第41話 山脈の門番
北方山脈。
世界樹へ向かう勇者一行は、雪に覆われた山道を進んでいた。
村を出発してから半日。
周囲からは次第に木々が消え、見渡す限り白い岩肌が続いている。
セレナ:「寒い。」
ハヤト:「お前も言うんじゃん。」
セレナ:「寒いものは寒いのよ。」
ハヤト:「俺が言った時は子供扱いしただろ!」
セレナ:「私はいいの。」
ハヤト:「理不尽!」
ガルデは二人の後ろを歩きながら笑っていた。
ガルデ:「元気だな、お前ら。」
ハヤト:「こっちは朝からずっと歩いてるんだぞ。」
ガルデ:「全員そうだ。」
ハヤト:「そうだった。」
アスカ:「疲れているのでは?」
ハヤト:「たぶん。」
フローネ:「でしたら、少し休憩しますか?」
ハヤト:「いや、大丈夫。」
フローネ:「その言葉は信用できません。」
ハヤト:「まだ引きずってるの!?」
フローネ:「当然です。」
即答だった。
ハヤトは何も言い返せなかった。
最後尾を歩いていたヴェルミナが小さく笑う。
ヴェルミナ:「自業自得ね。」
ハヤト:「お前まで言うなよ。」
ヴェルミナ:「私はあなたのせいで生命力まで失ったんだけど?」
ハヤト:「すみませんでした。」
ヴェルミナ:「よろしい。」
セレナ:「完全に立場が決まったわね。」
ハヤト:「何の立場だよ。」
セレナ:「知らない方が幸せよ。」
ハヤトには意味が分からなかった。
◆◇◆
山道をさらに進むと、先頭にいたヴェルミナが突然立ち止まった。
ハヤト:「どうした?」
ヴェルミナ:「ここから先よ。」
ハヤト:「何が?」
ヴェルミナ:「世界樹へ続く道。」
全員が周囲を見る。
だが、目の前にあるのは巨大な崖だった。
高さは見上げても頂上が見えないほどある。
左右にも延々と続いており、人が通れる道など存在しない。
ガルデ:「道がねぇぞ。」
ヴェルミナ:「あるわよ。」
セレナ:「どこに?」
ヴェルミナは崖へ近付いた。
そして、岩壁へ手を置く。
ヴェルミナ:「魔族の血を引く者が触れると開く。」
ハヤト:「便利だな。」
セレナ:「待って。」
セレナ:「だったら導師はどうやって通ったの?」
全員が黙った。
確かにそうだった。
導師は少なくとも、これまで人間として扱われていた。
魔族にしか開けない道なら、導師が先に世界樹へ向かったという話と矛盾する。
ハヤト:「登ったんじゃない?」
セレナ:「この崖を?」
ハヤト:「頑張って。」
セレナ:「あなたじゃないんだから。」
ハヤト:「俺でも無理だよ!」
アスカは崖の表面を見つめていた。
やがて、ある場所へ近付く。
アスカ:「ここを見てください。」
岩壁に黒い跡が残っていた。
自然にできたものではない。
焼け焦げたような跡だった。
アスカ:「魔力を使った形跡があります。」
セレナ:「無理やり結界を突破した?」
ヴェルミナ:「そんなことができるわけ……。」
ヴェルミナは言葉を止めた。
できる人間を知っている。
ヴェルミナ:「導師なら、あり得るかもしれない。」
ハヤト:「本当に何でもありだな、あいつ。」
ガルデ:「ますます気に入らねぇ。」
ヴェルミナは再び岩壁へ手を置いた。
今度は目を閉じ、ゆっくりと魔力を流し込む。
しばらく何も起こらなかった。
ハヤト:「開かないけど。」
ヴェルミナ:「今やってるのよ。」
ハヤト:「はい。」
ヴェルミナ:「少し静かにして。」
ハヤト:「はい。」
セレナ:「素直ね。」
ハヤト:「怒らせると怖いんだよ。」
ヴェルミナ:「聞こえてるわよ。」
ハヤト:「ごめんなさい。」
その時だった。
地面が僅かに揺れる。
岩壁に一本の亀裂が走った。
亀裂は上下へ広がり、やがて巨大な扉のように崖が左右へ開いていく。
その向こうには細い道が続いていた。
だが誰もすぐには進まなかった。
道の中央に何かが立っていたからだ。
巨大な石像だった。
人の三倍ほどの大きさがある。
全身が白い石で作られ、両手には巨大な槍を握っている。
ハヤト:「あれは?」
ヴェルミナ:「知らない。」
ハヤト:「知らないの!?」
ヴェルミナ:「道が開くところまでは聞いてたけど、石像の話なんて知らないわよ!」
ガルデ:「動きそうだな。」
セレナ:「余計なこと言わないで。」
次の瞬間。
