第46話 封印の底
世界樹の内部。
巨大な魔法陣の中央で。
ハヤトの身体が黒い光の鎖に拘束されていた。
足元から伸びた鎖は両腕と両足へ絡みつき。
さらに胸元へ向かって黒い紋様を広げている。
ハヤト:「くそっ!」
ハヤトは力任せに腕を引く。
だが鎖はびくともしない。
フローネ:「勇者様!」
フローネが駆け出す。
その進路を遮るように。
床から黒い柱が突き出した。
フローネ:「っ!」
フローネは咄嗟に横へ飛ぶ。
続けて何本もの黒い柱が地面を突き破った。
ガルデ:「邪魔だ!」
ガルデが戦斧を振り下ろす。
黒い柱が砕け散る。
だが砕けた先から新たな柱が次々と生えてくる。
セレナ:「きりがない!」
導師は魔法陣の向こう側に立ったまま。
その光景を静かに眺めていた。
導師:「無駄だ。」
ハヤト:「何が無駄だ!」
導師:「その術式は、お前を殺すためのものではない。」
導師:「勇者の力を引き出すためのものだ。」
ハヤト:「勝手に使うな!」
導師:「お前の同意は必要ない。」
ハヤト:「相変わらずムカつくな!」
ハヤトは再び鎖を引く。
黒い光が強くなった。
胸の奥から何かを引き抜かれるような感覚が走る。
ハヤト:「ぐっ……!」
フローネ:「ハヤト!」
ヴェルミナ:「やめなさい!」
ヴェルミナが両手を前へ突き出す。
紫色の魔法陣が展開され。
黒い柱をまとめて吹き飛ばした。
だが生命共有術の反動はまだ残っている。
魔法を放った直後ヴェルミナの身体が大きくふらついた。
セレナ:「ヴェルミナ!」
ヴェルミナ:「平気よ!」
セレナ:「どこがよ!」
ヴェルミナ:「ハヤトよりは平気!」
ハヤト:「判断基準を俺にするな!」
ヴェルミナ:「今は黙ってなさい!」
ハヤト:「はい!」
ガルデ:「素直だな。」
ハヤト:「怖いんだよ!」
導師はそんな一同を見ても。
表情一つ変えなかった。
導師:「理解できない。」
セレナ:「……。」
導師:「なぜ一人を救うために、それほど必死になる。」
その言葉にハヤトの表情が変わった。
ネクロスも似たようなことを言っていた。
だが同じ言葉でもネクロスとは何かが違う。
ネクロスは本当に人の心を理解できなかった。
だから最後まで理解しようとしていた。
だが導師は違う。
最初から理解するつもりがない。
ハヤト:「お前。」
導師:「なんだ?」
ハヤト:「ネクロスより話通じないな。」
導師:「死霊王と私を比較する意味が分からない。」
ハヤト:「そういうところだよ!」
◆◇◆
黒い魔法陣がさらに広がった。
床を越え壁へ。
天井へ。
世界樹の内部全体へ黒い紋様が走っていく。
アスカ:「まずいです!」
セレナ:「どうしたの?」
アスカ:「勇者様から吸い出した力が、世界樹全体へ流れています!」
フローネ:「止める方法は?」
アスカ:「術式そのものを破壊するしかありません!」
セレナは魔法陣を見る。
巨大すぎる。
床全体が一つの術式になっている。
適当に壊せば何が起こるか分からない。
セレナ:「導師が制御している部分を探すわ!」
アスカ:「私も手伝います!」
ガルデ:「だったら俺たちは時間稼ぎだな!」
フローネ:「はい!」
ガルデとフローネが同時に走り出す。
導師は片手を上げた。
黒い魔石が次々と光る。
その瞬間魔法陣から人型の影が現れた。
一体。
二体。
十体。
さらに増えていく。
ガルデ:「また雑魚か!」
導師:「違う。」
影の表面が剥がれる。
中から現れた姿を見て。
フローネの足が止まった。
黒い鎧。
大剣。
かつて戦った。
死霊騎士団長と同じ姿。
フローネ:「団長……?」
ハヤト:「フローネ!」
フローネはすぐに気付く。
違う。
あれは団長ではない。
姿を真似ただけの偽物だ。
導師:「死霊王の術式を記録しておいた。」
導師:「再現性は十分だ。」
フローネ:「あなた……!」
導師:「感情的になる理由が理解できない。」
