第42話 千年前の道
山脈の門を越えてから。
景色は大きく変わっていた。
それまで一面を覆っていた雪は消え。
代わりに深い森が広がっている。
巨大な木々が空を覆い。
その隙間から淡い光が降り注いでいた。
ハヤト:「暖かいな。」
セレナ:「さっきまで雪山だったのにね。」
ガルデ:「気味が悪ぃくらい変わったな。」
アスカは近くの木へ手を触れた。
目を閉じ。
周囲を流れる魔力を確かめる。
アスカ:「この森全体に、非常に濃い魔力が流れています。」
フローネ:「危険なのですか?」
アスカ:「分かりません。」
アスカ:「ですが、普通の森ではありません。」
ハヤト:「まあ、世界樹に続く森だからな。」
セレナ:「それで納得できるあなたが羨ましいわ。」
ハヤト:「褒めてる?」
セレナ:「褒めてない。」
ヴェルミナは一行の少し前を歩いていた。
魔族に伝わる道を頼りに進んでいるが。
先ほどから何度も周囲を見渡している。
ハヤト:「どうした?」
ヴェルミナ:「おかしいのよ。」
ハヤト:「何が?」
ヴェルミナ:「この森。」
ヴェルミナ:「魔族に伝わっている話と違う。」
ハヤト:「どう違うんだ?」
ヴェルミナ:「もっと危険な場所だと聞いていたわ。」
ヴェルミナ:「魔物が多くて。」
ヴェルミナ:「魔力の嵐が吹き荒れていて。」
ヴェルミナ:「簡単には進めないって。」
ガルデ:「何もいねぇな。」
確かに森へ入ってから魔物どころか動物一匹見ていない。
風もない。
鳥の声すら聞こえなかった。
静かすぎる。
ハヤト:「導師が先に通ったからじゃないか?」
セレナ:「魔物を全部倒したってこと?」
ハヤト:「ありそうじゃない?」
セレナ:「否定できないのが嫌ね。」
フローネは地面へ視線を落とした。
そして足を止める。
フローネ:「待ってください。」
ハヤト:「どうした?」
フローネ:「足跡があります。」
全員が集まる。
地面に細長い跡が残っている。
一人分。
森の奥へ続いていた。
セレナ:「導師かしら?」
フローネ:「おそらく。」
ガルデ:「追うか?」
ハヤト:「もちろん。」
ヴェルミナ:「待ちなさい。」
ハヤトは踏み出しかけた足を止めた。
ハヤト:「今度は何だ?」
ヴェルミナ:「あれ。」
ヴェルミナが指差す。
足跡の先。
巨大な木の根元に何かが置かれていた。
◆◇◆
近付いてみるとそれは石碑だった。
苔に覆われ半分以上が木の根に飲み込まれている。
かなり古いものらしい。
表面には文字が刻まれていた。
ハヤト:「読めない。」
セレナ:「でしょうね。」
ハヤト:「即答しなくてもいいだろ。」
セレナは石碑の表面へ手を添える。
目を細めながら。
刻まれた文字を追っていく。
セレナ:「かなり古い文字ね。」
アスカ:「読めますか?」
セレナ:「少しなら。」
ハヤト:「何て書いてある?」
セレナ:「急かさないで。」
しばらく誰も喋らなかった。
やがてセレナの表情が変わる。
セレナ:「嘘でしょ……。」
ハヤト:「どうした?」
セレナ:「これ。」
セレナ:「人間が書いたものじゃない。」
ヴェルミナ:「どういうこと?」
セレナ:「古代魔族語よ。」
今度はヴェルミナの顔色が変わった。
ヴェルミナ:「代わって。」
セレナ:「読めるの?」
ヴェルミナ:「たぶん。」
二人が場所を入れ替わる。
ヴェルミナは石碑を見つめた。
最初は険しい表情だった。
だが読み進めるにつれて。
その表情が困惑へ変わっていく。
ハヤト:「何て書いてあるんだ?」
ヴェルミナ:「待って。」
ヴェルミナ:「おかしい。」
ガルデ:「何がだ?」
ヴェルミナ:「言葉そのものは古代魔族語よ。」
ヴェルミナ:「でも。」
ヴェルミナ:「内容が変なの。」
フローネ:「何と書かれているのですか?」
ヴェルミナはもう一度最初から石碑を読む。
そしてゆっくりと訳し始めた。
ヴェルミナ:「我らは。」
ヴェルミナ:「人と魔の境界を越え。」
ヴェルミナ:「共に世界樹へ至る。」
誰も喋らなかった。
ヴェルミナ:「我らは異なる者にあらず。」
ヴェルミナ:「同じ根より生まれ。」