石像の目が青く光った。
セレナ:「ほら!」
ガルデ:「俺のせいか!?」
石像がゆっくりと動き始める。
長い年月を動かずに過ごしていたためか、身体から大量の石片が落ちた。
全員が武器を構える。
ハヤト:「結局戦うのか。」
フローネ:「そのようですね。」
アスカ:「待ってください。」
アスカの言葉にハヤトは剣を止めた。
石像は攻撃してこない。
巨大な槍を地面へ突き立てたまま、一行を見下ろしている。
そして声が響いた。
石像:「魔の血を継ぐ者よ。」
全員がヴェルミナを見る。
ヴェルミナ:「何よ?」
ハヤト:「いや、呼ばれてるから。」
ヴェルミナ:「分かってるわよ。」
石像:「答えよ。」
石像:「汝は何者として、この門を通る。」
ヴェルミナ:「何者って……。」
ヴェルミナは困ったように眉をひそめた。
石像:「魔王の臣下か。」
石像:「魔族の民か。」
石像:「それとも。」
石像の青い瞳がハヤトへ向く。
石像:「人の側に立つ者か。」
空気が変わった。
誰も喋らない。
ヴェルミナも黙っていた。
それは単純な質問ではなかった。
以前のヴェルミナなら、迷うことなく魔族だと答えただろう。
だが今は違う。
魔王軍を離れ。
導師に利用され。
人間たちと旅をして。
勇者を助けるために自分の生命力まで差し出した。
ヴェルミナ:(私は……。)
答えが出ない。
ハヤト:「別に、どれでもよくないか?」
全員がハヤトを見た。
ヴェルミナ:「は?」
石像もハヤトを見る。
ハヤト:「ヴェルミナはヴェルミナだろ。」
ヴェルミナ:「……。」
ハヤト:「魔族とか。」
ハヤト:「魔王の部下だったとか。」
ハヤト:「今は俺たちと一緒にいるとか。」
ハヤト:「全部ひっくるめて、こいつじゃん。」
セレナ:「たまに良いこと言うわね。」
ハヤト:「たまには余計だ!」
ヴェルミナは何も言わなかった。
ただ、ハヤトの横顔を見つめていた。
胸の奥が温かくなる。
以前なら理解できなかった感覚だった。
今なら分かる。
ヴェルミナ:(だから、好きなのよね。)
自覚すると。
余計に恥ずかしくなった。
ヴェルミナは慌ててハヤトから視線を逸らす。
ハヤト:「どうした?」
ヴェルミナ:「何でもない!」
ハヤト:「なんで怒ってんの!?」
石像:「答えよ。」
ヴェルミナは石像へ向き直った。
そして。
今度は迷わなかった。
ヴェルミナ:「私はヴェルミナ。」
石像:「……。」
ヴェルミナ:「魔族よ。」
ヴェルミナ:「でも、それだけじゃない。」
ヴェルミナは一度だけ仲間たちを見る。
セレナ。
アスカ。
ガルデ。
フローネ。
そして。
最後にハヤトを見る。
ヴェルミナ:「今は、この馬鹿な勇者たちの仲間よ。」
ハヤト:「馬鹿は付けなくてよくない!?」
ヴェルミナ:「必要よ。」
石像はしばらく動かなかった。
やがて青い瞳から光が消える。
石像:「答えを確認した。」
石像は槍を持ち上げる。
そして、ゆっくりと道を開けた。
石像:「通れ。」
誰もすぐには動かなかった。
あまりにもあっさりしていたからだ。
ハヤト:「戦わないの?」
石像:「望むなら戦う。」
ハヤト:「結構です。」
即答だった。
ガルデ:「お前、さっきまで戦う気満々だっただろ。」
ハヤト:「戦わなくていいなら戦わないよ!」
セレナ:「珍しく正しい判断ね。」
一行は石像の横を通り抜ける。
ヴェルミナもその後へ続いた。
石像の前を通過した時。
小さな声が聞こえた。
石像:「久しいな。」
ヴェルミナは足を止めた。
ヴェルミナ:「何が?」
石像:「異なる血が共に世界樹を目指すのは。」
ヴェルミナ:「……。」
石像:「千年ぶりだ。」
ヴェルミナは振り返った。
だが石像はすでに動かなくなっていた。
青い瞳も閉じている。
ヴェルミナ:「千年ぶり……?」
ハヤト:「どうした?」
ヴェルミナ:「何でもない。」
そう答えながらヴェルミナは石像の言葉を忘れられずにいた。
人間と魔族が共に世界樹を目指した。
千年前にもそれが本当なら。
世界樹には現在の人間も魔族も知らない何かがある。
勇者一行は山脈の奥へと進んでいく。
そして誰も知らなかったその先で。
人間と魔族の歴史そのものが覆されることになるとは。




