第47話 目覚め
世界樹が大きく揺れた。
床に走った亀裂の奥で、二つの巨大な目が開いている。
人間のものでも。
魔族のものでもない。
ただ。
見られているだけで身体が動かなくなるほどの圧力があった。
ハヤト:「何だよ、あれ……。」
セレナ:「私に聞かないで。」
セレナの声にも、いつもの余裕がなかった。
ガルデは戦斧を握り直す。
フローネもハヤトの前へ出ようとした。
だがハヤトが腕を伸ばして止める。
フローネ:「勇者様?」
ハヤト:「待て。」
フローネ:「ですが……。」
ハヤト:「まだ何もしてこない。」
巨大な目は動かなかった。
ただ、ハヤトを見ている。
正確にはハヤトの中にある何かを見ているようだった。
ハヤト:(嫌な感じだ。)
ハヤト:(強いとか怖いとか、それだけじゃない。)
ハヤト:(俺の中を全部見られてるみたいだ。)
導師だけが、亀裂の前へ歩いていく。
導師:「目覚めたか。」
ヴェルミナ:「近付かない方がいいわ。」
導師は振り返らない。
導師:「千年だ。」
導師:「千年間、この瞬間を待つ者たちがいた。」
ハヤト:「お前も、その一人なのか?」
導師:「違う。」
ハヤト:「じゃあ、何なんだよ?」
導師:「続きを見れば分かる。」
ハヤト:「そういう言い方、本当に嫌いだ。」
導師:「知っている。」
亀裂から黒い光が溢れ出す。
同時に巨大な目がゆっくりと閉じた。
ガルデ:「消えた?」
アスカ:「いいえ。」
アスカ:「上がってきます!」
次の瞬間。
世界樹の内部を凄まじい衝撃が貫いた。
◆◇◆
亀裂が一気に広がった。
床が崩れ巨大な何かが地の底からせり上がってくる。
ハヤト:「全員下がれ!」
セレナ:「言われなくても!」
一行は後方へ飛び退く。
導師だけはその場から動かなかった。
黒い光の中から巨大な手が現れる。
続いて腕。
肩。
そして一人の人影が姿を現した。
ハヤト:「……人?」
想像していた姿とは違った。
巨大な怪物ではない。
地上へ現れた時には。
ハヤトたちと変わらないほどの大きさになっていた。
長い髪。
身体を覆う黒い衣。
その姿だけを見れば、人間にも見える。
だが明らかに違った。
存在しているだけで周囲の魔力が歪んでいる。
セレナ:「あれが、原初の王……?」
導師:「そうだ。」
原初の王は目を閉じたまま動かない。
胸が僅かに上下している。
生きている。
それだけは分かった。
ヴェルミナは原初の王を見つめていた。
ヴェルミナ:「魔力が……。」
ガルデ:「どうした?」
ヴェルミナ:「似てる。」
ハヤト:「何に?」
ヴェルミナ:「魔王様に。」
全員の視線がヴェルミナへ集まる。
ヴェルミナ:「同じじゃない。」
ヴェルミナ:「でも、根っこの部分が同じなの。」
アスカ:「導師の話は、本当だったということでしょうか。」
現在の魔王は原初の王から切り離された力の一部。
先ほど聞いたばかりの話だった。
それを裏付けるものが今、目の前にいる。
ハヤト:「で。」
ハヤト:「起きたらどうなる?」
導師:「始まる。」
ハヤト:「何が?」
導師:「世界の修復だ。」
原初の王の指が動いた。
ほんの僅かにそれだけで。
空間全体が震えた。
世界樹の壁を流れていた青い光が一斉に消える。
代わりに黒と白。
二色の光が原初の王へ集まり始めた。
アスカ:「世界樹の魔力が吸収されています!」
セレナ:「止められる?」
アスカ:「分かりません!」
導師:「止める必要はない。」
ハヤト:「あるよ!」
導師:「これで世界は元に戻る。」
ハヤト:「今生きてる奴のほとんどが死ぬんだろ!」
導師:「必要な犠牲だ。」
ハヤト:「必要じゃない!」
導師:「感情論だ。」
ハヤト:「当たり前だろ!」
ハヤトは剣を構える。
ハヤト:「人が死ぬ話してんだから、感情くらい入るだろ!」
導師はハヤトを見る。
やはり理解できないという顔だった。
ハヤト:「お前とは本当に話が合わないな。」
導師:「同感だ。」
◆◇◆
原初の王が目を開いた。
黒い瞳だった。
先ほど亀裂の底で見た巨大な目とは違う。
静かな目だった。
原初の王はゆっくり周囲を見渡す。
導師を見る。
フローネを見る。
ガルデを見る。
セレナを見る。
アスカを見る。
ヴェルミナを見る。
そして。
最後にハヤトを見る。
原初の王:「勇者。」
低い声が響いた。
ハヤト:「俺?」
原初の王:「そうだ。」
ハヤト:「なんで知ってる?」
原初の王:「知っている。」
原初の王:「私は、お前を待っていた。」
ハヤト:「またそれ!?」
セレナ:「人気者ね。」
ハヤト:「嬉しくない!」
導師の表情が変わった。
僅かだったが。
初めて見る反応だった。
導師:「待っていた?」
原初の王は導師を見ない。
視線はハヤトだけへ向けられていた。
原初の王:「何度目だ。」
ハヤト:「何が?」
原初の王:「お前は。」
原初の王:「何度、私を殺した?」
ハヤトは固まった。
ハヤト:「……は?」
フローネ:「どういう意味ですか?」
