第43話 忘れられた村
世界樹を目指して。
ハヤトたちは森の奥へ進んでいた。
遠くに見える世界樹は、歩くたびに少しずつ大きくなっている。
しかし近付けば近付くほど世界樹の異変もはっきりと見えるようになっていた。
巨大な幹の一部が黒く染まっている。
そこから枝へ向かって黒い筋のようなものが少しずつ広がっていた。
セレナ:「嫌な感じね。」
ハヤト:「やっぱり導師がやったのか?」
アスカ:「断定はできません。」
アスカ:「ですが、世界樹から感じる異質な魔力は、黒い魔石のものによく似ています。」
ガルデ:「だったら、ほぼあいつだろ。」
フローネ:「急いだ方がよさそうですね。」
ハヤト:「おう。」
ハヤトは歩く速度を上げようとした。
だが突然ヴェルミナがハヤトの服を後ろから掴んだ。
ハヤト:「ぐえっ!」
ハヤト:「何すんだよ!」
ヴェルミナ:「待ちなさい。」
ハヤト:「急ぐんじゃなかったのか?」
ヴェルミナ:「そうだけど。」
ヴェルミナは森の右側を見ていた。
木々の隙間から何か人工物のようなものが見える。
ヴェルミナ:「あそこ。」
ハヤトも目を凝らす。
ハヤト:「家?」
フローネ:「そのように見えますね。」
セレナ:「こんな場所に?」
全員が顔を見合わせる。
世界樹へ続く森には人は住んでいないはずだった。
◆◇◆
木々を抜けると。
そこには小さな村があった。
十数軒ほどの家が並び。
中央には井戸がある。
畑らしき場所も残っていた。
しかし人の姿はない。
どの家も古く長い間使われていないように見える。
ハヤト:「誰もいないな。」
ガルデ:「捨てられた村か?」
フローネは近くの家を調べる。
扉は壊れていない。
窓もそのままだった。
フローネ:「襲撃を受けた形跡はなさそうです。」
アスカ:「かなり昔に放棄されたのでしょうか?」
セレナは井戸の近くへ向かった。
その横には朽ちかけた小さな石柱が立っている。
セレナ:「また古代文字ね。」
ハヤト:「読める?」
セレナ:「待ちなさい。」
ヴェルミナもセレナの隣へ立つ。
二人で文字を追う。
やがてヴェルミナの表情が変わった。
ヴェルミナ:「これ……。」
セレナ:「ええ。」
ハヤト:「何?」
セレナ:「人間の古代文字と、古代魔族語が一緒に使われている。」
ハヤト:「一緒に?」
ヴェルミナ:「同じ文章を、二つの言葉で書いてあるみたい。」
ガルデ:「何て書いてある?」
セレナは文字の汚れを手で払った。
その下から村の名前らしき文字が現れる。
セレナ:「アルカ。」
ハヤト:「アルカ?」
セレナ:「たぶん、この村の名前よ。」
アスカ:「他には?」
ヴェルミナが続きを読む。
ヴェルミナ:「人の子も。」
ヴェルミナ:「魔の子も。」
ヴェルミナ:「共に笑い。」
ヴェルミナ:「共に学び。」
ヴェルミナ:「共に生きる場所。」
誰も喋らなかった。
ちょっと前に見つけた石碑。
そこには人と魔は同じ根から生まれたと書かれていた。
そして今度は人間と魔族が共に暮らしていた村が見つかった。
ガルデ:「本当に一緒に住んでたのか。」
ヴェルミナ:「みたいね。」
フローネ:「ですが。」
フローネ:「なぜ、この歴史が残っていないのでしょう?」
それが最大の疑問だった。
人間側にも。
魔族側にも。
こんな村が存在したという記録はない。
セレナ:「偶然消えたとは考えにくくなってきたわね。」
ハヤト:「どういうこと?」
セレナ:「誰かが消した可能性がある。」
ハヤト:「歴史を?」
セレナ:「ええ。」
セレナは村を見渡した。
建物は残っている。
文字も残っている。
だがそこに暮らしていた者たちの記録だけが現在の世界から消えている。
ハヤト:「なんでそんなことするんだ?」
セレナ:「それを調べないと分からないわ。」
ハヤト:「また謎が増えた。」
ガルデ:「お前、難しい顔してるぞ。」
ハヤト:「難しいことが増えたからな。」
セレナ:「ちゃんと考えてたのね。」
ハヤト:「俺を何だと思ってるんだよ!」
ヴェルミナ:「馬鹿な勇者。」
