導師の胸元、服の内側から黒い光が漏れていた。
導師:「……。」
ハヤト:「お前。」
導師はゆっくり自分の胸を見る。
黒い紋様が首元へ広がっていた。
導師:「いつからだ?」
原初の王:「離れろ!」
遅かった。
導師の身体から黒い光が爆発した。