セレナ:「ハヤトが生まれたのは十八年前よ。」
ガルデ:「千年前の奴と会えるわけねぇだろ。」
原初の王:「違う。」
原初の王:「その身体ではない。」
原初の王はハヤトの胸元を見る。
原初の王:「その魂だ。」
ハヤト:「魂?」
アスカの表情が変わる。
アスカ:「まさか……。」
ハヤト:「何か分かった?」
アスカ:「勇者が役割だという話が、本当なら。」
アスカ:「同じ力を持つ者が、過去にも存在した可能性があります。」
セレナ:「つまり。」
セレナ:「千年前にも勇者がいた?」
原初の王:「いた。」
原初の王:「私を封じた者。」
原初の王:「人と魔を率いた者。」
原初の王:「そして。」
原初の王:「私を殺した者。」
ハヤト:「ちょっと待て。」
頭が追いつかない。
千年前の勇者。
原初の王。
自分と同じ魂。
突然そんなことを言われても納得できるはずがない。
ハヤト:「俺は俺だ。」
原初の王:「そうだ。」
ハヤト:「え?」
予想外の返事だった。
原初の王:「お前は、あの者ではない。」
原初の王:「同じ魂を持とうと。」
原初の王:「生きた時間が違えば、別の者だ。」
ハヤト:「話が分かるな。」
セレナ:「そこなの?」
原初の王は僅かに目を細める。
初めてその表情に変化があった。
原初の王:「似ている。」
ハヤト:「誰に?」
原初の王:「あの馬鹿に。」
ハヤト:「馬鹿!?」
ガルデが吹き出した。
ガルデ:「千年前から馬鹿だったのか!」
ハヤト:「俺じゃないだろ!」
セレナ:「同じ魂なんでしょう?」
ハヤト:「魂で馬鹿が決まるの!?」
緊張していた空気がほんの一瞬だけ崩れた。
原初の王はそんなハヤトたちを静かに見ていた。
ヴェルミナ:「あなたは。」
原初の王の視線がヴェルミナへ向く。
ヴェルミナは一瞬だけ息を呑む。
それでも視線を逸らさなかった。
ヴェルミナ:「本当に世界を壊すつもりなの?」
原初の王:「違う。」
導師:「何?」
今度は導師が明確に反応した。
原初の王:「私は世界を壊さない。」
導師:「何を言っている?」
導師:「お前が目覚めれば、世界は原初の姿へ戻る。」
原初の王:「誰から聞いた。」
その一言で導師が黙った。
ハヤト:「おい。」
ハヤト:「まさか。」
セレナ:「導師も全部知っていたわけじゃない?」
導師:「あり得ない。」
初めてだった。
導師の声に明確な動揺が混じった。
導師:「記録には残されていた。」
導師:「原初の王が目覚めれば、人と魔の境界は失われる。」
原初の王:「間違ってはいない。」
導師:「ならば!」
原初の王:「だが。」
原初の王は自分の手を見る。
原初の王:「それは私の力ではない。」
沈黙。
ハヤト:「どういうことだ?」
原初の王:「千年前。」
原初の王:「私が封じられた理由は。」
原初の王:「私が世界を滅ぼそうとしたからではない。」
原初の王はゆっくりと足元を見る。
黒い光がまだ亀裂の奥から溢れている。
原初の王:「あれを止められなかったからだ。」
全員が亀裂を見る。
ハヤト:「あれ?」
原初の王:「私と共に。」
原初の王:「千年間眠っていたもの。」
導師の顔色が変わった。
アスカ:「まさか。」
原初の王:「黒き力の正体だ。」
ドクン。
世界樹が揺れた。
先ほどまでとは違う。
原初の王の鼓動ではない。
もっと深い場所から何かが動いている。
導師:「そんなものは記録にない。」
原初の王:「消したのだ。」
フローネ:「誰が?」
原初の王:「私が。」
ハヤト:「なんで?」
原初の王はハヤトを見る。
原初の王:「知られれば。」
原初の王:「必ず利用しようとする者が現れる。」
全員の視線がゆっくり導師へ向いた。
導師:「……。」
ハヤト:「いたな。」
セレナ:「いたわね。」
ガルデ:「目の前にな。」
ヴェルミナ:「見事なくらい、その通りになったわね。」
導師:「黙れ。」
初めて導師が苛立った。
ハヤト:「お前も怒るんだな。」
導師:「黙れと言った!」
その瞬間導師が魔法陣へ手を叩きつけた。
黒い魔力が爆発する。
原初の王:「やめろ!」
遅かった。
魔法陣の下亀裂のさらに奥から何かが這い上がってくる。
形はない。
黒い霧のようにも。
液体のようにも見える。
だが触れた世界樹の壁が一瞬で黒く染まった。
アスカ:「離れてください!」
全員が後退する。
黒い何かがゆっくりと広がっていく。
原初の王はそれを見つめていた。
その顔に初めて恐怖が浮かんだ。
原初の王:「千年前。」
原初の王:「私は人と魔を守るために。」
原初の王:「自分ごと、こいつを封じた。」
ハヤト:「じゃあ。」
ハヤト:「お前を起こしたってことは。」
原初の王:「同時に。」
原初の王:「こいつの封印も壊した。」
誰も言葉を発しなかった。
導師ですら動きを止めている。
世界を作り直すための計画。
その結果導師が解放したものは世界を救う王ではなかった。
千年前。
人間と魔族が共に封じなければならなかった。
名前すら歴史から消されたものだった。




