第40話 世界樹へ
翌朝。
村を覆っていた黒い雲は消え、久しぶりに青空が広がっていた。
死霊王ネクロスとの戦いが終わったことで、村にも少しずつ日常が戻り始めている。
村人たちは壊された家屋を直し、積もった瓦礫を片付けていた。
ハヤトたちも出発の準備を進めている。
次の目的地は世界樹。
導師が向かったという場所だった。
ハヤト:「よし、行くか!」
セレナ:「ちょっと待ちなさい。」
ハヤト:「なんだ?」
セレナ:「なんであなたが一番元気なのよ?」
ハヤト:「よく寝たから。」
セレナ:「昨日死にかけた人間の答えじゃないわよ。」
ハヤト:「もう治ったって。」
アスカ:「治っていません。」
即答だった。
ハヤトは思わずアスカを見る。
アスカはいつもの無表情に近い顔で、ハヤトの身体を指差した。
アスカ:「生命共有術で呪いそのものは消えました。」
アスカ:「ですが、傷と疲労は残っています。」
アスカ:「少なくとも今日は激しい戦闘を避けてください。」
ハヤト:「分かった。」
セレナ:「今の返事、軽くない?」
ハヤト:「ちゃんと分かったって!」
フローネ:「念のため、私が見張っています。」
ハヤト:「なんで!?」
ガルデ:「信用がねぇからだろ。」
ハヤト:「昨日から俺への扱い酷くない!?」
ヴェルミナ:「当然じゃない。」
声が聞こえた。
全員が振り返る。
宿の入り口にヴェルミナが立っていた。
昨日より顔色は良くなっている。
だが、まだ完全に回復したわけではないらしく、壁へ手を添えていた。
ハヤト:「お前も人のこと言えないだろ。」
ヴェルミナ:「私はいいの。」
ハヤト:「よくないだろ。」
ヴェルミナ:「あなたとは違って、自分の限界くらい分かってるわ。」
ハヤト:「昨日気合いだけで立ってた奴が言うな!」
ヴェルミナ:「うるさいわね!」
セレナは二人を見ながら小さくため息をついた。
セレナ:「朝から元気ね。」
ガルデ:「放っとけ。」
ガルデ:「あいつら、たぶん一生あんな感じだ。」
ヴェルミナ:「聞こえてるわよ!」
ガルデ:「聞こえるように言った。」
ヴェルミナが睨む。
ガルデは笑っていた。
ハヤトも思わず笑う。
昨日まで死者に囲まれていたとは思えない朝だった。
◆◇◆
村を出てから数時間。
勇者パーティは北へ続く街道を歩いていた。
世界樹へ向かうには、まず山脈を越えなければならない。
そこから先は地図にもほとんど記されていない地域になる。
先頭を歩くセレナは地図を広げながら眉をひそめていた。
セレナ:「問題があるわ。」
ハヤト:「もう?」
セレナ:「もうって何よ。」
ハヤト:「出発したばっかりだから。」
セレナ:「問題が起きるのに時間は関係ないでしょう。」
ガルデ:「で、何が問題なんだ?」
セレナは地図を全員へ見せる。
セレナ:「世界樹までの道がない。」
ハヤト:「ない?」
セレナ:「正確には、途中から地図がないの。」
セレナ:「この先にある北方山脈までは分かる。」
セレナ:「でも、その向こう側については白紙よ。」
ハヤトは地図を見る。
本当に何も描かれていなかった。
ハヤト:「適当な地図だな。」
セレナ:「そういう問題じゃないわよ。」
アスカ:「人がほとんど入らない地域なのでしょう。」
フローネ:「世界樹が伝説として扱われている理由も、それかもしれませんね。」
ハヤト:「じゃあ、どうする?」
セレナ:「それを考えてるの。」
ヴェルミナ:「案内できるわよ。」
全員が足を止めた。
ハヤト:「知ってるのか?」
