第45話 原初の王
世界樹から放たれた黒い光は、天を貫いたまま消えなかった。
森全体が低く震えている。
ハヤトたちは忘れられた村を飛び出し、世界樹へ向かって走っていた。
ハヤト:「急げ!」
ガルデ:「分かってる!」
セレナ:「でも、気を付けなさい!」
セレナ:「周囲の魔力まで乱れ始めてる!」
森の様子は、来た時とは完全に変わっていた。
穏やかだった木々が激しく揺れ、地面から黒い靄が噴き出している。
美しかった草花も少しずつ黒く変色していた。
アスカ:「侵食が広がっています!」
フローネ:「導師が世界樹の力を利用しているのでしょうか?」
アスカ:「分かりません!」
アスカ:「ですが、このままでは森全体が危険です!」
ヴェルミナは走りながら世界樹を見上げた。
巨大な幹を走る黒い筋は、先ほどより明らかに広がっている。
ヴェルミナ:「急いだ方がいいわ!」
ハヤト:「言われなくても!」
ハヤトはさらに速度を上げた。
だが突然、足元の地面が盛り上がった。
ハヤト:「うおっ!?」
巨大な根が地面を突き破る。
ハヤトは咄嗟に横へ飛んだ。
続けて何本もの根が飛び出し、一行の行く手を塞ぐ。
ガルデ:「なんだこりゃ!」
セレナ:「世界樹の根よ!」
ハヤト:「襲ってきてるけど!?」
アスカ:「黒い魔力に侵食されています!」
根の表面には黒い紋様が浮かんでいた。
世界樹そのものが敵になったわけではない。
何者かに操られている。
ハヤト:「だったら、切っていいのか?」
セレナ:「必要な分だけにしなさい!」
ハヤト:「必要な分ってどれくらい!?」
セレナ:「自分で考えなさい!」
ハヤト:「無茶言うな!」
フローネ:「勇者様、来ます!」
ハヤト:「分かってる!」
再び根が襲いかかる。
ハヤトとフローネが同時に剣を振るう。
二本の根が切断された。
ガルデも戦斧で道を塞ぐ根を叩き潰す。
セレナが炎で黒い靄を焼き払い、アスカが全員へ防護術を展開する。
ヴェルミナ:「右よ!」
ハヤト:「見えてる!」
ヴェルミナ:「じゃあ避けなさい!」
ハヤト:「今避けてるだろ!」
ヴェルミナ:「遅いのよ!」
ハヤト:「注文多いな!」
言い争いながらも二人の動きは不思議なくらい噛み合っていた。
ヴェルミナが魔法で根の動きを止めハヤトがその隙に切り開く。
フローネはその様子を横目で見る。
フローネ:(息が合っていますね。)
なぜか少しだけ気になった。
だが今はそれどころではない。
フローネ:「前が開きました!」
ハヤト:「走れ!」
一行は根の間を駆け抜けた。
◆◇◆
森を抜けた瞬間。
全員が足を止めた。
ハヤト:「でか……。」
目の前に世界樹があった。
遠くから見た時ですら山より大きく見えた。
だが間近で見る世界樹は、もはや一本の木とは思えなかった。
巨大な幹は左右の視界に収まらない。
空を見上げても枝の先を見ることはできない。
根の一本だけでも城壁ほどの高さがあった。
ガルデ:「こんなもん、どうやって生えてんだよ。」
セレナ:「知らないわよ。」
ハヤト:「登るの?」
セレナ:「絶対嫌。」
ハヤト:「俺も。」
ヴェルミナ:「安心しなさい。」
ヴェルミナ:「入り口があるはずよ。」
ハヤト:「先に言って。」
ヴェルミナ:「聞かれなかったから。」
ハヤト:「またそれか!」
アスカは二人を無視して世界樹を見ていた。
アスカ:「見つけました。」
巨大な根の間に黒い亀裂があった。
自然にできた裂け目ではない。
周囲には黒い魔石が何本も突き刺さっている。
その中央。
人が通れるほどの穴が開いていた。
セレナ:「導師ね。」
ガルデ:「無理やりこじ開けやがったのか。」
ヴェルミナ:「たぶん。」
ハヤトは黒い魔石へ近付く。
触れようとした瞬間。
アスカ:「触らないでください!」
ハヤト:「うわっ!」
ハヤトは慌てて手を引っ込める。
ハヤト:「急に大声出すなよ!」
アスカ:「危険です。」
アスカ:「この魔石は周囲の魔力を吸収しています。」
ハヤト:「危なかった?」
アスカ:「かなり。」
ハヤト:「先に言ってくれてありがとう。」
セレナ:「あなた、本当に何でも触ろうとするわね。」
ハヤト:「気になったから。」
フローネ:「子供ですか。」
ハヤト:「フローネまで!?」
ヴェルミナ:「放っておいたら、そのうち罠まで素手で触りそうね。」
ハヤト:「そこまで馬鹿じゃない!」
全員が黙った。
ハヤト:「なんで誰も否定しないの?」
ガルデ:「行くぞ。」
ハヤト:「誤魔化した!」
