第44話 世界樹戦争記
古びた建物の中。
ハヤトたちは一冊の本を囲んでいた。
表紙に記されている題名は世界樹戦争記。
そして最初のページには信じられない一文が残されていた。
世界を救うために我々は世界樹を殺した。
ハヤト:「どういうことだ?」
セレナ:「私に聞かないで。」
ハヤト:「だって読めるんだろ?」
セレナ:「読めるのと、意味が分かるのは別よ。」
ガルデ:「確かにな。」
ハヤトは窓の外を見る。
森の向こうには。
雲を突き抜けるほど巨大な世界樹が見えている。
どう見ても生きている。
ハヤト:「でも、あるぞ。」
アスカ:「ありますね。」
ハヤト:「殺したんじゃないの?」
セレナ:「だから、それを今から調べるのよ。」
ハヤト:「なるほど。」
セレナ:「本当に分かってる?」
ハヤト:「半分くらい。」
セレナ:「正直ね。」
ヴェルミナは本から目を離さなかった。
人間と魔族が共に暮らしていた村。
両方の言葉で記された石碑。
そして世界樹を殺したという記録。
魔族として教えられてきた歴史とあまりにも違いすぎる。
ヴェルミナ:「続きを読んで。」
セレナ:「ええ。」
セレナは慎重にページをめくった。
古い本にもかかわらず紙はほとんど劣化していない。
保存魔法が今も働いているようだった。
セレナ:「千年前。」
セレナ:「世界樹は命を育み、大地へ魔力を与えていた。」
セレナ:「人も魔も、その恵みを受けて共に生きていた。」
フローネ:「やはり。」
フローネ:「人間と魔族は共存していたのですね。」
ヴェルミナ:「みたいね。」
セレナはページを進める。
セレナ:「だが、ある日。」
セレナ:「世界樹の根より、黒き力が現れた。」
ハヤト:「黒い力?」
全員が顔を上げた。
思い当たるものがあった。
黒い魔石。
これまで導師が使い続けてきたものだ。
アスカ:「続けてください。」
セレナ:「黒き力は魔力を喰らい、命を変質させた。」
セレナ:「獣は魔獣となり、大地は枯れ、人と魔の心さえ蝕んだ。」
ガルデ:「待て。」
ガルデ:「それって。」
ハヤト:「今と同じじゃないか?」
誰もすぐには答えなかった。
だが全員が同じことを考えていた。
導師が使っていた黒い魔石。
生命を変異させる力。
魔力を吸収する性質。
その全てが千年前の記録と一致していた。
ヴェルミナ:「黒い魔石は、導師が作ったものじゃない。」
セレナ:「おそらくね。」
アスカ:「導師は。」
アスカ:「千年前に存在した力を再現していたのでしょうか?」
ハヤト:「それか。」
ハヤト:「どこかで見つけた。」
セレナ:「その可能性もあるわ。」
ハヤトは少し考える。
ハヤト:「やっぱり、ろくなことしてないな。」
ガルデ:「それは最初から分かってる。」
◆◇◆
さらにページを進めると文章の雰囲気が変わった。
それまで歴史を淡々と記していた文章に悲痛な言葉が増えている。
セレナ:「黒き力の正体を調べるため。」
セレナ:「我々は世界樹の内部へ入った。」
セレナ:「そこで。」
セレナの声が止まった。
ハヤト:「どうした?」
セレナ:「ちょっと待って。」
セレナはもう一度文章を確認する。
そしてゆっくり続きを読んだ。
セレナ:「我々は知った。」
セレナ:「世界樹は。」
セレナ:「一つの生命ではなかった。」
沈黙が流れた。
ハヤト:「どういう意味?」
セレナ:「続きがある。」
セレナ:「我々が世界樹と呼んでいたものは。」
セレナ:「地上に現れた器に過ぎなかった。」
アスカ:「器?」
セレナ:「その根の下には。」
セレナ:「遥かに巨大な何かが眠っていた。」
ヴェルミナ:「何かって?」
セレナ:「名前が書いてある。」
セレナは一度言葉を止めた。
セレナ:「原初樹。」
フローネ:「原初樹……。」
ハヤト:「世界樹とは違うのか?」
セレナ:「この本によれば。」
セレナ:「世界樹は原初樹から伸びた一つの枝のような存在らしいわ。」
ガルデ:「あんな馬鹿でかい木が枝だぁ?」
ハヤト:「本体どんだけでかいんだよ。」
誰も想像できなかった。
窓の外に見える世界樹だけでも山より遥かに巨大なのだ。
その世界樹が本体ではない。
アスカ:「黒い力は、その原初樹から生じたのですか?」
セレナ:「待って。」
セレナは次の行を読む。
そして表情が強張った。
セレナ:「違う。」
ハヤト:「何が?」
セレナ:「黒い力は。」
セレナ:「原初樹そのものじゃない。」
セレナ:「原初樹の中に封じられていた何かから漏れ出した。」
ヴェルミナ:「何が封じられているの?」
セレナ:「そこまでは書いてない。」
ガルデ:「またかよ。」
ハヤト:「昔の人、肝心なところ書かないな。」
セレナ:「文句言わないの。」
セレナはさらにページをめくる。
だがそこで文章が途切れていた。