ヴェルミナ:「行ったことはないけど、魔族の間では世界樹への道が伝わっているわ。」
セレナ:「先に言いなさいよ!」
ヴェルミナ:「聞かれなかったもの。」
セレナ:「そういう問題!?」
ヴェルミナは悪びれる様子もない。
ハヤトは少し考える。
そして、何かに気付いた。
ハヤト:「でもさ。」
ヴェルミナ:「何よ?」
ハヤト:「なんで魔族が世界樹への道を知ってるんだ?」
ヴェルミナは黙った。
セレナも表情を変える。
何気ない疑問だった。
だが、確かにおかしい。
人間の国では伝説としてしか知られていない場所。
地図にも存在しない場所。
それなのに、魔族には道が伝わっている。
ヴェルミナ:「世界樹は、人間が思っているような場所じゃないのよ。」
フローネ:「どういう意味ですか?」
ヴェルミナは北の山々を見る。
その先に世界樹がある。
ヴェルミナ:「世界樹は魔族にとって、始まりの場所なの。」
ハヤト:「始まり?」
ヴェルミナ:「魔族が生まれた場所だと言われているわ。」
誰も言葉を発しなかった。
それは初めて聞く話だった。
セレナ:「待って。」
セレナ:「私が知っている伝承では、世界樹は人間を含めたあらゆる生命を生み出したとされているわ。」
ヴェルミナ:「魔族の伝承では違う。」
アスカ:「二つの異なる伝承が存在しているのですね。」
ガルデ:「どっちが本当なんだ?」
誰も答えられなかった。
ヴェルミナ:「だから、世界樹には近付くなって教えられるの。」
ハヤト:「なんで?」
ヴェルミナ:「戻ってこなかった魔族が多いからよ。」
ハヤト:「……先に言ってくれない?」
ヴェルミナ:「聞かれなかったから。」
ハヤト:「それ便利すぎない!?」
セレナ:「同感だわ。」
フローネ:「ですが、他に道はありません。」
アスカ:「導師が先に到着している可能性もあります。」
ハヤトは北にそびえる山脈を見上げた。
今までの旅とは違う。
その先には地図すらない。
何が待っているのか誰にも分からない。
少し怖い。
だが、それ以上に気になる。
ハヤト:「行こう。」
セレナ:「簡単に決めるわね。」
ハヤト:「導師を止めるんだろ?」
セレナ:「そうだけど。」
ハヤト:「だったら行くしかない。」
ガルデ:「単純だな。」
ハヤト:「分かりやすくていいだろ。」
ガルデ:「嫌いじゃねぇ。」
フローネは少しだけ笑った。
フローネ:「では、行きましょう。」
アスカ:「はい。」
ヴェルミナ:「仕方ないわね。」
ハヤト:「なんでお前だけ付き合ってあげるみたいな言い方なんだよ?」
ヴェルミナ:「実際そうだもの。」
ハヤト:「昨日まで歩けなかったくせに!」
ヴェルミナ:「それはあなたのせいでしょう!」
また二人が言い争い始める。
セレナは呆れたように前を向いた。
ガルデは笑っている。
アスカも小さく口元を緩めていた。
フローネだけは、少しだけ複雑そうに二人を見ていた。
フローネ:(また始まりましたね。)
以前なら、それだけで終わっていた。
だが、今は違う。
ヴェルミナがハヤトへ近付くたびに。
胸の奥に小さな何かが引っ掛かる。
その正体はまだ分からない。
いや。
もしかすると。
少しだけ分かり始めているのかもしれない。
フローネ:(私は……。)
そこで考えるのをやめた。
今はまだ答えを出すのが怖かった。
一行は北へ進む。
目指すのは世界樹。
誰も知らない土地。
誰も知らない歴史。
そしてそこで待っている導師。
勇者たちの旅は少しずつ世界そのものの秘密へ近付き始めていた。