ガルデは気にせず裂け目へ向かう。
一行もその後へ続いた。
◆◇◆
世界樹の内部は。
巨大な洞窟のようになっていた。
壁は木でできている。
だが淡い青色の光が至るところから漏れ出しており、暗さは感じない。
アスカ:「凄い……。」
セレナ:「これ全部、魔力?」
アスカ:「はい。」
アスカ:「世界樹そのものに魔力が流れています。」
ハヤト:「血管みたいだな。」
アスカ:「近いかもしれません。」
ハヤト:「適当に言ったのに。」
セレナ:「たまに鋭いのが腹立つわね。」
ハヤト:「褒めてないよね?」
セレナ:「もちろん。」
奥へ進むにつれて。
壁を流れる青い光に黒い筋が混じり始める。
黒い魔石も一定の間隔で突き刺さっていた。
まるで世界樹へ無理やり毒を送り込んでいるようだった。
フローネ:「酷いですね。」
ヴェルミナ:「導師のやり方よ。」
ヴェルミナの声には怒りが混じっていた。
ハヤトは何も言わず前を見る。
その時ガルデが突然立ち止まった。
ガルデ:「おい。」
ハヤト:「どうした?」
ガルデ:「あれ。」
通路の先に巨大な扉があった。
木で作られた扉。
左右には二つの紋章が刻まれている。
一つは人間の王家で使われている紋章。
もう一つは魔王軍の紋章だった。
フローネ:「これは……。」
ヴェルミナ:「まさか。」
人と魔。
二つの鍵。
千年前。
それぞれへ託されたもの。
ハヤト:「ここが封印?」
セレナ:「可能性は高いわね。」
アスカ:「ですが。」
アスカ:「扉が開いています。」
全員の表情が変わった。
木製の巨大な扉は。
僅かに開いていた。
その隙間から。
黒い光が漏れている。
ガルデ:「先を越されたか。」
ハヤト:「行こう。」
ハヤトが扉へ近付く。
フローネ:「待ってください。」
ハヤト:「何?」
フローネ:「今度こそ慎重に。」
ハヤト:「分かってる。」
ヴェルミナ:「本当に?」
ハヤト:「なんでお前まで疑うんだよ。」
ヴェルミナ:「日頃の行い。」
ハヤト:「最近そればっかりだな!」
少しだけいつものやり取りをする。
それでも全員分かっていた。
この扉の向こうに導師がいる。
ハヤトは一度だけ深呼吸した。
そして扉を押した。
◆◇◆
広い空間だった。
天井は見えない。
中央には巨大な黒い魔法陣が広がっている。
その周囲には数え切れないほどの黒い魔石が並んでいた。
そして魔法陣の中央。
一人の男が立っている。
白い外套。
細い身体。
感情の見えない顔。
導師。
ハヤト:「見つけたぞ。」
導師はゆっくり振り返った。
導師:「遅かったな。」
ハヤト:「待ってたみたいな言い方するな。」
導師:「待っていた。」
ハヤト:「は?」
導師:「正確には。」
導師:「勇者を待っていた。」
空気が変わった。
ハヤト:「俺を?」
導師:「そうだ。」
セレナ:「何のために?」
導師は答えない。
代わりに足元の魔法陣へ手を伸ばす。
黒い光が強くなる。
その瞬間空間全体が震えた。
ヴェルミナ:「何をしたの!?」
導師:「最後の封印を開く。」
フローネ:「最後の封印?」
導師:「人の鍵。」
導師:「魔の鍵。」
導師:「二つはすでに揃った。」
ヴェルミナ:「そんな……。」
導師:「だが。」
導師の視線がハヤトへ向く。
導師:「扉を開くだけでは足りない。」
ハヤト:「何言ってる?」
導師:「原初の王を目覚めさせるには。」
導師:「最後に。」
導師:「勇者の力が必要だ。」
ハヤト:「……俺?」
導師:「そうだ。」
導師は初めて。
僅かに笑った。
導師:「だから私は。」
導師:「お前がここまで来るのを待っていた。」
ハヤトは剣を抜く。
ハヤト:「だったら期待外れだな。」
導師:「何?」
ハヤト:「俺はお前を止めに来た。」
導師:「構わない。」
導師:「お前が何を望むかは重要ではない。」
導師:「ここへ来た。」
導師:「それだけで十分だ。」
ハヤトの背中に嫌な感覚が走る。
導師が手を上げる。
直後ハヤトの足元が光った。
ハヤト:「なっ!?」
黒い魔法陣が浮かび上がる。
セレナ:「ハヤト!」
フローネ:「勇者様!」
ヴェルミナ:「離れて!」
ハヤトは飛び退こうとする。
しかし身体が動かない。
足元から何本もの光の鎖が伸びる。
ハヤト:「くそっ!」
導師:「遅い。」
導師:「これで。」
導師:「全てが揃った。」
魔法陣のさらに下。
世界樹の遥か深部から何かが動いた。
音ではない。
声でもない。
それでもその場にいた全員が感じた。
巨大な何かが目を覚ました。