フローネは剣を強く握った。
だが今度は迷わない。
フローネ:「そうですか。」
偽物の騎士が大剣を振り上げる。
フローネ:「でしたら。」
フローネは真正面から踏み込んだ。
フローネ:「理解していただく必要もありません!」
剣が交差する。
一撃。
フローネの剣が偽物の胸を貫いた。
黒い影が崩れ落ちる。
フローネは止まらない。
次の敵へ向かう。
迷いは一切なかった。
ハヤト:(強くなったな。)
思わずそんなことを考えた。
その瞬間、黒い鎖がさらに強く締まる。
ハヤト:「ぐあっ!」
フローネ:「勇者様!」
ハヤト:「大丈夫!」
フローネ:「その言葉は禁止です!」
ハヤト:「こんな時まで!?」
フローネ:「こんな時だからです!」
◆◇◆
セレナとアスカは。
魔法陣の外周を調べていた。
無数の術式が複雑に重なっている。
セレナ:「面倒な組み方してるわね。」
アスカ:「意図的です。」
アスカ:「一つを壊しただけでは停止しないように作られています。」
セレナ:「性格まで術式に出てるわ。」
アスカ:「ですが。」
アスカが一点を指差す。
黒い魔法陣の中に二つだけ異なる光があった。
一つは白。
もう一つは紫。
セレナ:「これ……。」
アスカ:「二つの鍵です。」
人の鍵。
魔の鍵。
千年前から。
人間の王家と魔王に受け継がれていたもの。
その二つが魔法陣へ組み込まれている。
セレナ:「本当に両方奪ってたのね。」
アスカ:「ですが、おかしいです。」
セレナ:「何が?」
アスカ:「二つの鍵だけなら、すでに封印を開けられるはずです。」
セレナ:「だからハヤトが必要?」
アスカ:「おそらく。」
アスカはハヤトを見る。
黒い鎖に拘束されながら。
勇者の力を吸い取られている。
アスカ:「勇者様の力は、鍵ではありません。」
セレナ:「じゃあ何?」
アスカは魔法陣を追う。
勇者から吸い出された力は。
二つの鍵へ流れていない。
さらに下へ。
世界樹の深部へ向かっている。
アスカの顔色が変わった。
アスカ:「違います。」
セレナ:「何が?」
アスカ:「勇者様の力は、封印を開くためではありません。」
セレナ:「じゃあ何なの?」
アスカ:「目覚めさせるためです。」
セレナ:「何を?」
答えは足元から聞こえた。
ドクン。
巨大な鼓動。
世界樹全体が揺れた。
全員の動きが止まる。
ドクン。
もう一度。
ハヤト:「何だ……?」
導師だけが。
静かに笑っていた。
導師:「ようやくだ。」
ヴェルミナ:「何をしたの?」
導師:「何も。」
導師:「私は必要なものを揃えただけだ。」
導師:「人の鍵。」
導師:「魔の鍵。」
導師:「そして。」
導師はハヤトを見る。
導師:「世界に選ばれた勇者の力。」
ハヤト:「世界に選ばれた?」
導師:「お前は疑問に思わなかったのか?」
ハヤト:「何を?」
導師:「なぜ勇者だけが、魔王を倒せる力を持つのか。」
ハヤトは黙った。
考えたことがなかった。
勇者だからそれだけで納得していた。
導師:「勇者とは称号ではない。」
導師:「役割だ。」
セレナ:「役割?」
導師:「封印された存在が再び目覚めた時。」
導師:「それを眠らせるために世界が生み出す調整者。」
ハヤト:「何言ってんだ?」
導師:「つまり。」
導師:「お前の力は最初から魔王を倒すためのものではない。」
空間が大きく揺れた。
ドクン。
三度目の鼓動。
世界樹の壁に亀裂が走る。
その隙間から黒い光が漏れ出した。
導師:「原初の王を殺すための力だ。」
誰も言葉を発さなかった。
ハヤト:「原初の王……。」
導師:「千年前。」
導師:「人と魔が共に封じた存在。」
導師:「世界に初めて生まれた王。」
導師:「そして。」
導師の目が初めて明確な興奮を帯びる。
導師:「魔王という存在の始まりだ。」
ヴェルミナ:「……何ですって?」