数ページ分が綺麗に切り取られている。
セレナ:「何これ……。」
フローネ:「誰かが持ち去ったのでしょうか?」
アスカ:「自然に失われたようには見えません。」
紙の断面は他のページほど劣化していない。
誰かが意図的に切り取った。
それも比較的最近に。
ハヤト:「導師?」
セレナ:「可能性は高いわね。」
ヴェルミナ:「私たちより先にここを通っている。」
ガルデ:「だったら。」
ガルデ:「あいつはこの本を読んだってことか。」
誰も答えなかった。
その可能性は高かった。
導師は最初からここに何があるのか知っていたのかもしれない。
◆◇◆
セレナは残されたページを調べ続けた。
何枚かめくったところで。
再び文章が現れる。
セレナ:「ここから読める。」
ハヤト:「何て?」
セレナ:「封印は成功した。」
セレナ:「だが、代償は大きかった。」
セレナ:「我々は世界樹を地上から切り離し。」
セレナ:「その生命を停止させた。」
ハヤト:「だから、世界樹を殺した。」
セレナ:「そういう意味みたいね。」
アスカ:「ですが。」
アスカ:「現在の世界樹は生きています。」
ヴェルミナ:「復活した?」
セレナ:「分からない。」
フローネ:「次は何と?」
セレナは続きを読む。
セレナ:「黒き力を再び目覚めさせぬため。」
セレナ:「二つの鍵を分かち。」
セレナ:「人と魔、それぞれに託す。」
ヴェルミナが顔を上げる。
ヴェルミナ:「二つの鍵?」
セレナ:「そう書いてある。」
ハヤト:「鍵って何の?」
セレナ:「おそらく。」
セレナ:「原初樹の封印を開く鍵。」
空気が変わった。
人間と魔族。
二つの鍵。
千年前に分けられたもの。
そして人間と魔族はその後、互いに争うようになった。
ガルデ:「今、その鍵はどこにある?」
セレナ:「そこまでは。」
突然ヴェルミナが息を呑んだ。
ヴェルミナ:「待って。」
ハヤト:「どうした?」
ヴェルミナは自分の胸元へ手を当てていた。
そこには小さな黒い首飾りがある。
以前から身につけていたものだった。
ハヤト:「それがどうした?」
ヴェルミナ:「これ。」
ヴェルミナ:「魔王軍の四天王だけが持つ紋章よ。」
セレナ:「それが?」
ヴェルミナ:「魔王城の最深部に。」
ヴェルミナ:「これと同じ形の巨大な石板がある。」
全員が黙った。
ヴェルミナ:「昔から。」
ヴェルミナ:「魔王以外は触れることすら許されていなかった。」
アスカ:「鍵の一つ。」
ヴェルミナ:「まさか……。」
その時だった。
フローネも何かに気付いた。
フローネ:「待ってください。」
ハヤト:「フローネも?」
フローネ:「王城にもあります。」
セレナ:「何が?」
フローネ:「王族だけが入ることを許された地下聖堂です。」
フローネ:「そこに。」
フローネ:「王家が建国以前から守っている石板があります。」
今度こそ全員が言葉を失った。
人間の王家。
魔族の魔王。
それぞれが守り続けているもの。
もしそれが千年前に分けられた二つの鍵なのだとしたら。
ハヤト:「導師。」
ハヤト:「両方必要なんじゃないか?」
セレナ:「おそらく。」
ガルデ:「でもよ。」
ガルデ:「あいつは今、世界樹にいるんだろ?」
アスカ:「すでに鍵を手に入れている可能性があります。」
ヴェルミナ:「そんな……。」
ハヤトは窓の外を見る。
世界樹の黒い侵食は。
さっきより広がっているように見えた。
ハヤト:「本当に急いだ方がよさそうだな。」
誰も反対しなかった。
セレナは本を閉じる。
だがその時だった。
アスカ:「待ってください。」
アスカが最後のページを指差した。
そこには小さな文字が一行だけ残されている。
セレナ:「何?」
アスカ:「ここです。」
セレナは顔を近付ける。
そしてゆっくり読み上げた。
セレナ:「二つの鍵が再び一つとなる時。」
セレナ:「封じられし王は目覚める。」
ハヤト:「王?」
ヴェルミナ:「魔王のこと?」
セレナ:「違うと思う。」
ガルデ:「じゃあ誰だ?」
答えは続く文章に書かれていた。
セレナ:「その名は。」
その瞬間。
建物全体が大きく揺れた。
ハヤト:「何だ!?」
フローネ:「外です!」
全員が窓を見る。
遠くに見える世界樹。
その巨大な幹から。
黒い光が空へ向かって放たれていた。
アスカ:「魔力が急激に増大しています!」
セレナ:「導師が何か始めた!」
ハヤト:「行くぞ!」
ハヤトたちは建物を飛び出す。
机の上には開かれたままの世界樹戦争記だけが残された。
その最後のページにはセレナが読み上げることのできなかった名前が刻まれていた。
原初の王。
そしてその隣にはもう一つ。
後世に書き加えられたと思われる文字があった。
導師。
その二つの言葉を繋ぐ意味をまだ誰も知らなかった。