ヴェルミナ:「同じ空の下に生きる者なり。」
沈黙が流れた。
先ほど門番の石像が言った言葉。
千年前。
異なる血を持つ者たちが共に世界樹を目指した。
それと一致する。
ハヤト:「つまり。」
ハヤト:「昔は人間と魔族が一緒にいたってこと?」
セレナ:「この文章だけを信じるなら。」
セレナ:「そういうことになるわね。」
ガルデ:「そんな話聞いたことねぇぞ。」
フローネ:「私もありません。」
アスカ:「人間側の歴史には残っていないのでしょうか?」
セレナ:「少なくとも。」
セレナ:「私が知っている歴史にはないわ。」
ヴェルミナ:「魔族にもない。」
ハヤト:「じゃあ。」
ハヤト:「なんで消えたんだ?」
誰も答えられなかった。
千年前に何があったのか。
なぜ人間と魔族は分かれたのか。
なぜ互いに争うようになったのか。
その答えを知る者は。
ここにはいない。
ヴェルミナは石碑の最後へ視線を落とす。
ヴェルミナ:「まだ続きがある。」
ハヤト:「何て?」
ヴェルミナ:「世界樹の子。」
ヴェルミナ:「二つの血を分かつことなかれ。」
セレナ:「二つの血?」
ヴェルミナ:「そのままよ。」
ヴェルミナ:「これ以上は書かれていない。」
石碑はそこで割れていた。
続きを読むことはできない。
ハヤト:「肝心なところで壊れてるな。」
セレナ:「千年前の石碑に文句言わないの。」
ガルデ:「でもよ。」
ガルデ:「世界樹の子って何だ?」
アスカ:「人を指しているのでしょうか?」
フローネ:「それとも。」
フローネ:「世界樹そのものから生まれた何かでしょうか?」
答えは出なかった。
ハヤトは石碑を見る。
難しいことは分からない。
だが一つだけ分かる。
導師はこの場所を目指している。
ハヤト:「先に進もう。」
セレナ:「そうね。」
ハヤト:「ここで考えてても分からないだろ。」
ヴェルミナ:「珍しくまともね。」
ハヤト:「珍しくは余計だ!」
一行は再び歩き始めた。
だがヴェルミナだけは少し遅れて石碑から離れた。
ヴェルミナ:(人と魔は、同じ根より生まれた。)
魔族として生きてきた自分にとって。
その言葉は簡単に受け入れられるものではなかった。
人間と魔族は違う。
ずっとそう教えられてきた。
なのに。
もし。
それが最初から間違っていたのなら。
ヴェルミナは前を歩くハヤトを見る。
ヴェルミナ:(あなたは、どう思うのかしら。)
聞いてみたいと思った。
だが。
今はまだ胸の中にしまっておくことにした。
◆◇◆
それからしばらく進んだ時だった。
突然森が途切れた。
ハヤト:「うわ……。」
誰もが足を止める。
山脈の向こう。
遥か彼方に。
一本の巨大な樹が立っていた。
山より高く雲を突き抜け。
枝葉が空そのものを覆っている。
距離があるにもかかわらず。
その存在だけで視界のほとんどを占めていた。
セレナ:「あれが……。」
ヴェルミナ:「世界樹。」
伝説ではない。
神話でもない。
本当に存在していた。
ハヤトたちは言葉を失ったまま。
しばらく世界樹を見上げていた。
その時アスカの表情が変わる。
アスカ:「待ってください。」
ハヤト:「どうした?」
アスカ:「世界樹から。」
アスカ:「異常な魔力を感じます。」
セレナ:「どれくらい?」
アスカ:「分かりません。」
アスカ:「大きすぎます。」
アスカ:「ですが。」
アスカは世界樹の根元を見つめる。
アスカ:「自然な魔力ではありません。」
ハヤトの表情から笑みが消える。
ハヤト:「導師か。」
アスカ:「おそらく。」
ヴェルミナも世界樹を睨む。
巨大な幹の一部が。
黒く染まり始めていた。
ハヤト:「遅かったか?」
セレナ:「まだ分からない。」
フローネ:「急ぎましょう。」
ガルデ:「ここまで来て間に合わねぇなんて御免だ。」
ハヤトは剣の柄へ手を添える。
そして世界樹を見据えた。
ハヤト:「行くぞ。」
今度は誰も冗談を言わなかった。
世界樹。
千年前に失われた歴史。
人間と魔族。
そして。
導師。
全ての答えが。
あの巨大な樹の下で待っていた。