ハヤト:「今の魔王と関係あるのか?」
導師:「関係があるどころではない。」
導師:「現在の魔王は。」
導師:「原初の王から切り離された力の一部に過ぎない。」
ヴェルミナの顔から血の気が引く。
魔族の頂点。
絶対的な存在。
そう教えられてきた魔王が何かの一部に過ぎない。
ヴェルミナ:「そんな話……。」
導師:「知らなくて当然だ。」
導師:「歴史から消されたのだから。」
フローネ:「誰が消したのですか?」
導師:「人間。」
導師:「魔族。」
導師:「両方だ。」
導師は淡々と言う。
導師:「千年前。」
導師:「共に原初の王を封じた者たちは。」
導師:「同じ過ちを繰り返さないため。」
導師:「歴史そのものを二つに分けた。」
導師:「人は人の歴史を作り。」
導師:「魔は魔の歴史を作った。」
セレナ:「その結果。」
セレナ:「自分たちが元は共に生きていたことまで忘れた。」
導師:「そうだ。」
ハヤト:「馬鹿じゃないのか。」
導師が初めて言葉を止めた。
ハヤト:「争わないようにしたかったんだろ?」
ハヤト:「なのに。」
ハヤト:「相手のこと全部忘れて。」
ハヤト:「今はずっと戦争してるじゃん。」
ガルデ:「確かにな。」
ヴェルミナは何も言えなかった。
あまりにも皮肉だった。
平和を守るために歴史を分け。
互いを忘れた結果。
人間と魔族は千年もの間争い続けている。
導師:「だから私は作り直す。」
ハヤト:「何?」
導師:「失敗した世界を。」
導師:「原初の形へ戻す。」
ハヤト:「それが世界を作り直すって意味か?」
導師:「そうだ。」
ハヤト:「そのために。」
ハヤト:「原初の王を起こす?」
導師:「その通りだ。」
ハヤト:「起こしたらどうなる?」
導師:「現在の人と魔の境界は消える。」
導師:「世界は一つに戻る。」
セレナ:「そんな都合よく終わるわけないでしょう。」
導師:「犠牲は必要だ。」
ハヤト:「どれくらい?」
導師:「現在存在する生命の大半だ。」
静寂。
ハヤトの表情が変わった。
ハヤト:「却下。」
即答だった。
導師:「理解できないか?」
ハヤト:「理解した上で却下だ。」
ハヤトは黒い鎖を握る。
力を込める。
ハヤト:「昔の奴らが失敗したとか。」
ハヤト:「人間と魔族が本当は同じだったとか。」
ハヤト:「そんなことは後で考える。」
ハヤト:「でも。」
ハヤト:「今生きてる奴をほとんど殺して。」
ハヤト:「世界をやり直すなんて。」
ハヤト:「絶対に認めない。」
導師:「お前の意思は関係ない。」
ハヤト:「ある。」
導師:「ない。」
ハヤト:「ある!」
黒い鎖に亀裂が入った。
導師の表情が初めて変わる。
導師:「何?」
ハヤト:「俺の力なんだろ?」
ハヤト:「だったら。」
ハヤトは全身に力を込める。
亀裂が広がる。
ハヤト:「勝手に使うなぁぁぁぁ!!」
鎖が砕けた。
黒い魔法陣の光が一瞬だけ弱くなる。
フローネ:「勇者様!」
ヴェルミナ:「ハヤト!」
ハヤトは地面へ着地する。
剣を拾う。
そして導師へ向ける。
ハヤト:「計画変更だ。」
導師:「何?」
ハヤト:「原初の王は起こさない。」
ハヤト:「世界も作り直させない。」
ハヤト:「お前も止める。」
導師:「不可能だ。」
ハヤト:「やってみないと分からないだろ。」
導師:「すでに遅い。」
ハヤト:「何?」
ドクン。
四度目の鼓動。
今までとは比べものにならない衝撃だった。
魔法陣の中央。
巨大な亀裂が走る。
その下には底の見えない闇が広がっていた。
闇の奥。
二つの巨大な光がゆっくりと開いた。
目だった。
ハヤト:「……。」
ヴェルミナ:「嘘……。」
導師は両手を広げる。
導師:「目覚めよ。」
導師:「原初の王。」
ハヤトが鎖を破壊した時には。
すでに儀式は必要な力を吸い終えていた。
世界樹の深部で千年間眠り続けていた存在が。
ついに目を覚ました。