ハヤト:「お前に聞いてない!」
少しだけいつもの空気が戻る。
だがアスカだけは村の奥を見ていた。
アスカ:「皆さん。」
ハヤト:「今度はどうした?」
アスカ:「あの建物だけ。」
アスカ:「魔力が残っています。」
村の一番奥。
他の家より少し大きな建物があった。
石造りで扉には奇妙な紋章が刻まれている。
円の中に一本の大樹。
そしてその左右に二つの手。
一つは人間の手。
もう一つは爪のある手だった。
ヴェルミナ:「世界樹……。」
フローネ:「入ってみましょう。」
ハヤト:「罠じゃない?」
ガルデ:「珍しく警戒してんな。」
ハヤト:「俺だって成長する。」
セレナ:「昨日まで死にかけてたものね。」
ハヤト:「それは忘れてくれない?」
ヴェルミナ:「一生言うわよ。」
ハヤト:「一生!?」
ヴェルミナは何気なく言っただけだった。
だが自分で言ってから。
ヴェルミナは固まった。
ヴェルミナ:(一生って……。)
急に恥ずかしくなる。
一方ハヤトはまったく気付いていない。
ハヤト:「なんで急に黙った?」
ヴェルミナ:「うるさい!」
ハヤト:「なんで怒られたの!?」
フローネはそんな二人を見る。
そしてなぜか。
今の「一生」という言葉だけが妙に胸へ引っ掛かった。
フローネ:(一生……。)
少しだけ考えてしまう。
ハヤトと自分の未来を。
フローネは慌てて首を横に振った。
フローネ:(私は何を考えているのでしょう……。)
セレナはその様子を見ていた。
そして何も言わずにため息をついた。
セレナ:(面倒なことになってるわね。)
◆◇◆
建物の中は外から想像したよりも広かった。
長い机が並び壁には朽ちかけた棚が置かれている。
ハヤト:「学校?」
アスカ:「そのようですね。」
小さな椅子。
文字の練習に使われたと思われる石板。
そして子供が描いたらしい絵まで残っていた。
一枚の絵をフローネが拾う。
フローネ:「これは……。」
そこには巨大な木が描かれていた。
おそらく世界樹だろう。
その下には何人もの人がいる。
角のある者。
耳の尖った者。
人間らしい者。
全員が手を繋いでいた。
ヴェルミナは黙って絵を見る。
ヴェルミナ:(本当に一緒に暮らしていたんだ。)
もう疑いようがなかった。
千年前。
人間と魔族は少なくともこの場所では共に生きていた。
ハヤト:「なんで戦うようになったんだろうな。」
誰も答えられない。
アスカは部屋の奥へ進む。
そこに一冊の本が置かれていた。
周囲の物は朽ちているのに。
その本だけは不自然なほど綺麗だった。
アスカ:「魔法で保護されています。」
セレナ:「読める?」
アスカ:「開いてみないと分かりません。」
ハヤト:「じゃあ開こう。」
セレナ:「あっさりね。」
ハヤト:「ここまで来て読まない方がおかしいだろ。」
ハヤトが本へ手を伸ばす。
その瞬間本の表紙が淡く光った。
全員が身構える。
だが何も起きない。
代わりに表紙へ文字が浮かび上がった。
セレナ:「これは……。」
ヴェルミナ:「読める?」
セレナ:「ええ。」
セレナの声が少し震えていた。
セレナ:「世界樹戦争記。」
沈黙が流れる。
ガルデ:「戦争?」
フローネ:「千年前に起きた戦争なのでしょうか?」
セレナ:「おそらく。」
ヴェルミナ:「人間と魔族が争い始めた理由が。」
ヴェルミナ:「ここに書いてあるかもしれない。」
ハヤトは本を見る。
そしてゆっくりと表紙を開いた。
最初のページ。
そこには短い文章が残されていた。
セレナ:「我々は。」
セレナ:「世界を救うために。」
セレナ:「世界樹を殺した。」
誰も動かなかった。
ハヤト:「……は?」
アスカは遠くに見える世界樹へ視線を向ける。
今も確かに存在している。
巨大な世界樹。
だが千年前の記録には。
世界樹を殺したと書かれている。
ヴェルミナ:「どういうこと……?」
そして誰もまだ知らなかった。
導師が目指していたものは世界樹そのものではない。
千年前に世界樹と共に封じられたものだった。




